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一章〜盤外から見下ろす者、盤上から見上げる者〜
16話「屋敷の主人(仮)」
しおりを挟む『ここが⋯⋯【ダンジョン】の中なのか⋯⋯?』
扉一つ跨いだ先で全く別の世界へ潜り込んでしまったような感想。
引き裂かれたカーペット、腐敗した木造部分、黒く変色した石造部分、破壊され原形をとどめていない石像、そして⋯⋯
『なんだこの血の量は⋯⋯?』
隊長の目には映ったのは真っ赤な真っ赤な水溜り。まだ乾いておらず経過した時間はおよそ一刻前。それだけで隊長はその赤い水溜りがなんなのか悟ってしまった。
『⋯⋯クソッ』
隊長は床から目を逸らし周囲を見渡した。屋敷の中を照らすのは蝋燭の光だけ。明暗が交互にやってくる世界で自分以外の人間を探した。すると——、
『き、君は確か⋯⋯!』
屋敷の奥へと進む廊下。その入り口で隊長の方へ視線を向け、待っているとも見える者がいた。
「桃矢。坂巻桃矢だ。オッサン来てたんだな」
『トウヤか。他の冒険者達は?』
隊長は簡単な単語以外は身振りを交えたり、別の単語を使ったりと会話のキャッチボールを試みた。お陰か、桃矢も同様に身振り手振りで何とか話が繋がっていた。
「他の奴らか?」
『そうだ。どこへ行ったんだ?』
「この先。とっくに進んでいったぞ」
桃矢が指を指す先、照らされる蝋燭の火が手近な場所に色をつけ、穴の空いた床を見せるがその一寸先は闇に包まれている。
『この先か⋯⋯?』
「ああ」
『⋯⋯よし、行こう』
空いた穴を覗くが底が見えない。落ちたらそこで死ぬ可能性を覚悟し隊長は一歩一歩慎重に歩き始めた。
『⋯⋯部屋が多いな』
穴を避けながら進む廊下。左右には均等に扉が並んでいた。しかし、その全てが開かれていた。
『君たちの仲間が入ったのだろうか?』
「さあね」
『⋯⋯一応覗いていくか?』
「⋯⋯一部屋だけな」
坂巻桃矢が人差し指を立てるとその意味を解釈した隊長は一番近くにあった部屋へ足を踏み入れた。そして、隊長に続く様に桃矢も部屋に入った。
『ここは⋯⋯誰か住んでいたのか⋯⋯?』
一言で表すなら、簡素な部屋。脇にはベットが一つあり、一冊の本も入っていない本棚、いくつかの引き出しがある小物入れ。それ以外は何もなく、当然ある物全てに埃が被さっている。
『⋯⋯この部屋をどう思う?』
「分からん。ただ、誰かが住んでたとしたならソイツの頭は狂ってるんじゃないか? そもそも【ダンジョン】に住める奴がいるのか?」
『⋯⋯』
隊長の脳裏に浮かび上がるのは全ての任務が始まる前に【ダンジョン】から現れた二人の⋯⋯魔物。人間に限りなく近く、しかし人間にしてはやけに白い肌と赤い瞳。
隊長は確信していた。奴等ならここに住むことは容易だろうと。
「⋯⋯どうした?」
『⋯⋯いや、人間にかなり近い魔物を俺達は見たんだ』
「なに!? 人間にだと!?」
『⋯⋯奴等は危険だ。俺が今までにあった中で⋯⋯それこそ人間をやめている様なお偉いさん達を含めても一番危険だと言えるね』
「⋯⋯」
『先へ急ごう。冒険者達が心配——』
隊長が部屋から外に出ようとした瞬間、ドガガガガガガガガガガガガッッ! と、聞き慣れた軽機関銃の乱射音が耳に突き刺さった。
『な!? こ、これは⋯⋯機関銃!?』
「これは⋯⋯あのバカか」
『今の音⋯⋯上の階か! 急ごう!』
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
床に空いた穴に落ちない様に気をつけながら、できる限り最速で隊長と桃矢は二階への階段を登った。そして、そこで目にしたものは、
『あれ~? オッサン来たんだ。それにサカマキもいたのか。死んだかと思ったよ』
「⋯⋯チッ」
『こ、これは⋯⋯!?』
軽機関銃M249を構えながら周囲を警戒する青年の姿があった。そして、青年の周りには青白く光を反射させる小さな石がいくつも転がっていた。
当然、不思議に思った隊長は石に近づき手に取ろうとするが、
『何だこの⋯⋯石か⋯⋯ッ!?』
近づく隊長の一歩先に一発の銃弾が放たれた。
『その魔石は俺の物だ。勝手に触られちゃあ困るね』
『魔石⋯⋯?』
『ん? まさか魔石を知らないのか? 【ダンジョン】に入って来ているくせに』
『⋯⋯知らないな。魔石とは一体何なんだ?』
『ふ~ん、じゃあ折角だから教えてあげるよ。魔石っていうのは魔物の心臓みたいなもので、これを砕けばどんな魔物も殺せる』
『な!?』
『でも、魔石を砕いて殺すと魔石が手に入らないから、できるだけ砕かないように殺すんだよね。中々これが難しくってね、お陰でまだまだ数が少なく市場には出回らない貴重な資源って訳だ』
『な、何だそれは⋯⋯そんな話聞いたことないぞ⋯⋯!』
『それもそうでしょ。取れた魔石はギルドのルールで全てギルドが買い取ることになってるし、ギルドが買い取った魔石もまだ実験レベルで公開されてないからね』
隊長は愕然とした。
自分の知らない場所で信じられない進歩を遂げていたことに。まるで、自分一人が取り残されたかの様な疎外感を感じた。
隊長も魔物を相手にするのは初めてではなかった。何度か都市部に近づく魔物を殺したことがあったが大きい魔物は軍が引き取り、小さい魔物はその場で焼却処分していたからだ。
そんな風に隊長が呆然としていると——、
『悪い悪い、遅くなったわ』
廊下の奥の方から別の冒険者が現れた。そして、手に持っているビニール袋には何か硬いものが入っている。
『お、やっと帰って来たか。遅えぞ』
『だから悪いって言ってんだろ』
『どのくらい取れた?』
『ざっと見て十ぐらいかな。そっちは?』
『俺は⋯⋯十五だ! 俺の勝ちだな!』
『クッソぉ、マジかよ』
『帰ったらお前等三人の内の誰かのおごりだな』
『かー、他二人が少ない事を祈るか。にしても【ダンジョン】って凄えな。あんな微妙な大きさなのにこんな大きな魔石が取れんだぞ!』
後に現れた冒険者の青年は興奮が冷めず、手に持っているビニール袋を振り回している。
『んじゃまあ、二人を待つか?』
『いや、先に上の階に行こうぜ! 二人もその内来るだろ』
『後で文句言われたらお前のせいにするぞ?』
『え!? それはちょっと⋯⋯』
『冗談だ。俺も上の階にさっさと行きたいからな。文句言って来ても遅かったのが悪いって言い返してやろうぜ』
『ははっ! それはいいな!』
『と言うわけで軍のオッサンとサカマキはどうするんだ? 俺たちについてくるか? 別にここで待っててもいいんだぞ? 俺達がボスを倒して来てやるからよ!』
『ブハハハハハッ、確かに最上階にボスがいるのはゲームの定番だが、三階にいるかどうか分かんねえぞ?』
未だに緊張感を見せない二人の笑い声に隊長は不安を感じながら桃矢へ視線を向けた。
『⋯⋯どうするトウヤ?』
「オッサンはどうしたいんだ?」
『俺は⋯⋯』
隊長の言葉が詰まる。
今ここで立ち止まってしまったらもう進むことができないかもしれない。もし進めばかったら⋯⋯そう思えば隊長の中で既に答えは出ていたのだった。
『⋯⋯行こう、俺達も』
「そうかい」
隊長の言葉を聞き桃矢はニヤリと口角を上げた。流石軍人、そう言っているみたいに隊長の気骨を素直に賞賛していた。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
『あ~あ、結局ボス部屋は無かったな』
先程まで大笑いしていた青年達は打って変わり、今はつまらなさそうな声で溜息めいた言葉を漏らした。
『何だよ、最上階にはボス部屋があるのが定番じゃねえのか?』
『うっせえな』
からかいの言葉に悪態を吐く青年。青年を含む冒険者組二人と隊長、桃矢は三階を端から順番に見て回ったがボス部屋の様な大きな扉や上へ上る階段はなかった。
唯一あった不思議なものは——、
『これが出口なのか?』
全員が目にするのは暗闇。
等間隔に並ぶ扉の中で唯一間隔が広くなっている箇所があった。しかし、そこに扉はなくポッカリと空いた穴。
部屋の位置感覚から考えたら目で捉えることができるはずだ。しかし、どこまで広がっているのか、どこまで深いのかが全くわからないほどの大きさ。まるで、ここにあった部屋が何かに食い取られたかのようだ。
『⋯⋯他に出口の様な場所はなかったのか?』
『んなもんねえよ。一階だって隅々見てきた。だけど、出口の様な扉や抜け道はなかった。俺的にはボスを倒したら出口が現れると思ってたんだよ』
『⋯⋯なるほど』
『この穴が出口って可能性はどうだ?』
『まあ、考えられなくもないけど⋯⋯流石にそれはないだろ』
まさかの出口が無い。そんな状況に全員が頭を抱える。そして——、
『⋯⋯よし、まずはまだ来てねえ二人を探すか』
考えることが嫌になったのか青年が立ち上がった。
三階を十分に見て回るのにはそれなりの時間がかかった。にも関わらず、別れた冒険者の二人は姿を表すどころか呼ぶ声も一度として聞こえていない。
『それもそうだな。仮にこの穴が出口だったとしたら二人を置いて行っちまうな』
『だろ? 流石に置いていくのはマズイからな。探しに——』
出口がない状況での行動方針が決まったこの時、示し合せる様に此方へ近づいてくる足音が聞こえる。
『お? やっと来たか?』
ゆっくりと迫ってくる足音。その数は二つ。丁度探しそうとしていた二人と同じ数だ。そして、暗闇から見せた足音の正体は、
『やっぱりお前達か!』
現れたのは冒険者の二人。
半袖に通した筋肉は逞しく、きている防刃ジャケットもどこか切れてしまいそうな男と、正反対に肌を全て隠し、金色の髪を一つにまとめた女。どちらも、青年よりも年上に見える。
『『⋯⋯』』
二人は青年の声にぎこちない笑顔を向けながら片手を上げ無事であることを示しながら近づいてきた。
そして、近づいてきたことで僅かに漏れる声がようやく聞こえた。
『⋯⋯げろ⋯⋯』
『⋯⋯は?』
声を出す男。しかし、その内容は全くわからない。その内容を知るために青年は近づいてしまった。
『にげろっ!』
『——ッ!?』
男の言葉にハッとする青年。お陰で、周囲の状況が掴めた。そう——ナイフを振り下ろす女の姿が目の前にあったのだ。
『なッ!』
間一髪のところでナイフを避け、後方へ跳ぶ青年。しかし、青年がナイフに切られる代わりに別の者が切られていた。
『あっ⋯⋯!?』
ゴトリ、と落ちる男の首。そして、一瞬遅れて首から噴き出る赤い噴水。その噴水は半円を描きながら重力に従いドサリと音を立て、ゴポゴポと音を出しながら赤い床を広げている。
『な、何してんだテメエッ!』
『⋯⋯』
青年の怒鳴り声に何の反応も示さない女。ただジッと広がる赤を見つめているだけだ。
『おい答えろ!』
二度目の怒声。そこでようやく女は青年へ視線を向けた。そして、口元を歪んだ三日月の様に吊り上げると——、
『⋯⋯きゃハ⋯⋯きゃははハ⋯⋯』
『お、おい⋯⋯』
「きゃハ、キャはハハ⋯⋯きゃっっはははっっははあはははっはあっはハハハハハはっはハッハハハははははははははっっッッ!」
女は笑う。
高い音を金切り声のように。
弾む音を摺り合せるように。
歓喜に震えたのだ。快楽に落ちたのだ。願いを叶えたのだ。
「人の体とはかくも素晴らしいものデスネ! これ程までに解放されたことはナイッ! 嗚呼、これが⋯⋯これが力デスカ!? これが喜びデスカ! これが——愛なのデスカ!?」
『な、何を言って⋯⋯?』
「⋯⋯日本語?」
女の言葉を理解できるものはこの場で桃矢だけだった。しかし、その桃矢もまた女の言っていることは理解できなかった。
狂ったように叫び、笑う。
目を一杯に開き情景を少しで多く収める。
呼吸を荒くし少しでも多くの感覚を得る。
身をよじらせ少しでも多くこの体を知る。
「ユー達はミー達の同胞を殺し過ぎた⋯⋯よって、ユー達は死刑デスカ!? いや⋯⋯死刑デス!」
ナイフを片手に下げユラユラと体を揺らしながら青年に近づく女。
『な、何なんだよ⋯⋯何なんだよッ!』
女の⋯⋯仲間の突然の変異に冷静さを欠く青年。持っていた軽機関銃を構えて仲間であった女めがけて鉛玉をぶち撒けた。
『死ねね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええぇっ!』
襲いかかる銃弾に轟音と埃が舞い踊る。その踊りに終わりは無く、永遠と続く曲の無限ループの様だ。
『ハハッ! 俺の技能は『弾丸補充』ッ! この銃弾の嵐に⋯⋯終わりはないッ!』
「⋯⋯きゃハっ、なら⋯⋯その筒を壊したらどうデスカ?」
終わりなき協奏曲。しかし、そこに終止符を打つ様に女の声とナイフが飛び出した。
『——ッ!?』
女の声に一瞬の注意を奪われた青年はそのナイフを避ける術はなかった。
ナイフは一直線に銃口へ向かい、ガッと音を立て弾の次填をやめる軽機関銃。青年が何度も引き金を引き返そうと次の弾丸が発射されることはなかった。
『何だよ⋯⋯これ⋯⋯おい、クリ⋯⋯ス?』
動かなくなった軽機関銃を投げ捨て後ろにいたはずの冒険者に別の銃を借りようと声をかけるが——、
『なん、でだ⋯⋯? 何処に行ったアイツッ!?』
青年が振り返った先に求めるべき相手はいなかった。それどころか、隊長も桃矢の姿もなかった。
助けを求める相手がいなくなったことに気づいた青年は——、
『どうして俺が⋯⋯こんな目に⋯⋯!』
「ユーは覚悟が⋯⋯決まったのデスカ?」
『ヒッ!?』
銃弾の嵐が止み、止まっていた足音が耳に届く。埃が舞い、先の見えない場所から一歩づつ確実に近づく声と足音。
「嗚呼、ユーは死ぬのデス。罪状は⋯⋯ミーの同胞を殺しまくったこと⋯⋯デス!」
ついに姿を見せるほどに近づいた女。右手にナイフを逆手に持ち、左手には鎖が蛇の様に絡まっている。
『い、いやだ⋯⋯俺は⋯⋯こんな所で死にたくないっ!』
青年は女に背を向けて走り出した。しかし——、
『うぐあっ!?』
何かが走る足に絡まった。それがキッカケとなり青年はバランスを崩し倒れてしまった。
ガチャガチャと金属音を立て青年の足を拘束するのは——鎖。その鎖に気づいた青年の視線は自然ともう一方の端を見つけようと鎖を辿った。すると——、
「それはユーの我儘デス。そんな事をミーは聞く気はありませんデス」
女の左手に絡まっている鎖。そこから一本、その一本が青年の足に絡まっている鎖に繋がっていた。
一歩づつ確実に近ずく女。少しでも離れようと青年は尻餅をついた状態で後退する。
『いやだ⋯⋯いやだ⋯⋯何で俺が⋯⋯何で俺なんだよっ!?』
「怖いのデスカ? 恐ろしいのデスカ? 後悔しているのデスカ?」
『頼む殺さないでくれ! 俺は⋯⋯俺はまだ死にたくない!』
「⋯⋯キャはッ!」
『うっ⋯⋯』
遠ざかる青年を鎖で引っ張り逆に近づける女。急に引っ張られた青年は頭を床に打ちつけながら距離を詰めた。
もう、青年と女の距離は手の届く範囲。そして女は持っていたナイフを振りかぶった。
『た、頼む! 何でもする! もうお前達を⋯⋯魔物を殺さない! だから、だから命だけは⋯⋯!』
青年の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。それでも目をいっぱいに開き懇願するが——、
「きゃハッ! だ~め、デスヨッ!」
——あっさりとナイフを振り下ろされ、青年の顔は恐怖に歪んだ形で半分に切り落とされた。
応援ありがとうございます!
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