鳴かない杜鵑-ホトトギス-(鳴かない杜鵑 episode1)

五嶋樒榴

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澄んだ水

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御笠の家の広い応接間の中央にあるソファーに、泉水と保昌が向かい合って座っているた。
少し離れたソファーには、田中さんと桐生も同席している。
ワタルには桐生が事情を話し、今日1日は保奈美がマネージャーとして付き、仕事が終わったら事務所へ連れて行ってもらうことにした。

「何から、話せば良いかね」

緊張して保昌は言う。

「この席に、田中さんと桐生がいると言うことは、この2人も私の過去に関係してると言うことですよね?」

泉水が保昌に鋭い視線を送る。

「ああ。最初に言っておこう。お前の母親のことを。お前の母親は、私が結婚した佐江美ではない。愛子と言う女性だ」

保昌の告白に、泉水は胸に握りこぶしを当てた。

「どういうことですか?私のお母さんの名は、佐江美ですよ!戸籍だって母、佐江美と記載されているはずだ!」

どういうことなのか分からず泉水は声を張り上げる。

「……愛子に頼んだんだ。佐江美の子として、産んでくれと」

「そんなバカな!そんなこと許されるわけがないでしょ?」

泉水は血の気が引く思いだった。まさか、産みの母と戸籍上の母が違うなどと思ったこともなかった。

「私と佐江美が結婚したのは、正直愛のあるものじゃなかった。だが、佐江美は嫁いだ以上、御笠の跡取りを産まなければと思っていた。お前の死んだ祖母、私の母とも正直折り合いが悪かったので、佐江美は余計に子供を産むのに必死だった」

温厚な祖父と違い、祖母はとても厳しかったと泉水も度々聞かされていた。
皮肉なことに、跡取りを望んでいた祖母は、泉水が産まれる前に他界している。

「精神的にも追い詰められていた時、佐江美が体調を崩した。色々調べた検査の結果、佐江美は子供が産めない身体だと分かった。だが、それを理由に離婚などできない。かと言って、佐江美の恥を晒すわけにもいかない。特に母に知られるのを嫌がった。私達は考えた挙句、禁断の手を使うことを思いついた。いや、私がそれを望んだ」

先を聞くのが恐ろしかった。聞かなくても良いとさえ思った。

「私は幼い頃から、愛子とこの家で過ごしてきた。その当時から住み込みだった田中さんが愛子をこの家で産んだからだ。時に妹のように接していたが、私はずっと愛子が好きだった。私は愛子に、私の子を産んでもらいたいと佐江美に持ちかけた。私に愛情がなかった佐江美も私の提案を受け入れてくれた」

泉水は目を瞑って話を聞いている田中さんを見つめた。
田中さんが自分の祖母でもあると知って、保昌は許せないがそれは嬉しいと思った。

「愛子も私を愛してくれていた。そして私と愛子が結ばれてすぐ、お前が出来たことを知った。何も知らなかった田中さんに相談して、助産師を家に呼んだ。佐江美の子として、子供を産みたいと。役所で佐江美が母子手帳をもらい、御笠家の系列病院とも連携を図った。そして残暑の中、お前は助産師の手でこの家で誕生した。直ぐに私と佐江美の子として籍に入れた」

泉水はまるで自分はこの家のために作られた人間だと思った。
まるで犬や猫のように、血統書を付けられたような気分だった。

「1ヶ月は愛子がお前を育てたが、約束通りそのあとは佐江美がお前を育てることになった。佐江美に言われ愛子はこの家を去った。だが、佐江美の精神は崩壊していた。自分が産んだ子供でもないお前に母性が芽生えることなどなかった。あるのは嫉妬。自分では産めなかった子供、私の子供を産んだ愛子への嫉妬にかられ、佐江美がお前に手を掛けた」

泉水はもう、誰の話を聞かされているのかも分からなかった。
あまりにも残酷な話を聞かされて、自分は何者なのかさえ分からなかった。

「異変に気がついたお前を助けたのが田中さんだ。お前の首にあった佐江美の手を払い、田中さんがお前を救ってくれた。そしてこの計画は全て父に知られた。お前と佐江美を共に暮らさせるわけにはいかないと、離婚はさせずこの家から佐江美を追い出した。そして、私もこの家から勘当同然に追い出された」

泉水が田中さんや祖父に愛されて育てられた経緯は良く分かった。
田中さんと祖父には泉水も幼い頃から感謝はしていた。
まさかそんな事があったなんて知る由もなかった。

「家を追い出された私は愛子と暮らし始めた。お前を手放したことは本当に辛かったが、正直その当時、私は愛子との生活が嬉しかった。誰の目も気にすることなく愛し合えた。エゴだと分かっている。お前を捨てたことを正当化するつもりもない。全ては、私が悪いんだ」

保昌に言われるまでもなく、保昌が全て悪いとしか泉水には思えなかった。
自分と実の母と、戸籍上の母を苦しめたのは保昌だけである。
泉水が出来るまで、何も知らなかった田中さんだって苦しんだのだろう。いけないことだと分かっていながら、保昌と愛子を認めざる得なかったのだから。

「お前を犠牲にした幸せは続かなかった。愛子は罰だとよく言っていた。乳がんが見つかった。若かったせいか進行が早く、分かった時にはもう手遅れだった。お前が7歳の誕生日の夜、祖父にバレないように、お前が愛子の顔を見ないように夜中に暗闇で対面させた。愛子はお前を抱きしめた。最後に抱きしめられて幸せだったと言ってその数日後息を引き取った。28歳だった」

泉水は涙が溢れて止まらなかった。
暗闇での出来事は、やはり夢でも幻でもなかった。
母の愛を一身に受けた夜だったのだ。

「私の出生はよく分かりました。田中さんが私の実の祖母だと言うことも。ただ、なぜ桐生もこの場にいるんですか?」

泉水は涙を拭い桐生を見つめる。

「桐生は愛子の弟だ。と、言っても、田中さんの子供ではない。腹違いの姉弟だ」

まだ何か複雑な話かと泉水は身構える。

「保昌様、後のことは、このババにお話しさせてください。坊ちゃんには私と桐生さんとでお話ししたいんです」

田中さんがそう言うと、保昌は頷いた。

「お父さん。すみませんが、もう話す事がなければお帰りください。突然の話で、私も何も考えられない。ただ、私はあなたを憎んでも、母を憎む気持ちはありません。戸籍上の母だった佐江美さんとも二度と会うこともないでしょうけど、もしできる事なら離婚してください。佐江美さんを許すことはできませんが、佐江美さんもあなたの犠牲者の1人だ。自由にしてあげてください」

泉水はそう言うと、保昌を一切見ずに応接間を出て行った。
本当なら、もう二度と父と会いたくなかった。  
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