鳴かない杜鵑-ホトトギス-(鳴かない杜鵑 episode1)

五嶋樒榴

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生温い水

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買い物から帰ってきた工はキッチンで悩んでいた。
飯を作れと言っても、調理器具がほとんどない。
キッチンにオーブンレンジとカウンターにエスプレッソマシンしかない。

「食事を家で食べないんですか?」

「うん」

よくそれで夕飯を作れと言えたなと工は呆れる。
料理と言ってもステーキを焼いてサラダを作るぐらいしか工も考えていなかったので、肉はオーブンで焼くかと考える。

「包丁も無いんですか?まったく、どんな生活してるんですか」

ガランとしたキッチンに流石の工もお手上げだった。

「飯は外で食うもん。この部屋は寝るだけ」

ソファーに寝転がって真幸は言う。

「どうします?これじゃ作れません」

「何でよ。元自衛隊の腕が泣くだろ?」

「誤解されているようですが、自衛隊に居たからと言って、俺は料理得意では無いですよ」

「そうなの?勘違いしてたわ」

あははと真幸は笑う。
バイブが鳴ってメールに真幸は気がつくと慌ててスマホを見る。待ち焦がれていた疾風だった。

【てめぇ!何煽るような写メ送ってきやがって!もっと送れ】

メールを読んで真幸は微笑む。まるで少年のようだった。
その顔を見て、工は胸がズキッとした。

「帰ります。これ、俺が持ち帰りますから」

工はそう言うと、買い物袋を持ってキッチンを出る。

「待てよ。何とか作れよ。腹減った」

「じゃあ、ピザでも頼みましょうか?」

工の提案に真幸はブスッとする。

「今回はそれで許してやる。次は作れよ」

真幸のワガママに工はため息をついた。

「そう言やまだ聞いてなかったな。ムショ入ってた理由」

ピザを食べながら真幸は言う。

「別に聞きたく無いですよね。そんなもの興味無いですよね。言いません」

頑なに工は口を閉じる。目が死んでいる。

「バカだろ、お前。言いませんなんて言えば言わせるだけなんだよ。言えや」

真幸は面白がって言う。

「言わせるってどうやって?いざとなれば、俺の方が先に頭、殺れますよ」

冷酷な目に真幸は笑う。

「だな。バーカ、バーカ、バーカ。お前なんかうーんこ」

子供かと工は冷ややかに笑う。

「つまんねーな」

真幸はそう言ってピザを頬張る。

「ハヤテ、って誰ですか?」

ぐっと真幸は喉を詰まらせそうになる。

「な、何がよ!」

真幸は焦る。

「いえ。先日酔っ払った時、ハヤテと何度も口に出ていたので」

冷静に言う工に真幸は返す言葉が見つからない。

「……それだけか?」

「はい?」

「他に、何か言っていたか?」

疾風に挿れて欲しいと口ずさみ、ボクサーパンツ1枚で、枕を抱きしめ腰を激しく振っていた姿を思い出す。

「……それだけだったと思います」

絶対それだけじゃなかったと真幸は確信して、食欲が一気になくなった。

「分かったんだろ。俺の、こと」

工は黙ったまま、冷静な目で真幸を見つめる。

「あーあ。バレちゃったのね。まぁ、まだお前だから良いか」

真幸は開き直って笑う。

「そう言うこと。俺のケツはそいつ専用なんだよ」

真幸はそう言うと、ピザを食べる。

「個人の自由だと思います」

工の言葉が妙にしっくりきた。

「だな。誰にも言うなよ。俺とお前の秘密な」

真幸は工を見ない。工はピザに始めて手を出した。

「王様の耳はロバの耳、ですね」

「お前ッ!殺すぞ」

真幸が真っ赤になると工はピザを食べながら楽しそうに笑った。

「なんだよ。お前笑えるんじゃん。いつもしかめっ面で、獲物を探してるような目をしてるだけのくせに」

「頭が、あまりにも面白すぎて。子供というか、子供というか、子供で」

「お前ッ!何度子供連呼してんだよ!」

フッと真幸は笑う。

「だな、ガキだな。なんか知らねーけど、お前に心許してるんだろうな」

工は意外という顔で真幸を見る。

「何よ、その意外だーって顔」

「いえ。意外だったんで」

「それだけ信用してんだよ。お前は必ず俺を助けてくれるってね」

真幸はじっと工を見つめる。工も真幸を見つめる。

「そうですね、それが俺の仕事なんで」

工が目をそらして言う。耳が赤い。

「バーカ。照れんなよ」

優しい目で真幸は言う。

「照れます。頭は俺の心を乱してばかりだ。予感があったんです。初めて会った時から。いつかこんな気持ちになるって。頭をしゃぶって後悔してるのは俺です」

真幸は工をじっと見つめる。

「でもいつか、頭の盾になって死んでも後悔はないです」

あの夜、真幸の記憶にない疾風の身代わりとは言え、自分の口で喘ぎ果てた真幸を思い出す。もうそれだけで良いと思った。

「バーカ。盾になっても死ぬなよ。ヨボヨボのジジィになって、もう寿命でくたばるまで後悔しながら生きろ」

「……ヨボヨボのジジィか。きっと俺より頭の方が先にくたばりますね」

ニヤっとして工は言う。

「てめぇ。今ぶっ殺してやる!」

激怒する真幸に、工は笑う。こんな関係が、今は心地いい工だった。
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