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Chapter3
18 面談
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記憶を失い、「ヨミ」として保護されてから一週間。
相変わらず記憶は戻らないまま。現状について調べれば調べるほどわからないことが増えていく。それでも私は少しずつこの環境に順応していた。
「――母は亡くなってしまいました。しかし、人々のために正しく力を使い、命をかけて戦った母の意志は、私の中で今も生きております」
ここはシェオル城の応接室。きらきらと輝くシャンデリアに繊細な文様の入った絨毯、手触りのよいベルベットのソファ。落ち着かない豪勢な空間で、私と向かい合って座っているのは治癒術師のリゼロッテ。
訥々と過去を語ったリゼロッテは気丈に微笑んだけれど、悲しそうな笑顔だった。
――メインクエスト第一章、優しき復讐者。
村長代理を務めていたリゼロッテは村を襲う悪しきもの共の討伐依頼を出した。正しき者が神に祈りを捧げれば、必ず願いは聞き届けられる。しかしリゼロッテは瀕死の母に救いの手を差し伸べない神を信じ切れていなかった。
結果、悪しきもの共の討伐には成功したものの、村は盗賊に襲撃されてしまう。リゼロッテの母は命懸けで盗賊を退治したが、子供たちは誘拐され、放火により村人たちも命を落とした。
その後リゼロッテは盗賊たちへの復讐を誓い、見習いとして神の使徒と行動を共にし、悪しきもの共を討伐する。やがて子供たちを攫った盗賊たちを見つけ出したが、命を奪うよりも改心させるべきだと悟り、盗賊たちを赦す。正しく力を振るうことのできたリゼロッテは正式に神の使徒として祝福を受けることとなった。
以上が「トリニティ・ファンタジア」のログを読んで知った彼女の物語。
今目の前にいるリゼロッテが私に語ってくれた内容も、視点や表現の違いはあるけれど、ログとの齟齬はなかった。
「ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまって」
「いいえ、そんな! 私が今こうして穏やかな心で日々を過ごせているのは、すべて神の――ヨミ様のおかげでございます。その上こうしてお目にかかれる栄誉をいただけるなんて……」
リゼロッテは感慨深くため息をついて、目を閉じ両手を組んで私に祈りを捧げた。
使徒たちは私をとても大切に扱ってくれるけれど、リゼロッテは特に信仰心が高い。これは態度だけではなく能力値としてステータスに反映されていた。このゲームでは信仰心の高さが防御力に繋がっている。
「お茶のおかわりはどう? スコーンもフェアルさん……フェアルが沢山用意してくれたから、いっぱい食べてね」
「ありがとうございます! うふふ、まさかヨミ様にお茶会に招いていただける日が来るなんて、夢みたいです」
笑顔でスコーンを頬張るリゼロッテに、私も紅茶を飲むふりだけする。
リゼロッテとは歳が近いせいか、あまり緊張せずに話せる。この城で私を取巻く人たちは大多数が年上だ。彼らは信仰対象である私に敬称をつけて呼ばれることを好まないので、極力呼び捨てにしている。私のことも呼び捨てにして欲しいとお願いしようと思ったけれど、まだ私自身が「ヨミ」であるかどうか確定していない。もし他に本当のヨミ様が存在するなら、私の判断で慣例を変えてしまうのは好ましくない。
「子供の時にどんな遊びをした?」
「……子供の時、ですか?」
唐突に質問してみると、リゼロッテは一瞬だけ戸惑うような顔をしてから答えた。
「――そうですね、小さな村で、娯楽らしい娯楽はありませんでしたが……歌を歌ったり、追いかけっこしたり……はしゃぎすぎて、よく母に叱られました」
「一番仲のよかった友達の名前は?」
「――ライノア、です。お医者さまの息子で、とっても頭が良くて、私のことをいつも気にかけてくれて……」
昔を懐かしむようなその表情に、不自然な箇所はない。
「リゼロッテちゃんは ライノアのこと すきだった?」
リゼロッテの椅子の後ろからひょこりと顔を出して尋ねたのは、呪術師のネリちゃんだ。
彼女は九歳。子供ながら、ステータスは使徒の中でも群を抜いて高い。
「ネリちゃん! ええと、それは、その……! もちろん好きでしたけれど、それは友情というか、彼は私よりも七歳年上だったので兄として慕う気持ちというか……!」
「じゃあ リゼロッテちゃんは ライノアと キス した?」
「キッッッ!? キ、キ、キッスだなんてそんな! いけません! 神の御前ではしたない!!」
「え~? ネリちゃんは ママに おやすみのキス してもらってましたよ?」
「――――はわ! はわわわごめんなさい、ちがうの! 家族とするキスははしたなくないのですが!」
「わあ リゼロッテちゃん おかおが まっかだぁ~」
ネリちゃんは人形を抱きしめ、つぶらな瞳をきらきらと輝かせた。
「ネリちゃん、からかったらだめだよ」
「えへへ ごめんなさ~い」
私が注意すると、ネリちゃんはきゃっきゃとはしゃいでスコーンに手を伸ばした。
リゼロッテは「もう、ネリちゃんは意地悪です」と口にはするけれど、甲斐甲斐しくネリちゃんの世話を焼いている。ちゃんと椅子に座って食べるように注意して、できたらきちんと褒める。子供の世話は手馴れているようで、この城にいる子供たちはみんなリゼロッテを慕っている。
リゼロッテとネリちゃんのやりとりをほほえましく思いながら、視界の端でタブレットの画面を確認する。表示しているのはリゼロッテのプロフィール。説明文に「おしとやかだけれど、幼少期はやんちゃな少女だった」「初恋の人は医者の息子のライノア」という文言が追加されている。
この一週間で全員分のログを読み、キャラクターリストの中から無作為に十人選んで面談のようなことをした。
リゼロッテと同じく、誰の話もログとの齟齬はなかった。ログに記述がないことについて尋ねても回答を得られた。たとえば「一番好きな食べ物は?」とか、「両親の名前は?」とか。そして本人の口から私が聞いた時点で、プロフィールに追加情報が記載される。十人全員に同じ現象が起きた。
プレイヤーである私の要望に沿って情報が追加されているのならば。追加しているのは、誰なのだろう。
「ヨミ様、いかがなさいましたか?」
「ううん、ちょっと考え事をしてただけで、なんでも――」
つい黙り込んでしまった私を心配したリゼロッテに「なんでもない」と答えきる前に、城の東側から爆発音が響いた。
相変わらず記憶は戻らないまま。現状について調べれば調べるほどわからないことが増えていく。それでも私は少しずつこの環境に順応していた。
「――母は亡くなってしまいました。しかし、人々のために正しく力を使い、命をかけて戦った母の意志は、私の中で今も生きております」
ここはシェオル城の応接室。きらきらと輝くシャンデリアに繊細な文様の入った絨毯、手触りのよいベルベットのソファ。落ち着かない豪勢な空間で、私と向かい合って座っているのは治癒術師のリゼロッテ。
訥々と過去を語ったリゼロッテは気丈に微笑んだけれど、悲しそうな笑顔だった。
――メインクエスト第一章、優しき復讐者。
村長代理を務めていたリゼロッテは村を襲う悪しきもの共の討伐依頼を出した。正しき者が神に祈りを捧げれば、必ず願いは聞き届けられる。しかしリゼロッテは瀕死の母に救いの手を差し伸べない神を信じ切れていなかった。
結果、悪しきもの共の討伐には成功したものの、村は盗賊に襲撃されてしまう。リゼロッテの母は命懸けで盗賊を退治したが、子供たちは誘拐され、放火により村人たちも命を落とした。
その後リゼロッテは盗賊たちへの復讐を誓い、見習いとして神の使徒と行動を共にし、悪しきもの共を討伐する。やがて子供たちを攫った盗賊たちを見つけ出したが、命を奪うよりも改心させるべきだと悟り、盗賊たちを赦す。正しく力を振るうことのできたリゼロッテは正式に神の使徒として祝福を受けることとなった。
以上が「トリニティ・ファンタジア」のログを読んで知った彼女の物語。
今目の前にいるリゼロッテが私に語ってくれた内容も、視点や表現の違いはあるけれど、ログとの齟齬はなかった。
「ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまって」
「いいえ、そんな! 私が今こうして穏やかな心で日々を過ごせているのは、すべて神の――ヨミ様のおかげでございます。その上こうしてお目にかかれる栄誉をいただけるなんて……」
リゼロッテは感慨深くため息をついて、目を閉じ両手を組んで私に祈りを捧げた。
使徒たちは私をとても大切に扱ってくれるけれど、リゼロッテは特に信仰心が高い。これは態度だけではなく能力値としてステータスに反映されていた。このゲームでは信仰心の高さが防御力に繋がっている。
「お茶のおかわりはどう? スコーンもフェアルさん……フェアルが沢山用意してくれたから、いっぱい食べてね」
「ありがとうございます! うふふ、まさかヨミ様にお茶会に招いていただける日が来るなんて、夢みたいです」
笑顔でスコーンを頬張るリゼロッテに、私も紅茶を飲むふりだけする。
リゼロッテとは歳が近いせいか、あまり緊張せずに話せる。この城で私を取巻く人たちは大多数が年上だ。彼らは信仰対象である私に敬称をつけて呼ばれることを好まないので、極力呼び捨てにしている。私のことも呼び捨てにして欲しいとお願いしようと思ったけれど、まだ私自身が「ヨミ」であるかどうか確定していない。もし他に本当のヨミ様が存在するなら、私の判断で慣例を変えてしまうのは好ましくない。
「子供の時にどんな遊びをした?」
「……子供の時、ですか?」
唐突に質問してみると、リゼロッテは一瞬だけ戸惑うような顔をしてから答えた。
「――そうですね、小さな村で、娯楽らしい娯楽はありませんでしたが……歌を歌ったり、追いかけっこしたり……はしゃぎすぎて、よく母に叱られました」
「一番仲のよかった友達の名前は?」
「――ライノア、です。お医者さまの息子で、とっても頭が良くて、私のことをいつも気にかけてくれて……」
昔を懐かしむようなその表情に、不自然な箇所はない。
「リゼロッテちゃんは ライノアのこと すきだった?」
リゼロッテの椅子の後ろからひょこりと顔を出して尋ねたのは、呪術師のネリちゃんだ。
彼女は九歳。子供ながら、ステータスは使徒の中でも群を抜いて高い。
「ネリちゃん! ええと、それは、その……! もちろん好きでしたけれど、それは友情というか、彼は私よりも七歳年上だったので兄として慕う気持ちというか……!」
「じゃあ リゼロッテちゃんは ライノアと キス した?」
「キッッッ!? キ、キ、キッスだなんてそんな! いけません! 神の御前ではしたない!!」
「え~? ネリちゃんは ママに おやすみのキス してもらってましたよ?」
「――――はわ! はわわわごめんなさい、ちがうの! 家族とするキスははしたなくないのですが!」
「わあ リゼロッテちゃん おかおが まっかだぁ~」
ネリちゃんは人形を抱きしめ、つぶらな瞳をきらきらと輝かせた。
「ネリちゃん、からかったらだめだよ」
「えへへ ごめんなさ~い」
私が注意すると、ネリちゃんはきゃっきゃとはしゃいでスコーンに手を伸ばした。
リゼロッテは「もう、ネリちゃんは意地悪です」と口にはするけれど、甲斐甲斐しくネリちゃんの世話を焼いている。ちゃんと椅子に座って食べるように注意して、できたらきちんと褒める。子供の世話は手馴れているようで、この城にいる子供たちはみんなリゼロッテを慕っている。
リゼロッテとネリちゃんのやりとりをほほえましく思いながら、視界の端でタブレットの画面を確認する。表示しているのはリゼロッテのプロフィール。説明文に「おしとやかだけれど、幼少期はやんちゃな少女だった」「初恋の人は医者の息子のライノア」という文言が追加されている。
この一週間で全員分のログを読み、キャラクターリストの中から無作為に十人選んで面談のようなことをした。
リゼロッテと同じく、誰の話もログとの齟齬はなかった。ログに記述がないことについて尋ねても回答を得られた。たとえば「一番好きな食べ物は?」とか、「両親の名前は?」とか。そして本人の口から私が聞いた時点で、プロフィールに追加情報が記載される。十人全員に同じ現象が起きた。
プレイヤーである私の要望に沿って情報が追加されているのならば。追加しているのは、誰なのだろう。
「ヨミ様、いかがなさいましたか?」
「ううん、ちょっと考え事をしてただけで、なんでも――」
つい黙り込んでしまった私を心配したリゼロッテに「なんでもない」と答えきる前に、城の東側から爆発音が響いた。
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