美春・美咲物語

ぎらす屋ぎらす

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雨の降る港

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2023年。


雨に呼ばれるように、飛松美春(とびまつ・みはる)は港へ向かった。
路地裏から抜け出すと、一面に広がる灰色の海が私を包み込む。

波の音が静かに、しかし力強く響いている。海風に吹かれる傘の音。歩く足音。港に佇む人々の表情は、それぞれに少しずつ違う。

ある人は物思いにふける。誰かを待っているのだろうか。別れを惜しむ人もいる。そして、港を訪れるのが日課のような老人。

美春は、そんな彼らの様子を眺めながら歩を進める。

足元の水たまりに映る自分の姿は、曇りガラスのようにぼやけている。

美春はいつも、ここにやって来る。なぜかというと、この港に何か美春を引き付けるものがあるからだ。 

きっと、心の奥底にある何かに呼応しているのだと思う。

やがて、傘を差しながら帰り道へと向かう。振り返れば、あの灰色の海が静かに波打っている。

雨は次第に弱まり、やがて止む。ぽつりぽつりと差し込む日差しが、港を照らし出す。

また来週ここに立ち寄ろう。美春は、この港の誘いに応えることにした。





次の週、また雨の中を港へと足を運んだ。
前回と同じように、静かに波打つ灰色の海と、傘をさす人々の姿が目に入る。 

先週見かけた物思いにふける老人が、相変わらず同じ場所に立っている。寒さに震えながら、遠い点を見つめている。

美春は傍らに立ち止まる。

「どうかなさいましたか」

老人は少し驚いたように私を見る。

「いや、何でもないよ」

しかし、その表情には少しだけ寂しさが浮かんでいる。

「あなたはいつもここにいらっしゃるようですね」

「ここが好きなんだ。波の音が心地いい」

老人は、そう答えると今度は柔らかな表情で私を見つめた。

美春はしばらく黙って、老人と共に波の音を聞いていた。
するとふと、老人が静かに話し始めた。

「妻を亡くしてから、毎週ここに来るようになったんだ。妻と二人で来ていたこの港が、今では寂しくて仕方がない」

老人の目に、水が滲んでいく。

美春は何も言葉を発することができなかった。
ただ、老人の隣に立ち続けるだけだった。

やがて雨も上がり、徐々に港は賑わいを取り戻していく。
老人は深々とため息をついて、ゆっくりと歩き出した。

「また来週ね」

振り返る老人の背中に、美春はしばらくその視線を向けたままだった。





再び雨の中を港へと向かった次の週、先週見かけた老人の姿はなかった。

代わりに、ベンチに座り込む若い女性の姿が目に入る。
傘を忘れたのか、雨に打たれながら呆然と前を見つめている。

少し近づいて様子を伺うと、女性の頬を涙が伝わっているのが分かった。

美春は思わず声をかけてしまう。

「大丈夫ですか?」

女性は少し驚いたように私を見上げる。

「ごめんなさい。私、少し落ち込んでいて...」

女性は言葉を濁しながら、また前を向いてしまう。

しばらく黙っていると、今度は女性の方から切り出した。

「彼氏に振られてしまったんです…」

そう語りながら、また涙が溢れ出る。

美春は何も言葉を発することができなかった。
ただ、女性の隣に腰を下ろし、
小さな声で寄り添うように声をかけた。

「私も、同じような経験をしたことがあります」

するとその言葉に、女性は少しだけ視線を向けてくれた。

美春とその女性は暫く、無言のまま港の風景を眺めていた。
やがて雨も上がり、徐々に賑わいを取り戻す港。

女性は立ち上がり、ため息をついた。

「ありがとう。少し気分転換になりました」

そう言って、女性は足早に去って行った。

また次の週、港に立ち寄ってみよう。
あの老人の姿も、そして今日出会った女性の姿も、きっといるはずだ。




次の週、美春はまた港へと向かった。
私が向かう日は毎回天気が悪いのだが、
今日は驚くほど晴れている。

「あはは、何それ、面白い!」

聞き覚えのある声がした。

「あ!先週はどうも」

先週、彼氏に振られたと言って泣いていた女性だ。

「お!あの時のお嬢さんじゃ!」

2週間前に会った老人が、女性の隣に座っていた。
2人の関係性を理解するのに、そう時間はかからなかった。
前回に見た時とは全く違う、明るい表情。
そうか、この人たちの寂しさは、海に消えて行ったんだ。

出会港(であいこう)。
この街の産業を支える、たくさんの魚介類が獲れる大きな港だ。先人が「よい魚達に出会えるように」と名付けたらしい。
そしてその名前から、今では孤独に耐えかねた悩める市民達が集まる、縁結びを願うような場所となっている。

そう、美春もその1人だ。
先月、一緒に住んでいた彼氏が何の前触れもなく家具ごと全て消えたのだ。
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