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コンビニ”包丁”
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ある県のある住宅街の奥深くに、周りの景色に溶け込むようにひっそりとそれはある。コンビニエンスストア、“”包丁“が。今ではいたるところにチェーン店があるコンビニ。しかし”包丁“はこの一軒しかないだろう。何故なら――包丁を専門に取り扱うコンビニなのだから。さて、いまあなたは疑問に思っただろう。それは包丁の専門店であって決してコンビニエンスストアではない、と。
いや、そうではないのだ。立派なコンビニエンスストアであるのだ。というのも“包丁”が取り扱っている包丁はただ切るための包丁ではない。少しばかり特殊なのだ。切るだけでなく様々な便利な付随効果がついている。その特殊な包丁は“包丁”の店長の爺さんが砂鉄から丹精をこめて作り上げた逸品で、そこでしか売っていない。しかし当然のことながら値段がかかる。だから買うのは大抵は芸能人だったり政治家だったり余裕のある人ばかりだ。
さて、今年も太陽の灼熱の時期から解放された、と木々が一斉に色づく時分、一人で店番をしている店長の爺さんのもとに一人のお客が訪ねてきた。キャップを目深に被り、大きめのマスクをつけている。ブカッとしたジャケットを羽織り、背はそこそこ高め。顔の大部分が隠れていて見るからに不審者というような風貌だが、生憎とこのお店は有名人がこっそりと通うようなお店。顔を隠すお客さんはざらにいる。そのお客さんはまずは食品関係の棚に向かって店長に尋ねた。
「この包丁はなんですか?普通のではないんでしょう?」
「ええ、このお店にあるのはちょっとばかし特殊なものばかりですよ。これは切った野菜が採り立てのように瑞々しくなるものです。ちなみにその隣は人参や大根を切ると勝手にいちょう切りになるというものです。反対のそれは、生ものを切った時に殺菌処理をするという優れものです。お気に召されたものはありますか?」
店長が紹介したのはほんの一握り。“包丁”にはもっとたくさんの包丁があるのだ。男は何も手に取らずに、雑貨コーナーに向かった。そこには日用品や文房具などに関する包丁がいくつも並べられている。
「食べ物以外にも包丁は使えるのか?」再び男が店長に尋ねた。
「勿論です。例えばこの出刃包丁は衣服の破れた個所をなぞるように切るとあら不思議、新品みたいに直るのです。」
自慢げに語る店長の爺さんを他所に男は隠されていない顔の部分に悩ましげな表情を浮かべながら呟く。
「しかし、どれも高いな。下手な宝石なんかよりも高いぞ。」
はて、店長の爺さんは奇妙に思った。これまでのお客は金額を気にする人はいなかったからだ。それでも店内を次々と物色し続ける男に、店長は説明を続ける。
「これは紙を正方形に切りとれる――」
「これは外傷の直りを早くする――」
「これは携帯電話を充電できる――」
ついに店内の商品を全て紹介しきってしまったが、それでも男は何一つ手に取らなかった。もう埒があかない、と店長が男に話しかけようとしたとき、男が唐突に店長に尋ねた。
「並べていない特別な品とかあるんじゃないか?見せてはくれないか。」
男の言う通り、確かに商品として出していない特別な一品があった。しかしそれはおいそれと人前に出せるようなものではないのだ。その包丁を使用するときには法律に抵触してしまうからだ。
「それをぜひ。見せてくれるだけでいいので。」
いくら拒んでも男はしつこく食い下がってきた。いい加減辟易した店長は仕方なく見せることにした。嫌々だが、ずっと付きまとわれるよりはマシだと考えたのだ。店長が店の奥から持ってきたのは一つのきれいな箱だった。ひもで何重にも固定されていて、簡単には開きそうにもない。
「さぁさぁ、どんな包丁が入っているんです?」
「それは、ですね…」
ぽそり、ぽそり、と店長は説明をしだす。
「この包丁は、私が駆け出しのころ、仕事が上手くいかず生活に困窮していたこ時に作った品です。思い出すのも憚られると封印していましたが。さぁ、もういいでしょう。」
「いえいえ、あと少しばかり。それで、どんな効果があるんです?」
「はぁ、他の人には決して言わないで下さい。…実はその包丁、強盗する時用のものなんです…。」
「なんですって!?法的に大丈夫なんですか。」
男は驚嘆した。しかし、その口元に怪しげな微笑が一瞬浮かんだことに店長の爺さんは気づかなかった。
「…しかし、処分に困っていましてね。おいそれと他人様に渡すわけにもいかないので。」
「なるほど。それは取り扱いに慎重にならざるを得ませんね。これまで随分と思い悩んだんじゃないですか?」
「ええ、それではもうしまいますね。このことは決して口外しないで下さいよ。」
店長の爺さんは男にこの包丁を見せてしまったことを後悔するような表情をしながらそそくさと包丁を箱に丁寧にしまって店の奥に片づけた。男はその動作を逐一観察し、店の奥のどの棚に強盗用の包丁がしまわれたかをしっかり覚えたが、そのことに店長の爺さんは一向に気づく様子もなく、男は何も買わずにコンビニ“包丁”を出て行った。店長は訝しげに思いながらも、閉店時間となり新商品の木材を接着させる包丁と、肌つやがよくなる包丁を新たに棚に並べて、店じまいをした。そして、店の二階部分にある住居にて就寝した。
一方、“包丁”をでた男はあたりに誰もいないことを確認して、独りごちる。
「強盗用の包丁、か。あの店にあるということは必ず成功するとか、そういうことかな。」
男は実はとても貧乏だった。いや、数日前まではお金持ちだったのだが、ありがちというかなんというか、賭博ですっからかんになってしまったのだ。元から働いて得たお金はなかったし、男にお金を稼ぐなんて発想はなかった。やさぐれて目の前にあったコンビに入ったところ、そこが“包丁”だったのだ。はじめこそ初めて見る包丁に興味がわいたが、どれも今の自分には決して届かないものばかりだ。途中から妬み半分で見ていたが、最後にとんでもないものを見せてもらった。強盗用の包丁だ。あれさえされば男はまたお金持ちになって豪遊できる。次第に男の考えは“包丁”から強盗用の包丁を強盗する方向に固まっていった。家には連日黒服強面の男たちが詰めかけてくる。決行するなら早めに。それこそ、今夜でもいいだろう。包丁がしまわれている場所は分かっている。男は今夜強盗をすることに決めた。
深夜、店の二階の電気が全て消えたことを確認した男は扉の鍵をこじ開けて店に侵入した。こんなことは初めてなのでガタリと音がしてしまった。慌てた男は冷静な判断力を失ってさらにドタバタと音を立ててしまった。こうなったらもう仕方がない。開き直って、あの爺さんが下に降りてくる前にあの包丁を奪ってずらかることにしよう。
そう決めたおとこは、昼のうちに確認していた強盗用の包丁のしまい場所に向かい箱を取り出した。開けるのは後でいいだろう。そう思って箱を手に男は店を出ようとした。しかしそれはできなかった。
「誰だ!!何をしているんだ!!」
店長の爺さんが降りてきたのだ。その手には携帯電話が握られている。下手なことをすればすぐに通報されてしまうだろう。
「くそっ、ここまできて。」
男は歯噛みする。どうしようか、ほんの一瞬考えて、今手に持っているもの、そう、強盗用の包丁を使おうと考え付いた。きっと作った本人にも効果があるだろう。
「お前は、昼間の男か。何をする気だ。」
上ずった声で叫ぶ店長の爺さんを目前に、男はギラリと光る刃を取り出して振りかぶり、
「や。やめ――」
爺さんに振り下ろした。綺麗に研がれた包丁の刃が爺さんの体に迫り、その体を切り裂かんとして――――――――――すり抜けた。
「えっ?」
男が驚嘆の声を上げるのも束の間、男は次の瞬間膝から崩れ落ち懺悔し始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。何で私はこんなバカなことを――――」
突然懺悔を始めた男をみて、店長の爺さんが呟く。
「なんだ、その包丁か。よもや強盗が成功する包丁だと思ったんじゃあるまいな。そんな都合のいいものがあるわけがないだろう。…それは人が道を誤って強盗に手を出しかけたときにその行いを悔い改めさせる包丁だ。全く、これに懲りたらまっとうに生きることだ。」
「はいっ。もう二度と。」
ほんの数分前とは打って変った態度の男に店長の爺さんは嘆息し、言った。
「仕事がないならここに弟子入りしろ。いずれはお前にも特殊な包丁が作れるようになる。せいぜい励むんだな。」――――――――――――――――――――――――――――――――
いや、そうではないのだ。立派なコンビニエンスストアであるのだ。というのも“包丁”が取り扱っている包丁はただ切るための包丁ではない。少しばかり特殊なのだ。切るだけでなく様々な便利な付随効果がついている。その特殊な包丁は“包丁”の店長の爺さんが砂鉄から丹精をこめて作り上げた逸品で、そこでしか売っていない。しかし当然のことながら値段がかかる。だから買うのは大抵は芸能人だったり政治家だったり余裕のある人ばかりだ。
さて、今年も太陽の灼熱の時期から解放された、と木々が一斉に色づく時分、一人で店番をしている店長の爺さんのもとに一人のお客が訪ねてきた。キャップを目深に被り、大きめのマスクをつけている。ブカッとしたジャケットを羽織り、背はそこそこ高め。顔の大部分が隠れていて見るからに不審者というような風貌だが、生憎とこのお店は有名人がこっそりと通うようなお店。顔を隠すお客さんはざらにいる。そのお客さんはまずは食品関係の棚に向かって店長に尋ねた。
「この包丁はなんですか?普通のではないんでしょう?」
「ええ、このお店にあるのはちょっとばかし特殊なものばかりですよ。これは切った野菜が採り立てのように瑞々しくなるものです。ちなみにその隣は人参や大根を切ると勝手にいちょう切りになるというものです。反対のそれは、生ものを切った時に殺菌処理をするという優れものです。お気に召されたものはありますか?」
店長が紹介したのはほんの一握り。“包丁”にはもっとたくさんの包丁があるのだ。男は何も手に取らずに、雑貨コーナーに向かった。そこには日用品や文房具などに関する包丁がいくつも並べられている。
「食べ物以外にも包丁は使えるのか?」再び男が店長に尋ねた。
「勿論です。例えばこの出刃包丁は衣服の破れた個所をなぞるように切るとあら不思議、新品みたいに直るのです。」
自慢げに語る店長の爺さんを他所に男は隠されていない顔の部分に悩ましげな表情を浮かべながら呟く。
「しかし、どれも高いな。下手な宝石なんかよりも高いぞ。」
はて、店長の爺さんは奇妙に思った。これまでのお客は金額を気にする人はいなかったからだ。それでも店内を次々と物色し続ける男に、店長は説明を続ける。
「これは紙を正方形に切りとれる――」
「これは外傷の直りを早くする――」
「これは携帯電話を充電できる――」
ついに店内の商品を全て紹介しきってしまったが、それでも男は何一つ手に取らなかった。もう埒があかない、と店長が男に話しかけようとしたとき、男が唐突に店長に尋ねた。
「並べていない特別な品とかあるんじゃないか?見せてはくれないか。」
男の言う通り、確かに商品として出していない特別な一品があった。しかしそれはおいそれと人前に出せるようなものではないのだ。その包丁を使用するときには法律に抵触してしまうからだ。
「それをぜひ。見せてくれるだけでいいので。」
いくら拒んでも男はしつこく食い下がってきた。いい加減辟易した店長は仕方なく見せることにした。嫌々だが、ずっと付きまとわれるよりはマシだと考えたのだ。店長が店の奥から持ってきたのは一つのきれいな箱だった。ひもで何重にも固定されていて、簡単には開きそうにもない。
「さぁさぁ、どんな包丁が入っているんです?」
「それは、ですね…」
ぽそり、ぽそり、と店長は説明をしだす。
「この包丁は、私が駆け出しのころ、仕事が上手くいかず生活に困窮していたこ時に作った品です。思い出すのも憚られると封印していましたが。さぁ、もういいでしょう。」
「いえいえ、あと少しばかり。それで、どんな効果があるんです?」
「はぁ、他の人には決して言わないで下さい。…実はその包丁、強盗する時用のものなんです…。」
「なんですって!?法的に大丈夫なんですか。」
男は驚嘆した。しかし、その口元に怪しげな微笑が一瞬浮かんだことに店長の爺さんは気づかなかった。
「…しかし、処分に困っていましてね。おいそれと他人様に渡すわけにもいかないので。」
「なるほど。それは取り扱いに慎重にならざるを得ませんね。これまで随分と思い悩んだんじゃないですか?」
「ええ、それではもうしまいますね。このことは決して口外しないで下さいよ。」
店長の爺さんは男にこの包丁を見せてしまったことを後悔するような表情をしながらそそくさと包丁を箱に丁寧にしまって店の奥に片づけた。男はその動作を逐一観察し、店の奥のどの棚に強盗用の包丁がしまわれたかをしっかり覚えたが、そのことに店長の爺さんは一向に気づく様子もなく、男は何も買わずにコンビニ“包丁”を出て行った。店長は訝しげに思いながらも、閉店時間となり新商品の木材を接着させる包丁と、肌つやがよくなる包丁を新たに棚に並べて、店じまいをした。そして、店の二階部分にある住居にて就寝した。
一方、“包丁”をでた男はあたりに誰もいないことを確認して、独りごちる。
「強盗用の包丁、か。あの店にあるということは必ず成功するとか、そういうことかな。」
男は実はとても貧乏だった。いや、数日前まではお金持ちだったのだが、ありがちというかなんというか、賭博ですっからかんになってしまったのだ。元から働いて得たお金はなかったし、男にお金を稼ぐなんて発想はなかった。やさぐれて目の前にあったコンビに入ったところ、そこが“包丁”だったのだ。はじめこそ初めて見る包丁に興味がわいたが、どれも今の自分には決して届かないものばかりだ。途中から妬み半分で見ていたが、最後にとんでもないものを見せてもらった。強盗用の包丁だ。あれさえされば男はまたお金持ちになって豪遊できる。次第に男の考えは“包丁”から強盗用の包丁を強盗する方向に固まっていった。家には連日黒服強面の男たちが詰めかけてくる。決行するなら早めに。それこそ、今夜でもいいだろう。包丁がしまわれている場所は分かっている。男は今夜強盗をすることに決めた。
深夜、店の二階の電気が全て消えたことを確認した男は扉の鍵をこじ開けて店に侵入した。こんなことは初めてなのでガタリと音がしてしまった。慌てた男は冷静な判断力を失ってさらにドタバタと音を立ててしまった。こうなったらもう仕方がない。開き直って、あの爺さんが下に降りてくる前にあの包丁を奪ってずらかることにしよう。
そう決めたおとこは、昼のうちに確認していた強盗用の包丁のしまい場所に向かい箱を取り出した。開けるのは後でいいだろう。そう思って箱を手に男は店を出ようとした。しかしそれはできなかった。
「誰だ!!何をしているんだ!!」
店長の爺さんが降りてきたのだ。その手には携帯電話が握られている。下手なことをすればすぐに通報されてしまうだろう。
「くそっ、ここまできて。」
男は歯噛みする。どうしようか、ほんの一瞬考えて、今手に持っているもの、そう、強盗用の包丁を使おうと考え付いた。きっと作った本人にも効果があるだろう。
「お前は、昼間の男か。何をする気だ。」
上ずった声で叫ぶ店長の爺さんを目前に、男はギラリと光る刃を取り出して振りかぶり、
「や。やめ――」
爺さんに振り下ろした。綺麗に研がれた包丁の刃が爺さんの体に迫り、その体を切り裂かんとして――――――――――すり抜けた。
「えっ?」
男が驚嘆の声を上げるのも束の間、男は次の瞬間膝から崩れ落ち懺悔し始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。何で私はこんなバカなことを――――」
突然懺悔を始めた男をみて、店長の爺さんが呟く。
「なんだ、その包丁か。よもや強盗が成功する包丁だと思ったんじゃあるまいな。そんな都合のいいものがあるわけがないだろう。…それは人が道を誤って強盗に手を出しかけたときにその行いを悔い改めさせる包丁だ。全く、これに懲りたらまっとうに生きることだ。」
「はいっ。もう二度と。」
ほんの数分前とは打って変った態度の男に店長の爺さんは嘆息し、言った。
「仕事がないならここに弟子入りしろ。いずれはお前にも特殊な包丁が作れるようになる。せいぜい励むんだな。」――――――――――――――――――――――――――――――――
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