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熱い水
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泉水はオフだったワタルを連れて、御笠家御用達の銀座の老舗テーラーに、秋冬物のスーツのオーダーに来ていた。
「まだ夏前なのに、もう作るんだね」
ワタルは店の中を見ながら、採寸された泉水に言う。
「オーダーメードで全て手作りだから時間がかかるのさ。ほら、ワタルの番だよ」
ワタルのスーツもオーダーするので連れてきたのもあった。
イタリアの高級生地。ワタルは自分には贅沢過ぎると思ったが、泉水に合う男になるためにはそれも必要と思った。
「そのうちそのスーツが出来たら、それを着て食事に行こう。連れて行ってワタルを自慢したい」
泉水の言葉にワタルは笑った。
本当に泉水に自分は愛されているのか、分からなくなる時がある。
泉水は自分を見ながら、何か違うものを見ていると付き合い当初から思っていた。
しかし、この付き合いを望んだのは自分なのだからと、ワタルは泉水に詰め寄ることもできない。優しいワタルにはできないことだった。
採寸が終わり、二人は銀座の街を歩いた。
ワタルは伊達眼鏡しかしていなかったが、銀座という場所柄か、気づかれることもなかった。
「ランチをして帰ろう。何が食べたい?」
並んで歩くワタルに泉水は尋ねる。
「僕はなんでもいい。泉水さんといられれば、それだけが僕が欲しいものだから」
可愛いと思いながら微妙な距離で二人は並んで歩く。
「んー、じゃあ、まだ行ったことがない店にしよう。いい?」
泉水となら、本当にどこでも良かった。
そんなことより、泉水に愛されている実感が欲しいとワタルは思った。
いつも誰を見てるのか、知りたくて仕方ない。
「良いよ」
にっこり笑うワタルを連れて行ったのは、新橋の立ち食い蕎麦屋だった。
「こういう店、入ったことなくて、ずっと入ってみたかった」
照れながら言う泉水にワタルは吹き出した。
「じゃあ初体験、しよう」
楽しそうにワタルは言うと、二人は蕎麦屋に入った。
蕎麦を食べ終わると、そのままお台場まで出て、直ぐにホテルの部屋に入った。
「びっくり。部屋、予約してたんだ」
部屋の窓から海を見ながらワタルは言う。
「最近、声出してないから、欲求不満だったでしょ?」
泉水はソファーに腰掛けてワタルの背中に向かって言う。
「私もたまには、ワタルの喘ぎ声たっぷり聞きたい」
ワタルが振り返る。
何故か寂しそうな顔に泉水はドキッとした。
「そう、だね。うん」
ワタルはそう答えてまた海を眺める。
「どうした?様子が変だよ?」
流石に泉水も気になる。
「ワタル?」
「最近、僕、変なんだ。美緒さんに嫉妬したり。でも本当は違うんだ。美緒さんのせいにして苛立ちをぶつけてるんだよ。ヤナ奴だ」
ワタルはそう言いながらも泉水を見ない。
「近くにいても、泉水さんはどこか違うところ行ってる。分かってるよ。この付き合いだって、僕が半ば無理矢理始めさせたのも。僕が離れたくなかったのを、泉水さんに押し付けたんだから」
泉水はズキっと胸が痛んだ。
「泉水さんが誰を好きかは知らない。僕の知らない泉水さんがいる事だけは分かる」
ワタルがやっと泉水を見た。
悲しそうな笑顔に胸が締め付けられる。
「良いって、思ってた。僕が泉水さんを好きなら」
「……良くない」
泉水がワタルを見つめる。
「そうやってワタルに辛い思いさせて、良いわけない」
泉水はじっと見つめ続ける。
「信じてもらえないだろうけど、私はワタルを愛してるよ。本当だ」
ワタルは泉水が嘘をついていないと思った。
「うん、でも、他の誰かもでしょ?」
いつかはこんな日が来ると思っていた。
自分の分かりやすい態度に腹が立ってきた。
いい加減な自分に心底腹が立つ。
「認めたくないけど、嘘はつけない。すまない」
ワタルはぎゅっと唇を閉じる。
「……帰ろうか。私と二人きりでいたくないでしょ?家に帰ろう」
泉水が立ち上がる。ワタルに近づかない。
「でも、ワタルを手放したくない。ワタルを愛してる。ずっとそばにいて欲しい。だからあの家を出て行かないでくれ」
泉水が泣きそうな顔で言う。
「狡いって分かってる、優柔不断なのも。でも愛してる」
ワタルは我慢できずに泉水に抱きつく。
「狡いよ。でも好き。優柔不断なのも好き。泉水さんならどんな泉水さんでも好き。僕が守りたいって思ったから。甘えさせたいって思ったから。でも、泉水さんの正直な気持ち知りたかった。馬鹿正直な泉水さんが好きだから」
「ワタルを誰かの代わりに抱いたことは一度もない」
「分かってる!」
ワタルが泉水の唇を塞ぐ。ワタルはキスをしながら泉水のジャケットを脱がし、シャツのボタンを外す。
唇が離れ見つめ合うと、ワタルは泉水の首筋に思い切り吸い付いた。
「……ッ!」
痛みに泉水は顔を歪める。ワタルの唇が首筋から離れた。
「……最後噛んだだろ」
ワタルは悪戯っ子の顔で笑った。
「まだ夏前なのに、もう作るんだね」
ワタルは店の中を見ながら、採寸された泉水に言う。
「オーダーメードで全て手作りだから時間がかかるのさ。ほら、ワタルの番だよ」
ワタルのスーツもオーダーするので連れてきたのもあった。
イタリアの高級生地。ワタルは自分には贅沢過ぎると思ったが、泉水に合う男になるためにはそれも必要と思った。
「そのうちそのスーツが出来たら、それを着て食事に行こう。連れて行ってワタルを自慢したい」
泉水の言葉にワタルは笑った。
本当に泉水に自分は愛されているのか、分からなくなる時がある。
泉水は自分を見ながら、何か違うものを見ていると付き合い当初から思っていた。
しかし、この付き合いを望んだのは自分なのだからと、ワタルは泉水に詰め寄ることもできない。優しいワタルにはできないことだった。
採寸が終わり、二人は銀座の街を歩いた。
ワタルは伊達眼鏡しかしていなかったが、銀座という場所柄か、気づかれることもなかった。
「ランチをして帰ろう。何が食べたい?」
並んで歩くワタルに泉水は尋ねる。
「僕はなんでもいい。泉水さんといられれば、それだけが僕が欲しいものだから」
可愛いと思いながら微妙な距離で二人は並んで歩く。
「んー、じゃあ、まだ行ったことがない店にしよう。いい?」
泉水となら、本当にどこでも良かった。
そんなことより、泉水に愛されている実感が欲しいとワタルは思った。
いつも誰を見てるのか、知りたくて仕方ない。
「良いよ」
にっこり笑うワタルを連れて行ったのは、新橋の立ち食い蕎麦屋だった。
「こういう店、入ったことなくて、ずっと入ってみたかった」
照れながら言う泉水にワタルは吹き出した。
「じゃあ初体験、しよう」
楽しそうにワタルは言うと、二人は蕎麦屋に入った。
蕎麦を食べ終わると、そのままお台場まで出て、直ぐにホテルの部屋に入った。
「びっくり。部屋、予約してたんだ」
部屋の窓から海を見ながらワタルは言う。
「最近、声出してないから、欲求不満だったでしょ?」
泉水はソファーに腰掛けてワタルの背中に向かって言う。
「私もたまには、ワタルの喘ぎ声たっぷり聞きたい」
ワタルが振り返る。
何故か寂しそうな顔に泉水はドキッとした。
「そう、だね。うん」
ワタルはそう答えてまた海を眺める。
「どうした?様子が変だよ?」
流石に泉水も気になる。
「ワタル?」
「最近、僕、変なんだ。美緒さんに嫉妬したり。でも本当は違うんだ。美緒さんのせいにして苛立ちをぶつけてるんだよ。ヤナ奴だ」
ワタルはそう言いながらも泉水を見ない。
「近くにいても、泉水さんはどこか違うところ行ってる。分かってるよ。この付き合いだって、僕が半ば無理矢理始めさせたのも。僕が離れたくなかったのを、泉水さんに押し付けたんだから」
泉水はズキっと胸が痛んだ。
「泉水さんが誰を好きかは知らない。僕の知らない泉水さんがいる事だけは分かる」
ワタルがやっと泉水を見た。
悲しそうな笑顔に胸が締め付けられる。
「良いって、思ってた。僕が泉水さんを好きなら」
「……良くない」
泉水がワタルを見つめる。
「そうやってワタルに辛い思いさせて、良いわけない」
泉水はじっと見つめ続ける。
「信じてもらえないだろうけど、私はワタルを愛してるよ。本当だ」
ワタルは泉水が嘘をついていないと思った。
「うん、でも、他の誰かもでしょ?」
いつかはこんな日が来ると思っていた。
自分の分かりやすい態度に腹が立ってきた。
いい加減な自分に心底腹が立つ。
「認めたくないけど、嘘はつけない。すまない」
ワタルはぎゅっと唇を閉じる。
「……帰ろうか。私と二人きりでいたくないでしょ?家に帰ろう」
泉水が立ち上がる。ワタルに近づかない。
「でも、ワタルを手放したくない。ワタルを愛してる。ずっとそばにいて欲しい。だからあの家を出て行かないでくれ」
泉水が泣きそうな顔で言う。
「狡いって分かってる、優柔不断なのも。でも愛してる」
ワタルは我慢できずに泉水に抱きつく。
「狡いよ。でも好き。優柔不断なのも好き。泉水さんならどんな泉水さんでも好き。僕が守りたいって思ったから。甘えさせたいって思ったから。でも、泉水さんの正直な気持ち知りたかった。馬鹿正直な泉水さんが好きだから」
「ワタルを誰かの代わりに抱いたことは一度もない」
「分かってる!」
ワタルが泉水の唇を塞ぐ。ワタルはキスをしながら泉水のジャケットを脱がし、シャツのボタンを外す。
唇が離れ見つめ合うと、ワタルは泉水の首筋に思い切り吸い付いた。
「……ッ!」
痛みに泉水は顔を歪める。ワタルの唇が首筋から離れた。
「……最後噛んだだろ」
ワタルは悪戯っ子の顔で笑った。
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