あなたの思い通りにはならない

木蓮

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「お兄様、シンシアが好きなのはわかりましたけれど、彼女が受け入れてくれるまで婚約は許しませんからねっ」
「もちろんだよ、クリス。じっくり話し合うさ」

 すっかり友人の保護者になって威嚇してくる妹にレイモンドは苦笑いしながらうなずいた。
 シンシア・ライノーツ伯爵令嬢は最初は仲の良い婚約者の浮気に落ち込む妹を立ち直らせてくれた恩人だった。しかし、協力者として接しているうちに、ロイドへの恋心を捨てきれずに苦しむクリスティーナを励ます優しさや、目的のためならば容赦しない腹黒い自分の本性を知っても寄せるまっすぐな信頼に惹かれていった。そして、時折見せる彼女の素の笑顔に気づいたら恋におちていた。
 それはシンシアに歪んだ愛を向けるディラン・ウォルス伯爵令息も同じだったのだろう。
 ニーナという自分が欲しい愛情をささげる存在を傍に置いている時も、彼はクリスティーナたち友人や自分に楽しそうに笑うシンシアを昏い目で見つめていた。そして、レイモンドたちに向けるような彼女の笑顔愛情を欲した。

 ――彼が一番欲しいものは、とっくに自分の手で壊して永遠に捨ててしまったのだと気づかずに。

 ディランに傷つけられたシンシアは、再び自分に身勝手な感情をぶつけてくる彼への怒りと憎しみを募らせ、その心を再び傷つけている。だから、レイモンドは大切な彼女の心から永遠にディランを消し去ることにした。

 ディランを排除するのには、元々始末するつもりだったロイドに付きまとうニーナが役に立った。
 ウォルス伯爵夫妻の真実の愛の話とディランが婚約者に嫌われて傷ついているという噂を流すと、健気なヒロインの役に酔いしれたニーナはディランにすり寄り、シンシアに嫉妬と敵意を向けるようになった。自分の愛を拒むシンシアを恨むディランもまたニーナの甘言に溺れ、今までのようにシンシアを傷つけて自分に気を向けさせようとした。
 噂を信じる愚か者どもにおだてられて増長した2人は“シンシアに自分たちの仲の良さを見せつける”ことが、それぞれのディランを手に入れる望みシンシアの気を惹くを叶えることだと思いこみ、周りを巻き込んでエスカレートしていった。
 レイモンドはクリスティーナを通じてシンシアと接して守りつつ、密かにニーナの執着を煽った。そして、学園祭で2人にシンシアが用意した薬ではなく強力な媚薬を盛って密室に誘導し、欲望を制御できなくなったニーナがディランに迫って関係を持つように仕掛けた。

 学園祭の日。自分の瞳のラピスラズリのドレスを身にまとったシンシアは夜空を守る精霊のように美しかった。ディランに口を挟ませないためとはいえ、これならば最初から堂々とエスコートを申し出れば良かったと悔いたぐらいだ。
 それはディランも同じだったのだろうか。シンシアと同じ色のイヤリングを身に着けたレイモンドを見るなり怒りを爆発させ、ニーナもまたディランの心をとらえるシンシアに憎悪のこもったまなざしを向けて聞くにたえない妄言を喚いた。
 しかし「ここで一旦潰しておくか」と憤るレイモンドとは裏腹にシンシアは罵倒を冷静に受け止め、ディランに彼が一番傷つく手痛い言葉を浴びせた。その姿は雨に濡れてもまっすぐに咲く花のようでまたシンシアに恋をした。
 そして、罠に陥った2人とそれを誘導するフリをした侯爵家の手の者がホールを出るのを見届けるとレイモンドはシンシアを誘って踊った。
 ――ようやっと解放される彼女の心の中からもが永遠に消えてなくなるようにと、願いながら。

「やあ、シンシア。今日はよろしくね」
「こんにちは、レイモンド様。こちらこそよろしくお願いします」

 婚約破棄してから3か月。ようやく噂が落ち着いてきた頃からレイモンドはシンシアを誘ってたびたび出かけるようになった。最初は遠慮していたシンシアだがお互いに趣味が合うことがわかり最近は打ち解けてきている。
 今日の出かけ先はシンシアが行きたいと言った恋愛劇だ。政略的な婚約をした2人が交流をしていくうちに惹かれあっていくという定番の恋愛劇で、自分の人生と重なり共感すると男女ともに人気がある。
 シンシアもじっくり見入っていて終わると目をキラキラ輝かせた。

「すごく面白かった。特に、家に招かれた時に咲いていた花でブーケを作ってもらった話、彼女の気持ちがすごくわかるわ。私もレイモンド様にバラをいただいてすごくうれしかったもの。私も彼女みたいに何かに残しておけばよかった」

 初めて婚約者の家に訪れたヒロインは彼が育てている花に感動し、それを見た彼は婚約者のために小さなブーケを作ってプレゼントした。ヒロインはこの素晴らしい思い出を残したいとブーケの花を画家に描かせた、という有名な場面の1つだ。
 レイモンドも侯爵家を訪れたシンシアが自分が趣味で育てている庭のバラをとても喜んでいたのでお土産にと贈った。ろくでもない父親と婚約者のせいで無意識に恋愛に嫌悪感を持っていたシンシアが、恋愛劇に自分の思い出を重ねて「うれしい」と言ってくれたことに、レイモンドもまた胸がほんのりと温かくなる。

「そんなに喜んでもらえてうれしいよ。またいつでも遊びに来てほしい。君の話はとても参考になる」
「ふふ、ありがとうございます。レイモンド様のお好きなスイーツを持って遊びに行きますね」

 レイモンドはシンシアが伸ばした手をとって歩き出した。自分の愛を少しずつ彼女が受け入れてくれていることをうれしく思いながら。
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