たなばたのいと

永瀬 史乃

文字の大きさ
3 / 8
道場破りはお静かに

1-2

しおりを挟む
 そのとき竹千代が青ざめた顔の松の袖を弱く引っ張った。
梅姫うめひめの部屋はこっちじゃ」
 初めて竹千代が口を開いた。次は竹千代が松の手を引いて、梅香御前の部屋へ行く。

「松姫様、どこまで行ってしまったかと思って心配いたしましたよ」
 梅香御前の部屋に着くと、御前は松の手を取って、安堵したような表情をしていた。
「若君に連れてきていただきました。竹千代君、ありがとうございました」
 松はぺこりと頭を下げた。
「まあ。では若君もご一緒にお菓子をいただきましょう」
 梅香御前は松の傍にいた竹千代の手を引いて自分が座っていた上座に座らせた。姉弟というより、親子のように見えた。

        *

 しばらくして家光が、宗矩と三厳を伴って梅姫の部屋へとやってきた。
 大奥はもちろん「女の園」であるが、六代・家宣の御世に新井白石が政治の場である表御殿と区別するまでは完全なる男子禁制の場ではなかった。

「若君様、梅香様におかれましては本日もご機嫌麗しゅう。此度は我が娘たちのことで手を煩わせまして――」
「三厳よ、そのような堅苦しい挨拶はよい」
「左様でございますわ。姫君たちがこうしてお城に来て下さってわたくし、とても嬉しう存じますの。またいらして下さいましね」
 梅香御前は娘らしく笑って言う。
 母親のような雰囲気に、まだ二十歳と少しであることを忘れそうになる。

「そうじゃ。そなたのところの姫たちが梅姫とともにいると、松竹梅となって縁起が良いし」
 家光は笑って言った。一緒になって梅香御前もころころと笑う。
「それにしても上様も成長なさいましたなあ。梅姫様とはまるで比翼連理の鳥のごとき仲の睦まじさ。爺は嬉しゅうございますよ」
「宗矩、いつまで余を子ども扱いするのだ」
 家光は拗ねたようにいう。
「いえ、滅相もございませぬ。上様のことを元服あそばすよりずっと前から存じ上げていたものですから、つい」
 宗矩は破顔させて言った。

「よい、よい。そなたは父上の代からよく将軍家に仕えてくれたな。早くに父を亡くした余は、そなたを父のように思っていたぞ」
「畏れ多いことにございます」
「そなたの子である三厳には、余にとっての宗矩――そなたが余にとって父のようであったように、竹千代を政の面でも支えてやってほしい」
「はっ。この三厳、誠心誠意務めさせていただきまする」
 松はこのとき、祖父が誇らしげに白い顎髭を撫でていたのをぼんやりと憶えている。
 
 このようなことがあってまもなく、祖父・宗矩は鬼籍に入った。
 宗矩が亡くなった際、兄の三厳には八千石、弟の宗冬むねふゆには二千石が与えられ、柳生家は藩から旗本になった。
 三厳も父の死の僅か四年後、京で四十四年の生涯を終えた。娘が二人いるだけで、嫡男は未だいなかった。

 その際、家光は宗冬に三厳の石高を継がせ、直々に姉妹の養育も課した。
 普通、このような場合はお家取り潰しとなる。
 ゆえにこれは前代未聞、異例の待遇である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...