鳴かない杜鵑-ホトトギス-(鳴かない杜鵑 episode1)

五嶋樒榴

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幻の水

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伊丹と数人の舎弟は、ほとんど住人が立ち退いたアパートの前にやってきた。
アパートから住人を全て追いだし、このアパートを土地と建物込みで安く買い叩く。実際の価値はそれ以上になる。つまり地上げ屋行為だった。

「ここには、何度来ても誰も出てきやがらないんですよ。相当な精神力ですよ」

電気が点いている部屋の玄関を、舎弟がドンドンとドアを叩きチャイムを鳴らし、怒鳴り声を上げて叫びまくるがシーンとして誰も出てこない。
近隣住民は、報復が怖くて警察も呼べない。

「留守じゃねーのか?」

伊丹はそう言って煙草を吸い始めた。

「もう、会長は車でお待ちください。いざとなりゃドアを破るまでです」

「あ、気にすんな。天の岩戸が開く瞬間が見たくてわざわざ見物しに来たんだ」

伊丹は煙草を蒸しながら、舎弟達がドアを蹴ったり叫んだりする姿を見て笑う。
伊丹がいる手前、手土産なしで舎弟達も帰れない。

「ドア、ぶっ壊すか」

焦る舎弟達の決断に、伊丹も待ちくたびれたのか何も言わない。
舎弟がバールでこじ開け始める。
ドアが開くと、台所も部屋もゴミだらけだった。全員土足で上がる。

「なんだよ、電気点けっ放しで留守かよ」

舎弟がぼやくが、伊丹が部屋の奥を睨む様に見る。
小学生低学年くらいの少女がうずくまっている。スカートは血で真っ赤に染まっていた。

「うわぁ!死体か?」

若い子分がビビって大声を出す。

「五月蝿ぇ!黙ってろ!」

兄貴分の子分が若い子分の頭を殴る。

「会長。後のことは俺らが処理しておきます。会長は車へ」

舎弟に言われたが、伊丹はその少女に近づく。
少女は真っ青だが、まだ息があった。

「生きてるな。ひでぇ目にあったな」

どこから出血しているのか血まみれのスカートを捲し上げて見る。伊丹の手が止まった。

「こいつ!」

伊丹は小さく呟くと、舎弟に毛布を持ってくる様に言い少女を毛布で包んで抱き上げる。

「ヤブに電話しとけ。急患だとな」

舎弟達は何がどうしたのか分からず、とにかく伊丹の命令通り病院に向かった。
伊丹御用達医の大石は手術室から出てくると伊丹に近づく。

「全く、珍しい物拾って来やがって」

面倒臭そうに大石は言う。伊丹は笑う。

「とりあえず一命は取り留めた。輸血してるからそのうち血圧も戻るだろう。誰にやられたんだか」

少女と思っていたのは少年だった。
女児の服を着せられ、体の一部を切断されていた。

「恐らく一緒に住んでる父親だろう。ちょん切られたモノも落ちてたのかね。ガキに目が行っていて気がつかなかった」

伊丹はそう言うと煙草を出すが、大石に止められる。

「どっちにしろ再生は無理だ。指くっつけるのとわけが違う」

大石が伊丹を見つめる。

「どうするんだ?俺が警察に届けるか?」

伊丹は首を振る。

「俺が連れて帰るよ。それまでここで入院させてくれ」

大石はため息をつく。

「お前も酔狂だな」

「仕方ねーだろ、拾っちまったんだから。ニコチン切れだ。外で吸ってくる」

伊丹は外に出ると、月明かりの下で煙草を吸い始めた。

「なんだかねぇ。拾ったとはいえ、どうすっかね」

フッと笑いながら伊丹はボヤいた。
それから数日後、伊丹は少年の病室に入る。

「よぉ、坊主。少しは元気になったか?」

少年は伊丹を見るが、その目は死んでいた。
ただ、この男が、自分をここに運んでくれた男だと分かった。

「喋れねーの?」

伊丹の顔を見ながら首を振るが言葉を一切発しない。

「親父にやられたのか?スカート穿かされてたのも親父の趣味か?」

少年は無表情で頷く。大人を一切信用していない目だった。

「……嫌だった。スカートも、無理矢理挿れられるのも。でも言うこと聞かないと、もっと怒られる」

伊丹を見ながら少年は涙を流す。

「いくつだ?」

「多分、8歳。もう何年も誕生日祝ってもらってないから分からない」

戸籍と住民票を取るかと伊丹は思った。

「名前は?」

少年は首を振る。

「……もう、あの名前呼ばれたくない!父さんが、名前呼びながらするんだ!僕のこと、痛い目にあわせるんだ!女の子にこんなモノいらないだろうって!」

そう言って父親は、実の子の体に刃を向けたのかと伊丹は思った。
少年は布団を頭から被る。

「坊主。俺が、お前に力を与えてやる。お前が親父にされた事を仕返しできるほど強くしてやる」

伊丹の言葉に少年は布団から目を出す。
少年にしてみれば、意識があって初めて見る伊丹だが、なぜか優しそうに見えた。全く恐怖心がなかった。
伊丹がベッドに腰掛ける。

「俺の所に行くぞ。退院したらお前は俺の家に住む」

伊丹の言葉に少年は驚くが、自分は目の前の男に救ってもらえると希望を感じた。

「本当に、僕、強くなれる?父さんをやっつけられる?」

伊丹は頷く。

「約束する」

「……おじさんをなんて呼べばいい?」

オドオドしながらも少年は伊丹を見つめる。

「俺は伊丹だ。伊丹と呼べ」

少年は頷く。

「分かったよ、伊丹」

呼び捨てにされて伊丹は吹き出す。

「よし、それで行こう」

病室で大笑いをする伊丹。外にいる舎弟はその笑い声に驚いた。

「坊主ってやめてよ。他の名前考えてよ」

少年に言われて、笑いながら伊丹は少年の頭を軽く撫でる。

「考えておく」
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