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またいつかの魔法を君に
しおりを挟むコップ1杯のぬるま湯に、精油に蜂蜜、数種類のドライハーブ。それからユグドラシルの花弁を1枚と、精霊の涙を小さじ1。
よく混ぜたら、細かく刻んだ無添加石鹸と一緒に真鍮のボトルに入れて、日蝕が起こる日の晩にこう唱える。
「シャンプーの妖精さん、俺の願いを叶えてください!」
俺は、「誰でもできるおまじない♡」というサイトを開いたスマホを片手に、藁にもすがる想いで叫んだ。
……しかし、なにもおこらなかった!
「別に、何か起こるなんて思って無いけど」
俺が今完成させたいい匂いのする謎の液体は、平たく言えば手作りシャンプーである。
ただし、おまじないサイトによると、それを使いきるまでの1ヶ月で願いが叶うというシャンプーなのである。
材料も胡散臭いものが多く、集めるのに苦労した。それに、日蝕の時しかできないというのもかなり特殊だ。
しかも今日は25年ぶりの金環日蝕で、いかにも何か起こりそうじゃないか。
元々のオカルト好きも昂じて、暇を持て余した俺は半信半疑で試してみたのだった。
ーーでもまあ、何も起こるわけないか。
「とりあえずシャワー浴びよう」
「待て、まだ願いを聞いてない」
「え?」
『それ』は、テーブルから10センチ浮いて座っていた。
ランプの精とでも表現すればいいだろうか。何となくアラビアンな雰囲気の、見知らぬ美形の男が見慣れた古い1LDKの部屋にいた。
男は紫陽花色の髪をくるくると人差し指でもてあそんで、俺の言葉を待っている。
「マジかよすげえぇぇぇええ!!シャンプーの妖精きたあぁぁぁあ!」
俺は完全に近所迷惑な声量で叫んだ。
得体の知れないものが現れた恐怖よりも、儀式が成功したらしい喜びが勝っている。
材料の精霊の涙とかいうやつ、Amazonで5000円もしたし。
「で、願いは何だ?」
「あ、えーっと、椿田さんと付き合いたいです!」
俺の喜びっぷりを見ても、シャンプーの精はあくまでクールだ。むしろ頬杖をついてダルそうにしている。なんかイメージと違うな。
「椿田? それは誰だ?」
「椿田さんは会社の同僚で、ほとんど話した事ないけど俺のマドンナなんです」
俺が椿田さんの魅力について語り始めると、奴はああ、うん、と適当な相槌を打ちながら聞いてくれた。
「わかった。その椿田さんとやらとの恋のキューピットがオレの役目と言うわけだな」
「お願いします!ちゃちゃっとやってしまって下さい!」
俺は拝むように手を合わせて、彼にお辞儀した。
「いや、そんな魔法みたいに人の気持ちを変える事はできないからな。オレは一ヶ月手伝うから、どうにか自分でチャンスを掴み取ってくれ」
「はぁぁああ?」
拝んでいた手を解いて、シャンプーの精につかみかかる。意外にも彼にはちゃんと触れられて、体温もあった。
「ふざけてるのか! 詐欺だろ! 返品モンじゃねぇか?!」
「当たり前だろう。原価一万円のシャンプーに何を望んでるんだ」
ま、手伝うから一緒に頑張ろう。
奴は間延びした声で言って、けらけら笑った。
微妙に役立たずなこいつの事を、オレはシャンプーと呼ぶ事にした。
それから、俺とシャンプーの奇妙な共同生活が始まった。シャンプーはどこへ行くにも俺の背中の斜め後ろあたりを付いてくる。だが、どうやらシャンプーは俺以外には見えていないようで、外で会話をすると変人のように見られるのが辛いところだ。
こいつは俺以外には見えないくせに、物を動かしたり食事をすることは普通にできた。
特にシャンプーが気に入ったのは、コンビニの唐揚げ棒だ。
たまたま俺が食べていたのを与えてみたらやけにハマったようで、会社の近くのコンビニの前を通るたび、唐揚げ棒をねだってくるようになった。
シャンプーのできることと言ったら、あとは対戦ゲームと晩酌の相手くらいのものだったのだが、ある日、奇跡が起こった。
「最近いい匂いしますよね。シャンプー変えましたか?」
すごい。椿田さんに話しかけられた!
やっぱり可愛いな。ナチュラルメイクで清楚っぽい所もタイプだ。
「えっ……ええ。自分で手作りしてまして」
「すごーい!お洒落ですね。どうやって作るんですか?」
その後、俺と椿田さんはしばしハンドメイドの話で盛り上がった。
椿田さんが去った後、小さくガッツポーズした俺の背中を、シャンプーはポンと叩いた。
「今のはオレのおかげだから、帰りに唐揚げ棒買ってくれ」
お前、結局それかよ。謎にドヤ顔のシャンプーを見て、思わず笑ってしまったのだった。
その後も、シャンプーはたまに役に立った。
忘れ物を教えてくれたり、プレゼンの練習相手になってくれたり、暇な時の遊び相手になったり。
なにより、ご飯を一緒に食べる相手がいるのは良いものだ。
それに、この間のシャンプーは最高だった。パワハラで有名な課長に俺が理不尽な理由で怒られている時だ。
すみませんでしたっ! と俺が勢いよく頭を下げたのと同時に、課長のズラをシャンプーが吹っ飛ばしたのだ。
ふんわりと宙を舞うズラ。
それを目で追う俺と、部署のメンバーたち。
ズラが床に落ちて3秒ほど時が止まった。その直後に起こる、部署メンバーたちの笑いを必死に堪える咳払い。
シャンプーがあまりに悪びれないものだから、なんてことをするんだなんて怒る気も起きないまま。
俺はダッシュでトイレに駆け込んで、シャンプーと涙が出るくらい爆笑してしまった。
ーーその日の帰りは、コンビニ三軒ハシゴして、唐揚げ棒を買い占めてパーティをしたんだっけ。
ちなみに俺はその後、『お辞儀の風圧でズラを飛ばす男』なんていう二つ名がついてしまった。
あれから椿田さんとは特に進展も無かったけれど、俺はシャンプーの存在にだいぶ救われていたように思う。
兄弟のような居候のような、シャンプーの居る生活が当たり前になっていった。
しかしその日は、突然やってきた。
いつも通り2人で唐揚げ棒を食べながら、部屋で映画を見ていた時のことだった。
「すまん。もう消えるみたいだ」
シャンプーが唐突に言った。
「え?」
「もともと1ヶ月だけのおまじないなんだ」
俺は慌てて、おまじないのサイトを見た。しかし、いつのまにかサイトは削除されていた。
「そんなこと書いてあった?」
胃がギュッとなって、手に汗が滲んだ。そんな、あんまりだ。いきなりすぎるだろう。
「オレを作ったのがあんたでよかった。毎日、楽しかった」
「それは俺の台詞だよ。今だから言えるけど、おまじないに頼ったのだって、精神的に色々限界だったからで」
シャンプーが居なかったらと思うと、ゾッとする。パワハラ課長に怒られて、一人で飯を食って、寝て起きたらまた会社に行くだけの毎日が、延々と続くだけの生活。
「椿田さんのこと、願いを叶えられなくて悪かった」
柄にもなく、シャンプーは申し訳なさそうに項垂れた。
違うんだ。
本当は、そんなこと願ってなんかいなかったんだ。
就職で知らない土地に越して来て、仕事も上手くいかなくて、毎日退屈で、辛かった。
だからただ、お前みたいな友達が欲しかっただけなんだ。
シャンプーと居た日々は楽しくて、とっくに俺の願いは叶ってたんだ。
「そんなの別に、お前が居ればいいよ……だから居なくならないでくれよ!」
「オレだって、ずっとこうして一緒にいたいと思ってる。でも仕方ないだろ」
珍しく、いつも飄々としているシャンプーの表情が歪んだ。
どちらからともなく伸ばした指先が触れる。彼の不思議な色の瞳と目があって、呼吸を忘れた。
俺たちは、その先の言葉を知らない。
一瞬にも永遠にも思える時間が過ぎて、俺はゆっくりと口を開いた。
「またいつか、会えるのか」
「ああ。お前が望んでくれるなら、絶対会える」
ーーお前のことが好きなんだ。
どちらかがそう言った時には、シャンプーの姿はもう消えていた。
消えてしまうと、あいつが本当に存在したのか疑わしく思えてきてしまう。
部屋残った食べかけの唐揚げ棒と、甘い匂いだけが、ささやかなあいつの存在証明だった。
ーーそれから約1年後。俺は南米のとある街に来ていた。
「待っていたぞ……この日をな!」
あれから何度もシャンプーを作ろうと試みてみたが、一度も上手く行かなかった。やはり、25年ぶりの金環日食という条件が重要だったのだろう。流石にそんなに待ってられないと俺は絶望しかけた。
しかしよく調べた所、地球規模で見れば金環日食は1年に1度くらいの確率で観測できるらしいのだ。
それで俺は、今日この場所に狙いを定めて、準備を続けてきたのだった。
コップ1杯のぬるま湯に、精油に蜂蜜、数種類のドライハーブ。それからユグドラシルの花弁を1枚と、精霊の涙を小さじ1。
よく混ぜたら、細かく刻んだ無添加石鹸と一緒に真鍮のボトルに入れて、日蝕が起こる日の晩にこう唱える。
「シャンプーの妖精さん、俺の願いを叶えてください!」
もちろん、俺の願いはひとつだけ。
きっとそれはあと一回、瞬きをしたら叶っているに違いない。
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