愛の重さを甘く見てました

るーしあ

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 侯爵邸の小サロンは、選び抜かれた少数の貴客を招いた内密な夜会の場となっていた。
 シルヴェスターの徹底した教育により、ロゼッタの立ち居振る舞いはもはや芸術の域に達している。
 かつての奔放さは影を潜め、一挙手一投足に計算された静寂と、氷のような美しさが宿っていた。

 「……見事なものです、ロゼッタ様。貴女のその流れるような腕の運び、まるで月の光を掬い上げているかのようだ」

 声をかけてきたのは、近隣の領地を治めるフェラン伯爵家の嫡男、ジュリアンだった。
 彼は若く快活な貴公子で、洗練されたロゼッタの姿にすっかり目を奪われている。
 ロゼッタは、シルヴェスターから叩き込まれた「拒絶を含んだ微笑」を完璧に演じて見せた。

 「恐縮ですわ、ジュリアン様。これらは全て、私の婚約者であるヴァランタン公爵閣下の熱心なご指導の賜物ですの」

 「あの大変厳格と噂の閣下が、これほどまでにしなやかな美を育て上げるとは。……少し、お話をお伺いしても? 貴女のような方に、一度でいいからエスコートを申し出てみたいものだ」

 ジュリアンが軽やかに笑い、ロゼッタの手を取ろうと僅かに距離を詰める。
 ロゼッタは淑女の嗜みとして、自然な動作で一歩下がり、彼の手を巧みにかわした。
 しかし、その視線の端に、サロンの入り口に佇む長身の影を捉えた瞬間、彼女の心臓は大きく跳ね上がった。

 シルヴェスター。
 彼は壁に背を預け、冷徹な青い瞳で二人のやり取りを凝視していた。
 その表情は平穏そのものだったが、彼から放たれる空気は、周囲の温度を数度下げるほどに鋭く研ぎ澄まされている。

 「……失礼。ロゼッタ、次の『講義』の時間だ」

 シルヴェスターが近づくと、ジュリアンは本能的な恐怖を感じたのか、深々と頭を下げてその場を辞した。
 シルヴェスターはロゼッタの返事も待たず、彼女の細い手首を掴むと、人気のない別室へと半ば強引に連れ込んだ。

 扉が閉まると同時に、背後から突き飛ばされるようにして、ロゼッタは重厚な革張りの椅子の前で足を止めた。
 振り返った彼女が見たのは、見たこともないほど暗く、深い欲望と執着に濁ったシルヴェスターの瞳だった。

 「……シルヴェスター様? 講義は、まだ先のはずでは……」

 「予定を変更した。先ほどの伯爵令息との対話、あれは何だ」

 「あれは、ただの社交上の挨拶を……」

 「挨拶にしては、視線が絡みすぎていた。……それに、君の指先が、ほんの一瞬だが、彼の方を向いていた。無意識の誘惑か?」

 シルヴェスターはロゼッタを椅子に座らせると、自らはその前に跪いた。
 彼は彼女のスカートを乱暴に、しかしどこか崇めるような手つきで整えると、彼女の両膝を自身の掌で強く固定した。

 「……いいか、ロゼッタ。君のその洗練された所作も、磨き抜かれた肌も、誰にも触れさせぬために私が作り上げたものだ。君が他人に愛嬌を振りまくたびに、私の教育が汚されていくようで、吐き気がする」

 「シルヴェスター様、私はそんなつもりでは……っ」

 「黙りなさい。言葉は不要だ。……姿勢を正せ。今夜は、君の『所有権』が誰にあるのかを、骨の髄まで叩き込んでやる」

 その夜の指導は、かつてないほど苛烈を極めた。
 少しでも姿勢が崩れれば、彼は容赦なくその部位を「矯正」するために、熱い掌で彼女の体を拘束した。
 耳元で囁かれるのは、マナーの教えではなく、彼がいかにロゼッタを欲しているかという、重苦しい愛の独白だった。

 「君を完璧に仕上げ、誰も手が出せない高みへと連れて行く。……そして、そこから私だけが君を眺めるのだ。誰も君を、汚すことはさせない」

 シルヴェスターの指先が、ロゼッタの顎を上向かせる。
 彼は彼女の瞳をじっと見つめ、己の狂気にも似た独占欲を隠そうともしなかった。
 孤児院で何も持たなかった少年が、ようやく手に入れた唯一の「宝」。
 その宝を守るためなら、彼は世界を敵に回すことも、愛する者自身を檻に閉じ込めることも厭わないだろう。

 (ああ……。シルヴェスター様の愛が、これほどまでに重くて、恐ろしいなんて……)

 ロゼッタは、彼の瞳に映る自分を見つめながら、底知れぬ恐怖と、それを上回るほどの悦楽に身を震わせた。
 彼の厳しい指導の裏にある、歪んだ情熱。
 自分を完璧にしようとするのは、自分を愛しているからであり、同時に自分を永久に支配するため。

 「……返事は?」

 「……はい。私は、貴方様だけのものです、シルヴェスター様」

 ロゼッタの答えを聞くと、シルヴェスターはようやく満足げに、彼女の指先に深く、痕が残るほどの口づけを刻んだ。
 夜の帳が降りる中、二人の密やかな教室には、主従にも似た濃密な愛執だけが満ちていた。
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