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本当の気持ちはいつのまにか

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 第一王子のヘンリーと、エルザが婚約。ということはエルザはじきにこの国の王妃になるということだ。
 ……そして、もしグレンとミアが正式に婚約したら、エルザとは義理の姉妹になるということでもある。

(何よそれ、嫌すぎるっ……)

 それにしても、ヘンリーと婚約をしているくせに、取り巻きの男たちとバカンスに行くというのは何事なのだろう。彼らとエルザは、どう考えても健全なただのお友達ではない雰囲気である。ヘンリーはどんな気持ちでいるのかと思うと胸が痛い。
 マルドゥック家に気を付けろというのは、このことだろうか?

「噂で知っていますわよ。あなたはグレン王子と婚約するんですってね?」

 エルザは笑いがこらえきれないといった様子でミアを見た。ミアが黙っていると、エルザは得意げに続ける。

「グレン王子といえば、巷で悪魔の化身と言われてますわよね。自分の邪魔をするものは処刑し、拷問し、騎士団長まで成り上がったとか」

 ミアは負けじと反論した。

「……それは噂にすぎません。確認もせず全て鵜呑みにしているのですか?」

「火の無いところに煙は立たないでしょう? わたくし、身内にそんな悪魔のような男がいるなんて嫌だわ。そんなに殺すのが好きなら、早く戦争にでも行って消えてくれないかしら」

 あんまりな言い草に、ミアは全身の血がカッと熱くなる。

(――許せない、何も知らないくせに。あの人は、そんな人間じゃない!)

 実のところ、ミアもどういう経緯でグレンが悪魔だとか、冷血騎士だとか呼ばれる呼ばれるようになったのかは知らなかった。

(ーーだけど、私は知っている)

 ミアの知っているグレンは、

 初めて会った時、居場所がないと寂しげに笑った。
 眠れないミアを心配して、ハーブティーを淹れてくれた。
 恨んでもおかしくないはずのヘンリーの無事を、ずっと願っていた。
 それから、アインと三人で他愛も無い話をして、ご飯を食べて、掃除をしてーー

 そんな何でもない毎日を過ごしてきたからこそ、グレンが自分の楽しみのために人を殺めるような、血も涙もない人間などではないと、今ならはっきり言えた。

 自分のことは何を言われても冷静でいられたミアだったが、グレンのことをそこまで悪く言われる事は、耐えがたい痛みだった。

 そして今、ミアは自分の気持ちに、はっきりと気付いた。

(私はーーグレン王子を、愛している)

 ミアはすっと息を吸い込んで、背筋を伸ばす。
 エルザの目を真っ直ぐ見て告げた。

「私のことはいくらでも馬鹿にすればいい。ですが、彼のことを侮辱するのは決して許せません。撤回してください」

 ミアの堂々とした物言いに気圧されたエルザは、
「知らないわ、どうせあんたなんて捨てられるか殺されるかじゃない? あとね、無駄に立派なドレスだけど、全く似合ってないし、不愉快なのよ!!」

 後ろの男が持っていた、赤ワインが並々と注がれたワイングラスを奪うと、ミアに向かって振りかぶった。

(やだ、ドレスがーー!)

 ミアはとっさに手で顔をかばって、ギュッと目を瞑る。
 せっかく貰ったのに、こんなに早くダメにしてごめんなさい、と心の中でグレンに詫びた。

 そして次にくるはずのワインの飛沫に備えたが、その冷たい感覚は一向にやってこなかった。


「大丈夫か、ミア」


 ミアが恐る恐る目を開けるとーー
 目の前には、自分の代わりにワインでびしょ濡れになった、グレンが立っていた。
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