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第一章 嫌われ貴族の明かない夜は長い、側仕えの明けない夜はない
側仕えと花街
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馬車で送ってもらい、周りからの注目があった。
今更慌ててもしょうがないので、何食わぬ顔で降りて、サリチルとレーシュにお礼を伝えて去っていくのを見送る。
どんどん野次馬たちが集まる前に急いで家へと帰った。
ただいまと言ったが返事がないため、フェニルはまだ眠ってるみたいだ。
起こすのも悪いため食事を置いていこうとしたら、もぞもぞと音が聞こえた。
「お姉ちゃん……?」
明かりを付けたので眩しさから目を擦っている。
大きなあくびをしてベッドから降りて机の前に向かう。
そして私と目が合うと固まってしまった。
「あれ……ごめんなさい!」
突然謝り出したが、その理由にすぐに気がついた。
「ふふ、合っているよ」
「え……うそっ、本当にお姉ちゃん──!?」
服装や化粧でだいぶ異なって見えるようだ。
あまり飾っ気がなかったため、おしゃれした姿にびっくりしたようだ。
まじまじと見てくるので、何だか微笑ましい。
「本物のお貴族様みたい……」
「大袈裟よ。お貴族様はもっと綺麗な人が多かったよ」
特に領主は絶世の美女で、どう着飾ったとしても彼女には勝てないだろう。
農民の娘が貴族と美貌で戦おうなんてあまりにも馬鹿げているので、気付かないうちに対抗しようとする自分がいた。
あまりにも望みすぎるとそれ以上の悪いことが返ってくるので、今ある幸せを見つめ直そう。
「いいお貴族様に雇われてよかったね」
「はい?」
これまでの暴言等を思い出すと素直によかったと言えない。
一発くらい殴っても許されそうだと思うくらいには、彼が素敵なご主人様とは素直に言えなかった。
思わず料理の手に力が入り始めたので、フェニルは心配そうな顔をする。
「もしかして結構ひどいことをされているの?」
「そういうことはないけど……」
言動以外は確かによくしてもらっている。
賃金は言うまでもなく、私が嫌がる仕事を強要されたことはない。
マナーや文字も教えてくれるので、かなり高待遇と言えるだろう。
「少し贅沢になったのかな?」
私は私のまま今の生活が続ければいい。
大きくは望まず、フェニルがもし治れば仕事を辞めてまた故郷に戻ろうと思う。
私には貴族の世界は華やかすぎる。
「マチルダさん、弟をお願いします」
フェニルをマチルダにお願いした。
明日の夜まで帰ってこないので、お金を渡して弟の世話をお願いする。
「あいよ。にしても驚いたよ。あんな馬車でやってきて、おめかしているもんだからね」
「はは、品位が下がるからしっかりとした服を着てこいと言われましたので」
「そうかい、そうかい。ただこれから暗くなるのに大丈夫かい? 最近は変な輩も多いからね」
そういえば昼間に変な輩に絡まれたのを思い出す。
幸い自分一人だけでも撃退できたので、おそらくはあまり気にする必要はなさそうだ。
「おーい母さん、腹へ──おおっ! まさかエステルちゃんか!?」
ちょうど仕事から帰ってきたマチルダの長男と出くわす。
大工の仕事をしているらしく程よく鍛えた体をしており、マチルダと同じく豪快な性格をしている。
年齢も少し年上で、彼女と別れたばかりですごく落ち込んでいた時があった。
色々と家具を作ってくれたりしてくれたので、頼れるお兄さんと言ったところだ。
それがまるで借りてきた猫のように静かになっていた。
「何よ見惚れているんだい!」
マチルダが背中を叩いてやっと正気に戻ったようだ。
「いやぁ、すごく綺麗になっていて。もちろんっ、前から綺麗だったけどね!」
「ありがとう。前にフェーがたくさん話をしてもらって喜んでたからお礼がしたかったの」
私は手に持っていてブランケットを渡した。
キッシュを作ったので少しは食事の足しになるだろう。
「いい匂いする!」
「エステルさん、こんちは!」
「腹減った!」
「あれエステルさん、すっげえ可愛くなってる!」
フェニルと歳の近い兄弟が一斉に帰ってきた。
元気な子供たちでマチルダの豪快さがなければ世話をするのも一苦労だろう。
「今日もお疲れ様、たくさん作ったからみんなで食べてね」
「ほらあんたたち、お姉さんはこれから仕事なんだから早く上に行きなッ!」
手を振ってみんなの帰りを見送った。
可愛らしい子供達なので、弟のように可愛がることもある。
そろそろ時間もなくなってきたので再度挨拶をする。
「それじゃ私も行きますね」
「あいよ。ほらっ、あんたも鼻の下伸ばしていないで上にいきな」
「分かっているよ! なあ、もしよかったら俺が途中までついて行くよ。流石に危ないぜ」
「ううん。大丈夫だよ。それよりもフェーをお願いします!」
結構長く時間が経ってしまったので私は走って階段を降りていく。
これだけ周りから好評なら私も化粧を覚えてみたいと思ったが、後日化粧品の価格を知って諦めるのだった。
レーシュの屋敷に着くとすぐに出かけることになり馬車に乗り込んだ。
おそらくは前みたいに税金の不正があるのだろう。
しかし前とは違うのは今日は夜だということ。
どうして昼間ではなく夜なのか分からないが、レーシュの表情が固くなっており緊張しているのかが分かった。
「珍しいですね」
「何がだ?」
「いつもならふてぶてしいのに今日はかなり緊張しているみたいでしたので」
「当たり前だ。どれほど今日をシミュレーションしてきたか」
貴族なんだから一声で簡単に終わってしまうと思ったが、もしかするとレーシュより強大な権力に守られているのかもしれない。
剣を持った相手なら対処できるが、紙の上で戦う貴族の役には立てない。
だが私の仕事は決まっている。
命の危険があるときに守るだけだ。
馬車が止まり、私は自分が向かうお店を見た。
「え……?」
自分の目を疑った。
お店の外装は華やかに周りを照らすほど輝いており、中に入って行くのはタキシードを着たお金を持っている男性たち。
そして何人かはお店の従業員らしき女性とどこかへ向かっていく。
周りを見渡すとそのような輩ばかりで、どうやら噂に聞く花街のようだ。
──まさか遊びにきたわけじゃないよね?
貴族もこんなお店に遊びにくるのだろうかと思ったが、見知った顔を一人見つけた。
前にラウルと喧嘩しそうになった領主の護衛騎士がさらに豪華なお店に入っていく。
どうやら花街は、平民も貴族も関係がないようだ。
私は念のためレーシュの顔を見ると、普段以上にキリッとさせており、遊びに来たという雰囲気は全くなかった。
私はホッと息を吐くと、レーシュも私の考えに気が付いたようだ。
「俺が遊びに来たのかと思ったか?」
「えっと……」
思ってましたと言いたかったが、勝手な思い込みで判断したので反省している。
しかしレーシュは特に怒ってもいなかった。
「いいさ。今日もここで不穏なお金の流れがあったのでな。特に禁止されている薬物がここで販売されているのなら先に手を打たないといけない」
幻覚作用のある草などがあり、私の村でも調査が入った。
幸いそういった物は生息していなかったが、他の村で栽培してお金を稼いだことで、貴族から村ごと焼き払われたと聞く。
それでも出回るというのは、他にも上手く隠れて稼いでいる村があるのだろう。
レーシュと共に入室すると少し煙たく、鼻にくる臭いが当たりを充満している。
蝋燭の明かりはあるが、雰囲気を重視ているようだ。
薄暗くなっており周りからも艶かしい声が聞こえてくるので嫌悪感が出てくる。
まずはボソッと小声で安全か確認する。
「この煙って大丈夫ですか?」
「おそらくな。直接吸引すると危ないが、煙自体には害はない。持っている魔道具も反応してないしな」
どうやら毒を感知する魔道具があるらしい。
流石は暗殺者がよく来るだけあって用意がいい。
お店の主人が私たちを個室へ案内してしばらく待つことになった。
先に出されたお酒の毒味を済ませる。
あまり好きではないがこれも仕事なので我慢する。
そして責任者らしき人物と二人のドレスを着た美女がやってきた。
片方はスラリとした長身に腰まで伸びる長髪で妖艶な雰囲気を、もう一人は髪は肩までに揃えて甘えるのが上手そうな笑顔が特徴的だった。
どちらも胸が大きく、露出度の高い服を着ており、見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
「これはこれは、ようこそお越しくださいました。レーシュ様のような高貴な方に来ていただけるとは幸福の至り。特に前のお店で懇意にしていたという二人の美女をお連れしました」
──はい?
私は何を言っているのかと思っていたら、レーシュを挟む形で二人の美女が座った。
少しばかり押し退けられ、チラッと私を見て小馬鹿にした目を向ける。
美女たちははレーシュの手を腰に回させて、甘えた顔を向けていた。
「レーシュ様もしかして私の誕生日をお祝いに来てくださったんですか?」
髪の短かな女がレーシュに言った。
そんなわけあるかと言いたいが、ここはレーシュから前みたいな脅しの言葉を待つとしよう。
だがそんな私の期待を裏切って、どんどんだらしない顔になっていく。
「当たり前じゃないか。君のためにドレスも用意したんだ。マリー、君の髪に似合うと思ってね」
レーシュが指をパチンと鳴らすと、部屋に入ってきた従業員が黄色ドレスを広げた。
それはお昼に買っていたドレスだった。
「やった! ありがとう、レーシュさまぁー!」
私の困惑をよそにもう一人の長髪の女性はレーシュの腕を胸に挟み込む。
「レーシュ様、私の誕生日も何もくださらなかったのに、マリーだけですか?」
「はは、ちょっと忙しくてね。もちろん君の分も持ってきているよ」
またもや指をパチンと鳴らすともう一人の従業員が赤いドレスを広げた。
「君には真っ赤なドレスが合う。プリムラのために一生懸命探したものだ」
「嬉しい!」
美女二人に喜ばれて嬉しそうだ。
だが本来の目的を忘れていないだろうか。
私は一度大きく分かりやすく咳払いをした。
それでビクッと私を見て少し正気が戻ったようだ。
責任者の男の目が一瞬細まり、すぐににこやかな顔に戻る。
「レーシュ様、今日はこの者たちの誕生会のためにお越しくださったのですか?」
「それもあるが、もう一つ仕事もあってな。最近何やら好景気らしいじゃないか」
にこやかな顔をしているが、不穏な気配が責任者の周りに発生する。
確信があって来ているレーシュをどうやって誤魔化そうか考えているのだろう。
早くこんな店から出たい私は苛立ちながらも答えを待つ。
そして均衡が破られた。
「レーシュ様、仕事より私とお話をしてほしいな」
マリーはレーシュの腕を引っ張った。
今日は遊びでないと気付いていないのかと私は引き離そうと動こうとした。
だがレーシュは口を開こうとしていたので一度様子を見る。
「そうだね! 仕事なんて後にしよう!」
──馬鹿男!
鼻の下を伸ばしてだらしない顔になっており、当初の目的なんて完全に忘れているようだった。
デレデレと両手の女性の胸を触ろうとしていたので、手刀で目の前のグラスを叩き切った。
少しばかりテーブルも傷を付き、真っ二つになったグラスからお酒がこぼれて行く。
レーシュは顔を青くしながら、やっと少しばかり冷静さを取り戻したようだ。
「おーゴホン! まあ遊びはこれくらいにしておこう。もう調べはついている。正直に自首をするのならこちらも大事にするつもりはない」
女性の肩に両手を乗せながら言うので説得力がない。
この節操無しでも、貴族という立場は責任者にとって軽い地位ではない。
「さて何のことですかな。私は貴族様から出資をして頂いております。しっかりと全て報告した上で許可を頂きました。何もやましい事などしておりません」
余裕のある答えに違和感を覚えた。
レーシュが乗り込むということはこちらに勝算があってのことだ。
それなのにあちらは全く動揺していない。
レーシュも訝しげに見ており、やっと両手を女性から外して立ち上がった。
「そうか、最終通告は終わりだ。俺を敵にするのなら覚悟するんだな」
出て行こうとするレーシュに付いていく。
そしてレーシュは試験管を二本取り出した。
「それは?」
「髪を入れて薬物反応を確かめる。あの二人もおそらくは──」
二本の髪を持っており、それを透明な液体の中に沈める。
するとどちらも真っ赤に変色した。
険しい顔で試験管を見つめており、結果が嬉しくない方向で出てしまったのだ。
ああいう春を売る女性は苦手だが、彼女たちには彼女たちの理由があるのだろう。
そこにとやかく言うつもりはない。
レーシュも同じ気持ちだろう。
あれほど仲良く話すくらいだから情もある。
おそらくこれから起きることは彼女たちも無事では済まない。
しかしこれは大きな戦いの一幕でしかなかった。
今更慌ててもしょうがないので、何食わぬ顔で降りて、サリチルとレーシュにお礼を伝えて去っていくのを見送る。
どんどん野次馬たちが集まる前に急いで家へと帰った。
ただいまと言ったが返事がないため、フェニルはまだ眠ってるみたいだ。
起こすのも悪いため食事を置いていこうとしたら、もぞもぞと音が聞こえた。
「お姉ちゃん……?」
明かりを付けたので眩しさから目を擦っている。
大きなあくびをしてベッドから降りて机の前に向かう。
そして私と目が合うと固まってしまった。
「あれ……ごめんなさい!」
突然謝り出したが、その理由にすぐに気がついた。
「ふふ、合っているよ」
「え……うそっ、本当にお姉ちゃん──!?」
服装や化粧でだいぶ異なって見えるようだ。
あまり飾っ気がなかったため、おしゃれした姿にびっくりしたようだ。
まじまじと見てくるので、何だか微笑ましい。
「本物のお貴族様みたい……」
「大袈裟よ。お貴族様はもっと綺麗な人が多かったよ」
特に領主は絶世の美女で、どう着飾ったとしても彼女には勝てないだろう。
農民の娘が貴族と美貌で戦おうなんてあまりにも馬鹿げているので、気付かないうちに対抗しようとする自分がいた。
あまりにも望みすぎるとそれ以上の悪いことが返ってくるので、今ある幸せを見つめ直そう。
「いいお貴族様に雇われてよかったね」
「はい?」
これまでの暴言等を思い出すと素直によかったと言えない。
一発くらい殴っても許されそうだと思うくらいには、彼が素敵なご主人様とは素直に言えなかった。
思わず料理の手に力が入り始めたので、フェニルは心配そうな顔をする。
「もしかして結構ひどいことをされているの?」
「そういうことはないけど……」
言動以外は確かによくしてもらっている。
賃金は言うまでもなく、私が嫌がる仕事を強要されたことはない。
マナーや文字も教えてくれるので、かなり高待遇と言えるだろう。
「少し贅沢になったのかな?」
私は私のまま今の生活が続ければいい。
大きくは望まず、フェニルがもし治れば仕事を辞めてまた故郷に戻ろうと思う。
私には貴族の世界は華やかすぎる。
「マチルダさん、弟をお願いします」
フェニルをマチルダにお願いした。
明日の夜まで帰ってこないので、お金を渡して弟の世話をお願いする。
「あいよ。にしても驚いたよ。あんな馬車でやってきて、おめかしているもんだからね」
「はは、品位が下がるからしっかりとした服を着てこいと言われましたので」
「そうかい、そうかい。ただこれから暗くなるのに大丈夫かい? 最近は変な輩も多いからね」
そういえば昼間に変な輩に絡まれたのを思い出す。
幸い自分一人だけでも撃退できたので、おそらくはあまり気にする必要はなさそうだ。
「おーい母さん、腹へ──おおっ! まさかエステルちゃんか!?」
ちょうど仕事から帰ってきたマチルダの長男と出くわす。
大工の仕事をしているらしく程よく鍛えた体をしており、マチルダと同じく豪快な性格をしている。
年齢も少し年上で、彼女と別れたばかりですごく落ち込んでいた時があった。
色々と家具を作ってくれたりしてくれたので、頼れるお兄さんと言ったところだ。
それがまるで借りてきた猫のように静かになっていた。
「何よ見惚れているんだい!」
マチルダが背中を叩いてやっと正気に戻ったようだ。
「いやぁ、すごく綺麗になっていて。もちろんっ、前から綺麗だったけどね!」
「ありがとう。前にフェーがたくさん話をしてもらって喜んでたからお礼がしたかったの」
私は手に持っていてブランケットを渡した。
キッシュを作ったので少しは食事の足しになるだろう。
「いい匂いする!」
「エステルさん、こんちは!」
「腹減った!」
「あれエステルさん、すっげえ可愛くなってる!」
フェニルと歳の近い兄弟が一斉に帰ってきた。
元気な子供たちでマチルダの豪快さがなければ世話をするのも一苦労だろう。
「今日もお疲れ様、たくさん作ったからみんなで食べてね」
「ほらあんたたち、お姉さんはこれから仕事なんだから早く上に行きなッ!」
手を振ってみんなの帰りを見送った。
可愛らしい子供達なので、弟のように可愛がることもある。
そろそろ時間もなくなってきたので再度挨拶をする。
「それじゃ私も行きますね」
「あいよ。ほらっ、あんたも鼻の下伸ばしていないで上にいきな」
「分かっているよ! なあ、もしよかったら俺が途中までついて行くよ。流石に危ないぜ」
「ううん。大丈夫だよ。それよりもフェーをお願いします!」
結構長く時間が経ってしまったので私は走って階段を降りていく。
これだけ周りから好評なら私も化粧を覚えてみたいと思ったが、後日化粧品の価格を知って諦めるのだった。
レーシュの屋敷に着くとすぐに出かけることになり馬車に乗り込んだ。
おそらくは前みたいに税金の不正があるのだろう。
しかし前とは違うのは今日は夜だということ。
どうして昼間ではなく夜なのか分からないが、レーシュの表情が固くなっており緊張しているのかが分かった。
「珍しいですね」
「何がだ?」
「いつもならふてぶてしいのに今日はかなり緊張しているみたいでしたので」
「当たり前だ。どれほど今日をシミュレーションしてきたか」
貴族なんだから一声で簡単に終わってしまうと思ったが、もしかするとレーシュより強大な権力に守られているのかもしれない。
剣を持った相手なら対処できるが、紙の上で戦う貴族の役には立てない。
だが私の仕事は決まっている。
命の危険があるときに守るだけだ。
馬車が止まり、私は自分が向かうお店を見た。
「え……?」
自分の目を疑った。
お店の外装は華やかに周りを照らすほど輝いており、中に入って行くのはタキシードを着たお金を持っている男性たち。
そして何人かはお店の従業員らしき女性とどこかへ向かっていく。
周りを見渡すとそのような輩ばかりで、どうやら噂に聞く花街のようだ。
──まさか遊びにきたわけじゃないよね?
貴族もこんなお店に遊びにくるのだろうかと思ったが、見知った顔を一人見つけた。
前にラウルと喧嘩しそうになった領主の護衛騎士がさらに豪華なお店に入っていく。
どうやら花街は、平民も貴族も関係がないようだ。
私は念のためレーシュの顔を見ると、普段以上にキリッとさせており、遊びに来たという雰囲気は全くなかった。
私はホッと息を吐くと、レーシュも私の考えに気が付いたようだ。
「俺が遊びに来たのかと思ったか?」
「えっと……」
思ってましたと言いたかったが、勝手な思い込みで判断したので反省している。
しかしレーシュは特に怒ってもいなかった。
「いいさ。今日もここで不穏なお金の流れがあったのでな。特に禁止されている薬物がここで販売されているのなら先に手を打たないといけない」
幻覚作用のある草などがあり、私の村でも調査が入った。
幸いそういった物は生息していなかったが、他の村で栽培してお金を稼いだことで、貴族から村ごと焼き払われたと聞く。
それでも出回るというのは、他にも上手く隠れて稼いでいる村があるのだろう。
レーシュと共に入室すると少し煙たく、鼻にくる臭いが当たりを充満している。
蝋燭の明かりはあるが、雰囲気を重視ているようだ。
薄暗くなっており周りからも艶かしい声が聞こえてくるので嫌悪感が出てくる。
まずはボソッと小声で安全か確認する。
「この煙って大丈夫ですか?」
「おそらくな。直接吸引すると危ないが、煙自体には害はない。持っている魔道具も反応してないしな」
どうやら毒を感知する魔道具があるらしい。
流石は暗殺者がよく来るだけあって用意がいい。
お店の主人が私たちを個室へ案内してしばらく待つことになった。
先に出されたお酒の毒味を済ませる。
あまり好きではないがこれも仕事なので我慢する。
そして責任者らしき人物と二人のドレスを着た美女がやってきた。
片方はスラリとした長身に腰まで伸びる長髪で妖艶な雰囲気を、もう一人は髪は肩までに揃えて甘えるのが上手そうな笑顔が特徴的だった。
どちらも胸が大きく、露出度の高い服を着ており、見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
「これはこれは、ようこそお越しくださいました。レーシュ様のような高貴な方に来ていただけるとは幸福の至り。特に前のお店で懇意にしていたという二人の美女をお連れしました」
──はい?
私は何を言っているのかと思っていたら、レーシュを挟む形で二人の美女が座った。
少しばかり押し退けられ、チラッと私を見て小馬鹿にした目を向ける。
美女たちははレーシュの手を腰に回させて、甘えた顔を向けていた。
「レーシュ様もしかして私の誕生日をお祝いに来てくださったんですか?」
髪の短かな女がレーシュに言った。
そんなわけあるかと言いたいが、ここはレーシュから前みたいな脅しの言葉を待つとしよう。
だがそんな私の期待を裏切って、どんどんだらしない顔になっていく。
「当たり前じゃないか。君のためにドレスも用意したんだ。マリー、君の髪に似合うと思ってね」
レーシュが指をパチンと鳴らすと、部屋に入ってきた従業員が黄色ドレスを広げた。
それはお昼に買っていたドレスだった。
「やった! ありがとう、レーシュさまぁー!」
私の困惑をよそにもう一人の長髪の女性はレーシュの腕を胸に挟み込む。
「レーシュ様、私の誕生日も何もくださらなかったのに、マリーだけですか?」
「はは、ちょっと忙しくてね。もちろん君の分も持ってきているよ」
またもや指をパチンと鳴らすともう一人の従業員が赤いドレスを広げた。
「君には真っ赤なドレスが合う。プリムラのために一生懸命探したものだ」
「嬉しい!」
美女二人に喜ばれて嬉しそうだ。
だが本来の目的を忘れていないだろうか。
私は一度大きく分かりやすく咳払いをした。
それでビクッと私を見て少し正気が戻ったようだ。
責任者の男の目が一瞬細まり、すぐににこやかな顔に戻る。
「レーシュ様、今日はこの者たちの誕生会のためにお越しくださったのですか?」
「それもあるが、もう一つ仕事もあってな。最近何やら好景気らしいじゃないか」
にこやかな顔をしているが、不穏な気配が責任者の周りに発生する。
確信があって来ているレーシュをどうやって誤魔化そうか考えているのだろう。
早くこんな店から出たい私は苛立ちながらも答えを待つ。
そして均衡が破られた。
「レーシュ様、仕事より私とお話をしてほしいな」
マリーはレーシュの腕を引っ張った。
今日は遊びでないと気付いていないのかと私は引き離そうと動こうとした。
だがレーシュは口を開こうとしていたので一度様子を見る。
「そうだね! 仕事なんて後にしよう!」
──馬鹿男!
鼻の下を伸ばしてだらしない顔になっており、当初の目的なんて完全に忘れているようだった。
デレデレと両手の女性の胸を触ろうとしていたので、手刀で目の前のグラスを叩き切った。
少しばかりテーブルも傷を付き、真っ二つになったグラスからお酒がこぼれて行く。
レーシュは顔を青くしながら、やっと少しばかり冷静さを取り戻したようだ。
「おーゴホン! まあ遊びはこれくらいにしておこう。もう調べはついている。正直に自首をするのならこちらも大事にするつもりはない」
女性の肩に両手を乗せながら言うので説得力がない。
この節操無しでも、貴族という立場は責任者にとって軽い地位ではない。
「さて何のことですかな。私は貴族様から出資をして頂いております。しっかりと全て報告した上で許可を頂きました。何もやましい事などしておりません」
余裕のある答えに違和感を覚えた。
レーシュが乗り込むということはこちらに勝算があってのことだ。
それなのにあちらは全く動揺していない。
レーシュも訝しげに見ており、やっと両手を女性から外して立ち上がった。
「そうか、最終通告は終わりだ。俺を敵にするのなら覚悟するんだな」
出て行こうとするレーシュに付いていく。
そしてレーシュは試験管を二本取り出した。
「それは?」
「髪を入れて薬物反応を確かめる。あの二人もおそらくは──」
二本の髪を持っており、それを透明な液体の中に沈める。
するとどちらも真っ赤に変色した。
険しい顔で試験管を見つめており、結果が嬉しくない方向で出てしまったのだ。
ああいう春を売る女性は苦手だが、彼女たちには彼女たちの理由があるのだろう。
そこにとやかく言うつもりはない。
レーシュも同じ気持ちだろう。
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