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三章〜神龍伝説爆誕!〜

48話「神龍、決戦の時を願う!」

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【妖物のダンジョン】一階層は単純な洞窟造りであった。
 小妖物にあたるゴブリンが跋扈し、そのズル賢さを持って侵入者の裏をかきにくる。

 二階層は百の鬼達がその身をもって迎え撃つ闘争の階層。シンボルである巨大な桜まで到達するために百鬼を滅ぼすか、あるいは逃げ切ることでクリアとなる逃走の階層。

 そして、中間の層はあえなく飛ばされて流は——


「ではでは~⋯⋯準備はいいかな?」
「備えとは怖れを知る者に必要なものだ。この先に貴様の主人が居るのだな?」
「居るわよ~。ユウちゃん⋯⋯正直、舐めてかかったらタダじゃ済まないわよ?」
「フッ⋯⋯我を愉しませるつわものかどうか見定めさせてもらうぞ」
「そう⋯⋯後悔しても知らないからね」

 ——足元に浮かび上がった魔法陣が光を放ち紅桜と共に姿を消した。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


 光が視界を覆ったのは一瞬のことだった。
 見えていた桜景色が白一色に変わり、色彩を帯び始めたときには桜景色は影も残っていなかった。
 代わりに、


「さて⋯⋯と、ここは最下層の一つ手前⋯⋯って言っても分かりにくいわね⋯⋯この先にユウちゃんが居るはずよ」


 禍々しい両開きの扉が視界を覆っていた。
 そして、周囲を見ればとても歓迎されているとは感じられなかった。
 心もとない蝋燭の灯火がユラユラと揺らめき、数々の不気味な調度品が揺れる光に照らされながら一層に気色悪さを際立たせていた。

 扉の方もよく見れば浮き彫りされておりそれが一種の彫刻であることもわかった⋯⋯ただし、光源が小さいために気付くまで時間がかかったが。
 そんな周囲の光景を一通り目を通した流は扉に近づき片手を当てた。そして、


「このカッコい⋯⋯じゃなかった。この扉の先に居るのだな?」


 つい本音が漏れてしまったのだった。


「⋯⋯え? 今なんて言おうとしたの? この悪趣味そのものの扉をカッコいいとか思ったの?」
「⋯⋯」
「え? なになに? どうしたの黙っちゃって? この気持ち悪~いドアがカッコよかったの?」


 本音が出てしまった流は紅桜に振り返ることなく黙秘した。
 しかし、その行動が逆効果となり紅桜は新しい玩具を見つけたかのように目を一層輝かせた。


「ねぇねぇ! ジンリュウちゃん! どうしたの? なんで静かなの?」
「⋯⋯」
「返事してよぉ~! あ! わかった! もしかしてお腹痛い? それとも⋯⋯怒なの?」
「⋯⋯⋯⋯(ピキッ)」


 流の額に青いモノが立ち上がった。
 正直な所、本音であることは間違いない。だから、何と言われようとも気にはしないのだが⋯⋯なぜか腹が立つ。


「ん゛ん゛っ。これほど悪趣味な扉にあきれただけである⋯⋯して、なぜ我をここに連れてきたのだ?」


 こんな所で怒っても仕方ないと思考した流は案内されたときから気になっていた話題をぶん投げた。
 決して、このまま話していたら弄ばれると考えたわけではない⋯⋯決して!


「あ~、それは簡単よ。だってあの調子ならジンリュウちゃんに勝てる子がいないもん。正直な所、ワタシ達やユウちゃんを除いたら激オコババアが一番強いしね~」
「⋯⋯なるほど。必要以上の犠牲を出さないための苦肉の策、か」
「ま、それは建前で単純にユウちゃんが会いたかったって言うのもあると思うけどね~」
「そうか⋯⋯なら!」


 流はそう語尾を強めながら異形な姿を象る扉に両手をかけ、


「その勇気が蛮勇か! 無謀か! 試させてもらうぞ!」


 力の限りでこじ開けた。

 見た目通りの重さを感じさせながら扉は地面を擦りながら進む、進む、進む。
 ガリガリと音を立てては、薄い帳がかかった空間に新たな光を覗かせる。そして、その扉の先には、






「蛮勇か無謀か⋯⋯残念だが二つとも外れだ。余が持つのは⋯⋯勝者の余裕なのだから」





 真っ平らな土色の地面が広がり、石造りの無人の観客席が取り囲む。
 そこは、敗者が逃げることのできない氏を宣告する場⋯⋯決闘場コロッセオ

 そして、その中心部に立つのは一組の男女。
 男は頭からつま先まで黒で塗りたくったように全身が統一されている。お陰で、長い黒髪から覗かせる右目の眼帯があまり目立っていない。
 一方、少女は蒼色の着物を着、男の従者のように半歩下がっている。捻くれて言うならば、男の近くに寄りたくないのかもしれない。


「我の名は神龍。貴様が⋯⋯この【ダンジョン】の主人か?」
「その質問の仕方なら答えは『yes』だ。そして、余の名は⋯⋯鬼龍だ」


 男⋯⋯鬼龍と名乗った者に流は全身を雷で打たれた気分になった。
 それはまるで、再会を誓い合った親友の様に。
 それはまるで、永遠を請い願った恋人の様に。


「鬼龍⋯⋯」
「神龍⋯⋯」


 両者が感じ、考えたその先は全くの同じ。その答えは握り締められた拳、体重を乗せた足が物語っていた。そして——


「冥土へと旅立つがいい⋯⋯神龍ッ!」
「昇天するは貴様の方だ⋯⋯鬼龍ッ!」


 ——両者が同時に駆け出し、拳を突きつけた。


「⋯⋯ッ!?」
「うそぉっ!?」


 二人の衝突は一種の衝撃波を生み出した。衝突地点から少し離れていただけの墨桜と紅桜は驚きを顔に出しながら直ぐに後退した。
 一方で、衝撃の中心にいる二人は——


「この地上に二体も龍は要らぬッ!」
「貴様の様な深淵を纏う龍を地上に野放しにするだと? 滑稽な冗談は大概にしておくのだなッ!」
「ハッ! 暴虐と傲慢で着飾っただけの愚龍よりかは幾分も上等ではないかッ!」


 最初の一撃に続く攻防。鬼龍は腰の刀を抜くことなく流と同様に徒手空拳のみで打ち合い続けている。
 断続的に起きる衝撃の波。しかし、彼らにとってはこの程度の戯れはまだお遊びの域を出ていない。


「フンッ、この程度はついてこれる様だな神龍よ」
「いつから貴様がリードしていると錯覚した? この踊りには我が付き合っているにすぎんのだよ」
「減らず口が⋯⋯深淵を覗かぬ貴様はその深さを、尊さを理解できぬ操り人形マリオネットにすぎない!」
「闇にばかり固執した貴様に明日を切り開く光が⋯⋯絶望より出る希望を知らない道化ピエロなのだよ!」


 互いの最低限の力量を把握した二人はついに遊戯を終え、次なるステージへと進む。


「唸り、轟かし畏れを刻め⋯⋯『暗黒龍砕』」
「正義に祝福を、愚者に断罪を⋯⋯審判を下す神龍の闘剣ギルティージャッジ


 鬼龍は腰に下げていた漆黒の刀を抜き、流は圧縮された光によって神々しさすら見せる光の剣を生み出した。
 もしも、只人がこの状況を見るならばどちらも力を飾って誘惑する悪魔の剣にも、選ばれし英雄を讃える聖なる剣にも見えるだろう。


「奈落に堕ちろ神龍ッ!」
「浄化されろ鬼龍ッ!」


 二つの相反する気色が、正義が、互いを滅ぼすことだけに注がれより一層の破壊を生み出していた。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「まさか主と同等の力を持つ人間がいるだなんて⋯⋯」


 一時退避した墨桜は決闘場コロッセオの観客席の最上列に腰を下ろしていた。
 眺める先は当然だが彼女の主人である鬼龍と流の戦いの風景。
 そして、彼女が唖然としながらも眺めていると近くに紅桜がやって来て腰を下ろした。


「どおどお? ジンリュウちゃんの実力は?」
「ええ、お陰様で予想を遥かに超えて⋯⋯もはやアレが人間の枠に収まっていることを否定したくなるほどですよ」
「あっは~、やっぱり? アタシもあの子を人間だなんて認めたくないわよ? なんせ、『大罪スキル』を持ってもないのに激オコババアを圧倒してたのよ?」


 紅桜の驚くを超えて呆れていますと言わんばかりの物言いに墨桜は一度だけ物怠げな表情を作り、溜息を吐いた。


「そこなのですよ、そこ。普通の人間は酒呑童子の様な怪物を倒せるはずがないのですよ。ましてや、『憤怒』まで持っているのにあの有様⋯⋯」
「でもでも~、ボロ雑巾の様にしたのは結果よ? 結果は過程よりも重く受け入れるべきだぞ!」
「⋯⋯んなこたぁ貴女に言われなくても分かってますよ。問題は彼が酒呑童子を倒した上に勇者でも無ければ賢者でも、ダンジョンマスターでもない、という事」


 一層に疲れを増していく墨桜の口からはまたもや「はぁ⋯⋯」と大きな溜息が漏れ、戦いを眺めながら物思いに耽っていた。


「ティアちゃんの『目』でもう少し深くまで分かれば良かったのにね~」
「⋯⋯確かにそうですが、これ以上は高望みです。種族と雑多なステータスが分かるだけでも感謝していますよ」
「だよねぇ~」


 紅桜も話すことに飽きたのか適当に返しながら戦いの風景に目を向けた。そして丁度に素手から武器を使ったモノに変わった。


「あ、ユウちゃんもう剣を抜いちゃうんだ~」
「それほどあの人間の力量が素手では分からない、という事なのでしょうね」
「ん~、そうなんだろうけどさ⋯⋯でも、楽しそうだよねぇ」


 紅桜の視線の先は確かに鬼龍と流に向かっていた。そして、その目で捉えていたのは⋯⋯まるで戦いを喧嘩の様に楽しむ二人の姿だった。


「⋯⋯全く、殺し合いをなんだと思ってるんだかあの馬鹿主は」


 紅桜の指摘に溜息を吐きながらも墨桜は立ち上がった。


「あれ? もう行くの?」
「ええ。あの様子だと直ぐに刀剣での戦いも終わりを迎えるでしょう? いくら我等の主が負けるはずがないと分かっていても私達が必要では無い訳ではありませんから」
「えぇー! もうちょっと眺めていたくない?」
「我儘言わないで下さい。私がこうして動いているんですよ? 貴女が動かない訳にはいきませんからね?」
「うへぇ⋯⋯メンドくさいの」


 墨桜の妙に有る説得力に押し負け紅桜はその重い腰を渋々といった表情で持ち上げた。
 そして二人は一段づつ石造りの階段を降り、今も壮絶を極めている戦いに近づいて行った。
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