鳴かない杜鵑-ホトトギス-(鳴かない杜鵑 episode1)

五嶋樒榴

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凍った水

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ワタルとの久しぶりのホテルデートの翌日、オフィスの部屋で中谷と電話で話をしていた。

「どうした?お前から連絡なんて珍しいな」

『まあね。昨日、ちょっと別件で遠崎水帆と電話で話したら、奴が泉水と会いたいって言うもんでさ。少しぐらい時間合ったら飲みにでも行かねーか?3人で』

泉水でネタを釣ると言う事はバレたらまずい。

「へー。水帆か。すげー久しぶりに聞く名前だな。相変わらず口悪いのか?」

面白がって泉水は言う。

『水帆だからな』

中谷も笑って言う。

『近いうちに会いたいんだけど、今週って無理?』

早く水帆に会いたい中谷は焦る。

「今週かぁ。今日水曜だもんね。早くて金曜だな。でも会えるの20時過ぎるぜ」

『俺は構わん。奴もお前に合わせると言っていた』

「……なんか、隠してる?」

焦る中谷に泉水は言う。中谷はギクリとする。

『いや、何も。ただ、会うなら早い方が良いと思って』

「わかったよ。水帆に俺も久しぶりに会いたいし。じゃあ、金曜の20時な。銀座のワインバーを予約しておく」

『サンキュー!じゃあ、水帆に連絡しておく』

そそくさと中谷は電話を切った。

「何か水帆に弱みでも握られてるのか?」

楽しそうに泉水は呟いた。

流星は前室で書類をパソコンでまとめながら昨日の夜を思い出していた。
あれから裕貴は緊張の連続で、流星が口でしゃぶっても勃つ事もなく、後ろ髪を引かれながら帰って行った。その姿が可愛くて、思い出すとつい顔が緩んでしまう。 
無理に身体の関係を持とうとも流星は思っていなかった。
男の身体を知らない裕貴に無理強いさせるつもりもなかった。
ただ心だけは繋がっていたいと思っていた。
バイブでメールが来たことに気がつき、他の秘書に気づかれないように流星はそっと画面を開いた。裕貴は今、昼休みの休憩かなと思った。

【昨日はごめんなさい。でも、俺、ちゃんと勉強するから!絶対流星さんの事、気持ちよくするから!大好きです。ずっとそばにいてください】

はじめの方の文章には笑ったが、大好きのくだりから、流星は心が温まった。

【大好きだよ。裕貴のこと大切だよ。ずっとそばにいるよ。でも、あまり変なこと勉強しないでね】

流星は送信するとスマホをしまった。すぐに返信が来て、またスマホを手に取る。

【じゃあ、流星さんに教えてもらう。今夜も会いたい。ダメ?】

【ダメじゃないよ。待ってる。もう返信できないから、仕事終わったらメールする】

流星は顔が緩みっぱなしになってスマホをしまった。

「良いなぁ、咲花さん、ラブラブですか?」

女性秘書の1人に声をかけられ流星はギクリとする。

「え?あ、そのッ」

「だって朝から顔緩みっぱなしですよ」

ふふふと笑われる。

「あ、えっと、まあ、ね」

流星は笑って誤魔化した。

「えー、恋バナ?良いなぁ。私こないだ別れたのよね」

もう1人の秘書も話に入ってくる。

「じゃあ、今幸せなの咲花さんだけじゃない。どんな人ですか?彼女」

彼女と言われて流星は苦笑い。


どちらかと言うと、俺が彼女なんだけど。


流石にそこまでカミングアウトもできない。

「凄く可愛いよ。ちょっとウブって言うか、素直ないい子」

照れながら幸せそうに語る流星に、秘書達は聞くんじゃなかったと思った。

「はい、ご馳走さまでーす。さて、仕事しましょう」

蜘蛛の子を散らすように2人は仕事を始めた。流星はその態度がおかしかった。

夕方から泉水は接待があり、流星を連れて赤坂の鉄板焼きの店に向かった。

「同席は久しぶりだな。食事を楽しめないだろうがよろしく頼むよ」

心得ていますと流星は頭を下げた。
接待相手は黒崎グループの黒崎聖だった。 先日沖縄で、東京に戻ったら食事をする約束をしていた。
聖の秘書も男だったので、男4人で個室で鉄板焼きを愉しむことになった。

「黒崎の秘書の周防です」

「御笠の秘書の咲花です」

流星は聖の秘書の周防と名刺交換をした。

「どうです?沖縄の方は」

「そうだね、とりあえず順調だよ。聖君は?仕事は順調だろうけど、プライベートの方は?噂は聞いているよ。お相手は女子大生だってね」

ニヤニヤして泉水は聖を弄る。

「ええ、まあ。良いお付き合いをさせてもらっています」

「堅っ苦しいのは抜きにしようよ」

ふふふと泉水は笑う。

「泉水さんは?噂も全く聞こえませんが?プライベートは相変わらずの秘密主義ですか?」

「まあね。私の話は大したことがないから」

ワタルに夢中とは流石に言えない。
聖が普通の恋愛をしていて、この先結婚して子供を作って、黒崎家は安泰だろうと泉水は思った。
自分は別に、御笠の家などどうなっても良い気持ちもあった。
両親に半ば捨てられた身で、御笠を守っていく義理もないと思っている。

「そろそろ御笠と黒崎で、共同事業を始めませんか?私たちの世代になったんですから。と言っても私はまだ専務ですけど」

聖の提案に泉水も頷く。

「そうだね。私達が始めたら最強だろうね。何か考えでも?」

「総合エンターテイメントを含む、統合型リゾート計画です。IR、カジノ計画に噛みたいと思ってまして。候補地すら決まってませんが、カジノを中心に演劇の舞台ホール、スポーツ全般に使用可能のドーム建設、そして、テーマパーク、ホテル。本場のラスベガスには敵いませんが、権利を取得したいと思って」

やっぱりと泉水は頷く。

「他にも名乗りを上げている企業があるから、まずは先手を打って、共同事業として発表しませんか?国内より、海外の企業が脅威ですから」

「確かにね。黒崎とうちが手を組めば最強だ」

ふふふと泉水は笑う。

「でも、カジノは無理だなぁ。もう先越されてる」

「え?」

聖はびっくりして泉水を見つめる。

「IR推進法案が成立する前から、秘密裏に動いてますよ、うちの親父と君の伯父さんが」

泉水が言うと聖は笑顔が歪む。

「全く、何が引退だ、昼行灯の会長職だ。一杯食わされました」

悔しそうに聖は言う。

「仕方ないでしょ。あの人達と私達じゃ経験も違うし、危ない橋の渡り方も違う。あの人等の冥土の土産にカジノはくれてやりましょうや」

泉水の言葉に聖は笑った。

「でも、私は泉水さんと何か手を組みたいと思ってますからね!それだけは忘れないでください」

まだまだ青いなぁと泉水は思った。

「だね。いずれ業務提携しましょう」

それが実現するには、それこそ大きな事業展開が無ければ無理だけどね、と泉水は思った。
帰りの車で泉水は流星に言う。

「黒崎グループとは対立関係ではないが、部分的にはライバル企業だ。この先もなにかと付き合いがあるだろうから、あの周防という秘書とは仲良くしておけ。いずれ聖君が社長になっても、彼は片腕として残るだろう」

「はい」

仕事のことになると妥協のない泉水に久しぶりに惚れ惚れとする。
この時流星は思い知った。
泉水への恋心は、やはりリスペクトだったのだと。
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