【完結】勘違いから始まる剣聖側仕えと没落貴族の成り上がりーー側仕えが強いことはそんなにおかしいことなのでしょうかーー

まさかの

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第四章 側仕えは剣となり、嫌われ貴族は盾になった

側仕えと領地会議

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 アビの側仕えになってもうひと月が経った。
 最初の怒涛の日々を過ぎてからはほとんど穏やかな日が続いたと言ってもいいだろう。
 少しずつ仕事も覚え、手間取ることが減ってきたことで自信も付いてきた。
 だがやはりまだまだ私の力量では、まだまだ直さないといけないことだらけだ。

 ──さて、今日も頑張ろう!

 目が覚めてから最初にすることは、少しでも前の力が戻るように訓練を行うことだった。
 日中行うとどうしても騎士達と出会い、何からしら因縁を付けられる恐れがあったため、私は寝る前と起きた直後に集中して鍛錬した。
 素振りも少しずつまともな形になり、どんどん実戦を意識した動きも身に付けていく。

 息を大きく吸い込み、心を落ち着かせて剣で舞う。
 剣舞は良い鍛錬になる。
 いくつもの曲を頭の中で流して舞い続けた。

「うーん、まだちょっと違うな……」

 もっと早く綺麗に舞いたいのに自分の中のイメージが上手く具現化できていない。
 前にヴィーシャ暗殺集団のグロリオサと戦った時に偶然出来た“華演舞“がどうしても再現できないのだ。

「なんで出来たんだろう。もしかして剣の加護のおかげ? でも剣を持っている今でも出来ないし……」


 あの時は無我夢中で全身全霊で行ったから、火事場のバカ力が出たのかもしれない。
 毎日の鍛錬のおかげで少しずつ動きのキレは良くなっているが、それでもあの時と比べるとまだまだだった。
 しかしやはり鍛錬に近道はないものと考えた方が、いつ発揮できるか分からない力をアテにするよりいい。

「っち、剣聖殿か」

 人が来るとは思わず、ギョッと声のした方向へ目を向けた。
 鍛錬に夢中になっていたので近づいていたことに気が付かなかった。
 剣を持った青年は同じく鍛錬をするためにやってきたようで、私がいたことで不快になっているようだった。
 そして私もその顔は貴族の中でも嫌いな人物だった。

「トリスタン様……」

 ブリュンヒルデの兄であるトリスタンは前にフマルを小馬鹿にした男だ。
 それゆえ私が謝らせようと決闘を挑んだが、領主が戦いを中断させたせいで負けてしまったのだ。
 フマルからも関わるなと強く念押しされているため、あれ以来接触を避けていた。


「申し訳ございません。すぐに離れます」
「ふんっ、鍛錬に誰かの許可がいるわけではない。わざわざ俺が来たからと立ち去らんでもいい」

 私は背を向けて問題が起きる前に逃げようと思ったが、どうも雰囲気的に私に残って欲しいようだ。
 これは面倒だと思うが、無視してしまった後の方が厄介になりそうだった。

「では邪魔だと思ったら言ってください」

 黙々とお互いに離れて各々の鍛錬を行う。
 チラチラと視線を感じるが、私は無視して鍛錬に集中する。


「妹が世話になったな……」


 ボソッと一言が耳に入る。
 横目をトリスタンに向けると、不機嫌な顔を浮かべながら顔を背けていた。
 お礼とは思えないほど不器用なものだったが、これが純粋な騎士の限界だったのだろう。
 私は何も言わずにまた剣を振るった。

 そろそろ他の人たちも活動する時間になるため私は軽く水浴びをしてから側仕えの一日が始まる。
 領主が快適に一日を過ごせるように私達が存在する。
 しかし机の上を山盛りにしていく資料の数にこれは私が領主を仕事漬けにさせているのではないかと思ってしまった。

「ありがとう。あとはやっておくわ」

 それなのに領主は特に変わりなく、いつものように机の上の紙に目を通して、どんどん文字が細かく彫ってある印鑑を押していく。
 本当に読んでいるのか疑ってしまうほどの手の早さで仕分けていく。
 適当にやっているのではないことは、時々文字を書き込んで修正をしているので分かる。

 ──私が勉強してもここまでは無理ね。

 もし仕事でランクがあれば、彼女はまさしく最高級のオリハルコンだろう。
 あれほどの資料を読み込むだけで何日も掛かると思っていたものが、夕日が落ちる前に片付いてしまった。
 最後にペンを置いて、鈴を鳴らす。
 すると外で待っていた護衛騎士のジェラルドが扉を開けた。

「それでは、エステルちゃん。あとはジャスミーヌと一緒に片付けておいて」
「かしこまりました」


 私は言われた通り、ジャスミーヌと整頓を行う。
 ふと紙の文字が目に入った。

「領地、会議?」
「もうそんな時期なのね」

 ジャスミーヌが私の独り言に返事をした。

「領地会議ってなんですか?」
「もうすぐ収穫の時期だから、領地毎の貢献度に応じて魔力を分配していくの。それでその配分を決めるための会議よ。各領地を任されている上級貴族の当主達、いわばナビ達がやってきて、これまでの成果と今後の見通しを発表するの」


 魔力が農作物の収穫に大きな影響を与えるらしく、そのため今回のイベントは結構大事だろう。
 ただ一番気になることがあった。

「それってナビが皆様集まるってことですか?」
「ええ、そうですが。ああっ……ふふ、お楽しみなんですね」

 一瞬で考えを見抜かれ恥ずかしくなってきた。
 ナビが集結するなら、レーシュもやってくるということだ。
 ずっと仕事でも、頭の隅にいつも彼の姿が見えた。
 一体あちらでどのような生活を送っているのだろうか。

 ──フェーもまだ目覚めていないのかな。


 弟のフェニルは加護による大きな力によって体を弱らせている。
 だが私の加護は相手に移すことができ、夢の中で鍛錬をしてくれるため、弱ったフェニルも人並みに成長できるかもしれない。
 だがその代償としてしばらく長い眠りについた。
 いつ目覚めるか分からないが、レーシュのことだからもし目を覚ませば教えてくれるはずだ。


「でも、大丈夫かな?」

 レーシュは無駄に敵を作りたがるから、こちらに来ることが少しばかり心配だ。
 いや、彼のことだからそこもうまく考えていそうだが、私も力を失っているので危険な目にあったら助けられないかもしれない。


「そういえばジャスミーヌは港町について最近で何か聞いてます?」
「ええ、もう神国との貿易を開始したって。領主からの命令で何人かは貿易の手伝いで派遣されていると聞いております。おそらくローゼンブルクの領地で一番波に乗っているのは港町でしょうね。魔力も一番配当されるかも」


 思わぬ嬉しい報告に顔が綻んだ。
 やっとレーシュも評価されるようになったのが嬉しい。
 私はウキウキとした気持ちで側仕えの仕事をするため資料室へと向かう。
 ブリュンヒルデも付いてきて私の手伝いをしてくれるのだ。

「何だか嬉しそうですね」
「うん、レーシュの頑張りが褒められると思うと嬉しくって」


 私は自慢げにレーシュの話をしようとしたら、廊下で話している声がその気持ちを吹き飛ばす。

「なんだってモルドレッドばかりうまくいくんだよ」
「剣聖なんて都合の良い駒を手に入れたからだろ。ったく、俺たちはあいつのせいで、身内が死ぬは魔力が足りないってなっているのに、くそ、気に食わねえ」
「俺も適当な平民捕まえればもしかすると一発当たるかもな」


 心無い雑談が私の気持ちをイライラとさせる。

「ごっほん!」

 ブリュンヒルデがわざとらしく咳払いをすると、雑談をしていた人たちが私に気が付いた。
 だが特に悪びれた様子もなく、不機嫌そうに立ち去っていった。

「エステル殿……」
「大丈夫、これから少しずつ汚名を晴らしていけばいいんだもん」

 大事なのは今だ。
 レーシュが急に出世したことで嫉妬されているだけだ。
 ふと、私の視界に見慣れたオレンジ色の髪が目に入った。

「フマル……と誰?」

 フマルが仲良く知らない若い騎士と話している。
 楽しそうに話しており、それを見たせいか私の何かが反応した。

「もしかしてフマルの恋人……だったり?」


 顔は遠くでよく見えないが満更ではなさそうに楽しげだ。
 ブリュンヒルデが顎に手を当てて観察をしているようだった。

「あれは、騎士見習いですね。名前は覚えていないですが、よく最後まで訓練に残っていた子だと思います」
「へえ、じゃあ結構真面目な子なんだ」


 フマルは顔は可愛いし、お茶目なところもあるのでどうして男が放っておくのか分からなかった。
 魔力が重要な貴族社会で、モルドレッドの親戚ということで疎遠されているだけかもしれない。
 ただブリュンヒルデが少しばかり眉を顰めていた。

「あまりよろしくない光景ですね」
「どうして?」

 ブリュンヒルデが不穏なことを言うので少し言葉が低くなった。
 普通に幸せを祝ってあげればいいのにと思ったが、彼女の顔を見て別の視点から物事を言っていることに気が付く。

「彼は騎士の中では優秀ではありません。中級貴族ということを差し引いても。それが下級貴族のフマル殿と恋仲になるのは良い結果を生みませんね」
「フマルが彼の足を引っ張るって言いたいの?」

 私がムッと聞き返すとブリュンヒルデは慌てて訂正した。

「違います! 問題があるのは彼の方です!」
「あの騎士の方が?」
「はい、成果が出ずに最初の気持ちを忘れて恋にうつつを抜かしてしまう若い騎士はたくさんおります。けれど自分より下の者で遊ぶ楽しさを覚えてしまい、取り返しがつかなくなる話をよく聞きます」
「フマルなら、大丈夫……よね?」


 なんだかんだしっかりしているフマルだからそれくらい想定しているはずだ。
 ただ恋の魔力というのは人の心を簡単に惑わせる。
 それにまだ疑惑だけで決めてつけては二人に失礼だ。

 あまり盗み見もよくないので私はその場を離れた。
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