勇者 最後の冒険

TAKA

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リュウキス島

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「ふう、やっと着いた」

 リュウキス島の港にカルスト号が着いた。朝の戦いで船室が吹き飛んだが、船の運航には問題なく、その後は静かな海を順調に進み、午後の早い時間には到着することができた。

「よし、全員降りろ。荷物を下ろせ」

 バラン船長の指揮で、神殿への供物などの積み荷が下ろされた。

「じゃあ、我々はここで。三日後の昼には出発する。もし帰りも乗るなら、それまでに来てくれ」

 バランはそう言うと、船員の大部分を連れて山へと続く道を進んで言った。バランの鼻唄が聞こえた。

「なんか、船長、機嫌いいですね」

 リックは自分が船室を吹き飛ばしたので、多少の後ろめたさがあったが、全く船長がそのことを気にする風でもなく、むしろとても機嫌が良かったため、不思議に思い、残ったマークに聞いた。

「はっは、これから、リュウキスの涙が採れるからな」

 マークが荷車を確かめ出発を告げた。一行は船長達とは違う、神殿へと向かう整備された道を進んで行った。

「リュウキスの涙って何ですか」

「お前、知らねえのか。この島でだけ採れる不思議な石だ。綺麗な深い青色をしていて、夜になるとほんのり光り、唄うんだ。その光を見ると心が癒され、その唄を聞くと穢れが祓われると言われてる」

「へええ、光って唄う石ですか。そんな不思議な石があるんですか。バランさんも、その石に癒されたいんですね」

 リックの無邪気な反応に、マークが噴き出しそうになった。

「ははっ、あの石は高く売れるんだ」

 マークの言葉に一瞬、リックはきょとんとなり、そのあと、頬が熱くなるのが自分でも分かった。

「はははっ、リュウキスの涙一つで、家が一軒買えるほどの値がつく。俺達は、タマルダの使者を運んだ時だけ、ここでリュウキスの涙を採ることが許される。それが決まりなんだ。いつもは五年に一度だが、今回は特別だ。鼻唄の一つも出るさ」

「リックさんは、素直でいい人ですね」

 メイヤーが振り返りリックを褒めた。横でクミンが笑っていた。リックは曖昧に笑うしかなかった。

「着いたぞ」

 先頭を歩いていた勇者が言い、目の前に神殿の門が見えた。門は閉じていたが、一行が近づくと勝手に門が開いた。マークと部下達は神殿の建物には入らず、横手に回ったところにある、いつも荷物を下ろす場所に荷物を置き、そのままバランのところに戻ると言った。ただ、ボルだけは船長命令で、世話係として残ることになった。

「なんか静かですね。そう言えば、この島に来てから、僕達以外の人を見てませんね」

 リックが神殿の中を進みながら、メイヤーに聞いた。神殿の中が余りにも静かすぎて、かえって落ち着かなかった。

「私は一人が好きなのです」

 いきなり声が聞こえ、廊下の奥から男が現れた、その男はフレイラより背が高く、青いローブを着ていた。

「おお、ウィラー卿、お久しぶりでございます」

 メイヤーが一歩前に出て頭を下げた。

「この度は、お願いの儀があり、いつもの時期ではありませんが、こうして罷り越しました。是非、私共の願いを」

 メイヤーの話を手で制し、ウィラーが目線を勇者の方に移した。

「お久しぶりですね、メイヤーさん。その話は後にしましょう。取り敢えずは部屋でお休み下さい。私はそちらの方々と少しお話があります」

「・・・はあ、ロン様とですか。・・・お知り合いですか」

「ええ、昔の知り合いです。特にそちらの女性とは、もうずっと昔からのね」

「ですが」

 メイヤーは不満げだった。リックには、まずはクミンのことを頼み、安心したいというメイヤーの気持ちはよく分かった。

「あ、あの」

 リックが恐る恐る言った。

「まずは、メイヤーさんのお話を聞いて上げてもらえませんか。ロンさんとの話はその後でも」

「・・・ほう、貴方が私に意見をするのですか」

 ウィラーの言い方は冷たかったが、リックにはどこか面白がっているようにも聞こえた。

「私のことは後でいいです」

 クミンがメイヤーの前に出た。

「初めまして、ウィラー様。私はクミンと申します。メイヤーが失礼致しました。お言葉通り、私達は別室に控えております」

「これはこれは、初めまして。お美しいお嬢様。成る程、お美しいだけではなく、非常に聡明でもあられるようですね」

「ですがクミン様、・・・分かりました」

 メイヤーはまだ何か言いたそうだったが、最後は折れ、クミンと一緒に別室に向かった。ボルも二人についていった。勇者達は、すぐ前の部屋に入った。

「さて、随分と歳を取りましたね、勇者様。で、この私に何の用ですか、・・・なんてことは聞きません。貴方が現れ、フレイラもいる。そして世間ではまた魔王の噂が囁かれ、魔物も現れた。それだけ揃えば、誰でもわかります。・・・さて、どうしましょうか」

 ウィラーがゆっくりとリックに近づいてきた。

「貴方は弱かった。そして今は、もっと弱い。装備も完全ではない。勝てますか」

 ウィラーは勇者に話しながら、リックを見つめていた。リックは少し後退りした。

「俺が弱いのは分かっている。だからお前の力が必要なんだ、水の欠片の力が、・・・分かってるだろ」

「ううん、どうしましょうか。ま、もう少し考えさせて下さい。さて、今はこちらですね」

 ウィラーが手を伸ばし、リックの頭に乗せた。

「な、何ですか」

 リックは勇者にも同じようにされたことを思い出した。ウィラーは暫くそのまま目を閉じていた。

「魔道が絡まっていますね。それもかなり複雑です。まあ、火の魔道だけほどけかけてますが」

「あの、魔道って何ですか」

「そのままです。魔法の通り道のことです。それぞれ魔法は性格が違います。その力を上手く使うには、それぞれの通り道が必要です。貴方はその道が複雑に絡まり合っていて、まともに魔法が使えないんです」

 リックは衝撃を受けた。自分が魔法使い失格の烙印を押された気がした。顔から血の気が引くのが分かった。

「え、でも魔法は使えてますが」

 リックは素直に認められず言い返した。旅の前は、自分は落ちこぼれだと思っていたが、アルガス山や魔犬との戦い、今朝の船での魔物との対決で、少しは自分に自信がついていた。

「ええ、ですが難しい魔法になると、途端に上手く使えなくなるでしょう」

 リックは何も言い返せず、助けを求めるように勇者とフレイラを見たが、二人とも黙って見ているだけだった。二人ともリックの魔道について気づいているようだった。

「あ、勘違いしないで下さい。貴方は実はかなり強い力を持っているんですよ。貴方の魔道は普通の人より太いんです。だから、かえって絡まった魔道がほどけないんですよ」

「えっ、・・・僕が」

 リックは耳を疑い聞き返した。

「ええ、そうです」

「でも、その絡まったのをほどくには、どうすればいいんですか。難しい魔法をどんどん使えばいいんですか」

 リックはアルガス山で中級魔法を放った時に、体の中で絡まった糸がほどけたような感じを受けたことを思い出していた。

「いえ、難しいものではなく、簡単なものです。何度も繰り返し魔道に魔法を通すことで、少しずつ魔道の絡まりをほどかなければなりません。一気に難易度の高い魔法を使い、無理やり魔道を通すと、魔道がほどける時に、絡まった他の魔道を傷つける可能性があります。そうなれば、他の魔法を使えなくなります」

「・・・そうですか」

 リックは、自分が凄い力を持っていると言われ嬉しかったが、簡単には使えるようにならないと分かり複雑な気分だった。

「では、明日は私が水の魔法を教えて差し上げましょう」

「えっ、はっ、はいっ」
 
ウィラーからの思いがけない申し出に、リックは興奮した。

「これ、美味しい」

 クミンとメイヤーも合流し、皆でボルが作った料理を食べていた。クミンが一口食べ、驚きの声を上げた。

「いや、ボルさん、本当に料理が上手ですね」

 リックもボルを褒めた。とても繊細な味付けだった。

「いや、こんなもので、そんな喜んでもらえるなんて」

 ボルは顔を赤くし、下を向いた。随分と昔に、料理の修行をしたことがあるということだった。

 ふとリックが見ると、勇者の食は進んでおらず、何故か暗い目でクミンを見ていた。勇者はリックの視線に気づくと、わざとらしく料理を頬張った。リックは、明日の魔法修行に心を奪われ、勇者の態度について深くは考えなかった。

「それで、ウィラー卿と皆様のお話は終わられましたか」

 メイヤーがそれとなく聞いてきた。

「ええ、返事はまだですが、話は済んでます」

 リックが答えたが、その声音が弾み、顔がにやけるのを抑えられなかった。

「何かいいことでもあったんですか。とても嬉しそうですけど」

 クミンが不思議そうに聞いた。

「ええ、実はウィラーさんが魔法を教えてくれることになったんです」

 リックは勢い込んで答えた。ただ、魔法の力を褒められたことについては、自分で言うのも気恥ずかしく、黙っていた。

「そうですか。凄いですね」

 クミンが喜んでくれたので、リックは尚更、舞い上がった。

「では、もう、私共の話をしていいのですね」

 メイヤーが念を押した。

「皆さん、お食事は終わられましたか」

 その時、部屋にウィラーが入ってきた。

「おお、ちょうど良かった。ウィラー卿、私共のお話を聞いて頂けますかな」

 メイヤーはやっと話ができると安堵していた。

「ええ、構いませんが。ただ、魔王の花嫁を匿えというお話でしたらお断りします。魔王の完全復活を阻止し、魔王を倒すためには、まずは魔王の花嫁を殺さなければなりません」

 ウィラーの一言に、その場の空気が一瞬で凍りついた。ウィラーは冷えた目でクミンを見つめていた。
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