修道院パラダイス

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第五章 神獣

王都にて5

 私は、ユーリ殿下と二人きりになるなど、絶対に嫌なので、従僕たちと一緒に立ち上がった。

「お話がございましたら、日と場所を改めていただけますか。今日はこの後、何人かとの打ち合わせが詰まっております」

 ムッとしたようにユーリ殿下が寄って来て、再び従僕たちに下がるよう言う。彼らは逆らう事が出来ず、部屋から出て行った。

「王族に対して、ずいぶんな態度だな。しかも元婚約者だと言うのに」

「ええ、元、婚約者です。私は今は他の方と婚約しております。ですから、二人きりになるようなことは避けて当り前ですわね」

「以前は纏わりついて来るのがうるさかったが、今はかわい気もないんだな。おまけに美しくもない」

 そう言って、私の腕を掴んだ。持ち上げられた私の手は、がさがさして荒れているのがわかる。それをユーロ殿下はさげすむように見て、鼻で笑った。

ユーリ殿下は私を無遠慮に眺め回した。痩せた腕や、ぱさついた髪に目を留めて、一々うなずいている。
 腕を掴んで、掌を上向かせると、私の荒れた指を、ほっそりとした綺麗な指ですうっと撫でた。そして嫌な感じに微笑んだ。

「よくトーマスはこんな女を選んだな。修道院にはこんなのばかりだろうけど、こっちに戻って普通の淑女を見て、後悔しているのじゃないか」

 グッと息が詰まった。少なからず、自分自身も考えていたことなのだ。

 その様子を見て、ユーリ殿下は満足そうに笑った。

(本当に性格が悪いわ。というか、なんて品が悪い)

 今や、ユーリ殿下のことは、嫌いどころか大嫌いに格上げされている。

 ドアをノックする音がしたと思ったら、返事を待たずにドアが開けられた。
 トーマス様とロイが駆け込んできた。

 トーマス様は私たちの様子を見るや、私の手と腰に軽く手を当て、スッと自分に引き寄せた。
 彼と踊ったことはないけれど、ダンスが上手なんだろうと感じさせる、スムーズなエスコートだった。
 彼の腕の中に収まると、大好きな匂いに包まれて、体は自然に緊張を解いている。

「ユーリ殿下、リディア嬢は私の婚約者です。お話があれば、私を通してください」

「まだ仮だと父から聞いているが」

「情報が古いのではありませんか」

 トーマス様とユーリ殿下が睨み合っているので、私は止めに入ってもらおうと、ロイのジャケットの袖を引いた。
 ロイは一歩前に出ると、ユーリ殿下に向き合った。

「今の私は、ハント伯爵の代理としてここにおります。ご承知おきください。今の事は、陛下にご報告させていただきます」

 思いがけなく、ロイが強硬な態度に出た。今までは当たり障りなく、ユーリ殿下に従順に振る舞っていたのに、素のロイを出している。
 それに一番驚いたのはユーリ殿下のようだ。全くロイの本性に気付いていなかったのだろう。

「俺にそんな口を利くなんて。修道院で変な影響でも受けてきたのか」

 ロイがよほど上手く隠していたのか、ユーリ殿下の目がよほど節穴なのか。とにかく残念な人だ。
 ぎすぎすした雰囲気のまま、私はトーマス様の流れるようなエスコートで、部屋から連れ出された。そして別室に落ち着くと、肩を掴まれた。

「何があったか、教えてください」 

 トーマス様は引きつった顔のまま、尋ねる。

「私の見た目がレディらしくないと言われました。単に嘲笑いたかっただけのようです」

「手を握っていたようですが」

 そう言って、私の手をハンカチで拭ってくれる。
 恥ずかしくなって手を後ろに隠し、トーマス様の凝視から目を逸らした。

「握っていたのではなく、荒れた手を確かめようとしていたようです」

 その一瞬、二人の体が、ブワッと膨らんだように見えた。

「あの馬鹿は、自分があんな所にリディアを送っておいて、よりによってそんなことを……」

 ロイが息巻いたが、トーマス様は無言だ。ヒートアップし過ぎは困るので、ほっとしてトーマス様に向き直ると、顔が真っ赤になっていた。
 これは、ロイよりまずいと思い、オロオロしていたら、ホープが現れた。

「何かあったの」

 のんびり聞くホープに、ロイが、お前はなにをしていたんだ、と突っかかった。ホープは数時間前に力を放出して消耗している。

「なんだよ。君たちは僕がいない間のリディアの護衛だろ。そっちこそ何をしてた」

「常に側には居られないんだよ。そっちこそ、根性振り絞って助けに出てこい」

 ホープの声は聞こえないはずなのに、この二人の間では、しっかり口喧嘩が成り立っている。
 
「僕なら、怪我してようが疲れてようが、すぐに助けに入るのに」

 トーマス様がボソリと言ったこの言葉が、ホープは気に入らなかったようだ。突然、トーマス様に頭突きをした。そして二人してドスドスと揉め始めてしまった。

 見ていたロイは逆に冷静になれたらしい。二人の間に入り、トーマス様を引き離し、私の方にホープを押しやった。

「もう、細かいことは王家に任せて、俺たちはすぐにここを出よう」

「賛成だ。すぐに発とう。だが、その前にやることがある」

 トーマス様の目が座っている。ロイもそうだなと言って険しい表情で相談を始めた。

 私はその後の予定をキャンセルし、そのまま公爵邸に戻ることになった。言いたいことはあったけど、言い出せる雰囲気ではない。旅の間にも神力を注ぎたいので、王太子殿下に同行することだけは、絶対条件だと申し渡した。

 私が帰り支度をしている内に、二人が戻ってきた。

「明日の朝、出立することになった。王太子殿下と王太子妃様も一緒だ。三日ほど早くなったが、大体の準備は終わっている。明日でも問題ないだろうということになった」

 ロイの説明に、私は首をかしげてしまった。そんなはずは無い。
 薄っすらと笑うロイは、まるでお父様のようだ。血は繋がっていないはずだけど、と一瞬疑ってしまう。この笑い方は、だいぶゴリ押しをして、無茶を通した時のものだ。お父様の場合は、だけど。

「明日の朝、王族、高位貴族、教会関係者が集まって、派手な壮行会を行うから、そのつもりでいてくれ」

「旅装だから、私は地味な格好になるけど、いいかしら」

 トーマス様が、君は何を着ても綺麗だと慰めてくれた。
 私は明日使う手袋を引っ張り出した。たくさん人が来るなら、手は隠しておきたい。

 二人は公爵と相談があると慌ただしく出ていったが、出掛けに、早く寝るようにと厳命された。明日からずっと馬車での移動なのだ。

 次の朝、だいぶバタバタと公爵邸を出立し、まずは王宮に出向いた。

 内々で王夫妻にご挨拶をした時、王妃様がユーリ様の行いを詫びてくれた。この騒動の、初めから昨日のことまで、どれを取ってもユーリが悪いと断言した。こんなにきっぱりと王族の非を口にすることは、めったにない。

 そして、頼り切ってしまって申し訳ないが、くれぐれも王太子をよろしくと頼み込まれ、できる限りのことをしますと約束をした。
 王妃様も心労が重なっているのだろう。げっそりしている。

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