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三章〜神龍伝説爆誕!〜
58話「古の王達が宴」
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そこはとても不思議な空間——海の一部が喰い千切られたかの様な空洞があった。
空洞の外は海中生物が縦横無尽に飛び回り、本能に従い喰らい合い、逃げ惑い、命を創り出していた。
水族館のような生優しい世界観はなく、弱肉強食が不文律のもと全ての生き物がひたすらに己の『生』を貫いていた。
そして、中央で鎮座する人物もまた、己の『生』を貫くように顔を上げた。
「あぁ? 三守か、ンの用だ?」
癖毛の強い金髪のポニテは巨大魚の尾の様に揺らぐ。
キツく吊り上がったの瞳は黒真珠の艶の様に写した。
時折に覗き込む鋭い犬歯は肉食魚の牙の様に煌めく。
そして、身に纏うのは鮮血を浴びたかの様な特攻服。背中には金色の刺繍で三文字——『下克上』と施されている。
そんな、絶対王者の風格を魅せる女性——喰貝翠華は座してもう一人の王の口火を待った。
「お久しぶりです。喰貝さんはお元気そうですね」
定型分な返しをしたのは一人の少年。
低めの身長、長方形のメガネ、直す気のない寝癖、そして——蟲。
無視できないほどの小さな蟲、蟲、蟲、蟲、蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。
夥しい量の蟲を従えた少年——三守治虫を一言で表すなら、陰湿だった。
「悪いお知らせと悪いお知らせがあります。どちらが聞きたいですか?」
陰湿な少年は性格の悪い話方で持ちかけた。
ゲンナリする様な選択。同じことを言うなら「悪いお知らせが二つあります」の方が良いだろう。しかし、三守はあえてこの表現をする——陰湿だから。
「どっちも悪い話じゃねぇか、ボゲが。んでもいいからさっさとしやがれ」
「わかりました。それじゃあ、悪いお知らせからです——桐生君が捕まりました」
「⋯⋯は?」
あまりにもあっさりと放たれた特大の一撃に喰貝は一瞬思考が止まった。
聴き間違えたかと思い左手を額に当て悩んだ後、三守に向き直ったが——、
「桐生君が捕まりました。人間側に」
——嫌らしい性格が垣間見えただけだった。
「オイ! テメェ、それはどういうことだ! ちゃんと説明しやがれ!」
「そのままの通りです。桐生君が人類側の強者に倒され、捕まりました」
「あの厨二バカだぞ?! ちゃんと裏はあんだろうな!」
話された内容を依然として信じていない喰貝。
そんな喰貝の様子に、三守は「疑り深いですね」とため息を吐きながら続けた。
「僕でもそんな笑えない冗談は言いませんよ。ダンジョンの方に行って桐生君がいないこと、ダンジョン自体が機能していたこと、そして酒呑童子からの説明を受けてきました。これで信じてもらえますか?」
三守の説明を聞いていくうちに信じざるを得なくなった喰貝。
徐々に表情は曇り、最後には手を目頭に当て天を仰いでしまった。
「これが本当の『虫の知らせ』ですね」
「⋯⋯それ、意味違くねぇか?」
「驚きました、喰貝さんって見かけによらず博識だったんですね」
「それは馬鹿にしてんのか! あぁ?!」
知らせに来た内容だけに、落ち込んでしまった空気を茶化すように三守は戯けた。本人の陰湿な雰囲気と態度からでは煽っているようにしか見えないが。
そして、三守は両手を上げながら降参のポーズをすると、喰貝も怒る気力を失い再度現実に思考を戻した。
「⋯⋯ホントにあのバカは負けたのか」
「不幸中の幸いなのは、桐生君はまだ死んでいないことですね」
ダンジョンが機能するにはダンジョンマスターとダンジョンコアの両方の存在が不可欠である。
そのため、ダンジョンが問題なく機能している間はどちらも存在していることになる、と言う三守の推測だ。
「じゃあ、どうすんだ? こっちから仕掛けっか?」
「それは悪手です。万全の状態で桐生君が負けたのなら、ダンジョンの外で喰貝さんが勝てる可能性はないです」
「んなの! やってみなきゃぁ、わっかんねぇだろ!」
「やってみないと分からないことをしてはいけないのです!」
先程まで淡々と話を進めていた姿から打って変わった怒声。
三守は「失礼⋯⋯」と眼鏡をかけ直しながら荒くなった語気を収めた。
「もし、喰貝さんまで捕まったら⋯⋯もう僕達の悲願は達成できません」
「⋯⋯っ、わぁったよ」
二人とも感情の起伏が激しい性格なのか、三守のアップダウンに釣られて喰貝もまた水をかぶった様に冷めてしまった。
「それじゃあ、バカはどうすんだ? ほっておくのか?」
「いえ、細近さんに出てきてもらおうと思っています」
「⋯⋯雛が出てくるか? アイツはアレ以来ダンジョンに篭ったきりだぞ。連絡だって取れてねえし」
「僕が出向きます。大きな目覚まし時計を持っていきますし、恐らく起きてくれると思います」
ニタリ、と口角を上げる三守。
メガネに光が反射してその奥が見えないが、歪んだ表情をしているのだろう。
「⋯⋯ロクでもねぇことを考えてる顔してんぞ」
「いえいえ、お姫様を起こすのは王子様ですが、王子様にはなれないので、せめて執事にでも、と思いましてね」
自覚すれば良いという問題でもない気がする、と呆れる喰貝は「はぁ⋯⋯」とため息を吐いた。
怒られるのも死ぬのも三守自身なので知ったことではないのだ、こんな陰湿な男に目をつけられるのが不憫でならなかった。
「で、オマエが雛を起こしにいくならアタシはどうすりゃぁいい? 待ってればいいか?」
「いえ、喰貝さんにも少し動いてもらいます。そして、ここからの話にもう一つの悪いはお知らせが関わってきます」
「あ? そういえばあったな、悪い知らせ。早く聞かせろ」
「せっかちですね、そう焦らないでください。もう一つの悪いお知らせは——新人がもう二人もリタイアしたことです」
「⋯⋯は?」
桐生の知らせと同じくらいに驚く喰貝。一瞬止まった思考が戻ってくるとあまりの不甲斐なさに怒りが込み上げてきていた。
「おい、おいおいオイオイッ! 嘘だろ!? 冗談だろ!?」
「嘘でも冗談でもないですよ」
「いくらなんでも早すぎるだろ! これが冗談じゃなねぇなんて笑えねぇぞ!」
「桐生君が倒されるくらいです。新人がこの世界で生きていくには少々難易度が高いのかもしれないですよ」
「うっ、くそっ! それを引き合いに出すんじゃねぇ⋯⋯あぁ? それをここで話したってことは、まさかテメェ——!」
「そうです、喰貝さんにお願いしたいことは——」
三守が現れて以来、一番の嫌な顔をした喰貝。そんな喰貝をよそに三守はニタリと陰湿な笑顔を浮かべながら——、
「——新人ダンジョンマスターを鍛えてもらいます」
——波乱を巻き起こす次なる一手を喰貝に託した。
空洞の外は海中生物が縦横無尽に飛び回り、本能に従い喰らい合い、逃げ惑い、命を創り出していた。
水族館のような生優しい世界観はなく、弱肉強食が不文律のもと全ての生き物がひたすらに己の『生』を貫いていた。
そして、中央で鎮座する人物もまた、己の『生』を貫くように顔を上げた。
「あぁ? 三守か、ンの用だ?」
癖毛の強い金髪のポニテは巨大魚の尾の様に揺らぐ。
キツく吊り上がったの瞳は黒真珠の艶の様に写した。
時折に覗き込む鋭い犬歯は肉食魚の牙の様に煌めく。
そして、身に纏うのは鮮血を浴びたかの様な特攻服。背中には金色の刺繍で三文字——『下克上』と施されている。
そんな、絶対王者の風格を魅せる女性——喰貝翠華は座してもう一人の王の口火を待った。
「お久しぶりです。喰貝さんはお元気そうですね」
定型分な返しをしたのは一人の少年。
低めの身長、長方形のメガネ、直す気のない寝癖、そして——蟲。
無視できないほどの小さな蟲、蟲、蟲、蟲、蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲。
夥しい量の蟲を従えた少年——三守治虫を一言で表すなら、陰湿だった。
「悪いお知らせと悪いお知らせがあります。どちらが聞きたいですか?」
陰湿な少年は性格の悪い話方で持ちかけた。
ゲンナリする様な選択。同じことを言うなら「悪いお知らせが二つあります」の方が良いだろう。しかし、三守はあえてこの表現をする——陰湿だから。
「どっちも悪い話じゃねぇか、ボゲが。んでもいいからさっさとしやがれ」
「わかりました。それじゃあ、悪いお知らせからです——桐生君が捕まりました」
「⋯⋯は?」
あまりにもあっさりと放たれた特大の一撃に喰貝は一瞬思考が止まった。
聴き間違えたかと思い左手を額に当て悩んだ後、三守に向き直ったが——、
「桐生君が捕まりました。人間側に」
——嫌らしい性格が垣間見えただけだった。
「オイ! テメェ、それはどういうことだ! ちゃんと説明しやがれ!」
「そのままの通りです。桐生君が人類側の強者に倒され、捕まりました」
「あの厨二バカだぞ?! ちゃんと裏はあんだろうな!」
話された内容を依然として信じていない喰貝。
そんな喰貝の様子に、三守は「疑り深いですね」とため息を吐きながら続けた。
「僕でもそんな笑えない冗談は言いませんよ。ダンジョンの方に行って桐生君がいないこと、ダンジョン自体が機能していたこと、そして酒呑童子からの説明を受けてきました。これで信じてもらえますか?」
三守の説明を聞いていくうちに信じざるを得なくなった喰貝。
徐々に表情は曇り、最後には手を目頭に当て天を仰いでしまった。
「これが本当の『虫の知らせ』ですね」
「⋯⋯それ、意味違くねぇか?」
「驚きました、喰貝さんって見かけによらず博識だったんですね」
「それは馬鹿にしてんのか! あぁ?!」
知らせに来た内容だけに、落ち込んでしまった空気を茶化すように三守は戯けた。本人の陰湿な雰囲気と態度からでは煽っているようにしか見えないが。
そして、三守は両手を上げながら降参のポーズをすると、喰貝も怒る気力を失い再度現実に思考を戻した。
「⋯⋯ホントにあのバカは負けたのか」
「不幸中の幸いなのは、桐生君はまだ死んでいないことですね」
ダンジョンが機能するにはダンジョンマスターとダンジョンコアの両方の存在が不可欠である。
そのため、ダンジョンが問題なく機能している間はどちらも存在していることになる、と言う三守の推測だ。
「じゃあ、どうすんだ? こっちから仕掛けっか?」
「それは悪手です。万全の状態で桐生君が負けたのなら、ダンジョンの外で喰貝さんが勝てる可能性はないです」
「んなの! やってみなきゃぁ、わっかんねぇだろ!」
「やってみないと分からないことをしてはいけないのです!」
先程まで淡々と話を進めていた姿から打って変わった怒声。
三守は「失礼⋯⋯」と眼鏡をかけ直しながら荒くなった語気を収めた。
「もし、喰貝さんまで捕まったら⋯⋯もう僕達の悲願は達成できません」
「⋯⋯っ、わぁったよ」
二人とも感情の起伏が激しい性格なのか、三守のアップダウンに釣られて喰貝もまた水をかぶった様に冷めてしまった。
「それじゃあ、バカはどうすんだ? ほっておくのか?」
「いえ、細近さんに出てきてもらおうと思っています」
「⋯⋯雛が出てくるか? アイツはアレ以来ダンジョンに篭ったきりだぞ。連絡だって取れてねえし」
「僕が出向きます。大きな目覚まし時計を持っていきますし、恐らく起きてくれると思います」
ニタリ、と口角を上げる三守。
メガネに光が反射してその奥が見えないが、歪んだ表情をしているのだろう。
「⋯⋯ロクでもねぇことを考えてる顔してんぞ」
「いえいえ、お姫様を起こすのは王子様ですが、王子様にはなれないので、せめて執事にでも、と思いましてね」
自覚すれば良いという問題でもない気がする、と呆れる喰貝は「はぁ⋯⋯」とため息を吐いた。
怒られるのも死ぬのも三守自身なので知ったことではないのだ、こんな陰湿な男に目をつけられるのが不憫でならなかった。
「で、オマエが雛を起こしにいくならアタシはどうすりゃぁいい? 待ってればいいか?」
「いえ、喰貝さんにも少し動いてもらいます。そして、ここからの話にもう一つの悪いはお知らせが関わってきます」
「あ? そういえばあったな、悪い知らせ。早く聞かせろ」
「せっかちですね、そう焦らないでください。もう一つの悪いお知らせは——新人がもう二人もリタイアしたことです」
「⋯⋯は?」
桐生の知らせと同じくらいに驚く喰貝。一瞬止まった思考が戻ってくるとあまりの不甲斐なさに怒りが込み上げてきていた。
「おい、おいおいオイオイッ! 嘘だろ!? 冗談だろ!?」
「嘘でも冗談でもないですよ」
「いくらなんでも早すぎるだろ! これが冗談じゃなねぇなんて笑えねぇぞ!」
「桐生君が倒されるくらいです。新人がこの世界で生きていくには少々難易度が高いのかもしれないですよ」
「うっ、くそっ! それを引き合いに出すんじゃねぇ⋯⋯あぁ? それをここで話したってことは、まさかテメェ——!」
「そうです、喰貝さんにお願いしたいことは——」
三守が現れて以来、一番の嫌な顔をした喰貝。そんな喰貝をよそに三守はニタリと陰湿な笑顔を浮かべながら——、
「——新人ダンジョンマスターを鍛えてもらいます」
——波乱を巻き起こす次なる一手を喰貝に託した。
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