62 / 64
第六章 新しい修道院
ケイトの家族
「ご家族揃って、ぽかんとしていたわね。あの顔、見ものだったわ」
明るい笑顔のダリアに、私も笑いながら言った。彼女が彼らに対して何の未練もないのが分かるので、気楽に話せる。
想像していたよりずっと気持ちの悪い家庭環境で、この場で縁を切ることが出来て、私はほっとした。さっそくお父様に報告を入れて、今後の相談をしなくては。
籍を抜いたら、貴族の係累ではなくなる。その後をどうしたいかは、ダリアの希望に沿うつもり。
もし貴族籍が欲しければ、そのための手はいくらでも用意出来る。
「リディア、ダリア、チョットだけ話をしてくれない?」
少し離れた所から声が掛かった。ケイトの声だ。
グルリと見回すと、離れた場所にケイトを囲む一団がいた。ご両親と弟だろうか。
ケイトは背伸びして、こちらに向かって手を振っている。
私達は淑やかにご挨拶をして、ケイトの一家の集いに混ざった。
「まあ、お二人共、お美しい事。この修道院が、こんなに素敵な場所だとは思いもしませんでした。もっと厳しい雰囲気だと思って居りました」
嬉しそうに微笑みながら、母親が話し掛けてきた。
実際は厳しいのでは無く、非人道的な場所だったのだが、ずっと隠されていたので、人によって印象がまちまちなのは仕方が無い。
確かケイトの両親は、彼女を淑やかな淑女にしつけ直してもらいたいと、ここに送ったのだった。今日のケイトの姿は、両親の願い通りの淑女のはずだ。
「今の院長代理がとても明るくて、開放的な性格の方なので、雰囲気はずいぶんと変わりました」
ダリアが当たり障りなく答える。
ケイトの弟は、ダリアを見つめてポウッと赤くなっている。
「この人たちに、私がハント家で勤める話をしてあげてくれない? 全然信じてくれなくて困っていたのよ」
私はここでもう一度ケイトと家族の気持ちを確かめることにした。
「以前そういう話をしましたし、私共としては大歓迎です。ですが、ウイルソン伯爵家ではその話に納得されていますか」
その問いには、父親が答えた。
「ハント家ご令嬢の御厚意には感謝しております。ただ、ケイトには良い縁組を選んで、嫁いでもらいたいと思っています。最近この修道院の評判が良くて、少しですがお声もかかって来ているのですよ」
母親も目を輝かせて、夫の言葉の後を継いだ。
「今日の姿を見て、これならどこに出しても恥ずかしくない、と確信しました。もっと良い縁を望んでも大丈夫そうです。良かったわね、ケイト」
ああ、全然ダメそうだ。全く取り合っていない。
ケイトはうんざりした表情で、横を向いている。
どうしたものかと思い、言葉を探していたら、ダリアがにっこり微笑みながら一歩前に出た。
「リディア嬢が事業をいくつか手掛けておられて、その手伝いをする人間を探しておられます。ケイト嬢は、領地経営や事業経営の勉強をしている得難い令嬢で、リディア嬢もハント伯爵も、ケイトには凄く期待しているのです」
ウイルソン伯爵が驚いて聞き返した。
「ハント伯爵がですか。ケイトに?」
「リディア嬢の傍仕え兼秘書のようなものでしょうか。私も、この修道院を出たら、ハント伯爵家にお世話になる予定なのです。もちろん私もケイト嬢の能力に、すごく頼っているのです。ご一緒にお仕えできると心強いですわ。それに、リディア嬢は王室と近しくて、公爵家嫡男の婚約者です。お仕えすれば勉強になりますわよね」
ダリアの話し方は、柔らかくてほわっとしている。聞く者に警戒心を抱かせない。
話を要約すると、よりよい嫁ぎ先を得るために、リディアに仕えて箔付けしようという、けっこあからさまな話なのだが、そういう風には聞こえない。
やっぱりダリアは凄い。素晴らしい友を得たなあと胸を張りたくなった。
ケイトも両手を組んでダリアを見つめている。
「お父様、お母様。私は今まで勉強した知識を、実際に役立てられる仕事をしてみたいのです。リディア嬢の御傍で色々と学びながら。それにもし大きな領地を持つ家に嫁ぐことになったら、その経験は非常に役立つ事でしょう」
ケイトが女優になった。
ダリアの説明と、ケイトの結婚を視野に入れたお願いに、ご両親がぐらついたのが分かった。
今まで想定していたより、上位の家門から縁談が舞い込みそうだと、母親が先ほど言っていた。家の中の差配と、子供を産むだけの結婚とは、少しずれてくる可能性を考え始めているだろう。
「だが、年若い女性が、男に混じって働くのは、いかがなものかと……」
ウイルソン伯爵の懸念に、ここで押し切ろうと、私は一気に詰め寄った。
「大丈夫ですわ。私のお父様は、私を溺愛しています。変な男が近寄ることも、話し掛けることも決して許しません。社交界での評判はご存じではありませんか?」
「ああ、確かにそう言えば、そうですな」
「私の傍で働くことが、一番安心かもしれませんよ。変な男は近寄れないし、縁談が持ち上がっても、人物調査は完璧に行います。私の側近に関して、父は手を抜いたりしませんので、それは確実です」
伯爵夫妻がしばらく顔を見合わせ、せわしなく目で会話をしていた。そして、頷いた。
弟は、相変わらず両親の横で、ポーッとダリアを見ている。さすがダリアの魔力は凄い。これを封じる手を考えないといけないかもしれない。彼女のためにも、一緒に働く男性たちのためにも。
「後日、ハント家から声を掛けさせていただきます。詳しいお話はその時に。今後ともよろしくお願いします」
そう話を締めくくり、その場を離れて、お茶会の準備の様子を見に向かった。
ケイトも淑やかに挨拶をして、家族を置いて付いて来ていた。
大分離れてから、ケイトが私に飛びついて来た。
「さすがリディア。交渉慣れしているわ。憧れちゃう」
「これからよろしく。ダリアはさっき家族と縁を切ったわ。今後はハント家で世話をすることになるの。あなたと御両親の仲は、きっともう大丈夫。半分独立したようなものだから、干渉されずに済むわ。あなたが実業家として自分の地位を築いてもいいし、結婚する気になったらすればいい」
ケイトは、しばらく黙って考えていた。近くを舞っていた蝶の前に指を出すと、蝶が留まった。
「私自由になったのね。結婚してもいいし、しなくてもいい。伯爵家を継ぎたかったのは、自由になりたかったからなの。でも伯爵家を継ぐと、結婚と子供を残す義務が付いてくる」
しばらく蝶を見ていて、指をすっと上に上げた。
蝶はしばらく留まったままでいたが、フワッと飛び上がり羽を優雅に動かして空に向かって行く。
空は青く、白い雲がいくつかぽっかりと浮かんでいた。
「私、好きにしていいのね」
ケイトがすっきりした顔で笑った。
あなたにおすすめの小説
異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない
木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。
生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。
ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。
その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。
イリス、今度はあなたの味方
さくたろう
恋愛
20歳で死んでしまったとある彼女は、前世でどハマりした小説、「ローザリアの聖女」の登場人物に生まれ変わってしまっていた。それもなんと、偽の聖女として処刑される予定の不遇令嬢イリスとして。
今度こそ長生きしたいイリスは、ラスボス予定の血の繋がらない兄ディミトリオスと死ぬ運命の両親を守るため、偽の聖女となって処刑される未来を防ぐべく奮闘する。
※小説家になろう様にも掲載しています。
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。
婚約破棄される前に、帰らせていただきます!
パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。
普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています
もちもちほっぺ
恋愛
侯爵家の地下室に住み、姉の食べかけで飢えをしのぎ、婚約者には初対面で「老婆のようだ、姉の方がよかった」と言われた令嬢リリアーナ。
ある日その婚約者に問答無用で公爵邸に連れ帰られた。
庭の恵みを口にするたびに肌が輝き、髪が艶めき、体に力が満ちていく。首に巻いたお守りの秘密、十数年続く国の不作の真実、虐げられ続けた令嬢の出生の謎。
全てが明かされる時、地下室令嬢の逆転劇が始まる。
なお婚約者は今日も庭でグルメリポートを最後まで聞いている。
白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。
けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。
それでも旦那様は優しかった。
冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。
だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。
そんなある日、彼女は知ってしまう。
旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。
彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。
都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る
静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。
すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。
感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。