奇奇怪怪短篇集

五嶋樒榴

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蛍の雨

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雨が降り止まず、私は朽ち果てた屋敷の大きな門の軒下で雨宿りをする事にした。
下駄は泥が付いてズボンの裾もぐっしょりと濡れ、なんの凌ぎにもならなかった傘がわりにした布の鞄も、濡れてズッシリとした重みがあった。

「嫌な雨ですね」

心地よい鈴の音の様な声に、私は驚きそちらに目を向けた。

「あ、はぁ」

私はドキドキして返事をした。
いつの間に隣に来たのか分からなかった。
激しい雨音が、この美しい人が私の隣に来た音をかき消していたのだろう。

「参りましたね。まだ止みそうにありませんよ」

私がそう言うと、古めかしい着物を着た、やはりびっしょり濡れている美しい人は、空を眺めた後私に微笑んだ。
歳は16、17くらいだろうか。
私たちは一向に止む気配のない雨の中、同じ同士となりいつしか話も弾み、美しい人が持っていた水筒のお茶をご馳走になったりして時をやり過ごした。

「ああ、それにしても本当に。困りましたわ。お父様のお使いで、隣町のお医者様をお迎えに来た途中でしたの」

お医者様と聞いて、私は更にドキドキした。
目の前の美しい人が、私がこれから向かう財閥の屋敷の娘だと思ったからだ。

「あの、もしかして、華佗羅かだらさんのお嬢さんで?実は私は華佗羅家に往診に行く医者なのです」

私が尋ねると、美しい人は少し驚いた顔で私を見ている。

「まぁ!あなた様が?びっくりしました。家の者からお聞きしたお年で私、お医者様はもっとお年をお召しになった方だと思っていたので」

美しい人の言葉に私は笑った。
彼女の目には、私は若く見えていた様だ。
私はもう40を過ぎた中年なのだが。

崎平さきひらと申します。お嬢さんが熱を出されたと聞いていたのですが、あなたでは無いんですね」

私が言うと美しい人は、悲しそうな目で私をジッと見た。

「妹が、もう何日も熱が下がらず。食事も喉が通らない有様で」

きっと喉も腫れて、熱が下がらないのだろうと私は思った。
私と華佗羅氏の関係は、私の従姉妹が華佗羅氏の妻になったことで、私が華佗羅家のお抱え医師となったのだった。
 
ただ従姉妹は子が産めなかったために、その後、華佗羅氏が妾を幾人か持ち、その1人の愛妾に子ができたために離縁された経緯がある。
それがあってから、私も徐々に華佗羅家と縁がなくなっていた。
華佗羅氏には確か娘がひとりだけと聞いたが、どうやら人伝に聞いたため記憶違いだった様だ。

わたくしは、お父様の隠し子なんです。あなたの従姉妹様が嫁がれた次の年に私は産まれました。私の母は、華佗羅家の女中だったので」

そうか。
この美しい人の母は、従姉妹が嫁ぐ前にもう華佗羅氏と関係のあった女中だったのだろう。
それでこの美しい人を、私が知らなかったのも合点がいった。
訥々とつとつと語らっている間に、しばらくすると雨は小降りになり、私と美しい人は華佗羅家へと向かった。
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