絶倫なガチムチ忍者、純情くノ一に溺れてる

蟹江ビタコ

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一幕

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 林を一直線に駆け抜けた迅牙じんがは、あろうことか廃寺はいじの正門にやってきた。案の定、門にはいかにもならず者といった風体の男がふたり、見張りとして立っている。
 そして迅牙はなにを思ったのか、まるで十年来の知己ちきと再会したかのような軽い足取りで、見張りの山賊たちに近づいていった。

「なんだ、てめぇ」

 見張りのひとりが声を荒げる。しかし迅牙は柳に風で、実に清々しい笑みで応えてみせた。

「よお。あんたたちを訪ねに、一里先からさんじてきたんだ。喉が渇いちまって仕方ねえ。茶を一杯、振る舞ってもらえるかい?」

「ふ、ふざけやがって!」

 山賊たちは迅牙の飄々ひょうひょうとした佇まいに苛立ったのか、いていた刀を抜いて斬りかかってきた。
 素人の太刀捌きだな、と、迅牙は冷静に山賊の実力を見極めていた。少なくとも、幼い頃より想像を絶するような凄まじい修行に明け暮れていた迅牙の敵ではない。

 迅牙は、刀を振りかぶりながら突進してくる山賊の懐に踏み込んで、顎先に掌底を放った。
 ぱぁん、という破裂音にも似た音が林中に木霊する。山賊は予期していなかった迅牙の反撃をモロに食らい、白目を剥いて仰向けのまま、どう、と後ろに倒れた。

「お……おおおおッッ!」

 残されたもうひとりの山賊が、破れかぶれといったていで迅牙に襲いかかる。
 袈裟斬けさぎりで振り下ろされた刀を、迅牙は後方に跳ねることで難なく避けた。そして一歩下がった地点に着地し、すぐさま上半身を捻りながら垂直に飛び上がる。カラダの回転で生まれた遠心力を脚に乗せ、迅牙は山賊の頸椎けいついに強烈な飛び回し蹴りを叩き込んだ。

 決して小さくはない山賊の躰は真横に吹っ飛び、木の幹に当たって地に落ちる。

 門前に倒れた山賊どもを気に留めることもなく、迅牙は門をくぐって寺の庫裏くり内部へ進んだ。

 廃寺となってから、かなりの月日が経過しているらしい。天井も壁も傷みに傷んでおり、廊下を一歩踏み込むごとに床板がぎし、ぎしと軋む。
 その気になれば音を立てずに歩くことも可能だったが、迅牙はあえてそうしなかった。

「なっ、なんだ! てめぇ、どこから入ってきやがった!」

 賊が数人、音に釣られて襖から飛び出してきた。深夜に侵入してきた人物が好意的ではないことぐらい、賊たちも瞬時に理解したのだろう。賊どもは間髪を入れずに刀を抜いて、迅牙に襲い掛かった。
 しかし迅牙は慌てる風もなく、迫りくる数々の凶刃をいなし、避けながら体術を繰り出していた。
 眉間、鼻、喉ぼとけ、心の臓、みぞおち……人間の急所とされている箇所を的確に狙った迅牙の打撃に、賊はひとり、またひとりと床に伏していく。さながら迅牙は、風に吹かれながらゆらゆらと舞うだった。

「おっ」

 迅牙は突如、羽交い絞めにされてしまい、思いがけず間抜けな声を漏らした。そこにすかさず、賊のひとりが刀を振り上げながら突っ込んでくる。
 このままだと迅牙は、真正面から自分を拘束している賊ごと斬り捨てられることになるのだが。

 それでも迅牙は笑っていた。
 死なばもろともとは恐れ入った、その気概があるのなら、賊になど身をやつさずとも別の生き方があったのではないか、と、ある種の哀れみも込めて。

 刀が振り下ろされる寸前になって、迅牙は迫りくる山賊の顔に向かってぷっ、と唾を吐き出した。唾液が山賊の顔にびちゃりと付着する。これが死に際の悪あがきでないことは、山賊が身をもって証明することとなった。

「ぎっ、ぎゃあああっっ!!」

 山賊は振り上げていた刀をぽとりと落とし、両手で顔を覆って膝をついた。指の隙間から、尋常ならざる黒煙が立ち昇り、ジュウジュウという奇妙な音さえ聞こえてくる。目の良い者であったならば、覆い隠されている山賊の頬肉が、ぐずぐずに溶けてあぶくを立てているのが見えたことだろう。

 それは、毒だった。迅牙があらかじめ口内に仕込んでいた、というわけではない。正真正銘、純然たる猛毒だった。

 迅牙を羽交い絞めにしていた山賊も、仲間の苦しみように恐れ戦いたのか、拘束がわずかに緩んだ。
 その一瞬の隙を見逃さず、迅牙は両膝を抱え込みながらその場で跳ねた。迅牙は両腕を拘束されたままに、後転しながら揃えた両足で山賊の顔面を蹴り抜く。
 蹴りの反動で拘束が外れ、迅牙の躰が前方に投げ出された。迅牙は力の流れに身を任せつつ、宙で一回転し、音もなく床板の上に着地する。

 耳に痛い静寂が廊下を包み込んだ。賊が立ち上がる気配も、新たにやってくる気配も、ない。

(妙だな)

 迅牙ははたと、童子のようなさらな顔になった。

 配下の報告によれば、潜伏している賊は五十人余り。寺の正門と、廊下ここに転がっている人数を合わせると、八人。たったの八人だ。かなり派手に戦ってやったというのに、残った賊のしわぶきひとつ聞こえてこない。
 迅牙は、ほんのわずかな疑念に駆られて耳を澄ました。
 数十人分の寝息が聞こえる。深い眠りを示す息遣いだ。迅牙は不信感を更に募らせて、手近の襖をほんの少しだけ開けた。
 部屋の中には、酒盛りのあとがうかがえる。その傍らで賊たちが寝入っていた。ちょっとやそっとのことでは目を覚まさないだろうという、少々不自然な熟睡ぶりだった。不自然といえば、さらわれたという娘たちの姿も見えない。

 不可解だ。不可解な事態ではあるが、迅牙はこの状況を利用することにした。こころざしを持たぬ集団というのは至極もろく、大抵の場合、かしらを失えば瞬く間に瓦解する。そうなれば、残党は苦もなく捕らえることができるだろう。
 生きたまま引き渡せというのが依頼主の望みであるし、武士崩れであろうと与太者であろうと、生きていればそれなりの使い道がある。荒くれた男どもを使いこなす度量が依頼主の大名にあるかどうかはまた別の話になるが、無駄に労力を割かずに済むのなら、それはそれで上等だ。

 迅牙は今度こそ足を忍ばせて、庫裏くりの奥へと進んでいく。狙いは山賊どもの頭目ただひとり。そいつをひっ捕らえて、この任務は終いだ。

 そうして迅牙は、最奥部の部屋の前までやってきた。

 障子越しに揺らめく短檠たんけいの炎が、廊下をも明るく照らし出している。
 そのぴったりと閉まった障子に、人影が映し出されていた。寝そべる男に女がまたがる形で折り重なった、色濃い影が。

 お楽しみの最中に出くわしてしまうとは悪いことをしたもんだ、とわらう迅牙であったが──その余裕に満ちた顔は、女の柔らかい声を耳にした瞬間、たちまち能面へと変貌してしまった。

 迅牙が思いきり障子を開け放った先には、些末な夜具の上で着崩れた着物もそのままに絡み合う男女がいた。
 そのふたりのうち、牛のような巨漢が迅牙の存在に気づいて唸る。

「……何モンだ?」

 この男が山賊どもの頭目なのだろうが、いまの迅牙にとって、そんなことはどうでもよかった。

 迅牙の視線は、男を組み敷く女の方に注がれている。

 まだ二十歳には届いていないであろう、年若い小柄な娘だった。にもかかわらず、娘は迅牙の背筋が震え上がるほど官能的な、成熟した躰つきをしていた。
 はだけた着物から覗く乳房や尻の、なんとたわわなことか。はやく襟を合わせて帯を留めてやらねば、すぐにでも零れ落ちてしまいそうなほど豊満なのに、形は良く整っていて張りもある。男なら誰しも、いますぐ揉みしだいてむしゃぶりつきたくなる、まこと見事な育ち具合。太もものほうもむちりとした肉づきなのだが、四肢はすらりと伸びしなやかで、柳腰で、実に美味ウマそうである。
 それでいて、娘は匂いたつように美しくもあった。新雪にも似た真っ白な髪と肌、遥か西方の人間が宝と崇め愛でる蒼玉サファイアのような瞳、椿の花弁を想起させる柔らかそうな唇……。
 まさに雪膚せっぷ花貌かぼう羞花しゅうか閉月へいげつ
 この百年にふたりといないであろう絶世の美女を前に、迅牙は完全に固まっていた。

「聞いてんのか、糞餓鬼クソガキッ!」

 山賊の頭目は無視されたことが、あるいは逢瀬を邪魔されたことが鶏冠とさかに来たのか、傍らに置いてあった刀を抜き、迅牙に斬りかかった。

 ──武芸を極めた忍者ともなれば、無意識のうちに躰が動くことも、そう珍しいことではない。

 迅牙は部屋に足を踏み入れると、渾身の力を込めた左腕を思いきり振り上げ、刀を握る頭目の手を払いのけた。
 衝撃で刀が弾き上がる。迅牙は宙を泳ぐ刀の柄をすかさず掴み取り、真横に薙いだ。

 常人の目には決して止まることのない、神速の太刀。

 頭目の首に、真一文字の軌跡が走る。そして、間を置かずして、ずず、ず、と。
 丸太ほどの太さはあろうかという頭目の首は、胴体から滑り落ちるようにずれて、落ち、床にごろりと転がった。

 迅牙は最後の最後まで──頭目が首の切断面から血を噴き上げ絶命に至っても、一瞥いちべつすらくれなかった。

 部屋の隅で、しなだれるように迅牙を見上げている佳人。迅牙の視線は、部屋に入ったときからいまこの瞬間まで、絶えず娘を射抜き続けていた。

 迅牙は迷うことなく娘を壁際に追い詰めると、刀を畳に突き立てた。まるで、娘の退路を遮断するように。
 そして腰を屈め、娘の青い瞳と榛色ヘーゼルの瞳が交差しそうなほど顔を近づけ、呻く。

「……どうしてお前がここにいるのか、俺の納得いくように説明してもらおうか、雪音ゆきね

 口元は緩やかな弧を描いていたが、迅牙の目はまったく笑っていなかった。
 迅牙が鬼気迫る表情を隠しきれないのも、無理はない。
 なにせ目の前にいるこの娘は、屋敷で夫の帰りを待っているはずの、迅牙の嫁なのだから。
 
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