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第Ⅳ章 歪度70%・甘イチャ70%
brocen 62 旅の終わり
最後の三日間、ディアンシャは結局、酷い意地悪はしなかった。少し寂しい気持ちを抱きつつも、ディアンシャのタイミングでしないと意味がないみたいなので、わたしは彼に任せることにした。
〝見てくれていた〟おかげもあって、悪魔の悪夢ももう見なかった。
ん……これは、ディアンシャのことを買い被りすぎかな。もともと天使が悪夢を見づらいおかげかな。
ネイルも毎日変えてくれて、ヘアアレンジやメイクもしてくれた。似合う服を毎日一緒に考えてくれる。デートもすごく楽しかった。
わたしが「悪いことだからダメ」と言うことは二度としなかったし、逆に人間への接し方についてアドバイスをしてくれることもあった。ディアンシャは、友人としても恋人としても先覚者としても完璧だった。
それでも何か物足りない気持ちが最後に残っていたので、やっぱりわたしは意地悪をするディアンシャも好きなのかもしれない。
あんなに嫌だって泣いたのに……。結局、わたしはディアンシャを求めてしまっていた。
これが〝終わってる〟ってやつかな。だって意地悪がないと……ディアンシャにちゃんと見てもらえてるって自信が持てないから。
わたしだけが幸せなのも楽しいけど、どんなに歪んだ笑みでも、彼が笑ってるのはどきどきする。
「もうすぐディアンシャと別れなきゃいけない……」
ソファで座っている彼の膝に頭をのせ、横たえた体の向きをぐるんと変える。ディアンシャのお腹に顔を押しつけた。
「わたしが人間だったら……」
軽い口ぶりで言う。
「お前が人間なのは嫌だなあ」
仰向けになった。わたしの髪をいじるディアンシャに目を合わせる。
「悪魔のほうがいいの?」
「天使がいいよ」
「あ……そっか。翼があるもんね」
「いや、悪魔はつまらんっつったろ」
「人間もつまんないの?」
ディアンシャは首を傾げた。長い指に通したわたしの髪がさらさらと落ちていく。
「人間はあまりに脆くて、そういう対象にはならねえかな。よっぽど召喚術や魔術の得意な人間なら話は変わるが、最近はそういう時代でもないだろ」
「そっかぁ……」
ソファの下へ垂れている自分の翼をゆらゆらと動かす。ディアンシャが尋ねた。
「お前は俺が天使であってほしかったの」
彼の眼をじっと見て、そのあと翼や角に視線をずらした。
ディアンシャの悪魔姿はもう見慣れてしまった。嫌悪感はないし、むしろ付いていないときのほうがもったいないと思うくらい。ディアンシャによく似合っている。
「ディアンシャが天使だったら……ザカリエルや熾天使様みたいになるってことだよね」
「そうなんじゃねえか」
「守護天使のことはよくわからないけど……同じ智天使みたいな人たちだったら、尊敬はするけど、こういう関係にはならなかったかも」
ディアンシャだって、わたしと一緒になってテーマパークではしゃいでいるわけじゃない。映画もクラブミュージックも、彼の言うとおり、本当の意味で楽しめているわけではないんだろう。
でもディアンシャは楽しんでいる振りがとっても上手だ。きっとわたしに気を使わせないために、なるべく本当に見えるように接してくれているんだろうな。
天使でも同じことができる人はいるのかもしれないけど……それはもはや、天使同士の対等な恋人関係じゃなく、わたしが人間みたいな立場で天使に大事にしてもらうことになっちゃう。
「でもこれって、ディアンシャがわたしに合わせてくれてるから成り立ってる関係なのかな。ディアンシャが、わたし担当の智天使みたいな仕事をしてるってことになるの?」
彼は気怠そうに返事をする。
「お前ら天使にはアイデンティティがあるだろ。いわゆる〝性格〟みたいなもんが」
「うん。わたしも今のこれが素だよ」
「悪魔にはそれがねえから。意思に反してお前のために行動してるわけじゃない。どっちでもいいからら、お前が望むようにしてるだけ」
「どっちでもいい……」
「例えば天使の中に、バラエティ番組よりニュースを好むやつがいるとするだろ」
「ん、……うん」
気分によるけど、わたしもどちらかといえばそっちを選ぶかもしれない。
「だがその場合、相手がバラエティ番組が好きなら、本音を隠してそっちが見たいと言うわけだろ」
「そうだねぇ」
身の上に関わる嘘をつくとか、性格作りのために乱暴な口調で喋るとか、そういうのも本来は天使がやりたくないことだ。でも、人間らしく振る舞うために、相手の人間に合わせて自分を変えている。
「俺の場合は本気でどっちでもいいから、相手の好きなほうに合わせてる」
「全部どっちでもいいの? ニュースやバラエティはいいとしても……。暗示魔法を控えるのも気にならないの?」
「あれは便利だから使ってるだけ。やめることに抵抗はない。煩わしいときは使うと思うよ」
悪魔は本当に、目的のためならどんな手段でも選ばないみたいだ。そして今特別目的がないから、わたしのために行動してくれてるってことになるのかな?
そう説明されると、たしかに天使とはちょっと違う。
「ディアンシャが人間だったらどうなるの?」
「さあ……」
寝転がっているわたしの頭を撫でる。
「もっと感情的になるんじゃねえ」
「例えば?」
「セラエルに好きって言われたらもっと喜ぶとか、照れるとか、逆に見下されたら怒るとか。お前に譲れない拘りもあるかもしれないし、逆に一緒にやりたいことや見たいものをもっと提案するかもな」
わたしが何かを迷っていれば、ディアンシャはちゃんと決めてくれるし、何かしら意見もくれる。優柔不断ってわけじゃない。
例えばテーマパークでどの順番でアトラクションを回ろうか考えていたら、混み具合や地形、昼食や夕飯のタイミング、時間帯に応じたアトラクション内容の変化などを参照したうえでルートを考えてくれた。
それは〝いちばんわたしが楽しめるルート〟というだけで、そこに彼の意思はない。
最後にどっちかひとつしか乗れなくてふたつのアトラクションで悩んでいたときも意見をくれたけど……それぞれのいいところを教えてくれただけで、最後はわたしに選ばせてくれた。ディアンシャに決めてって言ったら、もちろん彼はどちらか片方を選んでくれたとは思うけど。
一緒に過ごしていて、ディアンシャに譲れないこだわりを見出したことはない。どんな服でも着てくれるし、わたしがどんな服を着ても長所を言ってくれるし、似合っているほうも教えてくれる。長時間待つようなお土産も一緒に並んでくれたし、遠回りも近道も嫌がらない。
「もしかしてディアンシャって、怒ることない?」
「怒りの感情もねえからな」
「たとえばわたしが、何も連絡しないままデートに遅刻したら、どう思うの?」
「そのままずっと待ってるか、連絡しててきとうなところで帰るか、近くのカフェで待つか」
「何度も遅刻したら?」
「今はやりたいこともねえし、別にどうでもいい」
ディアンシャが天使みたいに寛大だ……。悪魔って変なの。
「じゃあわたしがものすごく我儘だったら?」
「我儘? 例えば?」
人間のドラマを思い出しながら考えてみた。
「例えばぁ……。最初は映画が見たいって言ってたのに、あとからプールに行きたいって言って、でもプールの途中で『本当はクラブに行きたかった』って文句を言うとか」
ディアンシャはくつくつと笑ってわたしの髪をくすぐった。
「察してやれなくてごめんねって言うよ」
「え、ディアンシャが謝るの!?」
「それで場が収まるなら。いつもそうなるなら別の解決方法が必要だから……どうしたらお前の気分が変わらずにすむか考えるかな」
どうやら、プライドもこだわりもまったくないらしい。
「じゃあえっと……わたしがデート中にずっとスマートフォンをいじってたら?」
これで喧嘩するカップルは多いってインターネットに書いてあった!
「んー、暇だから構ってって言う」
あざとい。だけどそういうことしてくるディアンシャはけっこう好きだ。今までも似たようなことはされたことがある。
「それでも無視したら?」
「スマホ奪ってキスする」
ふと想像してしまって一気に顔が赤くなった。隠すように顔をディアンシャのお腹に当てて「ばかじゃん」と呟いた。彼は愉快そうに笑って翼を撫でている。
おずおずと声をあげる。
「えっと……じゃあ、わたしが浮気したら……?」
「お前が? しねえだろ」
「もしもで! 悪魔じゃなくて、人間とか、天使で……」
ディアンシャは首を傾げる。
「心移りするのは嫌だな。もししたら、戻るためにどうにかする」
「なにするの?」
「いろいろ。思いつく限りすべての方法を試す」
「心移りはしてなくて、キスとか……そういうのをしてたら?」
「さあ……。わからん」
歯切れが悪い返事に首を傾げる。
「えと、じゃあ浮気相手のことは?」
「殺すんじゃねえか? そもそも心移りしたら嫌だから、近づくやつは既に死んでると思うが」
「殺すのは悪いことだよ?」
ディアンシャはおどけたように言う。
「え? いちばん優しいんだけどな。気分がノったら、その浮気相手と、そいつの大事なものと、一緒にかわいがるかもな」
「それは……えと、違う意味の〝かわいがる〟?」
「ご想像にお任せします」
少し怖くなって、ディアンシャの腕を引いた。
「わ、わたしって、天界に戻ったあと……。ディアンシャ以外の人とハグしちゃダメなの?」
「していいよ。仕事も好きにしていい。お前、浮気なんてしねえだろ。わかってるから気にしなくていい」
はぁ、よかったぁ。
ディアンシャはにこにこ笑いながら頬を摘んだ。
「なに、セラエルは俺に怒られたいの?」
「違うよ! ちょっと……気になっただけだもん。天使なのに、裏切るわけないじゃん」
わたしは自分の顎の下にとんとんと指を当てた。
「でも、あんまり怒って何かすることはないんだね」
「だいたいどうでもいいからな」
ここまで聞く限りだと、ディアンシャが人間だったらきっと今とは全然違う性格なんだろうな。
「やっぱしディアンシャも……人間だったら違ってたのかも」
ディアンシャがわたしをなんでも受け入れてくれるから、怒ることがないから好きなわけじゃないけど、今と全然違う性格になってしまうのは悲しいと思った。それはもう、ディアンシャとはいえない。
「人間はここまで長生きでもねえしな」
それもあるね。わたし自身も、相手が人間なら態度が変わってしまうと思うし……。どうしても人間は庇護対象のように捉えてしまう。
「ディアンシャは悪魔じゃなきゃだめだったし、わたしは天使じゃなきゃだめだったんだね」
横を向いて体を丸めた。
なんだか寂しいことを言ってしまったかもしれない。ディアンシャとずっと一緒にいたかったし、本当の意味で恋人でいられたら嬉しいけど、お互いが違う種族だったらこうなってなかったんだ。
だけど悪魔と天使だったらずっと一緒にいられないじゃん。
「どっかで聞いたような台詞言うな」
「え? どこで?」
「どこだっけな。俺が言われたわけじゃないが、──本で読んだんだっけ」
ディアンシャは不思議そうに首を捻った。
ゆっくりと起きあがる。ディアンシャの体に抱きついた。
「ねぇ……。本物の愛ってなに?」
「なにそれ。知らない」
彼は目を細め、わたしの頬を抓った。
「んなもん気にしてどうすんの」
「わたしがちゃんと……ディアンシャのことが好きで、ディアンシャと恋人だって……胸張りたい、感じがした」
「はあ? なにそれ」
くつくつと嗤い、頬杖をつく。
「天使が悪魔を好きになってんだろ、胸は張らないほうがいいぜ」
「え……そんな」
ディアンシャはこつんとわたしの体を倒した。
「俺を好きなことに罪悪感があるんだな」
彼の笑みの滲んだ声が落ちる。
「そのままのほうがお前らしいから、ずっと考えてたらいいよ」
解決してないじゃん。ディアンシャの服を掴み、心拍の音を聞いた。
だけど悩んでるほうがいいってディアンシャが言うなら、答えは出さずに、これからもずっと考えておこう。
「セラエル」
悪魔らしい牙を覗かせ、くぃと唇を曲げる。キスをしてソファに押し倒された。ディアンシャは甘すぎる口づけを何度も落として、またわたしを法悦の海に沈めていった。
地上から天界に帰る最後の日、湖水地方のウィンダミア湖で、ボートに乗って美しい自然の風景を楽しんだ。
天界はほとんど雲のような白い建物が多く、地上のようにさまざまに荘厳な絶景はない。
濃い緑の牧歌的な草地、どこまでも広がる高い青空、鏡のように透きとおる凪いだ泉の水面。人間の作った人工物で遊ぶのも楽しいけれど、神の生みだした自然的背景を感じるのにも心が弾んだ。
「こういう美しい場所だと、人間がプロポーズしたりするのかな?」
ディアンシャはボートを漕ぎながら笑った。
「俺がプロポーズするなら地獄に連れて帰ることになるが、やるか?」
「う~ん。プロポーズが失敗するのは旅の終わりにふさわしくないから、やめておく」
「間接的に今振られたわけね、俺」
無意識にこぼしてしまった言葉に、口に手を当てた。
「えと……あの……。ごめんね? 今のはその……」
「じゃあお詫びにキスして」
「え!? わたしから!?」
「お前からしてもらったことねえじゃん」
ディアンシャはわざとらしく首を傾げる。ただやっぱり冗談のつもりだったのか、長い睫毛を伏せて横を向いた。
陽に煌めく銀髪が揺れ、稀に見る美青年が物憂げなポーズを取っている。この景勝地も相まって、そのまま絵になるような光景だ。
「そういう顔しても……騙されないからね?」
彼は上目遣いに瞼を上げる。眼を歪めた。
「そう? つまんねえの」
また景色のほうに顔を向けた。それに今キスしようとしたら……片方にボートの体重が偏って倒れちゃうよ? わたしはどきまぎしながらディアンシャと同じように湖の絶景を楽しんだ。
ボートから降りて、岸に着いたところで彼の裾を引っ張った。小声で言う。
「ちょっとだけ……屈んで」
ディアンシャが膝を曲げ、わたしは背伸びをして彼の胸元の服を掴む。ちらっと周囲を見たあと、冷たい唇に触れるだけのキスをした。
恥ずかしくてすぐに離れると、彼は眼を細めて笑い、もう一度キスをする。わたしと違って何度か唇を合わせ、焦らすように柔らかい口づけを送った。
「人……いる、のに」
「お前からしてきたんじゃん」
「……もう」
ディアンシャの背中を押して歩くように促した。少し恥ずかしいけど、返してくれたのはやっぱし嬉しくて、しばらく緩んだ頬が戻らなかった。
最後に満天の星空を見て、わたしたちは翼で飛んで天界に帰った。
〝見てくれていた〟おかげもあって、悪魔の悪夢ももう見なかった。
ん……これは、ディアンシャのことを買い被りすぎかな。もともと天使が悪夢を見づらいおかげかな。
ネイルも毎日変えてくれて、ヘアアレンジやメイクもしてくれた。似合う服を毎日一緒に考えてくれる。デートもすごく楽しかった。
わたしが「悪いことだからダメ」と言うことは二度としなかったし、逆に人間への接し方についてアドバイスをしてくれることもあった。ディアンシャは、友人としても恋人としても先覚者としても完璧だった。
それでも何か物足りない気持ちが最後に残っていたので、やっぱりわたしは意地悪をするディアンシャも好きなのかもしれない。
あんなに嫌だって泣いたのに……。結局、わたしはディアンシャを求めてしまっていた。
これが〝終わってる〟ってやつかな。だって意地悪がないと……ディアンシャにちゃんと見てもらえてるって自信が持てないから。
わたしだけが幸せなのも楽しいけど、どんなに歪んだ笑みでも、彼が笑ってるのはどきどきする。
「もうすぐディアンシャと別れなきゃいけない……」
ソファで座っている彼の膝に頭をのせ、横たえた体の向きをぐるんと変える。ディアンシャのお腹に顔を押しつけた。
「わたしが人間だったら……」
軽い口ぶりで言う。
「お前が人間なのは嫌だなあ」
仰向けになった。わたしの髪をいじるディアンシャに目を合わせる。
「悪魔のほうがいいの?」
「天使がいいよ」
「あ……そっか。翼があるもんね」
「いや、悪魔はつまらんっつったろ」
「人間もつまんないの?」
ディアンシャは首を傾げた。長い指に通したわたしの髪がさらさらと落ちていく。
「人間はあまりに脆くて、そういう対象にはならねえかな。よっぽど召喚術や魔術の得意な人間なら話は変わるが、最近はそういう時代でもないだろ」
「そっかぁ……」
ソファの下へ垂れている自分の翼をゆらゆらと動かす。ディアンシャが尋ねた。
「お前は俺が天使であってほしかったの」
彼の眼をじっと見て、そのあと翼や角に視線をずらした。
ディアンシャの悪魔姿はもう見慣れてしまった。嫌悪感はないし、むしろ付いていないときのほうがもったいないと思うくらい。ディアンシャによく似合っている。
「ディアンシャが天使だったら……ザカリエルや熾天使様みたいになるってことだよね」
「そうなんじゃねえか」
「守護天使のことはよくわからないけど……同じ智天使みたいな人たちだったら、尊敬はするけど、こういう関係にはならなかったかも」
ディアンシャだって、わたしと一緒になってテーマパークではしゃいでいるわけじゃない。映画もクラブミュージックも、彼の言うとおり、本当の意味で楽しめているわけではないんだろう。
でもディアンシャは楽しんでいる振りがとっても上手だ。きっとわたしに気を使わせないために、なるべく本当に見えるように接してくれているんだろうな。
天使でも同じことができる人はいるのかもしれないけど……それはもはや、天使同士の対等な恋人関係じゃなく、わたしが人間みたいな立場で天使に大事にしてもらうことになっちゃう。
「でもこれって、ディアンシャがわたしに合わせてくれてるから成り立ってる関係なのかな。ディアンシャが、わたし担当の智天使みたいな仕事をしてるってことになるの?」
彼は気怠そうに返事をする。
「お前ら天使にはアイデンティティがあるだろ。いわゆる〝性格〟みたいなもんが」
「うん。わたしも今のこれが素だよ」
「悪魔にはそれがねえから。意思に反してお前のために行動してるわけじゃない。どっちでもいいからら、お前が望むようにしてるだけ」
「どっちでもいい……」
「例えば天使の中に、バラエティ番組よりニュースを好むやつがいるとするだろ」
「ん、……うん」
気分によるけど、わたしもどちらかといえばそっちを選ぶかもしれない。
「だがその場合、相手がバラエティ番組が好きなら、本音を隠してそっちが見たいと言うわけだろ」
「そうだねぇ」
身の上に関わる嘘をつくとか、性格作りのために乱暴な口調で喋るとか、そういうのも本来は天使がやりたくないことだ。でも、人間らしく振る舞うために、相手の人間に合わせて自分を変えている。
「俺の場合は本気でどっちでもいいから、相手の好きなほうに合わせてる」
「全部どっちでもいいの? ニュースやバラエティはいいとしても……。暗示魔法を控えるのも気にならないの?」
「あれは便利だから使ってるだけ。やめることに抵抗はない。煩わしいときは使うと思うよ」
悪魔は本当に、目的のためならどんな手段でも選ばないみたいだ。そして今特別目的がないから、わたしのために行動してくれてるってことになるのかな?
そう説明されると、たしかに天使とはちょっと違う。
「ディアンシャが人間だったらどうなるの?」
「さあ……」
寝転がっているわたしの頭を撫でる。
「もっと感情的になるんじゃねえ」
「例えば?」
「セラエルに好きって言われたらもっと喜ぶとか、照れるとか、逆に見下されたら怒るとか。お前に譲れない拘りもあるかもしれないし、逆に一緒にやりたいことや見たいものをもっと提案するかもな」
わたしが何かを迷っていれば、ディアンシャはちゃんと決めてくれるし、何かしら意見もくれる。優柔不断ってわけじゃない。
例えばテーマパークでどの順番でアトラクションを回ろうか考えていたら、混み具合や地形、昼食や夕飯のタイミング、時間帯に応じたアトラクション内容の変化などを参照したうえでルートを考えてくれた。
それは〝いちばんわたしが楽しめるルート〟というだけで、そこに彼の意思はない。
最後にどっちかひとつしか乗れなくてふたつのアトラクションで悩んでいたときも意見をくれたけど……それぞれのいいところを教えてくれただけで、最後はわたしに選ばせてくれた。ディアンシャに決めてって言ったら、もちろん彼はどちらか片方を選んでくれたとは思うけど。
一緒に過ごしていて、ディアンシャに譲れないこだわりを見出したことはない。どんな服でも着てくれるし、わたしがどんな服を着ても長所を言ってくれるし、似合っているほうも教えてくれる。長時間待つようなお土産も一緒に並んでくれたし、遠回りも近道も嫌がらない。
「もしかしてディアンシャって、怒ることない?」
「怒りの感情もねえからな」
「たとえばわたしが、何も連絡しないままデートに遅刻したら、どう思うの?」
「そのままずっと待ってるか、連絡しててきとうなところで帰るか、近くのカフェで待つか」
「何度も遅刻したら?」
「今はやりたいこともねえし、別にどうでもいい」
ディアンシャが天使みたいに寛大だ……。悪魔って変なの。
「じゃあわたしがものすごく我儘だったら?」
「我儘? 例えば?」
人間のドラマを思い出しながら考えてみた。
「例えばぁ……。最初は映画が見たいって言ってたのに、あとからプールに行きたいって言って、でもプールの途中で『本当はクラブに行きたかった』って文句を言うとか」
ディアンシャはくつくつと笑ってわたしの髪をくすぐった。
「察してやれなくてごめんねって言うよ」
「え、ディアンシャが謝るの!?」
「それで場が収まるなら。いつもそうなるなら別の解決方法が必要だから……どうしたらお前の気分が変わらずにすむか考えるかな」
どうやら、プライドもこだわりもまったくないらしい。
「じゃあえっと……わたしがデート中にずっとスマートフォンをいじってたら?」
これで喧嘩するカップルは多いってインターネットに書いてあった!
「んー、暇だから構ってって言う」
あざとい。だけどそういうことしてくるディアンシャはけっこう好きだ。今までも似たようなことはされたことがある。
「それでも無視したら?」
「スマホ奪ってキスする」
ふと想像してしまって一気に顔が赤くなった。隠すように顔をディアンシャのお腹に当てて「ばかじゃん」と呟いた。彼は愉快そうに笑って翼を撫でている。
おずおずと声をあげる。
「えっと……じゃあ、わたしが浮気したら……?」
「お前が? しねえだろ」
「もしもで! 悪魔じゃなくて、人間とか、天使で……」
ディアンシャは首を傾げる。
「心移りするのは嫌だな。もししたら、戻るためにどうにかする」
「なにするの?」
「いろいろ。思いつく限りすべての方法を試す」
「心移りはしてなくて、キスとか……そういうのをしてたら?」
「さあ……。わからん」
歯切れが悪い返事に首を傾げる。
「えと、じゃあ浮気相手のことは?」
「殺すんじゃねえか? そもそも心移りしたら嫌だから、近づくやつは既に死んでると思うが」
「殺すのは悪いことだよ?」
ディアンシャはおどけたように言う。
「え? いちばん優しいんだけどな。気分がノったら、その浮気相手と、そいつの大事なものと、一緒にかわいがるかもな」
「それは……えと、違う意味の〝かわいがる〟?」
「ご想像にお任せします」
少し怖くなって、ディアンシャの腕を引いた。
「わ、わたしって、天界に戻ったあと……。ディアンシャ以外の人とハグしちゃダメなの?」
「していいよ。仕事も好きにしていい。お前、浮気なんてしねえだろ。わかってるから気にしなくていい」
はぁ、よかったぁ。
ディアンシャはにこにこ笑いながら頬を摘んだ。
「なに、セラエルは俺に怒られたいの?」
「違うよ! ちょっと……気になっただけだもん。天使なのに、裏切るわけないじゃん」
わたしは自分の顎の下にとんとんと指を当てた。
「でも、あんまり怒って何かすることはないんだね」
「だいたいどうでもいいからな」
ここまで聞く限りだと、ディアンシャが人間だったらきっと今とは全然違う性格なんだろうな。
「やっぱしディアンシャも……人間だったら違ってたのかも」
ディアンシャがわたしをなんでも受け入れてくれるから、怒ることがないから好きなわけじゃないけど、今と全然違う性格になってしまうのは悲しいと思った。それはもう、ディアンシャとはいえない。
「人間はここまで長生きでもねえしな」
それもあるね。わたし自身も、相手が人間なら態度が変わってしまうと思うし……。どうしても人間は庇護対象のように捉えてしまう。
「ディアンシャは悪魔じゃなきゃだめだったし、わたしは天使じゃなきゃだめだったんだね」
横を向いて体を丸めた。
なんだか寂しいことを言ってしまったかもしれない。ディアンシャとずっと一緒にいたかったし、本当の意味で恋人でいられたら嬉しいけど、お互いが違う種族だったらこうなってなかったんだ。
だけど悪魔と天使だったらずっと一緒にいられないじゃん。
「どっかで聞いたような台詞言うな」
「え? どこで?」
「どこだっけな。俺が言われたわけじゃないが、──本で読んだんだっけ」
ディアンシャは不思議そうに首を捻った。
ゆっくりと起きあがる。ディアンシャの体に抱きついた。
「ねぇ……。本物の愛ってなに?」
「なにそれ。知らない」
彼は目を細め、わたしの頬を抓った。
「んなもん気にしてどうすんの」
「わたしがちゃんと……ディアンシャのことが好きで、ディアンシャと恋人だって……胸張りたい、感じがした」
「はあ? なにそれ」
くつくつと嗤い、頬杖をつく。
「天使が悪魔を好きになってんだろ、胸は張らないほうがいいぜ」
「え……そんな」
ディアンシャはこつんとわたしの体を倒した。
「俺を好きなことに罪悪感があるんだな」
彼の笑みの滲んだ声が落ちる。
「そのままのほうがお前らしいから、ずっと考えてたらいいよ」
解決してないじゃん。ディアンシャの服を掴み、心拍の音を聞いた。
だけど悩んでるほうがいいってディアンシャが言うなら、答えは出さずに、これからもずっと考えておこう。
「セラエル」
悪魔らしい牙を覗かせ、くぃと唇を曲げる。キスをしてソファに押し倒された。ディアンシャは甘すぎる口づけを何度も落として、またわたしを法悦の海に沈めていった。
地上から天界に帰る最後の日、湖水地方のウィンダミア湖で、ボートに乗って美しい自然の風景を楽しんだ。
天界はほとんど雲のような白い建物が多く、地上のようにさまざまに荘厳な絶景はない。
濃い緑の牧歌的な草地、どこまでも広がる高い青空、鏡のように透きとおる凪いだ泉の水面。人間の作った人工物で遊ぶのも楽しいけれど、神の生みだした自然的背景を感じるのにも心が弾んだ。
「こういう美しい場所だと、人間がプロポーズしたりするのかな?」
ディアンシャはボートを漕ぎながら笑った。
「俺がプロポーズするなら地獄に連れて帰ることになるが、やるか?」
「う~ん。プロポーズが失敗するのは旅の終わりにふさわしくないから、やめておく」
「間接的に今振られたわけね、俺」
無意識にこぼしてしまった言葉に、口に手を当てた。
「えと……あの……。ごめんね? 今のはその……」
「じゃあお詫びにキスして」
「え!? わたしから!?」
「お前からしてもらったことねえじゃん」
ディアンシャはわざとらしく首を傾げる。ただやっぱり冗談のつもりだったのか、長い睫毛を伏せて横を向いた。
陽に煌めく銀髪が揺れ、稀に見る美青年が物憂げなポーズを取っている。この景勝地も相まって、そのまま絵になるような光景だ。
「そういう顔しても……騙されないからね?」
彼は上目遣いに瞼を上げる。眼を歪めた。
「そう? つまんねえの」
また景色のほうに顔を向けた。それに今キスしようとしたら……片方にボートの体重が偏って倒れちゃうよ? わたしはどきまぎしながらディアンシャと同じように湖の絶景を楽しんだ。
ボートから降りて、岸に着いたところで彼の裾を引っ張った。小声で言う。
「ちょっとだけ……屈んで」
ディアンシャが膝を曲げ、わたしは背伸びをして彼の胸元の服を掴む。ちらっと周囲を見たあと、冷たい唇に触れるだけのキスをした。
恥ずかしくてすぐに離れると、彼は眼を細めて笑い、もう一度キスをする。わたしと違って何度か唇を合わせ、焦らすように柔らかい口づけを送った。
「人……いる、のに」
「お前からしてきたんじゃん」
「……もう」
ディアンシャの背中を押して歩くように促した。少し恥ずかしいけど、返してくれたのはやっぱし嬉しくて、しばらく緩んだ頬が戻らなかった。
最後に満天の星空を見て、わたしたちは翼で飛んで天界に帰った。
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