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酸っぱい水

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過去を思い出し疾風はふと流星が浮かんだ。
真幸が気まぐれな猫で流星が気まぐれな仔猫。
自分は猫が好きなのかと笑ってしまった。

真幸の組の幹部殺しの決着がついた後に真幸とは別れた。そして疾風は捜一に引っ張られた。
結局当麻の私設秘書の事件はこれで終わりだなと疾風は思った。
スマホに着信が来た。嫌な予感がしたが疾風は出る。

『やっぱり番号変えてなかったか』

真幸だった。

「ストーカーかよ」

仕返しのつもりで言う。

『番号登録しとけや、クソガキ』

悪態を吐く真幸に疾風は笑う。

「嫌だね。俺は二度とあんたに会わない」

ブツッと疾風は切る。
またかかってきた。
無視をするがしつこい。

「テメェ!良い加減にしろや!」

キレ気味に疾風が言うと真幸は笑う。

『やっぱガキだな。さっき渡した名刺の場所に明日来てくれ。話がある』

今度は真幸が先に切った。
疾風はポケットから名刺を出す。
なんの話なのか、正直気になってしまった。色っぽい話ではないのだけは分かった。
次の日の夜、疾風は真幸の会社の入ったビルの前にやってきた。サンライズは二階と三階で受付が二階だった。二階のフロアがまだ電気が付いていたのでエレベーターに乗る。
扉を開けると受付嬢がまだ残っていたが、潤んだ震える目で疾風を見つめる。
ブーンと振動する機械音が耳につく。バイブを仕込まれていると分かった。

「い、いらっしゃい、ませ。しゃ、社長は、この先の、ドアの部屋に、います」

声も震えている。疾風は無表情で進み、言われたドアを開けた。

「遅かったな。もう帰ろうと思ったぜ」

デスクに座って、真幸は煙草を吸っている。

「って、その無表情つまんねーな。せっかくうちの可愛い受付嬢に仕込んでおいたのに。やっぱ美少年にしとけば良かったか?」

「相変わらず悪趣味だな。あんたのケツに挿しとけばよかったじゃない」

疾風はそう言うと、デスクに置いてある真幸の煙草に手を伸ばし1本出すと、屈んで真幸の煙草から火を移す。顔が近くなり、見つめ合う。

「俺のケツはお前専用だろ」

フッと笑いながら真幸は言う。疾風も煙を吸いながら笑う。

「お前が俺を捨てたくせによく言うわ」

煙を吐きながら疾風は言う。

「あの時の事件は解決した。俺たちが会う理由もなくなった。理由ができれば、またこうして会える」

真幸は深く煙を吸い、疾風を見つめながらゆっくり煙を吐いた。

「外の受付嬢どうにかしろよ。女がヨガってても興味ねーんだよ」

疾風は親指でドアを指す。
真幸は内線をかけた。

「お客さんが帰って良いってさー。お疲れさん」

疾風は真幸をじっと見つめる。

「仕事の話は?」

「慌てるなよ。ソーローかよ」

はぐらかす真幸に、疾風は笑って灰皿に煙草を押し付けた。

「大した事じゃないよー。ちょっと組がごたついててねー。全く権力争いって怖いわよねー、奥様」

「誰か奥様だ。喋くってるヒマな主婦じゃねーよ」

疾風はソファーに座る。

「お前が受付嬢帰しちゃうから楽しみ減ったー。突っ込んだままお前に見られながらしゃぶってもらおうと思ってたのにー」

「うるせーよ。俺を呼び出した話の続きしろよ」

真幸もからかうのに飽きてきて、疾風の前に座る。

「昔とおんなじだわ。ただ敵対関係じゃなくて、今度のは内紛。渋谷で幹部が刺された。とりあえず命には別状なかったけどね。でもその幹部、政龍組組長のお気に入りなんだよ。それで犯人探しって感じ?」

疾風は笑った。

「俺、あんたの舎弟じゃないんだけどね」

「捜一に上がってきてない?」

「耳に入ってれば、今日呼び出された内容も分かってたよ。何も知らない」

「んじゃ、道玄坂署で止まってるのねー。捜一で拾い上げてよ」

「無茶言うな」

フッと真幸は笑う。疾風は相変わらずの冷たい目に、さっきからゾクゾクしていた。

「流石に殺人事件にまで発展しないと無理だね。目星付いてないのかよ」

「全くね。敵が多すぎて多すぎて」

「身内の犯行は分かってんだろ?」

パーン!と、窓ガラスが割れた。疾風は真幸の腕を引っ張ると、抱きしめ床に伏せた。
粉々のガラスの破片がデスクに散らばっている。
真幸は久しぶりに疾風の腕の中に抱かれ、ギュッと疾風に掴まる。
パーン、パーンと、弾ける銃弾がまた二発撃たれ、疾風は真幸を庇うように抱きしめる。

「おいおい、マジかよ。あんためっちゃ狙われてるじゃん」

疾風は笑っているが目が笑ってない。

「今夜、俺が一人だって知ってるやつか。お前を見て嫉妬した俺のファンかな」

「この状況で、笑えねー冗談は要らん。とりあえず俺は一度出る。そのうち警察が来るから、覚悟しとけよ」

「慣れっこだよ」

疾風と真幸は見つめ合い笑う。
銃弾がおさまったようなので疾風は真幸の会社を出た。他のビルに身を潜め様子を伺う。直ぐに通報を受けたパトカーがビルの前に集まった。
流石に出て行くわけにもいかず、あとはパトカーの警察官にひとまず任せて疾風は退散した。
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