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降り出す雨は不安をあおり

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「バドラー様、グレンさん、アインさん! よかった、やっと帰ってきたのね。大変なんです、アビーが、アビーが……」

 夜になってやっと外出から帰ってきた三人に、ミアは駆け寄った。顔面は蒼白で、泣きはらした目が赤くなっている。

「ああ、さきほど使いの者から聞いた。アビゲイルが居なくなって、まだ帰ってこないと……遅くなってすまなかった。すぐに俺たちも探しに行くつもりだ」

 グレンはそう言って頷いて、使用人に持ってこさせた自前の槍を背負った。もう、すぐにでも出かけるつもりらしい。

「私のせいなんですっ……! 私がアビーにトイルフラワーが欲しいなんて言ったから……私がそんなこと言わなければっ」

「ミア殿、あなたのせいではありません。あれだけ言ったのに勝手に出かけたアビゲイルが悪いのです。それに、まだ何かあったと決まったわけじゃない。山道に迷った時はむやみに動かず、助けを待てと言ってあるのでね」

「ああ、バドラー様……ごめんなさい、本当にごめんなさい」

 バドラー伯はミアを落ち着かせようと、そう言って優しくミアの背中を叩いてくれた。しかし、その手が不安で震えていることに気付く。「何かあったと決まった訳じゃない」とバドラー伯は言ったが、夕方ごろから兵士たちには捜索に出て貰っているのだ。それでもまだ見つからないなんて、何かがあったとしか思えない。

「グレン様、雨が降ってきました。まだ小雨ですが、強くなりそうです。馬は使わないほうが良い。急ぎましょう」

 アインが外と時計を見て、早口に言った。

「ああ、すぐに出よう。ミアはここで待っていてくれ」

「いいえ、私も行きます。私のせいでこうなったのに、ここで待っているなんて耐えられない。お願いします! それに私、夜目が利くし、耳だって良いんです。少しは役に立てるかも」

「いいや、駄目だ。ここで待て」

「嫌です。行きます!」

 ミアとグレンはにらみ合う。相変わらずグレンの迫力は有無を言わせぬものがあり、周りで見ている使用人たちからは「ヒィ」という声が漏れた。しかし、もうそんなものに怯むミアではない。

「どうか、言い争うのはやめてくだされ。本当は、ミア殿もグレン殿下もここでお待ち頂くべきでしょう」

「バドラー様……ごめんなさい、一番辛いのは、ご家族の皆さんなのに」

「いいえ。客人を雨の中、捜索に駆り出すなんて申し訳が立ちません。……しかし、あなた方なら何かやってくれるのではないかという気持ちも拭いきれないのです。娘はミア殿には大変懐いていましたが、あれも本当に珍しいことで……」

 そう言ったバドラー伯の目は赤くなっている。一番心配で仕方ないのは、彼に違いないだろう。

「俺のことは気にしないでくれ。雨など気になりはしない。止めても自分の意思で探しに行くだけだ」

「グレンさんのその理論で言うなら、私も自分の意思で探しに行くだけです。いてもたってもいられません、どうか一緒に行かせてください!」

 ミアの絶対に譲らないという目を見て、グレンは言葉に詰まった。そして、やれやれというように首を振る。

「……わかった。ミアまで勝手に出て行かれたら、遭難者が増えるだけだ。風邪をひかないように、雨具とコートを着て行ってくれ」

「はい! すぐに準備してきます!」

「ありがとうございます、グレン殿下、ミア殿……バドラー家を代表して、お礼を申し上げる」

 バドラー伯は震える声で礼を言った。こうしてミアたちは降り始めた雨の中、捜索に出ることになったのである。


 

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