俺は絶対に男になんてときめかない!~ときめいたら女体化する体質なんてきいてない!~

立花リリオ

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12「合鍵は伝統」

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説明を受けて解散となったあと俺たちはロビーまで戻ってきた。
大浴場に行くにしても一旦部屋に着替えを取りに戻らなきゃいけないからね。

ロビーはそれなりに広くて椅子もあるため、寮生たちがほどほどにいてそれぞれ話をしていた。

「あ、そうだ」

壮馬が思い出したようにポケットをごそごそと探って何かをこちらに差し出してきた。
ちらりと見えたそれはアンティークな特徴から寮の鍵であることがわかった。

「これ、俺の部屋の鍵、なんかあったとき持ってた方がいいと思っ…」

壮馬の言葉が不自然に途切れて、周りの会話がピタッと止んでいることに気付いた。
空気がシン、と静まりきっている。

え、なに?
慌ててキョロキョロと周りを見ると何故かみんながこっちを見ていた。
視線が俺たちに一極集中している。吸い寄せられるように見られてたじろいでしまった。

え、なんかいけない事言ったのかな?


咳払いが聞こえて固まったままの空気を横切って青瀬寮長が人だかりから出てきた。
青瀬寮長いたのか…。

「…鍵の譲渡は禁止されている。今回は見なかったことにするから仕舞いなさい…」

そう青瀬寮長が言うと、静まりきっていたロビーにコソコソ話す声が聞こえ、次第にざわざわとそれぞれに話し出した。
ヒューやるぅ!とかあの二人って…みたいなよくわかんない言葉が飛び交っている。
寮長は騒めき出した生徒たちに対して茶化さないようにと注意している。

本当にわけわからない。
まあ、確かに自分の寮の部屋の鍵は渡さない方がいいよな…。
それがどうしてこんな反応になるのかはわからないけど。

わかっていない様子の俺たちを見かねたのか青瀬寮長がこそっと呟いた。

「これは俺の立場からは容認できない事なんだ、見てしまった以上は俺も注意せざるを得ないから」

なんとなく青瀬寮長からは見ていないところならいいみたいなニュアンスを感じた。
さらによくわからなくなった。




先ほどのロビーから離れて廊下を歩く。
ロビーを抜けるまで好奇の目に晒されていて居心地が悪すぎた。

「なんなんだよ…」

はあ、と深いため息をついて壮馬が髪を弄った。

「鍵、どうして渡そうとしてくれたの?」
「例のお前の事もあるだろ、なんかあった時俺の部屋に入れた方がいいと思って。消灯時間以降は鍵かけるんだろ部屋」
「でも同室の子いるんだよね」
「あ、あー…そうだった。あいつ…確かにあいついたら入るに入れないか…」

あいつをどうにかしてからだな、なんて物騒なことを言っている。
鍵を貰ったとしても気付かれずに室内へ入るのはなかなか難しそうだ。
そういえば同室の子の話まだ聞いてないな。


「どんな人なの?」
「…攻略対象だよ。そのスマホにいただろ、金髪の奴」

金髪の…。
ああ、やっぱりこの人なのか。

そう言われてスマホをポケットから取り出して詳細を見ようとした時、急に背後から大きな笑い声が聞こえた。
ビクっと肩が震え、思わず出そうとしていたスマホをまたポケットに仕舞い込んでしまった。

「壮馬くん!見ーちゃった♪」
「…なんだよ」

壮馬は声の主を見やって心底嫌そうな顔をした。
顔に出るなんて珍しい。

壮馬くんって…壮馬の知り合い?こんな短時間でそんな仲良くなったの?コミュ力おばけ…。
なんて逃避しててもしょうがない、俺もくるりと声の方へ振り返る。

「意外と大胆なとこあるんだね~!」

あのシーンとした空間やばかったね、めっちゃ面白かった~!などと時々吹き出しながらまだ笑っている。

金髪だ。
ピアスもしている。
てことはこの人が壮馬の同室?

「なんであんな空気になったのかわからん」
「えー!知らずに渡したの?すごー」

ケラケラしながら知り合って初日とは思えないノリで会話を繰り広げている。
俺の入る隙はない。
ただ会話の成り行きを見届けていると、不意にちらりとこちらを見てくる金髪くん。


「あれ?君鍵渡されてた子?てか…保健室ボーイじゃん!いきなり倒れるからびっくりしたよー。大丈夫だった?」
「俺あんまりあの時の事覚えてなくて…そのもしかしてあの時助けてくれた…?」

保健室ボーイ?
会話の流れからたぶんあの時声を掛けてくれた金髪くんだと思われるし特徴も一致している。
そっか、俺を助けてくれたのはこの人だったのか。

「んーうん?まあそんなとこかな?元気そうでよかったよー」
「そっか、ありがとう。助けてくれて」
「いーよいーよ困った時はお互い様ってね♪」

とニコニコ笑っている。
なんだいい奴そうじゃん。
ノリは軽いけど、見ず知らずの俺を助けてくれたしな。
話してて楽しそうだし仲良くなれるといいな。

「あ、俺三ツ矢清彦(ミツヤキヨヒコ)っていうんだー。よろしくね。壮馬くんの同室だよ」
「俺は、夏目律。よろしく」
「夏目…律かー……んー…じゃあ律ちゃんって呼ぶね!」
「え…」
「かわいい響きで気に入っちゃった。律ちゃん♡」
「……」

やっぱ仲良くなれるかわかんなくなったぞ。
なに、律ちゃんて…。でも俺は初対面の人にやめてとか言いずらくて黙ってしまった。
もう!嫌なことは嫌って言えよ…俺のばか…。

「そっかー君たち…」

んふふ、と笑いながら俺と壮馬を見てにやにやしてる。
なんだかよくわからない。

「なんだよ、はっきり言え」

壮馬も気になるのか続きを促す、眉間にしわが寄ってしまっている。
ロビーでもそうだったけど、鍵を渡したことに理由がありそうだ。
三ツ矢はどーしよっかなと楽しそうにニマニマしてそれ以上言おうとしない。
痺れを切らした壮馬が今にも詰め寄りそうだ。
壮馬が一歩踏み出した時三ツ矢が慌てて口を開いた。

「わかったから!壮馬くんこわいよー。言うってば」

意外にヘタレだ。

「この寮の伝統なんだよ、恋人同士になったらお互いの部屋の合鍵を交換して内緒で持ってたりとか、告白の時に自分の合鍵を差し出して気持ちを伝えるとか、そういう恋愛イベントで使われるキーアイテムな訳、鍵だけに。他にも忠誠心を示すために差し出したりとかすることもあるみたいだよ。モテる子とかはいっぱい鍵持ってたりするなんていう噂も聞いたことあるけど、どうなんだろうねー」

「その鍵ってどうするの?持ってるだけ?」

「そうそう、基本的に使ったりはしないよ。使っちゃってたらさすがに問題になると思うし。みんなには秘密で持ってるっていうのがいいんじゃない?でも壮馬くんはみんなが見てる前でそれをしちゃったんだね♪寮長たちも伝統のことは知ってるから一応黙認してくれてるみたいだけど見ちゃったら立場上注意しないといけないからね。残念だったねー、壮馬くん」

ちなみに三ツ矢の話では寮の鍵はデザインがそれぞれ違うらしい。同室の三ツ矢と壮馬の鍵を見せてもらったが違う魚のデザインだった。
だからその鍵を見れば誰の鍵かわかるようになっているとの事だ。

そして終始黙っていた壮馬が開口一番、三ツ矢に誤解だと詰め寄っていた。
三ツ矢はわかってるってーとニマニマしながら言っていたけど本当にわかっているのか。

「あ!ちなみに鍵は寮生だけしか持ってないから、通学で通ってる子たちはここの売店で売ってる自分のイニシャルのついた鍵のキーホルダーを渡したりするんだよー。こんなかんじで学校では当たり前になってるから寮長たちも目をつぶってるって訳」

へえ、なんか本当にイベントって感じで浸透してるんだな。
…ここ男子校なんだけど誰も突っ込まないのかな。
一応言っておくか?

「あの、ここ、男子校だよね?」
「うん。そうだね」
「…そうだよね?」
「俺は女の子が好きだから関係ないけどさ、いいんじゃないやりたい奴はやれば」
「な、なるほど…」

今時な考え方だな。
そして三ツ矢は異性愛者なのか、ちょっと安心した。

…いや、安心していいのか?
逆に女の子好きってことは俺が女体化したとき危険になる可能性もあるかもしれない。
絶対ばれないようにしないと…。


「…最悪だ。絶対誤解された。」

壮馬が座り込んでしまった。
顔色が真っ青だ、普段の壮馬は冷静で落ち着いているイメージなのでなんだか新鮮な一面を見た気がする。

でもまあ、確かにあんな大勢の前で鍵を渡したら、もうそれなりに噂になっているかもしれない。

……。

深く考えないようにしておこう。


「大丈夫だって、人のうわさもなんとやらっていうし~。さあさあ、お風呂行こ!」

三ツ矢は他人事だと思って軽く受け流している。
俺とまだ落ち込む壮馬の間に入って腕を回してくる。知り合ったばっかりなのに距離感近めな陽キャだな…。

そして流れで3人でお風呂に入ることになってしまった。






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