ダンジョンマスターは魔王ではありません!!

静電気妖怪

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二章〜世界文明の飛躍〜

28話「不器用な機械と哀れな植物」

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 薄っすらとした明るさが足元を照らす。どこかに光源があるわけでもないのに視界が確保される不思議な感覚。
 映るのは苔むした石畳の階段。大理石の様に角が綺麗に整えられていることはなく、所々欠けている。
 一段一段下がる螺旋状の階段は果たして確実に下がっているのだろうか?
 もしかしたら一段一段上がっているのではないだろうか? ——処刑台と言う死をもたげた怪物の口へ。


「こっからはさっきの男達が入ってない場所でしょ? 気をつけて行くよ」
「⋯⋯うん」
「⋯⋯分かってる」


 体感で半分は降っただろうタイミングで真里亞が声をかける。
 他の二人も慎重な返事をするが、意外なことに魔道具を握るその手に震えはなかった。
 単純に興奮が恐怖に勝っているから、と言うだけだが⋯⋯果たしてどこまで持つだろうか。


「⋯⋯ようやく終わりか」


 先頭で歩いていた真里亞が螺旋階段の終わり、光を目に入れる。


「それじゃあ先にアンタ達が行きな」
「「⋯⋯え?」」


 そのままの調子で真里亞が先頭を切るかと思ったら意外にも冷静だったのか幸を美香を偵察に行かせようとする。


「で、でも⋯⋯」
「私たち⋯⋯そんな⋯⋯」
「あぁ? アタシの言うことがきけないの?」
「「⋯⋯」」


 躊躇う二人。しかし、真里亞の睨みと手に持つ二丁の魔道具を見てその重い足を動かした——否、動かすしかなかった。動かさなければここで死ぬのだから。


「中に入って危険がなかったらアタシ等を呼びな。もし魔物がわんさか居たら⋯⋯叫んでよね?」
「「⋯⋯はい」」


 膝が笑う。支配者が嗤う。過去の過ちが嘲笑う。そして、隣に立つ親友が微笑う。
 戻っても死、入っても死。ならばせめて⋯⋯過去の償いとして前へ進もう。
 幸と美香は互いが互いの手を取った。折れかけている心に支え技の様に当てるように。
 一歩一歩踏み出し自らが受ける罰をしっかりと目に焼き付けた。そして——、


「⋯⋯う⋯⋯そ」
「⋯⋯なんで⋯⋯?」


 光の中に消えていった二人の反応は真里亞達が予想していたものとは大きく違っていた。
 弱々しく紡がれた疑問の声に何かを感じた真里亞は直ぐに光の中に駆け込んだ。


「ちょ! 真里亞!」
「なに!? 急にどうしたの!?」


 取り巻きの二つの声は既に真里亞の耳には入っていなかった。
 無心で光に飛び込み幸と美香が見た光景を目に映す。


「⋯⋯なんでアンタがココにいんのよ?」
「はぁ、はぁ⋯⋯ちょっと、早すぎ真里亞⋯⋯ってあれ!?」
「なに? どうし⋯⋯うそ⋯⋯」


 真里亞に連れられ他二人もようやくその非現実を驚きで大きく開かれた目に突きつける。


「⋯⋯久しぶりだね⋯⋯幸、美香」
「どうして⋯⋯」
「ほ、本当なの⋯⋯?」


 ——いつの日か消えたあの頃の姿を残し、


「真里亞⋯⋯ちゃんと覚えてくれてたのね」
「⋯⋯どう言うことよ」


 ——いつの日か見た姿から大きく変わり、


「そっちの二人は⋯⋯あんまり面識がなかったかな?」
「⋯⋯真里亞から聞いてるよ」
「⋯⋯そうね」


 ——怒りと憎悪に全てを委ねた様な姿で、


「「「「「⋯⋯香」」」」」
「あはははっ!」


 緑色だった全身はいつの間にかドス黒く変色し、蔓の様に伸びていた髪はドロドロに腐食している。
 瞳の色は金色に変わり、その瞳孔は大きく開き獲物を⋯⋯真里亞達狙っている。
 際限のない怒りが彼女を強くし、際限のない憎悪が彼女を残虐に変えた。
 そんな香が一歩踏み出せばその場所から世界は一変し黒く濁った木々が世界を彩る。そして——、


「ほんとうに⋯⋯ホントウニ⋯⋯ありがとう、ありがとう! ゼロチャン!」


 次の瞬間には真里亞達が入ってきた最下層への階段は鋼鉄の扉で閉ざされていた。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 時刻はギルドが魔道具の実験を始めるために【植物のダンジョン】へやってくる前に戻る。


「⋯⋯ここが」


【植物のダンジョン】の上空で一つの飛行物体が地上を見下ろしていた。
 全身が様々なパーツで作られた機械の少女、零が香のダンジョンを遂に突き止めたのだ。


「あまり時間が無い」


 零は知っていた。
 あと数時間後には多くの冒険者が魔道具を手に持ちこのダンジョンへやって来ることを。
 零は知っていた。
 魔道具の威力と冒険者の力を持ってすれば今の香では太刀打ちができないと言うことを。
 零は知っていた。
 入って来る冒険者の中に香が復讐を誓った彼女達がいると言うことを。


「⋯⋯」


 半分が鋼鉄、もう半分が電子的な存在である彼女にとってはネット情報が主軸のこの世界は遊び場の様なものだった。
 故に香の居場所を知ることができる。
 故に響にできなかった償いができる。
 故に零の願いを叶えることができる。


「⋯⋯」


 零は神妙な顔持ちで【植物のダンジョン】へ入った。
 自身の罪滅ぼしのために、彼女の願いを叶えるために、そして——。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「⋯⋯酷い」


 ダンジョンへ入って一番に言葉になったのは悲しみだった。
【人類】にとってはただの密林にしか見えない光景だが、同じ【ダンジョンマスター】としては別に考えることがあったのだ。

 ——魔物がいない。

 香は異世界で無理な戦いをしたせいで保有していた魔物の大半を失っていた。そして、その際に階層主となる魔物が死んでしまったために新たな魔物が生まれなくなってしまった。
 ダンジョンにとっての魔物は、人間にとっての細胞に近い。魔物が多ければ多いほど活発的に循環するが、循環が止まればダンジョンは機能自体を止め、やがて——消える。


「⋯⋯まだ【ダンジョン】は死んでいない。まだ、終わらせない」


 零は胸部を守る魔物のジェット噴射で一直線に階段へ向かう。内装はある程度把握している。正確な位置もその場でなんとかなる。だから——


「⋯⋯絶対に不幸にはしない」


 ——まだ無事である彼女を信じ、確信して最下層を目指した。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

「着いた」


 最下層への光。
 石畳の螺旋階段を下りきった零は香がいる最下層の直前まで来ていた。その過程で二階層の魔物をそれなりに確認したためか零の言葉には余裕が見られる。


「⋯⋯」


 そして零は遂に巻き込んでしまった少女を救うべくその光の中に姿を飲み込ませた。視界に映ったのは——、


「⋯⋯ぜろ⋯⋯ちゃん⋯⋯?」
「——っ!?」


 元気な彼女の姿⋯⋯ではなかった。
 既に全身の所々が枯れて茶色に変色していた。最後に見た時からでは想像もできなかった事態。
 零は驚いたものの直ぐに我に戻り香の元へ駆けつける。


「何故!?」
「あはは⋯⋯分かんないんだけど⋯⋯魔力使い過ぎちゃったみたいで⋯⋯体が上手く⋯⋯動かないんだ」


 膝を折り抱き上げる零。上から覗き込む香には憔悴と疲労が色濃く見える。
 何故これほどまでに憔悴しているのか?
 何故これほどまでに無理をしたのか?
 何故これほどまでに不幸なのか?
 何故何故何故と疑問が並び平行的に紐解かれていく。そして——、


「⋯⋯【ダンジョン】の強制保護⋯⋯?」


 零は一つの解答にたどり着いた。
【ダンジョン】の構造物は基本的には破壊不可能だ。
 当然、中には素材として持ち帰れるため壊せる物もあるが建物や木、壁などの建造物は基本的には壊すことはできない。
 それは強制的に引き出されている【ダンジョンマスター】の魔力によって保護されているからだ。
 しかし、その保護が消えれば破壊することはできるが【ダンジョン】内で循環している【ダンジョンマスター】の蓄積された魔力を打ち破るには相当の力がいる。
 それこそ勇者でなければ⋯⋯否、勇者であっても扉一枚が概ね限度だ。

 しかし、前提条件が変われば話が変わる。
 もし、【ダンジョンマスター】の魔力が少なかったら?
 もし、循環できるスペースが少なかったら?
 もし、【ダンジョン】その物が破壊しやすいものだったら?
 もし、そんな偶然が重なればどうなるか?
 結果は香の様に強制的に吸引され枯渇し、憔悴するのだ。


「【ダンジョンマスター】は無意識の内に【ダンジョン】を保護する。それは、人間の免疫がウイルスから意識を媒介することなく守ることと同じ様に」
「⋯⋯そう⋯⋯なんだ」
「【人類】が真っ先に考えつくのは焼き払い。しかし、それ焼き払いから【ダンジョン】を守るには⋯⋯相性が悪過ぎた」
「じゃあ⋯⋯私は【ダンジョン】を守るために⋯⋯こうなったんだね⋯⋯?」
「⋯⋯そう」


 零の中で迷いが生じる。
 本来ここへ来たのは香の願いである復讐を果たすかどうか。果たすならば手伝おうと思っていたからだ。
 しかしこの状況では⋯⋯


「⋯⋯香」
「⋯⋯なに?」
「貴女に伝えたいことがあってここに来た」
「⋯⋯そうなの?」
「そう。ここにはもうじき⋯⋯貴女を【ダンジョンマスター】に追いやったクラスの人間がやって来るが⋯⋯どうする?」
「⋯⋯どうする、って?」
「復讐して死ぬか、今ここで直ぐに死ぬか。当然、復讐をしたいなら手伝う。しかしどの道、今の貴女はこれ以上は生きられない。だから——」


 ——せめてもの償いとして貴女の十字架を私に背負わせて欲しい。
 それが零の目的だった。
 巻き込んでしまった香を、利用してしまった響を例え善意からだったとしても結果敵に不幸にしてしまった彼女の最後のケジメだった。


「⋯⋯」
「私は⋯⋯どうすれば良い?」
「⋯⋯零ちゃん」
「何?」
「あのね⋯⋯」


 香は覗き込む零の顔に真正面から向かいあった。少ない選択肢から沢山考えた結末を伝えるために。


「私は⋯⋯復讐したい、ってずっと思ってた。その気持ちは今も⋯⋯あんまり変わらないかな」


 香は真剣だった表情を崩しはにかむ様な笑顔で零を見つめた。
 悪いとは分かってるけど仕方ないよね? そう言っているかのようだ。


「私さ、【ダンジョンマスター】になって一杯嫌なことを感じた。両親には会えないし、友達には裏切られるし、一回死んじゃうし、変な姿になるし、殺されかけるし」
「⋯⋯」
「でもね、そんな嫌なことばっかのこんな生活でも良いことがあったんだ」
「⋯⋯良いこと?」
「うん! それはね⋯⋯零ちゃんと仲良くなれたことだよ?」
「⋯⋯は?」


 鳩が豆鉄砲を食らった、そんな表現がピッタリと言わんばかりに零は開いた口が塞がらなかった。
 助けるどころか大きな戦いに巻き込み、危険な橋を何度も渡らせ、終いには死ぬ瀬戸際にやってきて復讐するか? と聞いてくる奴と仲良くなれて何が良いことなのか。
 零には全く理解できなかった。


「私は人間だった頃から零ちゃんのこと結構気にしてたんだよ? 綺麗だし勉強できるし、でも静かであんまり話してくれないから全然仲良くなれないし」
「貴女が⋯⋯私のことを⋯⋯?」
「うん! だからさ⋯⋯この復讐は私と私の友達の問題。本当は手伝ってもらわないとできないことかもしれないけど⋯⋯これは私だけでやりたいの」
「⋯⋯」
「だから、今から来る子達への復讐は私がやりたいの。零ちゃんの手は汚させたくない」
「⋯⋯私に手はもう⋯⋯汚れきっている」
「ううん、そんなことは関係ない。零ちゃんにこれ以上の物を背負わせたくないの!」
「⋯⋯」
「こんな私の我儘なお願い⋯⋯叶えてくれる方法はあるかな?」
「⋯⋯」


 巻き込んでしまった少女からの巻き込まないお願い。文句や怒声を聞くことを考えていたが少女は一切自分を責めなかった。
 それがどこか嬉しく、どこか寂しく感じたのは多分気のせいだ。だって機械なのだから。


「⋯⋯無理かな?」
「⋯⋯」


 零の中で答えは出ていた。しかし、それは彼女にとっては最も辛い物であった。


「⋯⋯方法はある」
「本当!?」
「だが⋯⋯それは私にアドバイザーの魔物がしたことをしろと言っている様なものだ」
「⋯⋯え?」
「貴女の感情を扇動し、操る。そして、その身を破滅に導く。そんな方法しか私には思いつかない」
「⋯⋯」
「⋯⋯それが貴女の願いなら聞き入れる。どうする?」


 再び問われる質問。
 香は知っている。どれだけ零がアドバイザーの魔物を憎悪しているかを。それは一年という長いけど短い時間を通して知り得たことだ。だから——


「⋯⋯ごめん零ちゃん」
「⋯⋯そうね。なら別の——」
「その方法を教えて」


 ——香は零に罰を与えた。罪の意識を消すためにそれ以上の罰を。


「——ッ!」
「もう一度言うね。その方法を教えて。これが私の願いだから」


 電子的な考えしかしない零には到底思いつかない責任の奪い方。
 驚く零は香を見るがそこには憎悪は無く只々と慈愛に満ちた瞳がこちらを見据えていた。


「⋯⋯何故? 何故貴女は私にそれを強要する?」


 何故慈愛を向けてるのか?
 何故憎悪を強要するのか?
 零には分からない。分からないから——、


「お願い。それを教えてくれたら零ちゃんは何もしなくて良いから」
「⋯⋯わ⋯⋯かった」


 従うしかなかった。それが自身に下される罰なのだと甘んじて。
 そして零は進まない口をゆっくりと動かし、知っている知識を噛み砕いて説明した。


「⋯⋯方法は単純。戦いの直前に【ダンジョンコア】を取り込む。これで一時的に全快⋯⋯いえ、それ以上の戦いが可能」
「あの大きな水晶を⋯⋯取り込む?」


 零の説目に香の視線は最下層の奥に鎮座されている葉を象った水晶へ向く。
 大きさは両手のひらサイズ。とてもではないが飲み込むことはできない。


「取り込む方法も単純。手に持って飲み込むイメージを作ればそれだけで水晶が溶けていく」
「へ~、そうなんだ。全然知らなかった」
「⋯⋯知る必要はないから」


 零は複雑そうな表情で香の質問から逃げる。香も追及しようか考えるが今となっては不要であり、迷惑かもしれないと考え直した。


「それじゃあ後はやって来る子達が来れる様に誘導しなきゃね」
「それは私がやっておく」
「え?」
「私が舞台を整えるわ」
「で、でもそれじゃあ——」
「当然、私は手を汚さない。偶々通りかかった私が、偶々あった冒険者を恐喝し、偶々その冒険者がその子達にここへの道を教えてしまう。それはただの偶然で仕方がないこと」


 ポカン、と空いた一泊の間。
 聞いたことのない零の早口の説明に一瞬何も考えられなくなったがその一瞬が過ぎれば、


「⋯⋯ぷっ! ああははははっ!」


 香は手で口元を隠しても抑えきれない笑いを大きく出した。
 止まらない、止めたくない笑いが香の中を豊かなものにする。

 彼女はこんなにも律儀な人なのか。
 彼女はこんなにも無茶な人なのか。
 彼女はこんなにも——


「何がおかしい?」
「別に⋯⋯ぷっ! 別におかしくは、ふふっ、ないよ?」
「な、どうして笑うの!?」
「あははっ! だあって、ふふっ」
「⋯⋯だって、なに?」
「う~んとね⋯⋯」


 ——こんなにも人思いな少女なのだろうか。


「教えな~い!」


 香は体を起こし重いけど軽く感じる足取りで零から離れ【ダンジョンコア】の元へ向かった。


「⋯⋯」


 零は今にも倒れてしまいそうな香をジッと見ていたが、その不安は杞憂に終わり香は【ダンジョンコア】を手に取った。


「⋯⋯こんな物が私の願いを叶えてくれるんだ」
「⋯⋯そう」


 慈しみながら【ダンジョンコア】を胸に抱き、腰を落とした香は目を閉じる。
 人間だった過去は色褪せ、人間をやめた過去が色濃く思い出される。
 辛かった、苦しかった、壊れていた日々から救ってくれた機械の少女との思い出が唯一の支えであった。


「⋯⋯」


 瞑目し座っている香を暫くジッと見ていた零は時間を確認すると立ち上がり最下層の出口へ向かった。


「⋯⋯ごめんなさい」


 零にはその一言が聞こえたかは分からない。だが、たとえ聞こえていなかったとしても言っておかなければならなかった。


「そして——ありがとう」


 そうして零は巻き込んでしまった不幸な少女の最後の願いを叶えるべく準備に取り掛かった。
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