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第四章──暴かれ出した真実
シャン・リオ
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「フー……フー……失敬」
『失敬で済むの? アレ』
「(済むわけねえだろ……)」
チェネラはごほん、と咳払いを一つ。
しっかりと座り直してこちらに向き直った。
「にしてモホント驚きだしすっごい嬉しいヨ、君があのテルだなんテ」
「……? 俺を知ってるのか?」
「モチロン。君はココで生まれたんダヨ。再会出来てとても嬉しイ」
『はぁ!?』
今度はテルとシエラが大声を出す番だった。
驚くべき事実に、三秒ほど脳がフリーズする。
「……ともアレ、そういうことナラ全面的に協力しヨウ。マズこれは前提ダガ、魔王の復活は有り得ナイ。何故ナラテル、キミが百年前に仕留めたばかりだからサ。魔王の誕生周期は千年に一度。コレガ揺らいダことは一度だってナイ」
影の男は勇者の可能性のある者を潰して回っていることから、おそらくそれを知らない。
これは大きな情報のアドバンテージだ。
「あぁ、それは分かった……だとして、次だ」
「人為的な魔王ノ誕生。ツマリ、人工魔王が可能かどうか、ダネ」
チェネラの人差し指を立てつつの発言に、テルは大きく頷く。
「あぁ、そうだ。影のやつは勇者を無理やり異世界から連れてきてる。それと同じように、魔王も無理やり誕生させることが可能なんじゃないのか」
あの男のことだ。天然の魔王なぞ待たずに、自分の手で作り出すに決まっている。
影の掌の上で、百年前の間違いが繰り返される。
……テルもシエラも、テンキも。
最悪、世界まるごとあの影に乗っ取られて死に絶える。
そんなことは絶対にあってはならない。
「……少なくトモ、前例はナイ。ダガ」
「だが?」
「不可能でアルとも言い切れナイ。この世界を覆い尽くすほどノ巨大な魔力があれバ……アルイハ」
「巨大な魔力……か」
巨大な魔力──それは、果たして影一人で補える量なのか?
「勇者……ツマリ、全盛期のテルでモ無理な量ダと思うヨ。推測だけどネ」
「そんなにか……」
テルの魔力は今まで尽きたことがない。
正しく無尽蔵もいい所なのだが、恐らく勇者であった頃よりは弱い。
勇者には魔法の他に、訳の分からないチート能力があるからだ。
それを踏まえても、足りない程の量となると───。
「さすがに、無理か──?」
『テル……アイツと会った時、下にとんでもなく大きい魔法陣があったよね……? もしかして、アレが──』
「──そうか。じゃあ、何か魔力を用意する策があるんだな……」
そう、到底影一人で補えないのなら、また別の策があるはずだ。
では、その策とはなにか。
漠然としすぎていて絞り込むことが出来ない。
これでは、魔王の誕生を防ぐことなど夢のまた夢だ。
『……八方、塞がり……だね』
シエラでさえそう言うのだ。
ここは一度、諦めて別の方向から探るしか──。
そう結論づけて、席を立った次の瞬間だった。
ふわりと体が浮くような感覚と共に、視界が急激に開ける。
何が起こったのか理解する間もなく──。
テルは、地面へと叩きつけられた。
魔法を自在に扱えるようになってから長らく、感じることのなかった痛み。
更に言えば。
今までのように、覚悟をしていなかった──ッ!!
全くの、不意の一撃。
分かっていて受けるのとでは、痛みのレベルがまるで違うッ!!
想像を絶する痛みと急激すぎる展開に、テルの頭は真っ白になった。
「な、に……が、ッ」
これを、痛いと言うのが正しいのかどうかさえ、パニックに陥った脳が拒絶している。
何故、なんで、何が、今、起こって───!?
『テル!! 回復魔法!!』
「は─────、あ、あぁ……!!」
そんなテルを現実に引き戻したのは、やはりシエラだった。
回復魔法で怪我を回復してから立ち上がると───!!
今にもチェネラの頭を握り潰そうとする──【英雄殺し】がそこにいた。
「転移じゃなければ来れる。当たり前のことを警戒しないからこうなるのだ、エルフよ」
チェネラの意識は既に飛んでいて、その挑発に答えることは無い。
「嘘だろ……!!」
「さぁ始めよう。篠崎 輝、お前を瀕死にしてあの方の元へ連れていく」
『テル……やるしか、なさそうだよ』
シエラの言う通りだ。
こうなってはもう、逃げることなど出来ない。
──だが、動けない。
テルが少しでも魔法を放つ素振りを見せれば、英雄殺しは躊躇いなくチェネラを殺すだろう。
「クソ……ッ!!」
チェネラを失うわけにはいかない。
まるで掴めない魔王の在処の希望なのだ。
否、それ以前にもうテルの前で誰かが死ぬなど──あっては、いけない。
どうする、どうすればチェネラを助けつつこいつを倒せる!?
実力の差は恐らくそこまでない。英雄殺しがチェネラを殺すより先に、というゴリ押しは不可能。
そして冷や汗が一筋つたった、刹那。
英雄殺しのチェネラを掴む右腕がブレた。
「【居合陣】。……覚悟は出来てるアルか? 兄さん」
「──なんのだ?」
悪魔は、それに気づいていなかった。
そして次にムルが口を開いた時、ようやく悪魔は───。
「そうやって斬られる覚悟アル。聞くのが遅くて悪かったアルね」
「な──────ッ!?」
──自分の右腕が、地に落ちていることに気づいた。
「何故だムル、お前の魔力は私の足元にも及ばぬはず……!!」
「チェネラ!!」
テルは右手ごと落とされたチェネラを抱え、【韋駄天陣】を使って後方へと跳躍する。
──ここは、ムルに任せよう。
そういう判断だった。
「──死ぬほど稽古をし直したアル」
ムルは吐き捨てるように悪魔の問いに答え、再び鞘から刀を滑らせる。
「──兄さんを止めるために……ッ!!」
「お前が私を止める? 戯言を」
決戦が、始まった。
■ ■ ■
シャンの家系は、代々王族を守護する剣士の筆頭だった。
優れた抜刀術と剣術を兼ね備えた彼らは、一騎当千の実力を持っていた。
その中でもシャン・リオは特別優れた力を持っており──。
それ故に、悲劇は起こった。
優しかった兄が突然豹変し、親を殺したその現場に居合わせたムルは、現実を呑み込めなかった。
兄が国を出て一週間が経ってもまだ、夢を見ているのかと思っていた。
そして──何年も、すぎた頃。
ムルは兄を追って、隣の国へと来ていた。
「なぁ、俺の家族はどうして殺されなきゃいけなかったんだ……?」
墓前でムルは立ち尽くし、その枯れそうな声を聞く。
兄を追ってそして出会った被害者──ダゴマ・ゴドマの声を。
ダゴマの妻、子は英級の冒険者だった。
故に──狩られた。
ダゴマは思う。なぜ自分に力がないのかと。
妻と子を自慢に生きていた彼自身に、なぜ力がない。
守る力が、どうして自分にはないのか、と。
「──なぁ、ムルさん。俺は──アイツを、どうやっても殺したい……ッ!!」
殺したい、などという言葉を使ったのは初めてだった。
だが、怒りと怨嗟と後悔で入り交じったこの感情を表現するには、殺意より他に適切なものがなかった。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を、ダゴマはムルへ向ける。
「復讐なんて何も生み出さないって分かってる、分かってても俺は我慢ならねぇ……ッ!! 力が、欲しいんだ。教えてくれ、強く、なり
たい……ッ!!」
拒否する権利は、自分にはないとムルは思った。
二人の地獄の稽古が始まった。
そしてまた、何年もすぎた頃に──彼らは、ついに出会った。
エルフの村でシャン・リオと、出会ってしまったのである。
──結果は、散々たるものだ。
「ぁぁ゛……っ!?」
「ミーが陣を貼るカラ、時間稼ぎヲ!!」
「了解……ッ!! クソ、ムル、今助ける……ッ!! ぐぁぁぁ゛──っ!!?」
「私の目の前で蝿が囀るな。うるさくて敵わん」
殺すなど、夢のまた夢だった。
まるで敵わず、ゴミのようにあしらわれる。
「【禁止結界陣】……ッ!!」
最終的にはエルフのレンリィという青年と、チェネラという女性の力を借りて追いやることが出来たが───。
「貴様らなど眼中にもないが──次私の邪魔をしたら殺す。いいな」
その最後に放った殺気で、二人は硬直する。
「無理アル」
「……あぁ」
二人の心は、ポッキリと折られてしまった。
「ムル、お前には世話になった。だから──一緒に、来ないか。行く宛はないんだろう」
二人は過去と闇から逃げ──そして、平穏な生活を送る。
勇級ならば狙われる心配もなく、過去から逃げることが出来る。
外の世界を知りたがったレンリィを連れて、彼らは冒険者パーティ【開けゴマ】を設立した。
それは、夢のようにとても楽しい日々だった。
過去の苦悩なぞ捨ておいて、新たな人生を楽しめた。
そして──今。
また、彼らには守るべきものが出来てしまった。
その子は自分たちよりももう強いが、それでも。
その子が誰よりも優しいことを知っていた彼らは。
──守らねばならないと、思った。
もう十分逃げた。
だからもう、逃げるのは終いなのだ。
だから──ムルは刀を抜き、ダゴマは拳を振り上げた。
■ ■ ■
ムルの全力の居合は、英雄殺しの刀によって受け止められる。
「確かに強くなったようだが、私には勝てん。私を負傷させたのは褒めてやるが、不意打ちだったからこそだろう」
「やァァァア!!!」
一秒間に二発か三発、休むことなく続けられるムルの渾身の抜刀を、英雄殺しは難なく受け止めていく。
その凄絶な光景は、魔法で強化したテルの目でさえも捉えられなかった。
「すっ、げぇ……」
『見えない……』
そして、英雄殺しの動きが──変わった。
「もういい……終わりだ。次来たら殺すと言っただろう」
ムルの数倍早く、重く、鋭い一撃を。
「やらせねぇよシャン・リオ、俺の大事な嫁さんなんだ」
ダゴマが、義手で受け止める。
そして──ムルのカウンターが、英雄殺しの頬を裂いた。
「──その腕、厄介だな」
血を拭いながら言う英雄殺しに、ダゴマはニヤリとして答えた。
「怪我の功名ってやつよ、レンリィ、援護!!」
「分かってる。もうしてる」
刹那、危険を肌で感じた英雄殺しは上空へと跳躍する。
自らの踏む地面にいつの間にやら仕掛けられていた魔法陣が作動し、爆発した。
「くっ……!!」
「やァ!!!」
ムルの放つ飛ぶ斬撃を、空中では防ぐ術がない。
英雄殺しは脇腹を切断され、悶える。
「ぐぅ……ッ!! 小癪、なァ……!!!」
そして──シエラが、気づく。
怪我した部分から、僅かだが瘴気が漏れ出ていることに。
あれは──魔物特有のものだ。
『……テル、浄化系統の光魔法』
「──まさか、そういうことなのか?」
シャン・リオが豹変した理由。
あの男に付き従っている理由。
確かにそれで、全て説明がつく。
『根拠は薄いけど──やってみる価値はあるでしょ?』
「……あぁ、分かった」
テルはチェネラを抱えたまま、陣を描く。
光属性なら慣れたもので、所要時間は数秒程度だ。
「──まずい!? 篠崎 輝、キサマ──ッ!!」
「よそ見してていいアルか?」
三人の猛攻を防ぐので手一杯なリオに、テルの魔法を防ぐ余裕などなかった。
「【浄光】!!」
「グァァァァアア……ッ!! クソォッッ!!」
『やっぱり!!』
リオから飛び出してきた影は──悪魔の形となって、興奮した様子でこちらを睨む。
「許さない、許さない……ッ!! 私の、折角手に入れた極上の体をッ!! よくもこのディストロをコケにしてくれたなァ!!!」
「……ムル、お前の兄はアイツに支配されてただけだ。全部アイツの仕業だよ」
この悪魔を作り出したのはおそらく──あの男だ。
魔王を作る実験でもしたのだろう、きっとそうだ。
そして出来た悪魔に、勇者候補のシャン・リオを乗っ取らせることで一石二鳥を実現したのだ。
その結論に至ったシエラは一言、吐き出すように呟く。
『……最低すぎるよ』
ムルは対照的に、表情を落としていた。
冷たい殺気が彼女を包む。
「───そうアルか。……それじゃあ──死ね。【居合陣】」
「や、やめ───げは……ァッ」
悪魔はムルの抜刀でみじん切りになった。
シャン・リオの体がなければ大したことはないのだろう。
「バカめ──ッ!! 私はどれだけ斬ろうが再生するのだハハハハハッ!!」
「……無理だね」
哄笑する悪魔を憐れむように呟いたレンリィが、火属性の陣を起動する。
あれだけ細かく切断されても再生する悪魔の断面を、燃やし尽くしていく。
「がァぁッ!!? し、しま──」
「そのまま魔力が尽きるまで再生して、虫のように死ぬがいいアル」
「……終わった、のか」
「──シエラっち。兄さんは──」
「あぁ、元に戻る……はずだ」
「そう、アルか──」
ムルが脱力した、その時。
燃え死にゆく悪魔が、なおも哄笑をあげる。
「ぐ……これ、まで……か。仕方……ごフッ、ないな──じゃあ──、冥府を見せてやろう。──死の先へ、ご招待……だ……!! アハハハハハハハハ────────ッ!!!!」
まだ喋れたのかコイツと振り向くその前に──悪魔の異変に気づいたシエラが、警笛を鳴らした。
『──テル!! 結界!!』
「ッ!!」
反射的にテルが【守護結界陣】を起動すると、突如爆散した悪魔の閃光が相殺されていく。
数秒後には、悪魔はチェネラの家諸共消失していた。
「……あ、危ねぇ……最後っ屁かよ。最後まで汚ぇな……!!」
本当に危なかった。シエラが用心深く悪魔を見ていなければ、全員モロに被害を受けていただろう。
……空に、爆散した悪魔──ディストロの魔力光が昇っていく。
「……綺麗なのが皮肉アルね」
『─────あれ?』
そして、その光がもたらす意味に気づいたのは──シエラ、ただ一人だけだった。
『失敬で済むの? アレ』
「(済むわけねえだろ……)」
チェネラはごほん、と咳払いを一つ。
しっかりと座り直してこちらに向き直った。
「にしてモホント驚きだしすっごい嬉しいヨ、君があのテルだなんテ」
「……? 俺を知ってるのか?」
「モチロン。君はココで生まれたんダヨ。再会出来てとても嬉しイ」
『はぁ!?』
今度はテルとシエラが大声を出す番だった。
驚くべき事実に、三秒ほど脳がフリーズする。
「……ともアレ、そういうことナラ全面的に協力しヨウ。マズこれは前提ダガ、魔王の復活は有り得ナイ。何故ナラテル、キミが百年前に仕留めたばかりだからサ。魔王の誕生周期は千年に一度。コレガ揺らいダことは一度だってナイ」
影の男は勇者の可能性のある者を潰して回っていることから、おそらくそれを知らない。
これは大きな情報のアドバンテージだ。
「あぁ、それは分かった……だとして、次だ」
「人為的な魔王ノ誕生。ツマリ、人工魔王が可能かどうか、ダネ」
チェネラの人差し指を立てつつの発言に、テルは大きく頷く。
「あぁ、そうだ。影のやつは勇者を無理やり異世界から連れてきてる。それと同じように、魔王も無理やり誕生させることが可能なんじゃないのか」
あの男のことだ。天然の魔王なぞ待たずに、自分の手で作り出すに決まっている。
影の掌の上で、百年前の間違いが繰り返される。
……テルもシエラも、テンキも。
最悪、世界まるごとあの影に乗っ取られて死に絶える。
そんなことは絶対にあってはならない。
「……少なくトモ、前例はナイ。ダガ」
「だが?」
「不可能でアルとも言い切れナイ。この世界を覆い尽くすほどノ巨大な魔力があれバ……アルイハ」
「巨大な魔力……か」
巨大な魔力──それは、果たして影一人で補える量なのか?
「勇者……ツマリ、全盛期のテルでモ無理な量ダと思うヨ。推測だけどネ」
「そんなにか……」
テルの魔力は今まで尽きたことがない。
正しく無尽蔵もいい所なのだが、恐らく勇者であった頃よりは弱い。
勇者には魔法の他に、訳の分からないチート能力があるからだ。
それを踏まえても、足りない程の量となると───。
「さすがに、無理か──?」
『テル……アイツと会った時、下にとんでもなく大きい魔法陣があったよね……? もしかして、アレが──』
「──そうか。じゃあ、何か魔力を用意する策があるんだな……」
そう、到底影一人で補えないのなら、また別の策があるはずだ。
では、その策とはなにか。
漠然としすぎていて絞り込むことが出来ない。
これでは、魔王の誕生を防ぐことなど夢のまた夢だ。
『……八方、塞がり……だね』
シエラでさえそう言うのだ。
ここは一度、諦めて別の方向から探るしか──。
そう結論づけて、席を立った次の瞬間だった。
ふわりと体が浮くような感覚と共に、視界が急激に開ける。
何が起こったのか理解する間もなく──。
テルは、地面へと叩きつけられた。
魔法を自在に扱えるようになってから長らく、感じることのなかった痛み。
更に言えば。
今までのように、覚悟をしていなかった──ッ!!
全くの、不意の一撃。
分かっていて受けるのとでは、痛みのレベルがまるで違うッ!!
想像を絶する痛みと急激すぎる展開に、テルの頭は真っ白になった。
「な、に……が、ッ」
これを、痛いと言うのが正しいのかどうかさえ、パニックに陥った脳が拒絶している。
何故、なんで、何が、今、起こって───!?
『テル!! 回復魔法!!』
「は─────、あ、あぁ……!!」
そんなテルを現実に引き戻したのは、やはりシエラだった。
回復魔法で怪我を回復してから立ち上がると───!!
今にもチェネラの頭を握り潰そうとする──【英雄殺し】がそこにいた。
「転移じゃなければ来れる。当たり前のことを警戒しないからこうなるのだ、エルフよ」
チェネラの意識は既に飛んでいて、その挑発に答えることは無い。
「嘘だろ……!!」
「さぁ始めよう。篠崎 輝、お前を瀕死にしてあの方の元へ連れていく」
『テル……やるしか、なさそうだよ』
シエラの言う通りだ。
こうなってはもう、逃げることなど出来ない。
──だが、動けない。
テルが少しでも魔法を放つ素振りを見せれば、英雄殺しは躊躇いなくチェネラを殺すだろう。
「クソ……ッ!!」
チェネラを失うわけにはいかない。
まるで掴めない魔王の在処の希望なのだ。
否、それ以前にもうテルの前で誰かが死ぬなど──あっては、いけない。
どうする、どうすればチェネラを助けつつこいつを倒せる!?
実力の差は恐らくそこまでない。英雄殺しがチェネラを殺すより先に、というゴリ押しは不可能。
そして冷や汗が一筋つたった、刹那。
英雄殺しのチェネラを掴む右腕がブレた。
「【居合陣】。……覚悟は出来てるアルか? 兄さん」
「──なんのだ?」
悪魔は、それに気づいていなかった。
そして次にムルが口を開いた時、ようやく悪魔は───。
「そうやって斬られる覚悟アル。聞くのが遅くて悪かったアルね」
「な──────ッ!?」
──自分の右腕が、地に落ちていることに気づいた。
「何故だムル、お前の魔力は私の足元にも及ばぬはず……!!」
「チェネラ!!」
テルは右手ごと落とされたチェネラを抱え、【韋駄天陣】を使って後方へと跳躍する。
──ここは、ムルに任せよう。
そういう判断だった。
「──死ぬほど稽古をし直したアル」
ムルは吐き捨てるように悪魔の問いに答え、再び鞘から刀を滑らせる。
「──兄さんを止めるために……ッ!!」
「お前が私を止める? 戯言を」
決戦が、始まった。
■ ■ ■
シャンの家系は、代々王族を守護する剣士の筆頭だった。
優れた抜刀術と剣術を兼ね備えた彼らは、一騎当千の実力を持っていた。
その中でもシャン・リオは特別優れた力を持っており──。
それ故に、悲劇は起こった。
優しかった兄が突然豹変し、親を殺したその現場に居合わせたムルは、現実を呑み込めなかった。
兄が国を出て一週間が経ってもまだ、夢を見ているのかと思っていた。
そして──何年も、すぎた頃。
ムルは兄を追って、隣の国へと来ていた。
「なぁ、俺の家族はどうして殺されなきゃいけなかったんだ……?」
墓前でムルは立ち尽くし、その枯れそうな声を聞く。
兄を追ってそして出会った被害者──ダゴマ・ゴドマの声を。
ダゴマの妻、子は英級の冒険者だった。
故に──狩られた。
ダゴマは思う。なぜ自分に力がないのかと。
妻と子を自慢に生きていた彼自身に、なぜ力がない。
守る力が、どうして自分にはないのか、と。
「──なぁ、ムルさん。俺は──アイツを、どうやっても殺したい……ッ!!」
殺したい、などという言葉を使ったのは初めてだった。
だが、怒りと怨嗟と後悔で入り交じったこの感情を表現するには、殺意より他に適切なものがなかった。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を、ダゴマはムルへ向ける。
「復讐なんて何も生み出さないって分かってる、分かってても俺は我慢ならねぇ……ッ!! 力が、欲しいんだ。教えてくれ、強く、なり
たい……ッ!!」
拒否する権利は、自分にはないとムルは思った。
二人の地獄の稽古が始まった。
そしてまた、何年もすぎた頃に──彼らは、ついに出会った。
エルフの村でシャン・リオと、出会ってしまったのである。
──結果は、散々たるものだ。
「ぁぁ゛……っ!?」
「ミーが陣を貼るカラ、時間稼ぎヲ!!」
「了解……ッ!! クソ、ムル、今助ける……ッ!! ぐぁぁぁ゛──っ!!?」
「私の目の前で蝿が囀るな。うるさくて敵わん」
殺すなど、夢のまた夢だった。
まるで敵わず、ゴミのようにあしらわれる。
「【禁止結界陣】……ッ!!」
最終的にはエルフのレンリィという青年と、チェネラという女性の力を借りて追いやることが出来たが───。
「貴様らなど眼中にもないが──次私の邪魔をしたら殺す。いいな」
その最後に放った殺気で、二人は硬直する。
「無理アル」
「……あぁ」
二人の心は、ポッキリと折られてしまった。
「ムル、お前には世話になった。だから──一緒に、来ないか。行く宛はないんだろう」
二人は過去と闇から逃げ──そして、平穏な生活を送る。
勇級ならば狙われる心配もなく、過去から逃げることが出来る。
外の世界を知りたがったレンリィを連れて、彼らは冒険者パーティ【開けゴマ】を設立した。
それは、夢のようにとても楽しい日々だった。
過去の苦悩なぞ捨ておいて、新たな人生を楽しめた。
そして──今。
また、彼らには守るべきものが出来てしまった。
その子は自分たちよりももう強いが、それでも。
その子が誰よりも優しいことを知っていた彼らは。
──守らねばならないと、思った。
もう十分逃げた。
だからもう、逃げるのは終いなのだ。
だから──ムルは刀を抜き、ダゴマは拳を振り上げた。
■ ■ ■
ムルの全力の居合は、英雄殺しの刀によって受け止められる。
「確かに強くなったようだが、私には勝てん。私を負傷させたのは褒めてやるが、不意打ちだったからこそだろう」
「やァァァア!!!」
一秒間に二発か三発、休むことなく続けられるムルの渾身の抜刀を、英雄殺しは難なく受け止めていく。
その凄絶な光景は、魔法で強化したテルの目でさえも捉えられなかった。
「すっ、げぇ……」
『見えない……』
そして、英雄殺しの動きが──変わった。
「もういい……終わりだ。次来たら殺すと言っただろう」
ムルの数倍早く、重く、鋭い一撃を。
「やらせねぇよシャン・リオ、俺の大事な嫁さんなんだ」
ダゴマが、義手で受け止める。
そして──ムルのカウンターが、英雄殺しの頬を裂いた。
「──その腕、厄介だな」
血を拭いながら言う英雄殺しに、ダゴマはニヤリとして答えた。
「怪我の功名ってやつよ、レンリィ、援護!!」
「分かってる。もうしてる」
刹那、危険を肌で感じた英雄殺しは上空へと跳躍する。
自らの踏む地面にいつの間にやら仕掛けられていた魔法陣が作動し、爆発した。
「くっ……!!」
「やァ!!!」
ムルの放つ飛ぶ斬撃を、空中では防ぐ術がない。
英雄殺しは脇腹を切断され、悶える。
「ぐぅ……ッ!! 小癪、なァ……!!!」
そして──シエラが、気づく。
怪我した部分から、僅かだが瘴気が漏れ出ていることに。
あれは──魔物特有のものだ。
『……テル、浄化系統の光魔法』
「──まさか、そういうことなのか?」
シャン・リオが豹変した理由。
あの男に付き従っている理由。
確かにそれで、全て説明がつく。
『根拠は薄いけど──やってみる価値はあるでしょ?』
「……あぁ、分かった」
テルはチェネラを抱えたまま、陣を描く。
光属性なら慣れたもので、所要時間は数秒程度だ。
「──まずい!? 篠崎 輝、キサマ──ッ!!」
「よそ見してていいアルか?」
三人の猛攻を防ぐので手一杯なリオに、テルの魔法を防ぐ余裕などなかった。
「【浄光】!!」
「グァァァァアア……ッ!! クソォッッ!!」
『やっぱり!!』
リオから飛び出してきた影は──悪魔の形となって、興奮した様子でこちらを睨む。
「許さない、許さない……ッ!! 私の、折角手に入れた極上の体をッ!! よくもこのディストロをコケにしてくれたなァ!!!」
「……ムル、お前の兄はアイツに支配されてただけだ。全部アイツの仕業だよ」
この悪魔を作り出したのはおそらく──あの男だ。
魔王を作る実験でもしたのだろう、きっとそうだ。
そして出来た悪魔に、勇者候補のシャン・リオを乗っ取らせることで一石二鳥を実現したのだ。
その結論に至ったシエラは一言、吐き出すように呟く。
『……最低すぎるよ』
ムルは対照的に、表情を落としていた。
冷たい殺気が彼女を包む。
「───そうアルか。……それじゃあ──死ね。【居合陣】」
「や、やめ───げは……ァッ」
悪魔はムルの抜刀でみじん切りになった。
シャン・リオの体がなければ大したことはないのだろう。
「バカめ──ッ!! 私はどれだけ斬ろうが再生するのだハハハハハッ!!」
「……無理だね」
哄笑する悪魔を憐れむように呟いたレンリィが、火属性の陣を起動する。
あれだけ細かく切断されても再生する悪魔の断面を、燃やし尽くしていく。
「がァぁッ!!? し、しま──」
「そのまま魔力が尽きるまで再生して、虫のように死ぬがいいアル」
「……終わった、のか」
「──シエラっち。兄さんは──」
「あぁ、元に戻る……はずだ」
「そう、アルか──」
ムルが脱力した、その時。
燃え死にゆく悪魔が、なおも哄笑をあげる。
「ぐ……これ、まで……か。仕方……ごフッ、ないな──じゃあ──、冥府を見せてやろう。──死の先へ、ご招待……だ……!! アハハハハハハハハ────────ッ!!!!」
まだ喋れたのかコイツと振り向くその前に──悪魔の異変に気づいたシエラが、警笛を鳴らした。
『──テル!! 結界!!』
「ッ!!」
反射的にテルが【守護結界陣】を起動すると、突如爆散した悪魔の閃光が相殺されていく。
数秒後には、悪魔はチェネラの家諸共消失していた。
「……あ、危ねぇ……最後っ屁かよ。最後まで汚ぇな……!!」
本当に危なかった。シエラが用心深く悪魔を見ていなければ、全員モロに被害を受けていただろう。
……空に、爆散した悪魔──ディストロの魔力光が昇っていく。
「……綺麗なのが皮肉アルね」
『─────あれ?』
そして、その光がもたらす意味に気づいたのは──シエラ、ただ一人だけだった。
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※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
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◇
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