修道院パラダイス

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第六章 新しい修道院

ケイトの家族


「ご家族揃って、ぽかんとしていたわね。あの顔、見ものだったわ」

 明るい笑顔のダリアに、私も笑いながら言った。彼女が彼らに対して何の未練もないのが分かるので、気楽に話せる。
 想像していたよりずっと気持ちの悪い家庭環境で、この場で縁を切ることが出来て、私はほっとした。さっそくお父様に報告を入れて、今後の相談をしなくては。
 籍を抜いたら、貴族の係累ではなくなる。その後をどうしたいかは、ダリアの希望に沿うつもり。
 もし貴族籍が欲しければ、そのための手はいくらでも用意出来る。


「リディア、ダリア、チョットだけ話をしてくれない?」

 少し離れた所から声が掛かった。ケイトの声だ。
 グルリと見回すと、離れた場所にケイトを囲む一団がいた。ご両親と弟だろうか。
 ケイトは背伸びして、こちらに向かって手を振っている。

 私達は淑やかにご挨拶をして、ケイトの一家の集いに混ざった。

「まあ、お二人共、お美しい事。この修道院が、こんなに素敵な場所だとは思いもしませんでした。もっと厳しい雰囲気だと思って居りました」

 嬉しそうに微笑みながら、母親が話し掛けてきた。
 実際は厳しいのでは無く、非人道的な場所だったのだが、ずっと隠されていたので、人によって印象がまちまちなのは仕方が無い。
 確かケイトの両親は、彼女を淑やかな淑女にしつけ直してもらいたいと、ここに送ったのだった。今日のケイトの姿は、両親の願い通りの淑女のはずだ。

「今の院長代理がとても明るくて、開放的な性格の方なので、雰囲気はずいぶんと変わりました」

 ダリアが当たり障りなく答える。
 ケイトの弟は、ダリアを見つめてポウッと赤くなっている。

「この人たちに、私がハント家で勤める話をしてあげてくれない? 全然信じてくれなくて困っていたのよ」
 
 私はここでもう一度ケイトと家族の気持ちを確かめることにした。

「以前そういう話をしましたし、私共としては大歓迎です。ですが、ウイルソン伯爵家ではその話に納得されていますか」

 その問いには、父親が答えた。

「ハント家ご令嬢の御厚意には感謝しております。ただ、ケイトには良い縁組を選んで、嫁いでもらいたいと思っています。最近この修道院の評判が良くて、少しですがお声もかかって来ているのですよ」

 母親も目を輝かせて、夫の言葉の後を継いだ。

「今日の姿を見て、これならどこに出しても恥ずかしくない、と確信しました。もっと良い縁を望んでも大丈夫そうです。良かったわね、ケイト」

 ああ、全然ダメそうだ。全く取り合っていない。
 ケイトはうんざりした表情で、横を向いている。
 どうしたものかと思い、言葉を探していたら、ダリアがにっこり微笑みながら一歩前に出た。

「リディア嬢が事業をいくつか手掛けておられて、その手伝いをする人間を探しておられます。ケイト嬢は、領地経営や事業経営の勉強をしている得難い令嬢で、リディア嬢もハント伯爵も、ケイトには凄く期待しているのです」

 ウイルソン伯爵が驚いて聞き返した。

「ハント伯爵がですか。ケイトに?」

「リディア嬢の傍仕え兼秘書のようなものでしょうか。私も、この修道院を出たら、ハント伯爵家にお世話になる予定なのです。もちろん私もケイト嬢の能力に、すごく頼っているのです。ご一緒にお仕えできると心強いですわ。それに、リディア嬢は王室と近しくて、公爵家嫡男の婚約者です。お仕えすれば勉強になりますわよね」

 ダリアの話し方は、柔らかくてほわっとしている。聞く者に警戒心を抱かせない。
 話を要約すると、よりよい嫁ぎ先を得るために、リディアに仕えて箔付けしようという、けっこあからさまな話なのだが、そういう風には聞こえない。

 やっぱりダリアは凄い。素晴らしい友を得たなあと胸を張りたくなった。
 ケイトも両手を組んでダリアを見つめている。

「お父様、お母様。私は今まで勉強した知識を、実際に役立てられる仕事をしてみたいのです。リディア嬢の御傍で色々と学びながら。それにもし大きな領地を持つ家に嫁ぐことになったら、その経験は非常に役立つ事でしょう」

 ケイトが女優になった。
 ダリアの説明と、ケイトの結婚を視野に入れたお願いに、ご両親がぐらついたのが分かった。
 今まで想定していたより、上位の家門から縁談が舞い込みそうだと、母親が先ほど言っていた。家の中の差配と、子供を産むだけの結婚とは、少しずれてくる可能性を考え始めているだろう。

「だが、年若い女性が、男に混じって働くのは、いかがなものかと……」

 ウイルソン伯爵の懸念に、ここで押し切ろうと、私は一気に詰め寄った。

「大丈夫ですわ。私のお父様は、私を溺愛しています。変な男が近寄ることも、話し掛けることも決して許しません。社交界での評判はご存じではありませんか?」

「ああ、確かにそう言えば、そうですな」

「私の傍で働くことが、一番安心かもしれませんよ。変な男は近寄れないし、縁談が持ち上がっても、人物調査は完璧に行います。私の側近に関して、父は手を抜いたりしませんので、それは確実です」

 伯爵夫妻がしばらく顔を見合わせ、せわしなく目で会話をしていた。そして、頷いた。
 弟は、相変わらず両親の横で、ポーッとダリアを見ている。さすがダリアの魔力は凄い。これを封じる手を考えないといけないかもしれない。彼女のためにも、一緒に働く男性たちのためにも。
 
「後日、ハント家から声を掛けさせていただきます。詳しいお話はその時に。今後ともよろしくお願いします」

 そう話を締めくくり、その場を離れて、お茶会の準備の様子を見に向かった。
 ケイトも淑やかに挨拶をして、家族を置いて付いて来ていた。
 大分離れてから、ケイトが私に飛びついて来た。

「さすがリディア。交渉慣れしているわ。憧れちゃう」

「これからよろしく。ダリアはさっき家族と縁を切ったわ。今後はハント家で世話をすることになるの。あなたと御両親の仲は、きっともう大丈夫。半分独立したようなものだから、干渉されずに済むわ。あなたが実業家として自分の地位を築いてもいいし、結婚する気になったらすればいい」

 ケイトは、しばらく黙って考えていた。近くを舞っていた蝶の前に指を出すと、蝶が留まった。

「私自由になったのね。結婚してもいいし、しなくてもいい。伯爵家を継ぎたかったのは、自由になりたかったからなの。でも伯爵家を継ぐと、結婚と子供を残す義務が付いてくる」

 しばらく蝶を見ていて、指をすっと上に上げた。
 蝶はしばらく留まったままでいたが、フワッと飛び上がり羽を優雅に動かして空に向かって行く。
 空は青く、白い雲がいくつかぽっかりと浮かんでいた。

「私、好きにしていいのね」

 ケイトがすっきりした顔で笑った。


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