11 / 17
ミニマリスト
しおりを挟む
2023年1月のある朝。
「ふぁーあ、あ、今日も休みだ…っと」
一人暮らしのOL松本莉子(まつもと りこ)は、日曜日の清々しい朝日を浴びながらゆっくりとベッドから降りた。
「最小限まで物を減らすと、本当に身軽になりました!」
何気なく点けたテレビに映ったのは、「ミニマリスト」と呼ばれる女性であった。
「え、本当に何もないじゃん…」
テレビに映る女性の部屋は6畳1間。
部屋にはベッドとタブレット端末が置かれているだけで他には何もない。誰の家にもあるであろう冷蔵庫すら、そこには無かったのだ。
女性は自慢げにカメラマンをキッチンへと案内する。
賃貸物件の内見のままのような、何もないキッチン。
本来は野菜や肉を切るために俎板や包丁を置くべき場所に、大きな電子レンジがある。それが唯一と言っていい電化製品だ。
「フリーランスでライターをやってます。ワープロの機能さえあれば、生活するお金には全く困らないんです」
女性の名は副林夏夢(そえばやし なつむ)。
そういえばネットの記事で何度か目にしたことのある名前だ、と莉子は思った。
自分の感想だけをろくに取材もせず書いているだけの、所謂「コタツ記事」だった。
家に炬燵すらない、ミニマリストライターである。
「基本的には、1日3食毎日届くお弁当を温めて食べます。料理用具は全く家にありません」
「へええ、こんな人がいるんだ…」
莉子は自分の1週間分の洗濯物が散らかった部屋を見た後に身軽そうなテレビの向こうの女性に顔を向け、目をキラキラさせた。
莉子は34歳で独身。彼氏は15年ほどおらず、昨年のクリスマスも、「時が経つのはあっという間だね」といった話をしながら女二人で過ごしていた。
そんな希望のない生活に一筋の光が差したのか、莉子は昨年7月にオープンしたばかりのリサイクルショップに電話をし、すぐに家具の片付けを始めた。
「これはいらない、これも、これも。なくても生活できるものばかりじゃん」
手元に残すと決めたのは、テレビに映った副林と同じベッドとタブレット端末、そして電子レンジ。
大好きなプロ野球選手である内本圭太(うちもと けいた)の大量のグッズすら手放すことを決めた。
莉子にとって内本は心の支えであり、人生そのものだった。
周りからは「リアコ」と呼ばれ、本気で結婚したいとすら考えるほどであったが、全てから解放されたい一心で処分を決意したのである。
◇
「こんにちはー、リサイクルショップ『ボニート』でーす」
玄関にリサイクルショップの店員が現れた。
憧れの内本に少し似ている店員であったが、莉子はそれ以上の希望を抱いていたため全く目もくれなかった。
「それでは、査定を始めますね…」
店員は莉子の部屋にまとめられた家具を丁寧に調べる。
その間、莉子は全てから解放されたようなすっきりとした顔で、ニコニコしながら様子を見つめていた。
「そうしましたら、こちらは全て引き取らせていただきます。ありがとうございましたー」
店員が帰り、部屋にはベッドとタブレット端末、そして電子レンジのみが残った。
この日から莉子のクオリティ・オブ・ライフは爆発的に上がった。
この高揚感を友人とシェアしたいと思い、片っ端からメッセージを送りまくる。
「ミニマリストってすごく快適だよ!洗濯機とかテレビとか、すぐ捨てちゃわないといけないよ!」
「えー!家にそんなに物が溢れてるの?!ダメだよ」
メッセージアプリに登録されている人全てに連絡をした。
しかしながら、明らかに誰かに騙されているような異様なテンションのメッセージに返信する者は誰もいなかった。
翌朝、莉子の携帯電話が鳴った。
昨年のクリスマスを共に過ごした相良杏樹(さがら あんじゅ)からの電話だ。
「あんたね、色々なものを手放すのはいいけどさ、一番手放しちゃいけないものを捨てちゃってるよ」
杏樹は少し強い口調で言った。
「え、何よ!」
高揚感、いや、もはや「全能感」と言ってもよいほどテンションの高い莉子は、ミニマリストでない杏樹を見下すように突っかかった。
「昔は『人それぞれだししょうがないよ』なんてよく言ってたのに」
杏樹はさらに続ける。
あんたが捨てちゃったのはね、家具や本だけじゃないの。『多様性を認める心』よ」
「ふぁーあ、あ、今日も休みだ…っと」
一人暮らしのOL松本莉子(まつもと りこ)は、日曜日の清々しい朝日を浴びながらゆっくりとベッドから降りた。
「最小限まで物を減らすと、本当に身軽になりました!」
何気なく点けたテレビに映ったのは、「ミニマリスト」と呼ばれる女性であった。
「え、本当に何もないじゃん…」
テレビに映る女性の部屋は6畳1間。
部屋にはベッドとタブレット端末が置かれているだけで他には何もない。誰の家にもあるであろう冷蔵庫すら、そこには無かったのだ。
女性は自慢げにカメラマンをキッチンへと案内する。
賃貸物件の内見のままのような、何もないキッチン。
本来は野菜や肉を切るために俎板や包丁を置くべき場所に、大きな電子レンジがある。それが唯一と言っていい電化製品だ。
「フリーランスでライターをやってます。ワープロの機能さえあれば、生活するお金には全く困らないんです」
女性の名は副林夏夢(そえばやし なつむ)。
そういえばネットの記事で何度か目にしたことのある名前だ、と莉子は思った。
自分の感想だけをろくに取材もせず書いているだけの、所謂「コタツ記事」だった。
家に炬燵すらない、ミニマリストライターである。
「基本的には、1日3食毎日届くお弁当を温めて食べます。料理用具は全く家にありません」
「へええ、こんな人がいるんだ…」
莉子は自分の1週間分の洗濯物が散らかった部屋を見た後に身軽そうなテレビの向こうの女性に顔を向け、目をキラキラさせた。
莉子は34歳で独身。彼氏は15年ほどおらず、昨年のクリスマスも、「時が経つのはあっという間だね」といった話をしながら女二人で過ごしていた。
そんな希望のない生活に一筋の光が差したのか、莉子は昨年7月にオープンしたばかりのリサイクルショップに電話をし、すぐに家具の片付けを始めた。
「これはいらない、これも、これも。なくても生活できるものばかりじゃん」
手元に残すと決めたのは、テレビに映った副林と同じベッドとタブレット端末、そして電子レンジ。
大好きなプロ野球選手である内本圭太(うちもと けいた)の大量のグッズすら手放すことを決めた。
莉子にとって内本は心の支えであり、人生そのものだった。
周りからは「リアコ」と呼ばれ、本気で結婚したいとすら考えるほどであったが、全てから解放されたい一心で処分を決意したのである。
◇
「こんにちはー、リサイクルショップ『ボニート』でーす」
玄関にリサイクルショップの店員が現れた。
憧れの内本に少し似ている店員であったが、莉子はそれ以上の希望を抱いていたため全く目もくれなかった。
「それでは、査定を始めますね…」
店員は莉子の部屋にまとめられた家具を丁寧に調べる。
その間、莉子は全てから解放されたようなすっきりとした顔で、ニコニコしながら様子を見つめていた。
「そうしましたら、こちらは全て引き取らせていただきます。ありがとうございましたー」
店員が帰り、部屋にはベッドとタブレット端末、そして電子レンジのみが残った。
この日から莉子のクオリティ・オブ・ライフは爆発的に上がった。
この高揚感を友人とシェアしたいと思い、片っ端からメッセージを送りまくる。
「ミニマリストってすごく快適だよ!洗濯機とかテレビとか、すぐ捨てちゃわないといけないよ!」
「えー!家にそんなに物が溢れてるの?!ダメだよ」
メッセージアプリに登録されている人全てに連絡をした。
しかしながら、明らかに誰かに騙されているような異様なテンションのメッセージに返信する者は誰もいなかった。
翌朝、莉子の携帯電話が鳴った。
昨年のクリスマスを共に過ごした相良杏樹(さがら あんじゅ)からの電話だ。
「あんたね、色々なものを手放すのはいいけどさ、一番手放しちゃいけないものを捨てちゃってるよ」
杏樹は少し強い口調で言った。
「え、何よ!」
高揚感、いや、もはや「全能感」と言ってもよいほどテンションの高い莉子は、ミニマリストでない杏樹を見下すように突っかかった。
「昔は『人それぞれだししょうがないよ』なんてよく言ってたのに」
杏樹はさらに続ける。
あんたが捨てちゃったのはね、家具や本だけじゃないの。『多様性を認める心』よ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる