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第四章 側仕えは剣となり、嫌われ貴族は盾になった
側仕えとカジノ
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私は領主の部屋に呼ばれ、領主からとんでもないことを言われた。
それなのに領主の顔はいつもと変わらないため、耳を疑ってしまう。
「本気、なんですか?」
息を呑んで尋ねると、領主はいつものようにこちらを試すよな笑いを浮かべた。
私だけを呼んだ理由もわかる。
こんなことは絶対に誰にも言えないだろうから。
「ええ、こんなことエステルちゃんにしか言えないもの……」
聞かなければよかったと、頭が痛くなってくる問題に直面した。
すぐにでも部屋に戻りたいが、一応は私の主人のためそんな不遜なことはできない。
もしかしたら聞き間違いかもしれないので、私はもう一度彼女に確認をする。
「本当に……カジノに行かれるんですか?」
真剣な顔で彼女は頷く。
やはり聞き間違いではなかった。
「流石に……護衛も無しに領主がカジノに行くのは危ないのではないですか?」
「護衛がいたって誰も許可してくれないもの。ジェラルドに言ったら、どうせ暑苦しい顔で、貴女様が行かれる場所ではありません!って言うでしょうね」
領主がモノマネをするのが珍しいが、それほど彼女も真剣なのだろう。
確かにあのカタブツ護衛騎士なら言いそうだが、領主がそのような俗物的な遊びに興味を持っているのが意外だった。
「でもどうしてカジノに行きたいのですか? 確かお金儲けの場所ですよね?」
農村にはもちろんカジノみたいな遊戯場なんてない。
ただレーシュが前に少なくないお金を稼いでいたことを間近で見ており、私はさっぱり分からないまま護衛をしていた。
領主ならいくらでもお金があるのだからそんなことをしなくていいのではないだろうか。
「エステルちゃん、あまり頭を固くしちゃだめよ。何もお金儲けだけに行くんじゃないの」
領主に注意され、私は視野が狭くなっていたことに気が付く。
わざわざ領主がそのような場所に行くのだから、何か問題があるからに決まっている。
「そうですよね。アビがまさか“遊び”たいだけでカジノ何かに──」
遊びという言葉を呟いた途端に、領主の笑みが深まった気がした。
小さな変化だったためもしかしたら気のせいかもしれない。
「もちろんよ。市井の見学と視察も兼ねているの。こういうのって自分で見ないと分からないものじゃない。もちろんみんなから話は聞いているけど、わたくしは自分で見たものしか信じませんので。それと──」
私に多くの理由を聞かせてくれるが、私は一つの疑問があった。
ここまで饒舌だったことがあっただろうか。
それっぽい理由を並べているが、どれもわざわざ領主が行く必要がない気がする。
それにカジノ以外でもいいような気がしてくる。
これは怪しい。
「なら私がシグルーンとブリュンヒルデを連れて確認してきますね。アビがいるとバレたら騒ぎになりそうですし」
「それなら大丈夫よ。変装の魔道具があるの。服だって用意してて──」
「もしかしてアビ、遊びに行きたいわけじゃないですよね?」
領主はとうとう顔が固まってしまった。
よっぽど私を甘く見ていたようだ。
彼女は顔を背けてしまう。
「何のことかしら?」
この状況でも本心を言わないつもりのようだ。
チラチラとこちらの反応を窺っており、とうとう彼女が痺れを切らしてしまった。
「ねえ、エステルちゃんも許してくれない?」
普段は真逆の態度に面食らう。
しかし何だかんだ領主にお世話になっているので、隠れて行きたいなら別に付いていってもいい。
「いいですよ。ただし絶対に私から離れないでくださいね」
「本当! ふふ、ならどの他所行きを着ようかしら」
急に領主の顔が華やかな笑顔になって頷いた。
ここまではしゃぐ領主を見たのは初めてかもしれない。
──領主も一応は人なのね。
全てを読むような怖さや、非情な決断をする彼女だったので誤解していたが、彼女も余暇を過ごしたいと思う気持ちはあるのだ。
これまでずっとお世話をしていたが、ずっと仕事や茶会等で全く自分の時間を持てていないようだった。
「それなら着替えを手伝ってくださる」
領主は小ぶりのドレスを身に付け、装飾品も必要最低限にする。
そして立て掛けているロッドを取り出して、先端の宝玉に手を触れると淡い光が領主を包んだ。
すると──。
「どうかしら?」
光が消えて領主の姿が現れると、全く別人の顔になった。
十歳くらい年齢が上がったように見え、貴族というよりも大店の奥さんに近いかもしれない。
さらに背丈も変わって、身長も伸びている。
全くの別人のため、領主が目の前で変化するのを見てなければ分かるはずがない。
「すごい……」
魔道具は色々な物があるとは聞いていたが、まさか姿も変えられるなんて思ってもいなかった。
領主も私の感嘆に満足そうに微笑む。
「ふふ、すごいでしょ。老若男女どんな姿でもなれるの。ただ一度使うと宝玉が壊れるから、素材と魔力がたくさん必要なのよね。また魔力を貯めないと」
領主が杖を私へ向けると、ロッドの宝玉がひび割れていた。
万能に近い魔道具でも、一番の欠点はやはりコストが高いことだ。
自分の指輪も大金貨が動いたほどで、レーシュも魔力をひと月貯めていたと言っていた。
魔力が多い領主ですらすぐに作れないほどのシロモノのようだ。
「もし部屋に誰か来たらどうしますか?」
彼女は隠密で行きたいらしいので、バレてしまってはいけないのだろう。
しかし領主は特に問題ないと言う。
「明け方までに戻れば大丈夫よ。それまで護衛騎士たちも確認には来ないわ」
「明け方って……たしか明日も過密な日程でしたよね? 眠らなくて大丈夫ですか?」
領主は多忙だ。
外出する暇がないのも日々の仕事に忙殺されているからだ。
さらに教養を習わされたり、さらに領地の報告書を毎日のように目を通す。
彼女はいつ頃休んでいるのかこっちが気になるくらいだ。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ、今日はエステルちゃんがいるから」
何の答えにもなっていない。
ただそんな無理をしてでも遊びたいと思う領主が初めて可愛く思えた。
準備も終えたので、部屋のテラスから外に出た。
「二階ですので、失礼いたします」
領主を横向きに抱き抱えた。
すると領主の手が私の肩を支えにする。
「あら、エスコートをしてくださるのかしら?」
どこかおちょくるが、いつものからかいだろうから私もそれに乗っかろう。
「ええ、私も側仕えですので。しっかり掴まっていてくださいね」
領主を抱えたまま城門まで急ぐ。
途中で誰かに会ったら面倒なので、慎重に辺りを見渡していく。
無事に城門を抜けた後は、馬車に乗ってお目当てのカジノまでたどり着く。
目の前の豪華な装飾をされた建物は、夜なのにまるでそこだけは昼のように輝いて見えた。
中に入っていく人たちも貴族じゃないのに華やか服で入っていき、私と領主は少し場違いな服装ではないかと思ってしまう。
「これはマダム。よくお越しくださいました」
領主が名前を告げてしばらくすると支配人らしき人物が手揉みをしながらやってくる。
どうやら領主は身分を隠してはいるが、偽名で通っているようだった。
「ええ、持ち合わせがないので、こちらの宝石を換金してお金にしてちょうだい」
私は領主から持たされた宝石の入った小箱を渡す。
すると支配人は中を見て満足そうな顔で、私たちを衣装室へと連れていく。
「私も着るんですか?」
差し出されたのは、細身のドレスだった。
レーシュが前に用意してくれたものよりは安そうだが、それでも私が舌を巻くほどのお金が掛かるのだろう。
「ええ、護衛とはいえカジノではドレスアップしないと近くにいたらいけないの。でもエステルちゃん可愛いから着てほしいな」
よくもまあ、美を集結させたような本人がそのようなことを言うものだ。
ただせっかくタダで着させてもらえるのなら、私も着替えさせてもらった。
「似合うわよ」
「ありがとう存じます。ところで名前はなんと呼べばいいですか?」
「レイラでいいわよ。どうせ分からないもの」
そんなひねりのない名前でいいのかと疑うが、領主がそう言えっていうのなら仕方がない。
準備も整って私は領主の後ろに張り付いて、大広間へと向かった。
その光景は私の想像をはるかに超えるものだった。
「すごい……金ピカ、うるさい、お金……」
音楽が演奏されるなかで、ジャリジャリと音が至るところから聞こえてくる。
円テーブルの中心にスーツを着た男が立って、客たちに色々な催しを行なっていた。
「おい、離せ! まだ倍になれば──」
「うるせえ! こいつを売り飛ばせ!」
暴れている男を店員たちが運んでいく。
「あれはギャンブルに負けたんでしょうね」
「恐ろしいですね……」
「節度を持って遊べば火遊びなんてならないわ。これは淑女の品位が試されるの」
領主の大人の余裕にカッコよく見える。
ほとんど歳も違わないのに、彼女の人生は色濃ゆそうだ。
数刻が経つまではそう思っていた。
「マダム、申し訳ございません。お金がもうありませんので、そろそろ終わりにしてはいかがでしょうか」
まさかの領主はカジノで全敗。
持ってきた宝石全て換金したのにそれももうすでにゼロになっていた。
どうして運が絡むルーレットで百回連続で外すのだ。
「レイラ様、そろそろお戻りになった方が……」
負けが続いてイラついてる領主に、帰りましょう、と提案するのは心苦しい。
だがここで彼女の負けず嫌いの一面を知ることになった。
「エステルちゃん、この身に付けている装飾品も換金してきて」
領主は指に付けている指輪やネックレスを私に渡す。
ただ領主が身に付けている物だと魔道具の可能性があるので、私は耳元で確認する。
「これって魔道具じゃないですよね?」
「あっ……」
領主が失念していたことを表すように声を漏らす。
大店のマダムとして来ているのに、魔道具なんて持っていたら、自分は貴族ですとバラしているようなものだ。
このままだと本当に身ぐるみをはがされるかもしれないため、無理矢理にでも連れて帰らないとないといけないと思っていると、支配人がワゴンを引いてこちらへ走ってきた。
ワゴンの上に置かれた金貨の山に目を奪われる。
「マダム、もしよろしければこちら差し上げますので、もっと遊んでくださいませ!」
どうしてお金を落として欲しい側がお金を差し出すのだ。
「あら、そうなの? なら使いますね。エステルちゃんも退屈だろうし、一緒に遊びましょう」
領主は遠慮せずにそのお金でまた遊び始めた。
私も無理矢理席に座らせられ、同じルーレットで遊ぶことになった。
「エステルちゃん、もうルールは分かるわね?」
「なんとなくは……」
ずっと領主が負ける姿を見続けたため、ルールを理解できる時間は十分にあった。
私は何となくボールが落ちる場所を選んで、領主も別の場所を指定した。
──けっこう緊張する。
金貨を賭けるなんてそんな恐ろしいことを考えたことがない。
農民で貧乏性な私に縁がないはずの世界なのに、人生というのは何が起きるかわからない。
神に祈って当たるようにお願いをする。
ディーラが回転した盤にボールを投げる。
ゆっくりとバウンドをしてからどんどん動きが鈍くなっていき、スポッとボールが盤の溝に入った。
そこは私が選んだ場所だった。
「え、嘘ッ!」
思わず立ち上がってしまった。
周りに座っている客たちも、おぉー、と感嘆の息を吐く。
そこを選んだのは私だけだったので総取りになった。
「すごい、エステルちゃん!」
お金が運ばれてきて、金貨の山が私の近くにやってきた。
こんな大金を間近で見られる機会も手に入れる機会もないため、なんだかお金に酔ってしまいそうだ。
「元手も増えたし、ガンガン稼ぎましょう」
「レイラ様って懲りないですよね」
増えたんだから帰ればいいのに、と言っても聞いてはくれないのだろう。
領主は運がかなり悪いようで、このまま残っても良いことが起きない気がする。
私はお金を掛けると心臓に悪いことを知ったので、このまま見学に戻ろうと席を立つ。
「マダム、もしよろしければVIP席でお楽しみはいかがでしょうか」
支配人が提案する。
ただもっとお金の掛かる部屋にいかれては、負けて散財するだけになる。
止めるべきかどうか悩んでいると、領主は小さな声で、そう……、と呟く。
さっきまでの楽しそうな表情がまるで削ぎ落ちたかのようになった。
「いいわ。それでは行きましょうか」
領主は立ち上がって支配人の後ろを付いていく。
私も付き添い、通路を出てからどんどんカジノとは関係がなさそうな場所に向かっていく。
案内された部屋は普通の客室な気がした。
ドアを開けられると、もうすでに誰かがソファーに座っている。
お面を被った人が異様な気配をする人物がいる。
領主がやってきたことで立ち上がり、私たちが部屋に入るとドアが閉められ、三人だけになった。
「待たせたわね。エステルちゃんが付き添いしてくれたから良いところを見せたかったの」
「そうでしたか。楽しいひとときをお邪魔してしまい申し訳ございません」
言葉は普通なのに、その迫力に私の背中に汗がつたる。
私へ向けてとてつもない殺気を放ってくるこの人物は誰なのだ。
「申し遅れましたね。私はヴィーシャ暗殺集団の三分衆、魑魅魍魎のシャーヴィと申します。お見知り置きを」
それなのに領主の顔はいつもと変わらないため、耳を疑ってしまう。
「本気、なんですか?」
息を呑んで尋ねると、領主はいつものようにこちらを試すよな笑いを浮かべた。
私だけを呼んだ理由もわかる。
こんなことは絶対に誰にも言えないだろうから。
「ええ、こんなことエステルちゃんにしか言えないもの……」
聞かなければよかったと、頭が痛くなってくる問題に直面した。
すぐにでも部屋に戻りたいが、一応は私の主人のためそんな不遜なことはできない。
もしかしたら聞き間違いかもしれないので、私はもう一度彼女に確認をする。
「本当に……カジノに行かれるんですか?」
真剣な顔で彼女は頷く。
やはり聞き間違いではなかった。
「流石に……護衛も無しに領主がカジノに行くのは危ないのではないですか?」
「護衛がいたって誰も許可してくれないもの。ジェラルドに言ったら、どうせ暑苦しい顔で、貴女様が行かれる場所ではありません!って言うでしょうね」
領主がモノマネをするのが珍しいが、それほど彼女も真剣なのだろう。
確かにあのカタブツ護衛騎士なら言いそうだが、領主がそのような俗物的な遊びに興味を持っているのが意外だった。
「でもどうしてカジノに行きたいのですか? 確かお金儲けの場所ですよね?」
農村にはもちろんカジノみたいな遊戯場なんてない。
ただレーシュが前に少なくないお金を稼いでいたことを間近で見ており、私はさっぱり分からないまま護衛をしていた。
領主ならいくらでもお金があるのだからそんなことをしなくていいのではないだろうか。
「エステルちゃん、あまり頭を固くしちゃだめよ。何もお金儲けだけに行くんじゃないの」
領主に注意され、私は視野が狭くなっていたことに気が付く。
わざわざ領主がそのような場所に行くのだから、何か問題があるからに決まっている。
「そうですよね。アビがまさか“遊び”たいだけでカジノ何かに──」
遊びという言葉を呟いた途端に、領主の笑みが深まった気がした。
小さな変化だったためもしかしたら気のせいかもしれない。
「もちろんよ。市井の見学と視察も兼ねているの。こういうのって自分で見ないと分からないものじゃない。もちろんみんなから話は聞いているけど、わたくしは自分で見たものしか信じませんので。それと──」
私に多くの理由を聞かせてくれるが、私は一つの疑問があった。
ここまで饒舌だったことがあっただろうか。
それっぽい理由を並べているが、どれもわざわざ領主が行く必要がない気がする。
それにカジノ以外でもいいような気がしてくる。
これは怪しい。
「なら私がシグルーンとブリュンヒルデを連れて確認してきますね。アビがいるとバレたら騒ぎになりそうですし」
「それなら大丈夫よ。変装の魔道具があるの。服だって用意してて──」
「もしかしてアビ、遊びに行きたいわけじゃないですよね?」
領主はとうとう顔が固まってしまった。
よっぽど私を甘く見ていたようだ。
彼女は顔を背けてしまう。
「何のことかしら?」
この状況でも本心を言わないつもりのようだ。
チラチラとこちらの反応を窺っており、とうとう彼女が痺れを切らしてしまった。
「ねえ、エステルちゃんも許してくれない?」
普段は真逆の態度に面食らう。
しかし何だかんだ領主にお世話になっているので、隠れて行きたいなら別に付いていってもいい。
「いいですよ。ただし絶対に私から離れないでくださいね」
「本当! ふふ、ならどの他所行きを着ようかしら」
急に領主の顔が華やかな笑顔になって頷いた。
ここまではしゃぐ領主を見たのは初めてかもしれない。
──領主も一応は人なのね。
全てを読むような怖さや、非情な決断をする彼女だったので誤解していたが、彼女も余暇を過ごしたいと思う気持ちはあるのだ。
これまでずっとお世話をしていたが、ずっと仕事や茶会等で全く自分の時間を持てていないようだった。
「それなら着替えを手伝ってくださる」
領主は小ぶりのドレスを身に付け、装飾品も必要最低限にする。
そして立て掛けているロッドを取り出して、先端の宝玉に手を触れると淡い光が領主を包んだ。
すると──。
「どうかしら?」
光が消えて領主の姿が現れると、全く別人の顔になった。
十歳くらい年齢が上がったように見え、貴族というよりも大店の奥さんに近いかもしれない。
さらに背丈も変わって、身長も伸びている。
全くの別人のため、領主が目の前で変化するのを見てなければ分かるはずがない。
「すごい……」
魔道具は色々な物があるとは聞いていたが、まさか姿も変えられるなんて思ってもいなかった。
領主も私の感嘆に満足そうに微笑む。
「ふふ、すごいでしょ。老若男女どんな姿でもなれるの。ただ一度使うと宝玉が壊れるから、素材と魔力がたくさん必要なのよね。また魔力を貯めないと」
領主が杖を私へ向けると、ロッドの宝玉がひび割れていた。
万能に近い魔道具でも、一番の欠点はやはりコストが高いことだ。
自分の指輪も大金貨が動いたほどで、レーシュも魔力をひと月貯めていたと言っていた。
魔力が多い領主ですらすぐに作れないほどのシロモノのようだ。
「もし部屋に誰か来たらどうしますか?」
彼女は隠密で行きたいらしいので、バレてしまってはいけないのだろう。
しかし領主は特に問題ないと言う。
「明け方までに戻れば大丈夫よ。それまで護衛騎士たちも確認には来ないわ」
「明け方って……たしか明日も過密な日程でしたよね? 眠らなくて大丈夫ですか?」
領主は多忙だ。
外出する暇がないのも日々の仕事に忙殺されているからだ。
さらに教養を習わされたり、さらに領地の報告書を毎日のように目を通す。
彼女はいつ頃休んでいるのかこっちが気になるくらいだ。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ、今日はエステルちゃんがいるから」
何の答えにもなっていない。
ただそんな無理をしてでも遊びたいと思う領主が初めて可愛く思えた。
準備も終えたので、部屋のテラスから外に出た。
「二階ですので、失礼いたします」
領主を横向きに抱き抱えた。
すると領主の手が私の肩を支えにする。
「あら、エスコートをしてくださるのかしら?」
どこかおちょくるが、いつものからかいだろうから私もそれに乗っかろう。
「ええ、私も側仕えですので。しっかり掴まっていてくださいね」
領主を抱えたまま城門まで急ぐ。
途中で誰かに会ったら面倒なので、慎重に辺りを見渡していく。
無事に城門を抜けた後は、馬車に乗ってお目当てのカジノまでたどり着く。
目の前の豪華な装飾をされた建物は、夜なのにまるでそこだけは昼のように輝いて見えた。
中に入っていく人たちも貴族じゃないのに華やか服で入っていき、私と領主は少し場違いな服装ではないかと思ってしまう。
「これはマダム。よくお越しくださいました」
領主が名前を告げてしばらくすると支配人らしき人物が手揉みをしながらやってくる。
どうやら領主は身分を隠してはいるが、偽名で通っているようだった。
「ええ、持ち合わせがないので、こちらの宝石を換金してお金にしてちょうだい」
私は領主から持たされた宝石の入った小箱を渡す。
すると支配人は中を見て満足そうな顔で、私たちを衣装室へと連れていく。
「私も着るんですか?」
差し出されたのは、細身のドレスだった。
レーシュが前に用意してくれたものよりは安そうだが、それでも私が舌を巻くほどのお金が掛かるのだろう。
「ええ、護衛とはいえカジノではドレスアップしないと近くにいたらいけないの。でもエステルちゃん可愛いから着てほしいな」
よくもまあ、美を集結させたような本人がそのようなことを言うものだ。
ただせっかくタダで着させてもらえるのなら、私も着替えさせてもらった。
「似合うわよ」
「ありがとう存じます。ところで名前はなんと呼べばいいですか?」
「レイラでいいわよ。どうせ分からないもの」
そんなひねりのない名前でいいのかと疑うが、領主がそう言えっていうのなら仕方がない。
準備も整って私は領主の後ろに張り付いて、大広間へと向かった。
その光景は私の想像をはるかに超えるものだった。
「すごい……金ピカ、うるさい、お金……」
音楽が演奏されるなかで、ジャリジャリと音が至るところから聞こえてくる。
円テーブルの中心にスーツを着た男が立って、客たちに色々な催しを行なっていた。
「おい、離せ! まだ倍になれば──」
「うるせえ! こいつを売り飛ばせ!」
暴れている男を店員たちが運んでいく。
「あれはギャンブルに負けたんでしょうね」
「恐ろしいですね……」
「節度を持って遊べば火遊びなんてならないわ。これは淑女の品位が試されるの」
領主の大人の余裕にカッコよく見える。
ほとんど歳も違わないのに、彼女の人生は色濃ゆそうだ。
数刻が経つまではそう思っていた。
「マダム、申し訳ございません。お金がもうありませんので、そろそろ終わりにしてはいかがでしょうか」
まさかの領主はカジノで全敗。
持ってきた宝石全て換金したのにそれももうすでにゼロになっていた。
どうして運が絡むルーレットで百回連続で外すのだ。
「レイラ様、そろそろお戻りになった方が……」
負けが続いてイラついてる領主に、帰りましょう、と提案するのは心苦しい。
だがここで彼女の負けず嫌いの一面を知ることになった。
「エステルちゃん、この身に付けている装飾品も換金してきて」
領主は指に付けている指輪やネックレスを私に渡す。
ただ領主が身に付けている物だと魔道具の可能性があるので、私は耳元で確認する。
「これって魔道具じゃないですよね?」
「あっ……」
領主が失念していたことを表すように声を漏らす。
大店のマダムとして来ているのに、魔道具なんて持っていたら、自分は貴族ですとバラしているようなものだ。
このままだと本当に身ぐるみをはがされるかもしれないため、無理矢理にでも連れて帰らないとないといけないと思っていると、支配人がワゴンを引いてこちらへ走ってきた。
ワゴンの上に置かれた金貨の山に目を奪われる。
「マダム、もしよろしければこちら差し上げますので、もっと遊んでくださいませ!」
どうしてお金を落として欲しい側がお金を差し出すのだ。
「あら、そうなの? なら使いますね。エステルちゃんも退屈だろうし、一緒に遊びましょう」
領主は遠慮せずにそのお金でまた遊び始めた。
私も無理矢理席に座らせられ、同じルーレットで遊ぶことになった。
「エステルちゃん、もうルールは分かるわね?」
「なんとなくは……」
ずっと領主が負ける姿を見続けたため、ルールを理解できる時間は十分にあった。
私は何となくボールが落ちる場所を選んで、領主も別の場所を指定した。
──けっこう緊張する。
金貨を賭けるなんてそんな恐ろしいことを考えたことがない。
農民で貧乏性な私に縁がないはずの世界なのに、人生というのは何が起きるかわからない。
神に祈って当たるようにお願いをする。
ディーラが回転した盤にボールを投げる。
ゆっくりとバウンドをしてからどんどん動きが鈍くなっていき、スポッとボールが盤の溝に入った。
そこは私が選んだ場所だった。
「え、嘘ッ!」
思わず立ち上がってしまった。
周りに座っている客たちも、おぉー、と感嘆の息を吐く。
そこを選んだのは私だけだったので総取りになった。
「すごい、エステルちゃん!」
お金が運ばれてきて、金貨の山が私の近くにやってきた。
こんな大金を間近で見られる機会も手に入れる機会もないため、なんだかお金に酔ってしまいそうだ。
「元手も増えたし、ガンガン稼ぎましょう」
「レイラ様って懲りないですよね」
増えたんだから帰ればいいのに、と言っても聞いてはくれないのだろう。
領主は運がかなり悪いようで、このまま残っても良いことが起きない気がする。
私はお金を掛けると心臓に悪いことを知ったので、このまま見学に戻ろうと席を立つ。
「マダム、もしよろしければVIP席でお楽しみはいかがでしょうか」
支配人が提案する。
ただもっとお金の掛かる部屋にいかれては、負けて散財するだけになる。
止めるべきかどうか悩んでいると、領主は小さな声で、そう……、と呟く。
さっきまでの楽しそうな表情がまるで削ぎ落ちたかのようになった。
「いいわ。それでは行きましょうか」
領主は立ち上がって支配人の後ろを付いていく。
私も付き添い、通路を出てからどんどんカジノとは関係がなさそうな場所に向かっていく。
案内された部屋は普通の客室な気がした。
ドアを開けられると、もうすでに誰かがソファーに座っている。
お面を被った人が異様な気配をする人物がいる。
領主がやってきたことで立ち上がり、私たちが部屋に入るとドアが閉められ、三人だけになった。
「待たせたわね。エステルちゃんが付き添いしてくれたから良いところを見せたかったの」
「そうでしたか。楽しいひとときをお邪魔してしまい申し訳ございません」
言葉は普通なのに、その迫力に私の背中に汗がつたる。
私へ向けてとてつもない殺気を放ってくるこの人物は誰なのだ。
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