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たった一つの目的
しおりを挟む「やった……ついに、やった……」
掘っ立て小屋のような研究所の中で、その老人は深く呟いた。
とうとう、タイムマシンの開発に成功したのだ。
要した年月はおよそ50年。
年輪のように刻まれた深い顔の皺が、彼の労苦を偲ばせていた。
もともと有名大学で量子力学を教えていた彼は、とある実験中に超高速粒子タキオンの存在を確認、それを発端にタイムマシン開発の萌芽を掴んだ。
30歳の時だった。
同じ研究室の同僚からは絶対不可能だと否定された。
しかし否定されればされるほど躍起になって研究にのめり込んだ。そのうち学生の事もほったらかし、他の雑務も全ておろそかになっていった。結果、大学は解雇された。
その後は妻がパ-ト勤めをしながら彼を支えた。
幸いにも両親が田舎に土地を持っていたので、そこに小さな小屋を建てて研究所とした。
「すまんな、だがこれが完成したら人類史上最高の栄誉を受けて莫大な富まで手に入る。もう少し辛抱してくれ」
彼は妻への後ろめたさを抱えながらも一層研究に身を入れた。
しかしそんな生活は2年ともたなかった。
「もう耐えられません。別れてください。子供は連れて行きます」
妻は小さな息子を連れて出て行ってしまった。
彼にそれを止める資格はなかった。
次第に外の世界との関係は途絶えていった。
研究室に閉じこもる彼の姿は狂気をはらみ、もはや周囲からは気ちがい扱いされる始末だった。
ある日彼は一通の手紙を受け取った。
妻と息子が交通事故で亡くなったという。
研究を始めて20年が過ぎていた。
50歳になっていた。
彼は悲嘆にくれ、人生を呪った。頭には白髪が目立ち始めていた。
「おれはいったい何をやっているんだ……」
しかし後戻りは出来なかった。
戻ってやりなおせる地点などとうの昔に越えていた。
彼は覚悟を決めた。
もはや富や名声などどうでもよかった。
たったひとつの目的の為に、研究を続けるのだ。
さらに15年の月日が流れた。
彼は65歳になっていた。
両親は世を去り、天涯孤独の身となっていた。
同じ研究室で彼の研究を否定した同僚がノーベル賞を獲ったというニュースを耳にしたが、羨ましいとも思わなかった。 ただ、受賞インタビューで彼の傍らにいる奥さんや子供の姿を目にした時は、言いようのない嫉妬心に苛まれた。
「おれはいったい何をやっているんだ……」
あと何回、この言葉を呟けばいいのだろう。
そしてさらに15年。
「やった……ついにやった……」
彼は80歳になっていた。
長かった。長すぎた。
人生を、家族を、全てを、この目の前にある銀色の棺桶のようなタイムマシン開発ひとつにかけてきた。
涙を流して喜ぶべき状況だろう。
しかし涙などとうの昔に枯れていた。
早速、彼は過去にタイムスリップする事にした。
たったひとつの目的を果たす為に。
50年前の自分に、こう言うのだ。
「タイムマシン作りなんて、やめろ」
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