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道場破りはお静かに
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あの真面目な義父がそんなことするはずがない。
義父は正室と仲睦まじく、ほかに側室もいない。そんな義父に限って――と松は思った。
「まことのことを確かめたくて江戸へ来たのだ、儂は」
「何故、義父上が……と考えるのですか」
「儂の母上は元々、宗冬兄上の身の回りの世話をしていたらしい。兄上は母上を見初めたが、あの生真面目な兄上のことだ、もたもたしている間に父上が母上を妾にしたのだろうよ」
義仙は淀みなく言う。
「それだけでは叔父上が義父上の御子であるとは言えぬと思いますが」
「面白いお話ですね。私も加わらせて下され」
義仙の背後から裾を引きずらせて長身の跡部がやってきた。
「お、お前は」
「私のことがお分かりになりませんか?」
跡部はいたずらっぽく微笑む。
「跡部様ですよ、叔父上。私の鬢親の――」
松ははにかみながら言う。普段見慣れない布衣姿の跡部に驚いていた。
布衣とは白く無地の狩衣の一種であり、幕府から許された旗本しか着ることができない。
跡部は白皙の美青年であり、公家風の装束がよく似合った。月代を剃らず、肩まで髪があるが、野暮ったい感じはなく、むしろ涼しげで、たおやかであった。跡部は松より九歳年上で、今年二十五になる。松の叔父である義仙よりも年長なのだ。
「おう、久しぶりだな、跡部。相変わらず女みたいな顔だから分からなかったぞ」
「――女子みたい、ですと? それはどのような意味です」
跡部は笑みをそのままに目の色が変わり、義仙の目が泳ぐ。
昔から跡部は女子に間違われることを嫌った。子供の頃は妹たちといるとよく姫君に間違われたらしい。女性的な顔立ち、道場で指折りの実力者でありながら華奢な身体つき、男子にしてはやや甲高い声……元服をとうに済ませた今でも悩まされ続けている。
しかし、松は宴席で跡部の女装姿を見てしまったことがある。紅を差し、小袖を被いた跡部は美しく、下戸だから酔っていないはずであるのに満更でもなさそうに見え、多感な年頃だった松は美しさへの嫉妬からその後しばらく跡部と口をきかなかった。
「だって、そこら辺の女より色も白いし、ほら月代も剃ってないし……えーと、その」
「まあ、良いです。それにしても、六丸様もお元気そうで。大きゅうなりましたな」
皮肉である。跡部は色白く整った手で義仙の頭を撫でつけた。跡部の方が頭ひとつ分、背が高かった。
「儂を愚弄するか! そちの許嫁の叔父上ぞ」
「愚弄だなんて滅相もございませぬ」
「覚えてろよ、お前が婿に来た日には散々こき使ってやるからな」
跡部は「おお、怖い」と戯れて、義仙は義仙で満更でもなさそうに、八重歯を覗かせて笑っていた。
老父を早くに亡くし、年の離れた異母兄に囲まれ、三厳を父のように慕っていた義仙にとって跡部の方が兄のように感じられていたのではないか、と松は思っている。
義父は正室と仲睦まじく、ほかに側室もいない。そんな義父に限って――と松は思った。
「まことのことを確かめたくて江戸へ来たのだ、儂は」
「何故、義父上が……と考えるのですか」
「儂の母上は元々、宗冬兄上の身の回りの世話をしていたらしい。兄上は母上を見初めたが、あの生真面目な兄上のことだ、もたもたしている間に父上が母上を妾にしたのだろうよ」
義仙は淀みなく言う。
「それだけでは叔父上が義父上の御子であるとは言えぬと思いますが」
「面白いお話ですね。私も加わらせて下され」
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「お、お前は」
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「跡部様ですよ、叔父上。私の鬢親の――」
松ははにかみながら言う。普段見慣れない布衣姿の跡部に驚いていた。
布衣とは白く無地の狩衣の一種であり、幕府から許された旗本しか着ることができない。
跡部は白皙の美青年であり、公家風の装束がよく似合った。月代を剃らず、肩まで髪があるが、野暮ったい感じはなく、むしろ涼しげで、たおやかであった。跡部は松より九歳年上で、今年二十五になる。松の叔父である義仙よりも年長なのだ。
「おう、久しぶりだな、跡部。相変わらず女みたいな顔だから分からなかったぞ」
「――女子みたい、ですと? それはどのような意味です」
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昔から跡部は女子に間違われることを嫌った。子供の頃は妹たちといるとよく姫君に間違われたらしい。女性的な顔立ち、道場で指折りの実力者でありながら華奢な身体つき、男子にしてはやや甲高い声……元服をとうに済ませた今でも悩まされ続けている。
しかし、松は宴席で跡部の女装姿を見てしまったことがある。紅を差し、小袖を被いた跡部は美しく、下戸だから酔っていないはずであるのに満更でもなさそうに見え、多感な年頃だった松は美しさへの嫉妬からその後しばらく跡部と口をきかなかった。
「だって、そこら辺の女より色も白いし、ほら月代も剃ってないし……えーと、その」
「まあ、良いです。それにしても、六丸様もお元気そうで。大きゅうなりましたな」
皮肉である。跡部は色白く整った手で義仙の頭を撫でつけた。跡部の方が頭ひとつ分、背が高かった。
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「覚えてろよ、お前が婿に来た日には散々こき使ってやるからな」
跡部は「おお、怖い」と戯れて、義仙は義仙で満更でもなさそうに、八重歯を覗かせて笑っていた。
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