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第一章 家庭教師と怪力貴公子
王国にかかる暗雲
しおりを挟む捜査は終わった。アラン兄の怪我は打撲とかすり傷で済んだ。
クズリは体重も成人男性以上あるようだったし、これだけのダメージで済んだのは奇跡だと思う。携帯していた外傷用の軟膏を指にとり、兄さまの傷に塗った。
「骨はなんともないのですね?」
「ああ。世話をかけたな」
「クズリは爪も鋭かったですし、刺されたりしなくて本当によかったです……」
ほっと胸を撫で下ろす。
途中で馬を調達し、捕らえた犯人を詰所まで連行した。媚薬売り場にいた受付の男も、強面の騎士にぐいぐいと取り調べられている。
「……俺たちが捕らえたのは、獣の調教師だった」
詰所で着替えを済ませ休憩をとっていると、ルネ兄がやってきて、渋い顔をした。
「そいつ、なんて言ってんだ?」
「下っ端すぎて、なにも知らん。多くを知らないよう努めていたようだ」
「それって……」
「追跡不可。上は雲隠れだ」
声には隠せない徒労が滲んでいる。僕は兄さまたちに視線を移した。
「あの、マンドラゴラのことですけど……」
「なんだ?」
「大規模栽培されている可能性はありませんか? たとえば……北部で」
「マンドラゴラの量産など不可能だ。根っこを引き抜いたら耳が潰れて死ぬんだぞ」
「ルネ、ひとまずサフィの意見を聞いてみないか?」
アラン兄に先を促され、話を続けた。
マンドラゴラは危険植物だ。土から引き抜くとき、マンドラゴラがあげる悲鳴を聞くと耳が潰れ、血を吐いて死ぬ。
昔からマンドラゴラを収穫する際は、犬に引き抜かせていた。犬は死ぬが、人はマンドラゴラを手にできる。収穫に命の犠牲を要する植物などマンドラゴラ以外にそうはない。
「……マンドラゴラには耐寒性があります。北でも育つ貴重な収入源となり得る。その収穫には獣を利用すればいい。たとえばクズリのような頑丈そうな獣を」
「しかし、北部に耕作地は少ない。栽培場所の見当はついているのか?」
「人の目が届かぬ場所と考えると、答えはひとつ。国の禁足地──原生林を切り開いているのでしょう」
みんな、虚を衝かれたように押し黙った。
「禁足地か……」
この王国は、森と草原と湖を擁する美しき国。南に王都を設け、街を切り拓き、工業を発展させてきた。
一方、北では大いなる自然の保護に努めている。
北方には隣国との国境があるが、隣国はマンドラゴラを規制していない。麻薬に甘い国なのだ。媚薬を巡るパイプは、そちらにも伸びているのだろう。
「首謀者までは分かりません。多くの人材と土地を動かせる人物となれば……貴族の力なしに実現は不可能です。商人も絡んでいるでしょうが、マンドラゴラの儲けはすべて領主の懐に入るはず」
税を納めず、違法なやり方で利益を貪る。その行為は国王への、ひいては国への背信だ。
並の商人であれば、こんな危ない橋など渡らない。中心には権力者店おそらく北方を治める貴族が絡んでいるはずだった。
「サフィの読みは正しいと思う」
「北がきな臭いか……。どうやら俺たちは、でかい魚を釣り上げたらしい。アラン、これは陛下まで奏上すべき案件だな」
「そうだな。上を動かさねば、私たちだけではどうにもできない」
兄さまたちが厳しい面持ちで嘆息した。
考えたくないだろうが、北の治安維持に携わる騎士たちも抱き込まれている可能性がある。当初の想定より、事は格段に大きくなっていた。
その夜遅く。僕とフォルテさまは、ようやく離宮に戻った。数時間もすれば夜明けだ。
湯浴みを済ませたフォルテさまが、うーんと大きな伸びをする。
「お疲れになったでしょう。ミルクでも温めてもらいますか?」
「いや、まだいい。それより大活躍だったな、サフィ」
「そうでしょうか……」
なんとも言えなくて、苦笑いする。
なにげなく自分の足に視線を落とした。慣れない女物の靴を履いて走った足は今もじんじんと痛んで、苦痛を訴えている。太腿も筋肉痛で、歩くのがつらい。
兄さまやフォルテさまと並び立って手柄を上げるような胆力など、僕にはないのだ。
「女装も似合ってたなあ」
「……フォルテさま?」
甘えるような視線で僕を見上げる。
これは、なにかをおねだりする前触れだ。
「今度は俺のために女装してくれない?」
「二度としません! ぜっっったい、しませんっ!!」
次はない。それだけは激しく断言させてもらった。
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