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第二章「雷のお姫様」
「02-002」
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「まずは、そうだな……どこまで覚えているかな? 覚えてる範囲で構わない」
まだはっきりとしていない頭が回り、記憶を呼び覚ます。
――電車を降りて、あの人を見つけて、走って、偶然にだけれど出会えて。少し喋って、それから……痛み? 何か怪我? いや、そんなことは……。
「えっと……男の子と出会ってから覚えてないです。同い年くらいの」
明日香がやっと絞り出した声に鏑木はにこりと微笑んで「そっかそっか」と紙に書き込んでいく。
「じゃあちょっとベッドから降りて、そこに立ってみてくれる? 無理だったら大丈夫だから」
何かの検査をしていることにようやく気づいた明日香は、その指示に応じて立ち上がった。ふむふむ、と頷く鏑木の奥には数台の机が向かい合わせに四つ、一番奥に一つ。保健室どころの大きさではなく、想像していたよりもずっと大きい会議室のような部屋。しかし机に向かって仕事をしているのは女性が一人いるだけで、他の席は空いている。鏑木が紙に夢中になっている間、目を盗んでこめかみをとんとんと叩いてこっそりシードを起動。時間と場所を確認した。
時間は正午を少し回った頃。場所は――。
「シードの発動も問題なし。至って健康だ」
「えっ⁉」
シードの発動は、基本的に個人のプライベートそのもの。頭を二回叩くという合図はあるものの、その行為さえ認識されなければ、ただぼうっとしているだけにしか見えない。ニュースなどを網膜に映し、虚空を眺める様子を見れば察することもできるだろうが、基本的には何かしらの機械でも使用しない限り他者からは一瞥しただけで判断することは不可能。
常識破りの発言に思わず溢れた声を聴くと、鏑木はニタリと薄気味悪い笑顔を浮かべる。
「なんで気づいたのって顔してるね。職業柄、仕方が無いんだ。不快に思わないでいてくれると助かるな」
「は、はぁ……」
一体どんな仕事なの、と疑問に思いながら改めて場所を確認した。空中の映像では、何の変哲も無い普通の建物。建物情報を確認してみると、明日香にとって見覚えのある文字が出てくる。
――かぶらぎ診療所だ。
数日前、国から検査を受けるように通知が有り、その検査を行う予定だった場所。つまるところ、今日の目的地。鏑木の声に聞き覚えがあったのは、確認の通話をした時に聴いたのか。
知らない人物ではないことに若干の安堵はあるものの、その視線はまるで虫でも観察しているかのように上から下まで舐めるように動いており、不気味さは第一印象を軽く凌駕している。ブルリと体が震え、明日香は気がつくと再び鏑木との距離を取っていた。
「鏑木さん、ダメじゃないですか。気味悪がってますよ、この子」
そんな彼女の元に一人の女性が近寄ってきた。
先ほどデスクワークをしていた、目つきの鋭い女性だ。セミロングの黒髪に黒いスーツがよく似合い、キャリアウーマンのイメージをそのまま落としたような凜とした姿は、憧れさえ感じさせる。
そう女性が鏑木をたしなめると、これは失礼と鏑木が頭を下げる。
「あ、いえ……大丈夫です」
「無理しなくて大丈夫だよ。この人、夢中になるといつもこうだから、誰かが言ってやんないとダメなんだ」
「いやぁ、面目ない」と、鏑木は頭をかく。気をつけてくださいよ、と呆れ顔で言った女性は改めて明日香の方に座り直すと、「あたしの名前は永海渚。渚で良いから。これからヨロシク」と手を伸ばし笑顔を振りまいてくれた。
「えっ、あっ……は、はい」
差し出された手を鏑木の時のように再び握る。
若干ベタベタしているのは気のせいだろうか。鼻の頭をかくような仕草で臭ってみると、ほのかにニンニクの香りがした。
「あの……これからよろしくってどういうことですか?」
ポケットに手を突っ込み中のハンカチで右手を拭きながら明日香はそう問いかける。
渚の〝これからよろしく〟と言う単語が明日香の中で引っかかっていた。見てくれは一般企業のオフィスだが、一応ここは診療所のはずで、通院でもすることにならない限りはよろしくすることはないはず。もちろん、明日香としてはそのつもりだった。
「あ、そっか。アンタ、すぐ気を失っちゃって説明まだだった」
「説明?」
「えっとね、実はアタシら、こういう者なんだ」
そう言うと渚はなにやらポケットというポケットを探し始める。どうやら見つからないようで「アレ、どこ行ったかな」と自身の机に戻り、引き出しを探す。あったあった、と日常生活ではもうほとんど見かけることのなくなった紺色をした皮の手帳を取り出した。
パカリと手帳を縦に開く。
そこから顔を出したのは、ドラマや映画の中でしか見ることのないだろうサクラの模様をした、いわゆる記章だ。中央に書かれている文字を、明日香は口に出す。
「警視庁……?」
「そ。つまるところ、警察官ってヤツ」
初めて自分の目で見る警察手帳に心が躍る。
起動したままのシードが、記章に焦点を当てて解析する。間もなく本物だ、と認識結果が出た。
まだはっきりとしていない頭が回り、記憶を呼び覚ます。
――電車を降りて、あの人を見つけて、走って、偶然にだけれど出会えて。少し喋って、それから……痛み? 何か怪我? いや、そんなことは……。
「えっと……男の子と出会ってから覚えてないです。同い年くらいの」
明日香がやっと絞り出した声に鏑木はにこりと微笑んで「そっかそっか」と紙に書き込んでいく。
「じゃあちょっとベッドから降りて、そこに立ってみてくれる? 無理だったら大丈夫だから」
何かの検査をしていることにようやく気づいた明日香は、その指示に応じて立ち上がった。ふむふむ、と頷く鏑木の奥には数台の机が向かい合わせに四つ、一番奥に一つ。保健室どころの大きさではなく、想像していたよりもずっと大きい会議室のような部屋。しかし机に向かって仕事をしているのは女性が一人いるだけで、他の席は空いている。鏑木が紙に夢中になっている間、目を盗んでこめかみをとんとんと叩いてこっそりシードを起動。時間と場所を確認した。
時間は正午を少し回った頃。場所は――。
「シードの発動も問題なし。至って健康だ」
「えっ⁉」
シードの発動は、基本的に個人のプライベートそのもの。頭を二回叩くという合図はあるものの、その行為さえ認識されなければ、ただぼうっとしているだけにしか見えない。ニュースなどを網膜に映し、虚空を眺める様子を見れば察することもできるだろうが、基本的には何かしらの機械でも使用しない限り他者からは一瞥しただけで判断することは不可能。
常識破りの発言に思わず溢れた声を聴くと、鏑木はニタリと薄気味悪い笑顔を浮かべる。
「なんで気づいたのって顔してるね。職業柄、仕方が無いんだ。不快に思わないでいてくれると助かるな」
「は、はぁ……」
一体どんな仕事なの、と疑問に思いながら改めて場所を確認した。空中の映像では、何の変哲も無い普通の建物。建物情報を確認してみると、明日香にとって見覚えのある文字が出てくる。
――かぶらぎ診療所だ。
数日前、国から検査を受けるように通知が有り、その検査を行う予定だった場所。つまるところ、今日の目的地。鏑木の声に聞き覚えがあったのは、確認の通話をした時に聴いたのか。
知らない人物ではないことに若干の安堵はあるものの、その視線はまるで虫でも観察しているかのように上から下まで舐めるように動いており、不気味さは第一印象を軽く凌駕している。ブルリと体が震え、明日香は気がつくと再び鏑木との距離を取っていた。
「鏑木さん、ダメじゃないですか。気味悪がってますよ、この子」
そんな彼女の元に一人の女性が近寄ってきた。
先ほどデスクワークをしていた、目つきの鋭い女性だ。セミロングの黒髪に黒いスーツがよく似合い、キャリアウーマンのイメージをそのまま落としたような凜とした姿は、憧れさえ感じさせる。
そう女性が鏑木をたしなめると、これは失礼と鏑木が頭を下げる。
「あ、いえ……大丈夫です」
「無理しなくて大丈夫だよ。この人、夢中になるといつもこうだから、誰かが言ってやんないとダメなんだ」
「いやぁ、面目ない」と、鏑木は頭をかく。気をつけてくださいよ、と呆れ顔で言った女性は改めて明日香の方に座り直すと、「あたしの名前は永海渚。渚で良いから。これからヨロシク」と手を伸ばし笑顔を振りまいてくれた。
「えっ、あっ……は、はい」
差し出された手を鏑木の時のように再び握る。
若干ベタベタしているのは気のせいだろうか。鼻の頭をかくような仕草で臭ってみると、ほのかにニンニクの香りがした。
「あの……これからよろしくってどういうことですか?」
ポケットに手を突っ込み中のハンカチで右手を拭きながら明日香はそう問いかける。
渚の〝これからよろしく〟と言う単語が明日香の中で引っかかっていた。見てくれは一般企業のオフィスだが、一応ここは診療所のはずで、通院でもすることにならない限りはよろしくすることはないはず。もちろん、明日香としてはそのつもりだった。
「あ、そっか。アンタ、すぐ気を失っちゃって説明まだだった」
「説明?」
「えっとね、実はアタシら、こういう者なんだ」
そう言うと渚はなにやらポケットというポケットを探し始める。どうやら見つからないようで「アレ、どこ行ったかな」と自身の机に戻り、引き出しを探す。あったあった、と日常生活ではもうほとんど見かけることのなくなった紺色をした皮の手帳を取り出した。
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そこから顔を出したのは、ドラマや映画の中でしか見ることのないだろうサクラの模様をした、いわゆる記章だ。中央に書かれている文字を、明日香は口に出す。
「警視庁……?」
「そ。つまるところ、警察官ってヤツ」
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