公爵令嬢イリスをめぐるトラブル 

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第6章 キルン国からの襲撃

本隊との合流

※ この回はルーザーの視点に変わります ※


 大分経ってから、三人の男が一緒に陣から出てきて、少し前に立った。

「私はバイエル国の援軍を率いて来た、副隊長のルーザーという。貴殿らも名乗っていただきたい」

 三人はキルン国軍の大隊長だと名乗った。各々が、数千人規模の部隊を率いている事になる。

「王子の亡骸を持ち帰りたいなら、停戦交渉に応じて欲しい。二千人の奇襲部隊の生き残りは30人だ。彼らの引き渡しと、戦死した者の扱いに付いても話し合う必要がある」

 この言葉に、キルン側がどよめいた。相当、動揺しているように見える。

「この場で武装解除し、話し合いのテーブルに付くか、一線まじえてからそうするか、決めていただきたい」

 ルーザーが手を挙げると、騎馬隊が盾を構え、歩兵が槍を掲げた。
 綺麗に揃った美しい動きに、砦の上から見ているアダムと伯爵は感嘆の声を漏らした。

 三人は話し合い始めた。三人出てきた段で、既にまとまりにくいのは見えている。決定権は一人が持たなければ駄目なのだ。

 しばらく時間を与えたが、決まらない様子に、ルーザーが結論を出した。

「では代表者殿の内、お一人が前に出てくれ。私と勝負しよう」

 そう言ってルーザーは一人で両軍の真ん中まで馬を進めた。大分敵陣に近い場所だ。
 またしばらく揉めた後、一人が前に進み出た。両者が剣を抜き、一度軽く打ち合ったと思ったら、次の一撃でキルン側の大隊長が地面に倒れた。

「次はどちらがお相手くださるかな」

 そう言ってから、手を上げると、バイエル軍が更にぐっと前進した。
 問いかけられた二人は、一気に結論を出した。

「この場で投降し、話し合いに応じる」

「それは良かった。王から無駄な殺戮は禁止されているのでな。こちらとしても助かる」

 そう言ってルーザーがニカッと笑った。
 もう一度手を挙げると、後ろにいた兵たちが前進し、大隊長二人を先頭に敵陣に向かった。

「武装解除を命じてくれ。こちらの兵が武器を回収する。周辺を兵が囲むが、それ以外は通常の野営をしていてくれ」

 そうしてあっけなく、三万の軍が武装解除され、捕虜となった。
 その様子を見ていたアダムが、あれは私には出来ないな、と漏らした。

「あれができる人間は少ないでしょうね。私にも無理です」

 伯爵が苦笑いした。

「ルーザー殿はいかにも強そうなのに、妙な親しみやすさや、人の良さがにじみ出ている。敵でも彼の中の正しさを、どこか信じてしまう。そうでなければ、ああは運ばないでしょうね」

「そういえばカーン殿が、彼はひっきりなしに引き抜きの誘いを受ける、と言っていました。面倒だと言って、留まってくれるのが、ありがたいと」

「良い臣下をお持ちなのですね。うらやましい限りだ」

 何となく、やれやれと言いながら、伯爵は砦の歩廊から降りていった。



 三万人もの捕虜を留めておくのは、実際的ではないが、他にどうしようもなかった。
 徴兵された一般民は解放して帰宅させたいが、判別が難しい。それに戻っても、また徴兵されるだけだろう。

 結局そのまま砦前に、留めることにした。
 捕虜のほうが多いという危険な状況なので、指揮者達は別の場所に隔離した。中隊長以上のものを、砦内の収容所に留め、大部隊は小隊単位で管理された。

 砦側は放った矢を回収し、敵の武器も押収したので、武器不足は一気に解決した。この先の侵攻に、かなり有利な状態を作る事が出来たのだ。

 一応の秩序が出来上がった頃、本隊が到着した。一番最初に現れたのは、元気いっぱいのミラだった。

「戦況は? 私はすぐにでも出られるわよ」

 そう言いながら、兵の訓練を見て回っているルーザーに、突進してきた。元気とやる気が有り余っている様子だ。

「終わったぞ、遅かったな、ミラ」

 ルーザーが言うと、ミラは一瞬キョトンとして、周囲を見回した。
 砦内の様子が落ち着いているのに気付いたようだ。ルーザーがミラを連れて、城壁の歩廊に上がり、外に野営しているキルン軍を見せた。
 その周囲を取り囲むように、バイエル国軍が見張りを置いている。

「大人しく待っとけって言われたのに」

 不満をぶちまけるように、ミラはその辺にあった倒木をぶった切った。
 カッカしているミラをルーザーが慰めた。

「本番はこれからだ。隊はいつ着く?」

「一時間もしない内に来るよ。せっかくいっぱい用意したのに、それじゃあ使う場所がないじゃないの。イクリス様は、街中では使っちゃ駄目だって言うし」

 ルーザーは捕虜を見回っているアダムに使いを出し、本隊の到着を連絡した。三人が中心になって、バタバタと出迎えの準備を整えているうちに、大人数が近づいてくる音が聞こえ始めた。

 到着した軍には、大軍での遠征にありがちな殺伐感が全くない。大勢で遠足に来たような、弾みすら伺えた。
 砦の責任者として、伯爵がその大軍の出迎えの先頭に立った。
 最初伯爵はかなり緊張しているようだったが、それはすぐに解けた。先頭集団の中心に立って、大軍を率いる総指揮官に、ミラが駆け寄っていって、文句を言い出したせいだ。ルーザーからしたらいつもの光景だが、伯爵はかなり面食らったようだ。

 ミラの文句を受け止めて、笑っていたイクリス様が、伯爵の方を向いた。
 馬を降り、まっすぐに伯爵に向かって歩き、目の前に立った。

「砦の防衛、感謝する。よく持ちこたえてくれた。私は遠征隊の総指揮官でイクリスという」

 伯爵が王に対する挨拶をしようとすると、イクリス様は戦時だから大げさな事は無しで行こうと止めた。すぐにアイラを側近として紹介し、早速状況を説明して欲しいと言った。休憩時間は不要と言うので、そのまま伯爵の館に落ち着いて、会議を行うことになった。

 その前に、兵の駐屯場所が問題だった。
 イクリス様は、外に捕虜がいると聞くと、こっちの部隊を、その周辺に野営させようと言い出した。それなら、見張りの兵が減らせる。

 先発隊の中隊長達と、伯爵家の騎士団に本隊の野営地の割り当てを任せ、大隊長達と、本隊の主な者達が、伯爵家の一室に揃った。

 夕方だったので、少し早いが夕食を出そうかと伯爵が提案すると、イクリス様がロマンに声を掛けた。

「ロマン、隊の皆に、肉入りのスープでも作ってやって欲しい。頼めるか」

 声を掛けられたロマンは、嬉しそうに張り切っている。

「伯爵。本隊の食料部門の責任者で、ロマンという。伯爵家の料理人達を、彼の下に付けてもらってもいいかな。しばらくの間、大人数の料理を賄うことになるから」

 伯爵は快諾し、執事を呼んだ。

「兵站の食料担当者殿を厨房に案内してくれ。その前に食品の備蓄庫も見てもらったほうがいいだろう。ロマン殿、食品の使用については、執事と相談してください」

 その後でようやく、戦況報告が始まった。
 領主である伯爵が、敵の襲撃して来た日から、今までの状況を、一通り説明した。

 突然、いつもの3倍もの兵が押し寄せて来て、早々に矢が尽きかけた頃に、先発隊が到着したこと。
 奇襲がある事を偶然に知り、待ち伏せして殲滅できたこと。
 そして、残った軍勢を、いかに捕虜としたか。

 本隊の指揮官たちは、興奮を抑えきれないようだったが、イクリス様だけは冷静に黙って聞いていた。
 イクリス様はアダム殿に、先発隊の行軍の様子を尋ね、ルーザーには敵国王子の遺体の保管について尋ねた。

「捕虜たちに面通しをさせてから、綺麗にして防腐処理を施し、安置してあります。キルン軍の副指揮官にも、遺体を確認させています」

「砦の守備に当たった者達も、先発隊も、期待した以上の成果を上げてくれた。感謝する」

 イクリス様が言うと、部屋内にほっとしたような空気が流れた。

「戴冠式まで一か月余りだ。それまでにこの戦いを終わらせたい。今回の遠征は、ここからが本番だ。砦で準備を整えたら、キルンに侵攻する。だが、その計画は明日にしよう。今日はゆっくりしてくれ。そろそろいい匂いがしてきたようだし、ロマンのスープでもいただこう」

 イクリス様が立ち上がる前に、ドアがノックされ、ロマンが現れた。

「スープの用意が出来ました。外で炉を造り、兵たちに配っています。皆様の食事はどういたしましょう」

「私達も、同じものでいい。一緒にいただくよ。楽しみだ」

「行軍中に聖騎士団が獲って来た鹿と猪がありますから、スープとグリルにしています。パンもたっぷりありますよ」



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