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第一章 嫌われ貴族の明かない夜は長い、側仕えの明けない夜はない
側仕えは販売する
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無事に舞踏会も終わって、やっと帰れると安心したがそう甘くはなかった。
別室に移動して、商品の売り込みをかけた貴族達に香水の説明を行う。
十数人いるが、実際に購入したのは二人のみ。
なかなか難しいものだと思っていると、扉が開けられた。
私が受付をしているので、その人物を案内しようと顔を見ると驚きの人物だった。
「りょ、領主様!?」
思わず声が出てしまい、一斉にみんなが振り向いた。
すぐにみんな頭を下げて、口々に歓迎の言葉を出す。
私も遅れて頭を下げようとするが、領主が私の動きを手で制した。
「私も聞きたいので案内いただけるかしら」
「もちろんです!」
私は空いている席に案内してそこに座ってもらうようにお願いした。
椅子を引こうとすると付いてきた騎士が遮って、目で自分がすると訴える。
余計なことをしたくないので、私は役目を譲って元の受付の位置へ戻る。
レーシュも予想していないことだったらしく、申し訳なさそうな声を作る。
「アビにまでお越し下さるとは、ただ残念なことにアビに合うような──」
「お喋りはいいから、香りを楽しませてください」
話を遮り有無を言わせない。
レーシュはすぐに気持ちを切り替えたようで、にこやかな顔を崩さずに香水の入った瓶を持っていく。
騎士がその香水を受け取ってから、紫の宝玉に吹きかける。
光り輝く現象が起きたため、おそらく魔術具だろう。
騎士は安全の確認ができたと、領主へと香水と白い布を手渡した。
香水を布に吹きかけて匂いを嗅ぐ。
「あら、良い薔薇の匂いね。他にも種類はあるのかしら?」
領主から好評の声が上がってから、先ほどまで迷っていた者達も購入を決意した顔になっている。
買う人の地位で物の価値が上がるのだと初めて知った。
いくつか嗅いだ後に気に入った香水をいくつか選んで、後日献上することが決まった。
そのまま渡せば早いのにと思ったが、領主用に特別な瓶を用意しないといけないらしい。
全員が満足気に退出して、私たちだけが残った。
注文を木簡に残しているので、私は書き上げるのを待っていた。
「領主様ってお優しいのですね」
ギロッとレーシュの厳しい目が向けられた。
素直な感想を述べただけで深く考えたわけではないが、どうしてそんなに怖い顔をしているのだろう。
「そんなに甘い話じゃない」
「どうしてですか? いっぱい儲かってよかったじゃないですか」
何が不満なんだろう。
レーシュは分かりやすいほど大きなため息を吐いた。
「いいか、俺みたいな中級貴族が領主から優遇されれば、それを面白くないと思う輩が出てくる。領主の護衛騎士なんか俺を目の敵にしているのは、お前でも流石に分かるだろう?」
「そうですね。でもただ香水を買っただけで優遇と取られるんですか?」
「流行というのは上から下へと広められる。領主が使っている物をみんなが欲しがるから、領主に気に入られるかでその後の流行は左右される。そうすると常に贈呈品を送る上級貴族からすれば、俺は嫉妬の対象だ」
なんともめんどくさいものだ。
貴族社会の大変さは今日だけでも嫌というほど分かってしまった。
「だが好機でもある。これをうまく利用すれば俺は一気に駆け上がれる」
野心に燃えた目で先を見据えている。
私はやることもないため、帰りの馬車を呼ぶために御者へ依頼をする。
そして先程の部屋へ戻る途中に、真っ白な髪をした青年貴族が反対側から来ることに気が付いた。
──貴族が歩いている時には壁際だったよね。
サリチルから教わったことを忠実に守りながら、私は壁際で頭を下げて通り過ぎるのを待った。
だが、その足は私の前で止まるのだった。
「おや、綺麗なお方ですね」
顔を上げると爽やかな顔で私に笑いかけていた。
かなり整った顔で、今日来ていた貴族のような高価な服装ではなく、髪と同じ白色の制服を着ていた。
──この人、神官様だ。
隣国には神国があり、宗教を広めるために神国が神殿を建て、貴族が神に仕えるために神官となる。
平民からすればどちらも貴族で構成されているので大きな違いはないが、貴族からすると明確に区別されていると、サリチルから教わっている。
「その格好は側仕えかな? 名前を聞いても」
甘い声で聞かれて思わずドキッとした。
おそらく貴族の令嬢もこの声には何人かやられていそうだ。
「私の名前はエステルです」
「いい名前だ。綺麗な君に似合う」
何だかどこかの性悪貴族みたいなことを言うので、一気に気持ちが冷めた。
おそらく貴族で流行っている言い回しなのだろう。
下手に貴族社会に突っ込むのは大火傷を負いそうなので、上手く切り抜けないといけない。
「ありがとうございます。私は主人の迎えに行かないといけないので、そろそろ失礼し──」
その場から去ろうとしたら、ドンっと壁に手を当てられて止められた。
「私の名前はラウルだ。エステルさん、今度食事でもいかがかな。もちろん二人っきりでね」
どうしてこんなに強引なんだこの人は。
もっと綺麗な人はたくさんいるのにわざわざ私を選ぶのは、前に来ていたジールバンみたいに自分を誰かに当てがるつもりだろう。
その時、別の騎士がこちらへやってきていた。
「領主の城で何をやっているか」
厳しい口調で注意してきたのは、先程領主の護衛をしていた騎士だ。
ラウルを見て警戒の目を向ける。
私にも一瞬だけ目を向けたがすぐに興味を無くしたかのように視線を外す。
まるで路傍の石に向けるような目だったので、私のことなんぞ全く覚えていないに違いない。
「せっかく女性を口説いているのに空気を読めないものだ」
先程の好青年はどこへやら、護衛騎士に対してかなり挑発的だった。
どうやら貴族と神官は仲が良い訳ではないようだ。
その態度に護衛騎士の表情が険しくなった。
「新しい神殿を作りたいとお願いする立場であまり調子に乗らないことだな。こちらはお前らの意見を全て跳ね除けてもいいのだぞ」
「たかだか護衛騎士がそんな裁量があるようには見えないがね」
お互いに腰に差している剣に手を伸ばす。
プライドを傷付けられた両者は決闘で決着を付けるつもりだった。
「貴様なんぞ一振りで殺してやる!」
「この私に勝てるとお思いか!」
お互いに動き出そうとした。
このままではどちらかが大きな怪我を負ってしまい、レーシュの元へ帰るのが遅れてしまう。
勝手に怪我をするのは自由だが、目の前で倒れられたら見捨てることなんてできない。
それならば──!
ぐらッ、護衛騎士とラウルは倒れた。
私はなるべく気付かれないように近付いて、二人の剣がぶつかり合う前に両手の手刀で首に一撃を当てたためだ。
これで騒ぎも起きずに、ラウルとかいうナンパ師からも逃げられる。
二人を壁まで引きずり、背中を壁につけて休んでもらった。
──急がないと!
こんなところで道草を食っていたら、また嫌味を言われてしまう。
部屋へ戻るとちょうど注文を書き終えたところのようだ。
「いいところに来た。よし、戻るぞ」
「分かりました! レーシュ様、先程の入り口付近で揉め事を起こしていたみたいですが、別の道から出ることはできますか?」
私が昏倒させた者たちがいるので、なるべくあの道は通りたくない。
レーシュもお酒が入るとそういうこともある、と勝手に納得してくれて無事にだれとも会わずに領主の城を出ることができた。
別室に移動して、商品の売り込みをかけた貴族達に香水の説明を行う。
十数人いるが、実際に購入したのは二人のみ。
なかなか難しいものだと思っていると、扉が開けられた。
私が受付をしているので、その人物を案内しようと顔を見ると驚きの人物だった。
「りょ、領主様!?」
思わず声が出てしまい、一斉にみんなが振り向いた。
すぐにみんな頭を下げて、口々に歓迎の言葉を出す。
私も遅れて頭を下げようとするが、領主が私の動きを手で制した。
「私も聞きたいので案内いただけるかしら」
「もちろんです!」
私は空いている席に案内してそこに座ってもらうようにお願いした。
椅子を引こうとすると付いてきた騎士が遮って、目で自分がすると訴える。
余計なことをしたくないので、私は役目を譲って元の受付の位置へ戻る。
レーシュも予想していないことだったらしく、申し訳なさそうな声を作る。
「アビにまでお越し下さるとは、ただ残念なことにアビに合うような──」
「お喋りはいいから、香りを楽しませてください」
話を遮り有無を言わせない。
レーシュはすぐに気持ちを切り替えたようで、にこやかな顔を崩さずに香水の入った瓶を持っていく。
騎士がその香水を受け取ってから、紫の宝玉に吹きかける。
光り輝く現象が起きたため、おそらく魔術具だろう。
騎士は安全の確認ができたと、領主へと香水と白い布を手渡した。
香水を布に吹きかけて匂いを嗅ぐ。
「あら、良い薔薇の匂いね。他にも種類はあるのかしら?」
領主から好評の声が上がってから、先ほどまで迷っていた者達も購入を決意した顔になっている。
買う人の地位で物の価値が上がるのだと初めて知った。
いくつか嗅いだ後に気に入った香水をいくつか選んで、後日献上することが決まった。
そのまま渡せば早いのにと思ったが、領主用に特別な瓶を用意しないといけないらしい。
全員が満足気に退出して、私たちだけが残った。
注文を木簡に残しているので、私は書き上げるのを待っていた。
「領主様ってお優しいのですね」
ギロッとレーシュの厳しい目が向けられた。
素直な感想を述べただけで深く考えたわけではないが、どうしてそんなに怖い顔をしているのだろう。
「そんなに甘い話じゃない」
「どうしてですか? いっぱい儲かってよかったじゃないですか」
何が不満なんだろう。
レーシュは分かりやすいほど大きなため息を吐いた。
「いいか、俺みたいな中級貴族が領主から優遇されれば、それを面白くないと思う輩が出てくる。領主の護衛騎士なんか俺を目の敵にしているのは、お前でも流石に分かるだろう?」
「そうですね。でもただ香水を買っただけで優遇と取られるんですか?」
「流行というのは上から下へと広められる。領主が使っている物をみんなが欲しがるから、領主に気に入られるかでその後の流行は左右される。そうすると常に贈呈品を送る上級貴族からすれば、俺は嫉妬の対象だ」
なんともめんどくさいものだ。
貴族社会の大変さは今日だけでも嫌というほど分かってしまった。
「だが好機でもある。これをうまく利用すれば俺は一気に駆け上がれる」
野心に燃えた目で先を見据えている。
私はやることもないため、帰りの馬車を呼ぶために御者へ依頼をする。
そして先程の部屋へ戻る途中に、真っ白な髪をした青年貴族が反対側から来ることに気が付いた。
──貴族が歩いている時には壁際だったよね。
サリチルから教わったことを忠実に守りながら、私は壁際で頭を下げて通り過ぎるのを待った。
だが、その足は私の前で止まるのだった。
「おや、綺麗なお方ですね」
顔を上げると爽やかな顔で私に笑いかけていた。
かなり整った顔で、今日来ていた貴族のような高価な服装ではなく、髪と同じ白色の制服を着ていた。
──この人、神官様だ。
隣国には神国があり、宗教を広めるために神国が神殿を建て、貴族が神に仕えるために神官となる。
平民からすればどちらも貴族で構成されているので大きな違いはないが、貴族からすると明確に区別されていると、サリチルから教わっている。
「その格好は側仕えかな? 名前を聞いても」
甘い声で聞かれて思わずドキッとした。
おそらく貴族の令嬢もこの声には何人かやられていそうだ。
「私の名前はエステルです」
「いい名前だ。綺麗な君に似合う」
何だかどこかの性悪貴族みたいなことを言うので、一気に気持ちが冷めた。
おそらく貴族で流行っている言い回しなのだろう。
下手に貴族社会に突っ込むのは大火傷を負いそうなので、上手く切り抜けないといけない。
「ありがとうございます。私は主人の迎えに行かないといけないので、そろそろ失礼し──」
その場から去ろうとしたら、ドンっと壁に手を当てられて止められた。
「私の名前はラウルだ。エステルさん、今度食事でもいかがかな。もちろん二人っきりでね」
どうしてこんなに強引なんだこの人は。
もっと綺麗な人はたくさんいるのにわざわざ私を選ぶのは、前に来ていたジールバンみたいに自分を誰かに当てがるつもりだろう。
その時、別の騎士がこちらへやってきていた。
「領主の城で何をやっているか」
厳しい口調で注意してきたのは、先程領主の護衛をしていた騎士だ。
ラウルを見て警戒の目を向ける。
私にも一瞬だけ目を向けたがすぐに興味を無くしたかのように視線を外す。
まるで路傍の石に向けるような目だったので、私のことなんぞ全く覚えていないに違いない。
「せっかく女性を口説いているのに空気を読めないものだ」
先程の好青年はどこへやら、護衛騎士に対してかなり挑発的だった。
どうやら貴族と神官は仲が良い訳ではないようだ。
その態度に護衛騎士の表情が険しくなった。
「新しい神殿を作りたいとお願いする立場であまり調子に乗らないことだな。こちらはお前らの意見を全て跳ね除けてもいいのだぞ」
「たかだか護衛騎士がそんな裁量があるようには見えないがね」
お互いに腰に差している剣に手を伸ばす。
プライドを傷付けられた両者は決闘で決着を付けるつもりだった。
「貴様なんぞ一振りで殺してやる!」
「この私に勝てるとお思いか!」
お互いに動き出そうとした。
このままではどちらかが大きな怪我を負ってしまい、レーシュの元へ帰るのが遅れてしまう。
勝手に怪我をするのは自由だが、目の前で倒れられたら見捨てることなんてできない。
それならば──!
ぐらッ、護衛騎士とラウルは倒れた。
私はなるべく気付かれないように近付いて、二人の剣がぶつかり合う前に両手の手刀で首に一撃を当てたためだ。
これで騒ぎも起きずに、ラウルとかいうナンパ師からも逃げられる。
二人を壁まで引きずり、背中を壁につけて休んでもらった。
──急がないと!
こんなところで道草を食っていたら、また嫌味を言われてしまう。
部屋へ戻るとちょうど注文を書き終えたところのようだ。
「いいところに来た。よし、戻るぞ」
「分かりました! レーシュ様、先程の入り口付近で揉め事を起こしていたみたいですが、別の道から出ることはできますか?」
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