魔法少女の末裔

倉田京

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大事なお話

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 夕飯と風呂を終え、俺と香奈は爺ちゃんの自室に通じる縁側えんがわを歩いている。フローリングとは違う、時々ギシッと音を立てる古い木の板の踏み心地。草の香りの混じった夜風よかぜが流れて、風呂上がりの熱を少し冷ましてくれた。車の音がしない静かな田舎の夜。

「なあ、香奈。大事な話って何だと思う?」
「知らない」
「お宝の相続とかかな?爺ちゃんいくつだっけ?」
「縁起でもないこと言わないでよ」
「香奈は蔵の中って見たことあるか?」
「無いけど。でも、そういう話だったらお父さんとお母さん呼ぶでしょ普通」
「だよな」

 文化財みたいな家を持っているとはいっても、伝統芸能を代々受け継いできたような家系じゃない。俺も香奈もいたって普通の高校生だ。


 ふすまを開けて部屋に入ると、爺ちゃんが正座で待っていた。いつも以上に背筋がまっすぐとしていて、その姿勢だけでこれから始まる話が真剣なものだと分かった。緊張感が増す。

「お前達に見せたいものがある。いや、見せねばならぬものだ…」
 俺たちが座ると、そう言って爺ちゃんはおもむろに立ち上がった。そしてとこへ近づき、柱に彫られている家紋かもんを押した。するとズズっという音がして隅の畳が持ち上がった。
 そして、その下から大事そうに何かを取り出してくる。お札も箱書きも何もないまっさらな木箱だった。

 呆気あっけにとられた。忍者屋敷かよ。こんな隠し方するなんて、値打ちものというより呪われた品って香りがプンプンするんだが。

「何が入ってるの?おじいちゃん」
 香奈が少しいぶかしげな声で質問する。

「うむ、九条家に代々伝わるものじゃ。よいか、これからお前たちに見せるが、決して手を触れてはならんぞ」
 爺ちゃんはそう言って、俺たちの前に箱を置き、蓋を静かに持ち上げた。中は光沢のある紫の布に包まれた棒状の何かがある。慎重な手つきで布を開いていく。中にあったものは…。


 魔法少女のステッキだった。
 砂糖菓子のような乳白色の棒の先に金色の大きな星型のエンブレム。先端に天使を思わせる丸みをおびた小さな羽がぴょこんと付いてる。ラブリーでマジカルなステッキが、畳の上に置かれた木箱の中で、とてつもないオーパーツ感を放っていた。

 溜まっていた眠気が一気に吹き飛ぶ。ステッキと爺ちゃんの顔を三度見した。真剣な表情をまったく崩していない。
 隣で正座している香奈も呆気あっけにとられている。どうやらこれは俺だけが見ている幻覚ではないらしい。

 これって、スイッチ押したらピコピコ鳴ってチカチカ光るやつだよな。トイなんとかっていうオモチャ屋さんとか、日曜朝の女の子向けアニメのCMとかでよく見る。うん、よく見る。毎週欠かさず見てる。
 でも何か違和感がある。国内外ありとあらゆる魔法少女をチェックしてきた俺の脳内データベースに検索をかけても、これにヒットするものが一つもない。ストーリーの無いただのオモチャのステッキだって守備範囲なのに。手作りの一点ものか?よく見ると素材も高級そうな…。


「触れてはならん!」
 爺ちゃんの一喝いっかつでびくっとして我に返る。俺は知らないうちに見せられたステッキに向かって手を伸ばしていた。

「塔矢の力は薄いようじゃな。まずは魔法少女についてお前達に…」
 話を始めようとする爺ちゃんをさえぎるように香奈がゆっくり立ち上がって、こっちを向いた。顔を真っ赤にして手をぷるぷるさせている。
「キモにぃ…あんた、おじいちゃんに何したの!?」
「え?ま、待て!な、なんのことだ!?」
「マジカル趣味!一人でコソコソ楽しんでるならまだしも…よりによってお爺ちゃんに感染させるとか!!」
「待て!俺は断じて何もしてない!…ていうか俺の生きがいを病気みたいに言うなーー!!」
 思わず立ち上がって言い返してしまう。完全にとばっちりだ。

「ごめんね、おじいちゃん。キモにぃに何か変なこと吹き込まれたんだね。今日はもう遅いから、明日になったら病院行こう。ね?そうしよう」
 香奈がなだめるように話しかけている。おいおい、俺を病原菌みたいな方向で話を進めようとするな。


「まあ、落ち着いて座りなさい二人とも。驚くのも無理は無い。九条家は代々、魔法少女の家系なのじゃ」

「「…はい?」」
 爺ちゃんの衝撃発言に思わず返事がハモッてしまった。


 俺は魔法少女が大好きだ。でも今まで一度だって爺ちゃんに同族なかまの匂いを嗅ぎつけたことはなかった。本当に寝耳に水の話だった。

 爺ちゃんの出すあまりに落ち着き払った空気に、俺たちはひとまず座り直して話を聞くことにした。

「悪しきものをはらい、かげながら平和を守る存在、それが魔法少女じゃ」
「は、はあ…」
 とりあえず相槌あいづちを打つ。
 香奈は黙ったままジトーっとした目つきをこっちに送り続けている。唇がアヒルの形になっていた。


「ご先祖様の活躍によって、世の中は魔法少女を必要としない平和なものとなった。しかし、問題が一つ残ってしまった。それがこのステッキじゃ」
「問題って…」
「うむ、これを手にすると魔法少女の力を振るいたくなる衝動に心が支配されてしまう」
「妖刀…みたいな力ってこと?」
「そうじゃ。魔法少女としての役目を終えた九条家は代々これを守ってきた」
「そ、そうか…」
 手にした人間の心を支配して人斬りに変えてしまう、そんな日本刀の話なら聞いたことがある。でも魔法少女ステッキ版と聞いても、小学校前の女の子が『えいっ!』とか『マジカルチェーンジ!』とか言って真剣にごっこ遊びしてる姿しか思い浮かばない。
 それにしても爺ちゃんの声色に冗談が混じっていない。正直そっちの方が驚きだ。爺ちゃん本当にぶっ壊れちまったのか?


「九条家の使命はこのステッキを守る事だけではない。仮に取りかれた者が出た時は、魔法少女に変身して封印せねばならん。そのためのステッキもある。しかしもう夜道よみちは危ない。それをまつっている場所については明日、案内する」
「お、おう…」
 それから爺ちゃんは魔法少女としての力は隔世遺伝かくせいいでんで、次は俺たちの代だとか、そんな事を淡々と語った。どうやら『魔法少女の力が無いと見ただけでこのステッキに取り込まれてしまう危険がある』らしい。俺と香奈だけを呼んだ理由はそれだった。正直手の込んだ設定としか思えなかった。

 ひとしきり話を聴き終え、俺と香奈はそれぞれの寝る部屋へ戻った。頭に大量のはてなマークを乗せることになったせいか、二人とも帰りの足取りは重たかった。


 明かりを消そうと電灯の紐を掴むと、香奈が隣の部屋から自分の布団をずるずると引っ張ってきた。

「何してるんだ?」
「田舎だし、夜にオオカミとか出てくるかもしれないじゃん。キモにぃを隣に置いておとりにする」
「まあ、好きにしろ」
 妹に頼りにされる立派な兄になれて嬉しい限りだ、ということにしておいた。爺ちゃんのヘビーな話を聞いて正直疲れていた。『お化けが怖いんか』なんて茶々を入れる気力は湧いてこなかった。


 布団に入ってしばらくすると、香奈が暗闇の向こうから話しかけてきた。
「ねえ。本当にキモにぃがおじいちゃんに、何かした訳じゃないんだよね」
「してねーよ」
「あの話本当だと思う?」
「まあ嘘、だと思うけど…」
「ところでキモにぃはさ…魔法少女の事ってどう思ってるの?」
「どうって?」
「可愛い?それともかっこいい?まさか、あこがれとか?」
「うーん、全部かな。悪いことに目をそむけないで、正面から立ち向かって、そして成長してく。それだけじゃなくて、単純に可愛い子を前にした時のキュンってときめく感じとか、応援したくなる気持ちもあったりしてさ。ヒーローでもあり、アイドルでもあるって感じ」
 しまった、思わず語っちまった。魔法少女のことになるとつい熱が入っちまう。


「ふーん、そっか」
 俺の話をやけにすんなり聞く香奈に少し違和感を感じた。大体このへんで香奈からトンがった返事が来て、それをゴングに口げんかスタートするんだけれど…。
 香奈も話し相手が欲しかったって所なんだろうな。『爺ちゃんが魔法少女の妄想に取りつかれた』なんてメールや電話、友達にはできないもんな。

 でもあの話が本当だとしたら、俺の魔法少女ねつもマジで生まれついての本能ってことになるのか。そんなことを考えたりしていると、目を閉じてもなかなか眠りに落ちていけなかった。なんだか夢に魔法少女が出てくるような気がした。
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