剣も魔法も使えない平凡男の成り上がり〜好きな人に振られた悔しさで山を一日十万回殴ってたらいつの間にか世界最強の拳を手に入れてた〜

おったか

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10.ハルトvsユナ

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「私の名前はユナよ」
「俺はハルトだ。よろしく」

 ユナか。
 良い名前だ。

「んでその条件ってのは何なんだ?」

 俺は、このギルドに入るための条件とやらを再度尋ねてみる。

 するとユナは意味深な笑みを浮かべながら言った。

「今から私と模擬戦をして、少しでも私にダメージを与えることができたら、あんたをギルドに入れることを考えてあげるわ」
「ほう……」

 なるほど。模擬戦か。
 けど、少しダメージを与えるだけでいいのか?
 それってかなり有利な条件じゃね?
 もっと難易度の高い理不尽な条件を出されるかと思ったが、それくらいならなんとかなるかもしれない。

 しかしさっきからなんだかユナが自信たっぷりな表情をしているのが気になる。
 まるで『どうせあんたにはこの条件は無理よ、キャハハ!』と言わんばかりの表情だ。
 なんなんだ。

 あ。もしかしてこいつ、実はめちゃくちゃ強い実力の持ち主で、俺じゃ絶対にダメージを与えることすらできないレベルだとか?
 ありえる……。マゼルダ族の末裔だしな。マゼルダ族は魔物から力を貰ったとかで、普通の人間にはあり得ない強さを持つらしい。本でちょっと読んだだけだから詳しくは知らないけど。
 もしそうだとしたらヤバいかもな……。
 けどまあ、何であれやるしかないだろう。

「わかった。やろう、模擬戦」
「ふん。怖気づかないのね」
「ああ。絶対にギルドに入りたいからな」
「……そんなに入りたいのね。マゼルダ族の私にそんなこと言う人初めてだわ」

 そう言いながら、ユナはソファから立ち上がり、背後の壁にかけてあった木刀を手に取った。

「私はこの木刀で戦うけど、あんたは剣は使わないの? 見たところ剣を持ってないみたいだけど、魔法使い?」
「んー。まぁ剣も魔法も使わないかな」
「……はぁ? 意味わかんない。素手で戦うとでも言うの?」
「まあ、そんな感じだ」
「……どうなっても知らないからね」

 そう言うと、ユナは部屋の外へと歩いていく。
 俺もユナに続く。

 誰かと模擬戦をするのなんか一体何年ぶりだろうか。
 たしか昔少しだけ通っていた剣術道場で模擬戦をしたのが最後だな。
 ちなみにそのときの模擬戦は、剣を習い始めたばかりの遥か年下の子に負けた。それで自分の剣の才能の無さに絶望してその道場をやめたんだ。
 最悪な記憶を思い出してしまった……。

 大丈夫か俺……?
 急に不安になってきたぞ……。

***

 街のはずれということもあり、建物が少ないので、家の外は模擬戦にはうってつけの環境だった。
 周囲に邪魔になるものは何もない。
 俺とユナはお互いに距離を取り、向かい合っていた。

「ルールは簡単。魔法も武器もなんでもあり。あんたは私にダメージを与えることができたら勝ちよ」
「ああ、わかった」
「戦う前に一つだけ忠告しておくわ」
「ん?」
「私は強いわよ。殺す気でかかってきなさい」

 ユナは木刀を胸の前に構える。
 するとユナの纏う雰囲気が変わった。

 ピリピリと張り詰めた空気が肌を刺してくるのがわかる。
 この雰囲気、アイリーンと同じだ。
 強者が剣を構えたときに発するオーラ。

 確かにこれは殺す気でいかないとだめかもしれないな。
 俺は腰を落とし、拳を構えた。

 スッ。

 いつも通りの構えだ。

 すると、ユナが少し驚いたような表情をする。

「……じゃあ、行くわよ」

 瞬間、ユナが俺の間合いまで距離を詰めた。
 速い!
 今まで見たどの魔物よりも速い動きだった。

 ユナが上段から木刀を振り下ろしてくる。
 俺は瞬時に身体をひねって、振り下ろされた剣を紙一重で回避する。
 頬の横を猛烈な風が通り過ぎていった。

「……ッ?」

 ユナは一瞬固まり、すぐさまバックステップで俺から距離を取った。

「まさか私の剣を避けるとはね」

 ユナは驚いたようにそう呟く。

「はは、まあ避けるくらいならできるさ」

 俺は余裕ぶってそう呟く。

 でも、びっくりした。
 今まで見た中で一番速い動きだったぞ。
 思わず反応が遅れてしまった。

「ふん。今のは様子見の一太刀よ」

 そう言い、ユナは再度、俺へと肉薄してきた。
 そして、横薙ぎの一太刀を振るう。
 なんて速度の剣だ。アイリーンより速いんじゃないか?

 だが。

 今の俺は、完全に剣筋をとらえることができていた。

 俺はしゃがみこむように身体を低くし、横薙ぎの剣をかわした。
 頭上を剣が通り過ぎていく。

 振られた剣の向こうに見えるユナと目が合う。

 ──まだ追い打ちが来る!
 
 思った通り、追い打ちの剣が迫ってきた。
 斜め、横、縦。あらゆる角度からユナの剣が振るわれる。

 俺はその全てを見極め、かわした。

 いける。見える。
 今の俺なら完全にユナの剣をとらえられる。

 ユナの動きが一瞬止まった。ユナは笑っていた。

「ふふ……」

 ユナは嬉しそうな表情を浮かべている。
 だが次の瞬間飛んできたのは、その笑顔とはかけ離れた恐ろしい一撃だった。

 振り下ろされるその剣を、俺は両手で挟んで、止めた。

「私の剣を素手で止めた……!?
 あんたやるわね」
「いや、ユナの方こそ」

 俺たちは動きを止め、睨み合うようにじっと目を合わせる。
 そしてユナは再度、バックステップで俺から距離を取った。

「あんた何者? 名前は?」
「いや一度名前言ったはずなんだけど……。ハルトだよ」
「ふーん。ハルトか。聞いたことないわね……。
 まあいいわ。あんたのこと格下だと見ていたけど……やめた。本気でいくことにする」

 そう言うと、ユナは何やら呟き始めた。あれは詠唱だろうか。

「──────届け、我が祈り。極みよ、鳴り響け。我が名はユナ」

 それは見たことのない異様な光景だった。
 ユナの身体から紫色の煙のようなものが出ている。
 なんだあれは……?

「『幽闇ゆうあん』」

 どうやら詠唱が完了したようだ。
 まるでユナの身体を纏うように身体から紫色の煙が出ている。

「『幽闇』を使ったのは剣聖と戦った時以来よ」

 ユナはそう言った。
 そして次の瞬間、ユナが恐ろしい速度で俺に迫った。

 ヤバい!

 俺はとっさに横っ飛びをした。
 するとさっきで俺のいた場所にユナの木刀が振り下ろされている。

「これも避けるのね……」

 避ける? 違う。今のは適当に横に跳んだらたまたま避けられただけだ。ほとんど剣が見えなかった。
 恐ろしい速度だ。さっきより段違いに速い。
 身体能力強化系の魔法か?
 さっきですら速かったのに、さらにその上があったなんて。

 すごい。
 ユナはとてつもない剣士だ。

 アイリーンという強者をずっと近くで見てきたからわかる。ユナはアイリーンと同じ強者だ。いや、そんなもんじゃない。
 もしかしたらアイリーンよりずっと強いかもしれない。

 本当に、強い。



 俺は山を下りてからまだ本気で戦ったことがない。
 山を下りて初めて魔物を殴った時、俺は魔物を木っ端みじんにしてしまった。
 それだって本気で殴ったわけじゃない。
 しかしあれ以来、俺は本気を出すのをやめてしまった。
 いつもいつもデコピンほどの力も出さないように、力を抑えてきた。

 今だってそうだ。
 俺はまだ本気を出していない。

 別にユナをなめているわけではない。
 本気を出さなかったのではなく、出せなかったのだ。
 本気を出してしまうと、自分でもどうなってしまうかわからないから。

 けど、ユナになら本気を出してもいいのかもしれない。
 ユナなら、俺にもっと先の世界を見せてくれるかもしれない。

 俺は自然と笑みがこぼれだすのを自覚した。

 うん、決めた。
 本気出そう。
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