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第三章 ジョー
第39話 ジョーと愛奈
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「ジョー……君、ジョーって言うんじゃない!?」
彼女の声が上ずるのが分かった。
「これが……俺の名前……?」
「そうだよ! 身体は覚えてたんだよ! だからこうやって無意識に書けたんじゃない?」
確かに、筋の通る話だと思った。自分の名前だけは、一生をともに付き合うことになる名詞だからだ。
「というか、私、まだ名乗ってなかったよね」
彼女は俺に微笑みながら、
「私は野田愛奈。改めて、よろしく」
と言った。そして、変かな、と彼女はまた笑ってみせた。
全然変なんかじゃない。
不安や心配で満ちた心が、彼女の笑顔で晴れていくようだった。
「良かったね、名前、思い出せて」
少し違う。何も思い出せない俺から、君自身が俺の名前を当てたのだ。実際、君に言われなかったら俺は、字を書くことすら試していなかっただろう。
「まあ、これが名前だって確証は無いけどね。でも、きっとそうだよ。私は信じてみる」
「あ、ありがとう……」
俯いて返事をした。彼女の顔をまともに見ることが出来なくなっていた。絶望の底から救ってくれた女神。本当に、そうとしか思えない。
胸が締め付けられる感じがした。
食事を終え、食器と鍋をすぐそばの流し台へ片付けると、またテーブルを囲んで座った。
「これから記憶が戻るまで、ここに居ていいよ」
「えっ」
思わず顔を上げたが、彼女の顔が眩しくて見えない。
「話してみても悪い人じゃなさそうだし。私は別にいいよ。どうする?」
部屋を見渡す。さっき見た寝室が、どこかの富豪が住むような高級な部屋のように見えた。
ココニ、イル? コノヒトト?
「……大丈夫?」
俺はショートしたロボットのように固まっていた。
それから俺は愛奈さんの部屋に居候させていただくことになった。自分の記憶が戻るまで、が期限だったので、俺は複雑な気持ちになった。
記憶が戻れば終わり。戻らなければずっとここに……。
いや、失礼だ。愛奈さんは俺の力になるためにやっているんだ。ちゃんと記憶を取り戻さなければ、示しがつかない。漢じゃない。
その日、そんなことを考えながら、俺は押し入れの中で眠りについた。
次の日、午前十一時に起床した。愛奈さんは部屋には居なかった。昨日、一緒にご飯を食べたテーブルの上に、置き手紙があるのに気付いた。
「仕事に行ってきます。ご飯温めて食べて。地味でごめん」
その横に、ラップに包まれたご飯の茶碗と、納豆のパックとおぼしき物が並んでいる。
地味……か。
俺は流し台の横の電子レンジで、ご飯を温めた。無言のまま、そのご飯が回っているのをただただ眺める。特に何も考えずにいた。部屋に響く電子レンジの稼働音や、外から聴こえる車の音に耳を傾けていた。
やっぱり、現実だ。
俺はまだ心のどこかで、これが夢であることを期待していた。それならまだ、女神が出てきた夢、で許せるような気がした。でも、このままここでの生活を続けて、ここを現実だと認めるようになって、真面目に暮らして……その後に、本当は違った世界だと分かったら……?
多分、俺は耐えられない。人の情に侵された心が、一瞬にしてバラバラに崩れることだろう。それから俺は狂ったように言い張るんだ、ここが現実だ、って。
そんなことを思いながら、俺は感涙しそうなほど美味い納豆がけご飯を頬張った。
昼の十二時。俺はまた記憶探しの旅に出ようと、部屋から出ようとした時だった。
彼女の声が上ずるのが分かった。
「これが……俺の名前……?」
「そうだよ! 身体は覚えてたんだよ! だからこうやって無意識に書けたんじゃない?」
確かに、筋の通る話だと思った。自分の名前だけは、一生をともに付き合うことになる名詞だからだ。
「というか、私、まだ名乗ってなかったよね」
彼女は俺に微笑みながら、
「私は野田愛奈。改めて、よろしく」
と言った。そして、変かな、と彼女はまた笑ってみせた。
全然変なんかじゃない。
不安や心配で満ちた心が、彼女の笑顔で晴れていくようだった。
「良かったね、名前、思い出せて」
少し違う。何も思い出せない俺から、君自身が俺の名前を当てたのだ。実際、君に言われなかったら俺は、字を書くことすら試していなかっただろう。
「まあ、これが名前だって確証は無いけどね。でも、きっとそうだよ。私は信じてみる」
「あ、ありがとう……」
俯いて返事をした。彼女の顔をまともに見ることが出来なくなっていた。絶望の底から救ってくれた女神。本当に、そうとしか思えない。
胸が締め付けられる感じがした。
食事を終え、食器と鍋をすぐそばの流し台へ片付けると、またテーブルを囲んで座った。
「これから記憶が戻るまで、ここに居ていいよ」
「えっ」
思わず顔を上げたが、彼女の顔が眩しくて見えない。
「話してみても悪い人じゃなさそうだし。私は別にいいよ。どうする?」
部屋を見渡す。さっき見た寝室が、どこかの富豪が住むような高級な部屋のように見えた。
ココニ、イル? コノヒトト?
「……大丈夫?」
俺はショートしたロボットのように固まっていた。
それから俺は愛奈さんの部屋に居候させていただくことになった。自分の記憶が戻るまで、が期限だったので、俺は複雑な気持ちになった。
記憶が戻れば終わり。戻らなければずっとここに……。
いや、失礼だ。愛奈さんは俺の力になるためにやっているんだ。ちゃんと記憶を取り戻さなければ、示しがつかない。漢じゃない。
その日、そんなことを考えながら、俺は押し入れの中で眠りについた。
次の日、午前十一時に起床した。愛奈さんは部屋には居なかった。昨日、一緒にご飯を食べたテーブルの上に、置き手紙があるのに気付いた。
「仕事に行ってきます。ご飯温めて食べて。地味でごめん」
その横に、ラップに包まれたご飯の茶碗と、納豆のパックとおぼしき物が並んでいる。
地味……か。
俺は流し台の横の電子レンジで、ご飯を温めた。無言のまま、そのご飯が回っているのをただただ眺める。特に何も考えずにいた。部屋に響く電子レンジの稼働音や、外から聴こえる車の音に耳を傾けていた。
やっぱり、現実だ。
俺はまだ心のどこかで、これが夢であることを期待していた。それならまだ、女神が出てきた夢、で許せるような気がした。でも、このままここでの生活を続けて、ここを現実だと認めるようになって、真面目に暮らして……その後に、本当は違った世界だと分かったら……?
多分、俺は耐えられない。人の情に侵された心が、一瞬にしてバラバラに崩れることだろう。それから俺は狂ったように言い張るんだ、ここが現実だ、って。
そんなことを思いながら、俺は感涙しそうなほど美味い納豆がけご飯を頬張った。
昼の十二時。俺はまた記憶探しの旅に出ようと、部屋から出ようとした時だった。
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