怪力貴公子にハートを脅かされています

温風

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第一章 家庭教師と怪力貴公子

剣よりも大事なもの

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 フォルテさまと手合わせした日から、兄さまたちは懲りることなく離宮に訪問し続けた。
 お勉強の予定は狂うのだけれど、フォルテさまも二人と拳を合わせるのを楽しみにされていた。いつも静かな離宮が兄たちの訪問で活気付くのも、フォルテさまには嬉しいのだろう。
 そして毎回、兄さまたちはボロボロになって帰っていった。

 三ヶ月ほどそんな付き合いを繰り返し、兄さまとフォルテさまで話し合った結果、フォルテさまは騎士団の外部指南役に就任することに決まった。
 ただし、フォルテさまは頑なに、剣を持つことを拒んだ。
 これは意外な反応だった。常時帯剣こそ許されないものの、『第七王子に剣技の稽古を許可する』と、王宮が一筆くださったのだが。

「……よろしいのですか?」
「俺にとっていちばんは、サフィと過ごす時間だ。それさえ確保されるんだったら、ちょっと騎士の相手するくらい屁でもねーよ」
「そうではなくて! 剣を持たぬ、というお話です」
「なんだ、そのことか。七番目の王子は身軽なほうがいいだろ?」
「身軽って……でもフォルテさまは……!」

 お小さいころ、あなたは騎士に憧れていたではないか。
 巡回でやってくる近衛騎士たちを、憧れのまなざしで追っていたじゃないか。
 少年の日のフォルテさまを思い出して、胸が切なくなった。

「剣より大事なものがあるってことだよ」

 きれいに揃った白い歯を見せて、清々しく笑った。
 フォルテさまがどんな感情を内に秘めているのか、僕には分からない。けれど、その金色の瞳は静かに、底知れぬ輝きを放っていた。





「ふぉっ、フォルテ殿下っ! お相手、よろしくおねがしまっ」
「ふんっ!」
「……へっ? うわぁぁっ!!」

 騎士団の稽古場に嵐のような土埃が舞う。
 一瞬にして、大柄な騎士が地面に投げ倒されてしまった。剣技が達者と言われて入隊した新兵ほど、体術の経験は足りていないらしい。
 騎士たちの不得手な分野を底上げするために、フォルテさまのお力が活かされている。なんだか僕まで誇らしい気分になった。

「いいか? 相手が礼儀や剣技を知らねえ獣だったら、あんたはとっくに引き裂かれてるぜ」
「は……はい……」
「俺と組むときは、獣を相手にする気でかかってこい。相手の闘志を読むんだ」

 倒された騎士がよろよろと立ち上がる。
 虎を二つに引き裂いた経歴をお持ちのフォルテさまに言われると、ひときわ身に沁みるらしかった。

 フォルテさまは時折、騎士たちと手合わせするようになった。接近戦、殊に、肉弾戦訓練に、おおいにご活躍中なのである。
 フォルテさまご自身は、剣を佩かず、手に取りもしない。
 そこになんらかの美学を感じた騎士たちは「剣士」ではなく「闘士」として、フォルテさまを師と仰ぐようになった。

 しかし、それと前後して、「弟子志願者」と称す人たちがすり寄ってきた。
 へりくだる系の輩には興味が湧かないらしく、歯牙にもかけないが、権力に擦り寄る手段としてフォルテさまと懇意になりたい騎士もいる。手厳しいくらいの対応で、ちょうどいいと思う。

「おまえも(虎みたいに)真っ二つにしてやろうか?」と凄みのある顔で訊ねれば、下心のある者は二度と寄り付かなくなる。
 さすがはフォルテさまだ。


「どうすればフォルテさまに気に入られるんだ?」
「あのお年ごろはどうにも難しい……家庭教師に探りを入れるか?」
「公爵家の人だろう。下手に近づけば、こちらの不利に……」

 僕の耳にまで、そんな囁きが聞こえてくる。

 ちなみにフォルテさまには、気に入る人物と気に入らない人物との間に、明確な線引きがあるようだった。

「その三つ編み、まるで使用人じゃないか。麗しい君には似合わないな」

 もったいぶった口調で話しかけてきたのは、伯爵家の三男、カイル・サイドル。
 豊かな黒髪を手で梳きながら、目を眇めて僕をちらりと見遣る。少々軟派な雰囲気の貴族騎士だ。

「七番目のお方の女房にでもなったつもりか?」
「……似合わなくて結構ですよ。職務中は髪をまとめているんです」

 暇じゃないんだぞ、と、流し目で睨むが、カイルは鈍いので人の事情を察しない。甘やかされて育てられた典型的な坊ちゃんなのだ。

「けちくさいこと言うなよ。絹のような薄藤色の長い髪──ほどいて見せてくれったていいだろ、サフィア・ラヴーシュ?」

 彼は僕と同い年で、幼稚学舎で同級だった。病で臥せっていた時期があるので、再会するのは十数年ぶりだ。
 フォルテさまを待っている間、カイルはなにかにつけて僕に構ってくる。

「いつの間にフォルテさまの子守役に収まったんだい? 公爵家の先行投資は大成功じゃないか。羨ましいね」
「……カイル! フォルテさまを物みたいに言わないでくれ!」

 馴れ馴れしく肩に手をかけられて、怖気が走った。
 カイルの手を剥がそうとすると、意志に反して、強い力で手を握られ、手のひらに口づけされる。
 くそ、僕より力があるのが悔しい。腐っても騎士ってことか。

「サフィ……?」

 そこへ、怪訝な顔をしたフォルテさまが戻ってこられた。
 微妙な間を保って、フォルテさまが足を止めた。険しい視線がまっすぐにカイルに突き刺さる。

「誰だ、そいつは?」
「……ただの顔見知りです」
「もったいぶるなよ、サフィア。私を七番目のお方に紹介してくれないのか?」

 媚びた笑みを浮かべて、カイルは優雅な礼をとる。

「カイル・サイドルと申します。伯爵である父の肝入りで剣を修め、騎士団入団を果たしました。私は剣以外に興味はないのですが、上官がどうしてもあなたから御指導を受けろとうるさくて。……まあ、組む真似だけしてくだされば十分ですよ。貴族は体術など使いません」

 カイルがやれやれといった面持ちで眉尻を下げ、首を振る。
 フォルテさまのお顔から表情が消えた。

「おい。やるのか、やらねえのか、はっきり言えよ」
「ずいぶんとフランクな物言いをなさるんですね。白黒つけないのが貴族のたしなみではございませんか」

 気どった視線が、フォルテさまの顔からつま先まで、ひと撫でする。
 カイルの、人を見下したような態度にむっとして、張り倒してやりたくなった。

「へえ~なるほど。今のはお貴族さま流の『試合開始』って意味か」
「は?」
「てめぇの上官の指示どおり、芯から鍛え直してやるよ! この俺が直々にな!」

 フォルテさまがぼきりと指を鳴らした。
 カイルは高長身で、二人には十数センチもの差があるけれど、それさえもフォルテさまにとっては武器となる。
 フォルテさまが重心を下げた。
 強く地面を蹴ると、足元から砂塵が円のように幕をつくった。

 カイルには、フォルテさまのお姿が一瞬かき消えたように思えたはずだ。うろたえて注意が削がれた、そのとき、顎の下からフォルテさまの拳が伸びた。

「あがっ!?」

 まともに食らったカイルが地面にひっくり返った。
 低く腰を落としたフォルテさまは、膝のばねを使って拳に勢いをつけていた。

「お貴族流にいったら、これは白、黒、どっちなんだ? カイル。てめぇも騎士ならはっきりさせろや、ああん!?」

 カイルは情けない声を出し、敗北を告げた。
 どうやらカイルは、フォルテさまの気に入らない人物筆頭に認定されたらしい。勝負のあとも一人だけ厳しい稽古を言い渡されて、青い顔をしていた。
 身分に胡坐をかいて楽をしていたようだし、正しい指導だと思う。
 僕も彼とは気が合わず、幼児期から意地悪されていたので、へろへろの様子を見て、胸がスッとしたのだった。



「よし、今日の分は終わりだ。帰るぞサフィ!」
「兄さまたちとは手合わせしなくてよろしいのですか?」
「いーんだよ。虫掃除ができて、すっきりしたぜ!」
「えっ? 虫がいたのですか?」

 おろおろと辺りを窺いつつ、フォルテさまのお着替えを手伝った。

 水で湿らせた布を押し当てて汗を拭い、上衣を取り替えさせる。
 無駄なお肉のついていない体は、まだまだ成長の盛りだ。
 上腕にはしなやかな筋肉が乗っていて、丸く張った肩との境目は細く引き締まっている。胸板はまだ薄いが、腹筋はゆるやかに割れていて美しい。神話に出てくる美少年みたいだ。
 大人ほど完成された肉体ではないのに、フォルテさまの力強さはどこから湧いてくるのか、不思議に思う。

 騎士団の詰所を出ると、すでに夕陽は傾いて、風も冷たくなっていた。空が、燃えるような赤い色に染まっている。

「きれいな空ですねえ。茜色よりもぐんと濃い……フォルテさまの御髪に似た色です」

 外套を肩にかけながらそう言うと、僕の手を捕らえて、ぎゅっと握る。
 思いのほか熱く、分厚く、大きい手だった。
 人の成長は手にも現れるのだと実感して、ちょっとだけしみじみする。フォルテさまの手が、僕の手を呑み込むように包んだ。

「……サフィにべたべたするやつは許さねえ。必ず痛い目に遭わせてやるからな」
「え……?」

 ぼそりとつぶやいたフォルテさまのお言葉は、秋風に邪魔されて、よく聞こえなかった。



 奇しくも同じころ、僕は騎士団内で「女神」と囁かれるようになっていた。

「ラヴーシュ先生は、赤き獅子の女神であらせられたか!」
「おお……かのお方こそ、闘士を見守る女神様だ!」
「ならん! 騎士団にいたければ、手を出してはならんぞぉぉぉぉ!!」

 ……女神? いや、僕は男ですし、さっぱり身に覚えがないのだけど……。
 騎士団まで足を運ぶと、崇拝に近い視線を感じるようになって、いささか居心地が悪かった。

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