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タマルダ
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「おお、タマルダだ」
メイヤーが遠くを指差し、叫んだ。
「クミン様、あれを、トルナマムの砦です」
トルナマムはタマルダの端に位置する砦だった。ウィラーの予想通り、あれから魔物に襲われることはなく、空飛ぶ船は風に乗り、無事にタマルダに到着した。出発してから四日目の夕方だった。
「・・・ああ、帰ってきた」
籠の端に立ち、砦を見ているクミンの目からは涙が溢れていた。リックはクミンに何て声をかければいいか分からず、黙ってその様子を見ていた。クミンはまた魔物が現れたことにショックを受け、魔物に襲われた後はずっと薬湯を飲み、横になっていた。クミンは少しやつれて見えた。
「メイヤーさん、このまま行って大丈夫ですか」
カナタが風向きを確認し、メイヤーに聞いた。
「いや、タマルダ山はあっちの方向になりますな」
メイヤーが砦から斜めに伸びる道を、指差した。
「ちょうどこの道に沿って行けば、タマルダの街があり、街を少し行ったところにある山が、タマルダ山となります」
「分かりました。では、道を目印に進みましょう」
カナタが籠の後ろに行き、そこにある仕掛けを動かした。木の軋む音に続いて、空飛ぶ船が斜めになり、進路が変わった。
「じゃが、日が落ちた後は、大丈夫ですかな」
メイヤーがカナタに尋ねた。
「大丈夫です。日が落ちれば、星を目印にします」
カナタが事も無げに答えた。メイヤーは目を丸くし、驚いていた。
「カナタさん、降りる時はどうするんですか」
日が落ちたので、リックは魔法を止め、一息ついていた。
「ああ、簡単です。空気を抜きます。この棒を押せば袋に穴が開くようになっていて、少しずつ空気が抜けるようになっています。空気が抜ければ、自然と高度は下がります」
「えっ、ということは、・・・一度空気が抜けると」
リックが戸惑いながら聞いた。
「はい、もう飛べません。この船は一度だけ、片道だけしか使えません」
カナタが申し訳なさそうに答えた。
「そうですか。じゃあ、あ、あの、タマルダの街に降りるのは駄目ですか。そうすれば、クミンさんもお父さんに会えるし・・・」
リックは少しでもクミンに元気を出してもらいたいと思い、提案した。
「駄目だ。タマルダに来た目的は、ニルクロアを探すことだ。ニルクロアはタマルダ山にいるんだから、まずはそこを目指す」
勇者が言下に否定した。リックもそれぐらいのことは分かっていたが、クミンのことが心配で言ってみただけだった。
「分かってますよ。でも、せっかくここまで来たんですから、少しぐらいお父さんと会ってもいいんじゃないですか」
リックは突き放すような勇者の言い方が、気に入らなかった。
「リック、ありがとう。でも私は大丈夫。まずは旅の目的を果たしましょう」
クミンが気丈に言った。リックはそれ以上、何も言えなかった。
「大丈夫です。旅を続けるには、馬車や食糧が必要になります。一番近い街で準備を整えることになりますから、一度はタマルダの街に入らなければなりません。クミンさんは、その時にお父さんに会えますよ。さあ、最後の食事の準備をしましょうか」
カナタが取りなすように言い、食事の準備を始めた。
「あれはタマルダの街の光ですな」
食事を終え、リックがウィラーと魔法の訓練を行っている時だった。メイヤーの言葉に、全員が下に見える街の光を見つめた。
「おお、あの一番輝いている所が、教皇倪下がおられる教会です」
メイヤーの言葉を聞き、カナタが籠の後ろに行った。
「メイヤーさん、ではタマルダ山はあれですか」
カナタが月明かりに影となって見える山を指差し、聞いた。
「そうです。あれです」
メイヤーの答えを聞くと、カナタは山の影を睨みながら、口の中でぶつぶつと何かしら呟き、暫くして空気を抜くための棒を押した。棒を押す時機を頭で計算していたようだった。
「さあ、もう着きます。下りる準備をして下さい」
カナタの声に併せ、船の高度が下がっているのが分かった。リックは下りる準備を始めた。
「ほう、着いたのか」
サリナスは結界のすぐ外を飛びながら、降りていく船を見ていた。そして、船が降りたのを確認し、少し考えるように空を飛び回ってから、タマルダの街に降りていった。
「教皇猊下、バーン教皇猊下」
慌てた様子で、親衛隊長のバルトが教皇の私室の扉を叩いた。
「どうした、クミンから連絡があったのか」
教皇は急いで扉を開けた。最近はいつも、私室で一人になると、クミンのことばかりを考えていた。
「はっ、実はトルナマムの砦から急使が参りまして、空に浮かぶ不審なものが、こちらに向かって飛んで行ったとのことでございます」
バルトが片膝をつき頭を下げ、報告した。
「空に浮かぶ不審なものだと、・・・それは何だ」
「はっ、大きな袋と籠のように見えたとのことですが、詳しいことは分かりません」
教皇はバルトの報告を聞き、クミンのことではないとがっかりしたが、すぐに魔物に関係することかもしれないと考えた。
「急な話だが、夜の外出は禁止だ。街に触れを回し、見回りを厳重にせよ。明日、朝になったら、捜索隊を出し、街の周りを捜索させよ」
バルトは教皇の言葉を受け、街に触れを告げ、見回るために出て行った。教皇は、夜通し祈りを捧げることにし、法衣に着替え、聖堂に入った。
「ふん、どうするか」
教会の門の前に立ち、教会を睨み付けながらサリナスが呟いた。サリナスは魔王の花嫁が教皇の一人娘であることを知っていた。空飛ぶ船が、この街の近くに降りた以上、必ず教皇の下を訪れると考え、先回りをすることにした。だが、教会に漂う聖なる力を前に、考え込んでいた。
「中に入ることは簡単だが、力が抑えられるな。・・・誰かの影にでも潜れるといいんだが」
暫く教会の様子を見ていると、教会の中が騒がしくなり、門が開けられ、馬に乗った騎士が数騎と徒歩の騎士達が現れた。馬に乗った騎士一騎と徒歩の騎士数人が集団となり、夜の街に散らばって行った。サリナスはその中で、一番鎧が豪華な騎士が率いる一団について行くことにした。その騎士はバルトだった。
「おい、今夜は外出は禁止だ」
バルトが率いる一団は、街中で人を見つけては声をかけ、触を伝え、家に帰るように促した。だが、その多くは酔っ払いだったので、その都度、騎士の一人が付き添い、家まで送っていった。バルトと一緒にいる騎士の数が減ってきた。
「おい、お前、何してる」
バルトの部下が二人になった時、建物の影に隠れるように立っている人影が見えた。その佇まいはしっかりとしていて、とても酔っ払いには見えなかった。
「怪しい奴だ、何者だ」
バルトが大きな声を出し、部下の騎士が剣を抜き構えた。人影が道の真ん中に出てきた。
「なっ」
バルトはその姿を見て息を飲んだ。現れたのは、猫のような縦長の赤く光る瞳と二本の牙を持ち、背中に翼を生やした魔物だった。
「ふふふ、お前に俺の力になってもらう」
サリナスは言いながら、バルトに向かって近づいた。バルトは馬を下り、剣を抜くと、部下の騎士に声をかけた。
「一斉にかかる。行くぞ」
バルトの掛け声で、三人でサリナスに襲いかかった。
「ぎゃっ」
「ぐうわっ」
「ぐふっ」
バルトはサリナスに蹴られ、壁に背中を叩きつけ、地面に崩れた。痛みで霞むバルトの目に、二人の騎士の背中に突き出た魔物の手が見えた。遠退く意識の中で、バルトはサリナスが二人の騎士を頭から飲み込むのを見た。
「げふっ、やはり人間は旨いな。はははは」
サリナスは笑いながら、気を失い地面に俯せに横たわるバルトに近づき、上から眺めた。
「さて、こいつには俺の隠れ蓑になってもらおうか」
サリナスは言うと、自分の右の小指を噛みちぎり、その小指をバルトに飲ませた。
「うわっ、ぐおおお、ぐわっ」
バルトは喉をかきむしり苦しんだが、急に静かになると、立ち上がった。バルトの目は濁り、焦点は合っていなかった。
「ふふふ、俺はエルメドーザのように魔虫を使うことはできないが、俺の体の一部を与えることで、好きなように人間を操ることができる。ははは、いいか、教皇の所に勇者が現れたら、必ず勇者の近くに行くんだ。いいな、必ずだぞ」
サリナスは言うと、バルトの影の中に消えた。
「バルト様」
先に酔っ払いを家に送った騎士が、数名戻ってきた。
「バルト様、何か声が聞こえましたが、誰かいたのですか、・・・ん、バルト様」
皆、バルトが返事をせず、馬から下り、突っ立っていることを不思議に思った。
「戻るぞ」
バルトは一言だけ言うと、馬に跨がり、後ろを振り返ることなく、教会へ戻っていった。残された騎士達は、慌ててバルトの後を追った。
メイヤーが遠くを指差し、叫んだ。
「クミン様、あれを、トルナマムの砦です」
トルナマムはタマルダの端に位置する砦だった。ウィラーの予想通り、あれから魔物に襲われることはなく、空飛ぶ船は風に乗り、無事にタマルダに到着した。出発してから四日目の夕方だった。
「・・・ああ、帰ってきた」
籠の端に立ち、砦を見ているクミンの目からは涙が溢れていた。リックはクミンに何て声をかければいいか分からず、黙ってその様子を見ていた。クミンはまた魔物が現れたことにショックを受け、魔物に襲われた後はずっと薬湯を飲み、横になっていた。クミンは少しやつれて見えた。
「メイヤーさん、このまま行って大丈夫ですか」
カナタが風向きを確認し、メイヤーに聞いた。
「いや、タマルダ山はあっちの方向になりますな」
メイヤーが砦から斜めに伸びる道を、指差した。
「ちょうどこの道に沿って行けば、タマルダの街があり、街を少し行ったところにある山が、タマルダ山となります」
「分かりました。では、道を目印に進みましょう」
カナタが籠の後ろに行き、そこにある仕掛けを動かした。木の軋む音に続いて、空飛ぶ船が斜めになり、進路が変わった。
「じゃが、日が落ちた後は、大丈夫ですかな」
メイヤーがカナタに尋ねた。
「大丈夫です。日が落ちれば、星を目印にします」
カナタが事も無げに答えた。メイヤーは目を丸くし、驚いていた。
「カナタさん、降りる時はどうするんですか」
日が落ちたので、リックは魔法を止め、一息ついていた。
「ああ、簡単です。空気を抜きます。この棒を押せば袋に穴が開くようになっていて、少しずつ空気が抜けるようになっています。空気が抜ければ、自然と高度は下がります」
「えっ、ということは、・・・一度空気が抜けると」
リックが戸惑いながら聞いた。
「はい、もう飛べません。この船は一度だけ、片道だけしか使えません」
カナタが申し訳なさそうに答えた。
「そうですか。じゃあ、あ、あの、タマルダの街に降りるのは駄目ですか。そうすれば、クミンさんもお父さんに会えるし・・・」
リックは少しでもクミンに元気を出してもらいたいと思い、提案した。
「駄目だ。タマルダに来た目的は、ニルクロアを探すことだ。ニルクロアはタマルダ山にいるんだから、まずはそこを目指す」
勇者が言下に否定した。リックもそれぐらいのことは分かっていたが、クミンのことが心配で言ってみただけだった。
「分かってますよ。でも、せっかくここまで来たんですから、少しぐらいお父さんと会ってもいいんじゃないですか」
リックは突き放すような勇者の言い方が、気に入らなかった。
「リック、ありがとう。でも私は大丈夫。まずは旅の目的を果たしましょう」
クミンが気丈に言った。リックはそれ以上、何も言えなかった。
「大丈夫です。旅を続けるには、馬車や食糧が必要になります。一番近い街で準備を整えることになりますから、一度はタマルダの街に入らなければなりません。クミンさんは、その時にお父さんに会えますよ。さあ、最後の食事の準備をしましょうか」
カナタが取りなすように言い、食事の準備を始めた。
「あれはタマルダの街の光ですな」
食事を終え、リックがウィラーと魔法の訓練を行っている時だった。メイヤーの言葉に、全員が下に見える街の光を見つめた。
「おお、あの一番輝いている所が、教皇倪下がおられる教会です」
メイヤーの言葉を聞き、カナタが籠の後ろに行った。
「メイヤーさん、ではタマルダ山はあれですか」
カナタが月明かりに影となって見える山を指差し、聞いた。
「そうです。あれです」
メイヤーの答えを聞くと、カナタは山の影を睨みながら、口の中でぶつぶつと何かしら呟き、暫くして空気を抜くための棒を押した。棒を押す時機を頭で計算していたようだった。
「さあ、もう着きます。下りる準備をして下さい」
カナタの声に併せ、船の高度が下がっているのが分かった。リックは下りる準備を始めた。
「ほう、着いたのか」
サリナスは結界のすぐ外を飛びながら、降りていく船を見ていた。そして、船が降りたのを確認し、少し考えるように空を飛び回ってから、タマルダの街に降りていった。
「教皇猊下、バーン教皇猊下」
慌てた様子で、親衛隊長のバルトが教皇の私室の扉を叩いた。
「どうした、クミンから連絡があったのか」
教皇は急いで扉を開けた。最近はいつも、私室で一人になると、クミンのことばかりを考えていた。
「はっ、実はトルナマムの砦から急使が参りまして、空に浮かぶ不審なものが、こちらに向かって飛んで行ったとのことでございます」
バルトが片膝をつき頭を下げ、報告した。
「空に浮かぶ不審なものだと、・・・それは何だ」
「はっ、大きな袋と籠のように見えたとのことですが、詳しいことは分かりません」
教皇はバルトの報告を聞き、クミンのことではないとがっかりしたが、すぐに魔物に関係することかもしれないと考えた。
「急な話だが、夜の外出は禁止だ。街に触れを回し、見回りを厳重にせよ。明日、朝になったら、捜索隊を出し、街の周りを捜索させよ」
バルトは教皇の言葉を受け、街に触れを告げ、見回るために出て行った。教皇は、夜通し祈りを捧げることにし、法衣に着替え、聖堂に入った。
「ふん、どうするか」
教会の門の前に立ち、教会を睨み付けながらサリナスが呟いた。サリナスは魔王の花嫁が教皇の一人娘であることを知っていた。空飛ぶ船が、この街の近くに降りた以上、必ず教皇の下を訪れると考え、先回りをすることにした。だが、教会に漂う聖なる力を前に、考え込んでいた。
「中に入ることは簡単だが、力が抑えられるな。・・・誰かの影にでも潜れるといいんだが」
暫く教会の様子を見ていると、教会の中が騒がしくなり、門が開けられ、馬に乗った騎士が数騎と徒歩の騎士達が現れた。馬に乗った騎士一騎と徒歩の騎士数人が集団となり、夜の街に散らばって行った。サリナスはその中で、一番鎧が豪華な騎士が率いる一団について行くことにした。その騎士はバルトだった。
「おい、今夜は外出は禁止だ」
バルトが率いる一団は、街中で人を見つけては声をかけ、触を伝え、家に帰るように促した。だが、その多くは酔っ払いだったので、その都度、騎士の一人が付き添い、家まで送っていった。バルトと一緒にいる騎士の数が減ってきた。
「おい、お前、何してる」
バルトの部下が二人になった時、建物の影に隠れるように立っている人影が見えた。その佇まいはしっかりとしていて、とても酔っ払いには見えなかった。
「怪しい奴だ、何者だ」
バルトが大きな声を出し、部下の騎士が剣を抜き構えた。人影が道の真ん中に出てきた。
「なっ」
バルトはその姿を見て息を飲んだ。現れたのは、猫のような縦長の赤く光る瞳と二本の牙を持ち、背中に翼を生やした魔物だった。
「ふふふ、お前に俺の力になってもらう」
サリナスは言いながら、バルトに向かって近づいた。バルトは馬を下り、剣を抜くと、部下の騎士に声をかけた。
「一斉にかかる。行くぞ」
バルトの掛け声で、三人でサリナスに襲いかかった。
「ぎゃっ」
「ぐうわっ」
「ぐふっ」
バルトはサリナスに蹴られ、壁に背中を叩きつけ、地面に崩れた。痛みで霞むバルトの目に、二人の騎士の背中に突き出た魔物の手が見えた。遠退く意識の中で、バルトはサリナスが二人の騎士を頭から飲み込むのを見た。
「げふっ、やはり人間は旨いな。はははは」
サリナスは笑いながら、気を失い地面に俯せに横たわるバルトに近づき、上から眺めた。
「さて、こいつには俺の隠れ蓑になってもらおうか」
サリナスは言うと、自分の右の小指を噛みちぎり、その小指をバルトに飲ませた。
「うわっ、ぐおおお、ぐわっ」
バルトは喉をかきむしり苦しんだが、急に静かになると、立ち上がった。バルトの目は濁り、焦点は合っていなかった。
「ふふふ、俺はエルメドーザのように魔虫を使うことはできないが、俺の体の一部を与えることで、好きなように人間を操ることができる。ははは、いいか、教皇の所に勇者が現れたら、必ず勇者の近くに行くんだ。いいな、必ずだぞ」
サリナスは言うと、バルトの影の中に消えた。
「バルト様」
先に酔っ払いを家に送った騎士が、数名戻ってきた。
「バルト様、何か声が聞こえましたが、誰かいたのですか、・・・ん、バルト様」
皆、バルトが返事をせず、馬から下り、突っ立っていることを不思議に思った。
「戻るぞ」
バルトは一言だけ言うと、馬に跨がり、後ろを振り返ることなく、教会へ戻っていった。残された騎士達は、慌ててバルトの後を追った。
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