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第四章 側仕えは剣となり、嫌われ貴族は盾になった
側仕えと邪竜教の縁
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邪竜教の宣教師と名乗るピエトロがラウルの槍の一閃によって地面にドサっと倒れた。
それを見届けたラウルもまた地面に倒れる。
「ラウル!」
すぐに彼を介抱しようとするが、ラウルが手で制する。
「少し魔力が使い過ぎただけです。薬は持っていますので」
ラウルはキツそうな顔で懐からビンを取り出して一気にあおる。
すると先ほどまで青白くなっていた肌に血色が戻ってきた。
「ふぅ……」
ゆっくりと立ち上がり彼は汗で濡れた髪をかきあげた。
「見苦しい姿をお見せしました」
「いいえ、こちらこそ助かりました。でもどうしてラウル様がこちらにいらっしゃるのですか?」
「あの道化師ですよ」
ラウルは倒れているピエトロを指差す。
「コランダム領で多数の邪竜教の目撃情報があったからです。それで私たちが来たということです」
「私たち?」
ラウルが後ろを振り返ると白い神官服を着た者たちが馬に乗って走っている。
中央の馬車を守るような陣形であり、おそらくはかなり身分の高い人物だろう。
そして私には一人だけ思い当たる人物がおり、馬車が止まって中から一人の女の子が現れた。
「久しいのエステル」
「レティス様!? いや、神使様、お久しぶりです!」
「お主ならレティスで構わん」
レティスは神国の神使という最高位の存在であり、神様と会話ができるらしい。
偶然にもラウルたちとはぐれた時に助けてから妙な縁ができたのだ。
だがそうはいってもやはり身分が違うため、シグルーン達と共に膝を地面に付く。
「エステル無事か!」
私の後ろからシルヴェストルが心配の声を出しながら駆け寄ってきた。
カサンドラが頭を抱えているので無理矢理出てきたのだろう。
シグルーンがすぐさま注意した。
「シルヴェストル様、神使様の御前です!」
「それがどうしたのだ! エステルが危険な目に遭っていたのだぞ!」
シルヴェストルにとって目上の人と会う機会が少なく、神使の地位を分かっていないようだった。
ラウルが眉を顰めてしまい、これは急いで止めないといけない。
「シル様、私は大丈夫ですから」
慌てて私はシルヴェストルをなだめる。
するとホッとしたようでシルヴェストルは改めて神使を見た。
神使もまたシルヴェストルを見て薄い笑いを浮かべた。
「ほう、其方がレイラの弟か。あの女の弟とは思えないほど愚鈍そうだ」
「なんだと!」
神使の煽りに簡単にシルヴェストルが反応してしまう。
「シル様!」
このままでは危険だと私は彼に強く注意する。
それでやっと私の真剣な顔に気付いて、しぶしぶながらも私たちと同じく膝をつく。
「ふむ、それでいい。レイラの今後の行く末は私が握っているのだ。あまり図に乗るようなことはせんことだ」
神使の冷たい言葉が私の心臓を掴んだ気がする。
それを感じたのは私だけではないようで、シグルーンも恐る恐ると手を挙げて発言を許してもらう。
「神使様、差し支えなければこのような田舎の領土にいらっしゃったご理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「ふむ、ラウルよ」
神使はラウルに説明を任せる。
「ナビ・コランダムには邪竜教と関わりがあるという噂があります。そのため神国はその噂の真偽を確かめて処罰する役目があります。もしその証拠が見つかった場合には、ナビ・コランダムだけではなく、アビ・ローゼンブルクにも領地の管理不届きとして最高神から裁きが降るでしょう」
ラウルから伝えられた言葉に焦りが出る。
元々はコランダムの不正を見つけて改心してもらおうと思ったが、このままでは神国に処分されてしまい、領主もまたとばっちりを喰らう。
「悪いのう、エステル。お主に恩はあるがこれはアビ・ローゼンブルク諸共邪竜教を一斉に始末できるチャンスなんじゃ」
「アビ・ローゼンブルクを……どうしてですか?」
前の会談で二人は仲が良いのではないかと思っていた。
わざわざ神国との貿易で神使にお願いしたりしたので、神使が簡単にアビ・ローゼンブルクを切り捨てるなんて考えられなかったのだ。
「あの娘は危険じゃ。この最高神の加護でもあやつの中身は知れんからの。特に自分の弟にそこの褐色の娘を置くぐらいにはな」
神使はカサンドラを見つめて厳しい目をする。
どうしてカサンドラに対して敵意ある目を向けるか分からないが、カサンドラは特に動揺した様子もなく淡々と答えた。
「私は領地に命を捧げた身です。領主のためならどのようなことでもします」
頭を下げたまま彼女の気持ちを伝える。
だが神使は侮蔑の目を向けて、その答えに納得していないようだ。
「ふんっ、動揺しないところが気に食わん。まあ、よい……ラウル、邪竜教の者たちは本国へ持ち帰るが、帰国するまではナビ・コランダムに預ければよいじゃろう」
「かしこまりました!」
神国の神官たちが気絶している邪竜教の信徒たちを縛り上げて、彼らが乗ってきた馬車を使って運ばせる。
死人はピエトロのみで、他は生け捕りにしてある。
あらかた積み終わったところで、改めてラウルが私へお礼を伝えにきた。
「申し訳ございません、エステルさん。せっかくの再会でしたのに、このような冷たい対応になってしまい、深くお詫びいたします」
「気にしないでください。それよりも、あのピエトロって何者だったんですか?」
これまで出会ったどの人間よりも危険な人物だった。
ラウルはまるで思い出したくないかのように顔を曇らせたが、知っていた方がいいと教えてくれる。
「あれは人の皮を被った悪魔です。村々を回って緑を生やせる邪竜の奇跡を使って人心を掴んでいく。しかしもし入信しなければ村を焼き払って、生きたまま火の地獄に罪の無い人々を邪竜へ捧げるのです」
「そんな……」
まるで別の世界の話を聞いているようだった。
だがピエトロならやりかねないと先ほどの狂った言動でも十分に理解した。
「ですがやっと今日で討つことが出来ました。これで犠牲になる人も減ることでしょう」
「そう、ですよね……」
ピエトロを倒したのに心が騒つく。
心臓も止まっているのを確認したのに、それでも耳の奥に道化師の笑い声がこだまする。
私たちはラウルと共にコランダム領へとたどり着くのだった。
それを見届けたラウルもまた地面に倒れる。
「ラウル!」
すぐに彼を介抱しようとするが、ラウルが手で制する。
「少し魔力が使い過ぎただけです。薬は持っていますので」
ラウルはキツそうな顔で懐からビンを取り出して一気にあおる。
すると先ほどまで青白くなっていた肌に血色が戻ってきた。
「ふぅ……」
ゆっくりと立ち上がり彼は汗で濡れた髪をかきあげた。
「見苦しい姿をお見せしました」
「いいえ、こちらこそ助かりました。でもどうしてラウル様がこちらにいらっしゃるのですか?」
「あの道化師ですよ」
ラウルは倒れているピエトロを指差す。
「コランダム領で多数の邪竜教の目撃情報があったからです。それで私たちが来たということです」
「私たち?」
ラウルが後ろを振り返ると白い神官服を着た者たちが馬に乗って走っている。
中央の馬車を守るような陣形であり、おそらくはかなり身分の高い人物だろう。
そして私には一人だけ思い当たる人物がおり、馬車が止まって中から一人の女の子が現れた。
「久しいのエステル」
「レティス様!? いや、神使様、お久しぶりです!」
「お主ならレティスで構わん」
レティスは神国の神使という最高位の存在であり、神様と会話ができるらしい。
偶然にもラウルたちとはぐれた時に助けてから妙な縁ができたのだ。
だがそうはいってもやはり身分が違うため、シグルーン達と共に膝を地面に付く。
「エステル無事か!」
私の後ろからシルヴェストルが心配の声を出しながら駆け寄ってきた。
カサンドラが頭を抱えているので無理矢理出てきたのだろう。
シグルーンがすぐさま注意した。
「シルヴェストル様、神使様の御前です!」
「それがどうしたのだ! エステルが危険な目に遭っていたのだぞ!」
シルヴェストルにとって目上の人と会う機会が少なく、神使の地位を分かっていないようだった。
ラウルが眉を顰めてしまい、これは急いで止めないといけない。
「シル様、私は大丈夫ですから」
慌てて私はシルヴェストルをなだめる。
するとホッとしたようでシルヴェストルは改めて神使を見た。
神使もまたシルヴェストルを見て薄い笑いを浮かべた。
「ほう、其方がレイラの弟か。あの女の弟とは思えないほど愚鈍そうだ」
「なんだと!」
神使の煽りに簡単にシルヴェストルが反応してしまう。
「シル様!」
このままでは危険だと私は彼に強く注意する。
それでやっと私の真剣な顔に気付いて、しぶしぶながらも私たちと同じく膝をつく。
「ふむ、それでいい。レイラの今後の行く末は私が握っているのだ。あまり図に乗るようなことはせんことだ」
神使の冷たい言葉が私の心臓を掴んだ気がする。
それを感じたのは私だけではないようで、シグルーンも恐る恐ると手を挙げて発言を許してもらう。
「神使様、差し支えなければこのような田舎の領土にいらっしゃったご理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「ふむ、ラウルよ」
神使はラウルに説明を任せる。
「ナビ・コランダムには邪竜教と関わりがあるという噂があります。そのため神国はその噂の真偽を確かめて処罰する役目があります。もしその証拠が見つかった場合には、ナビ・コランダムだけではなく、アビ・ローゼンブルクにも領地の管理不届きとして最高神から裁きが降るでしょう」
ラウルから伝えられた言葉に焦りが出る。
元々はコランダムの不正を見つけて改心してもらおうと思ったが、このままでは神国に処分されてしまい、領主もまたとばっちりを喰らう。
「悪いのう、エステル。お主に恩はあるがこれはアビ・ローゼンブルク諸共邪竜教を一斉に始末できるチャンスなんじゃ」
「アビ・ローゼンブルクを……どうしてですか?」
前の会談で二人は仲が良いのではないかと思っていた。
わざわざ神国との貿易で神使にお願いしたりしたので、神使が簡単にアビ・ローゼンブルクを切り捨てるなんて考えられなかったのだ。
「あの娘は危険じゃ。この最高神の加護でもあやつの中身は知れんからの。特に自分の弟にそこの褐色の娘を置くぐらいにはな」
神使はカサンドラを見つめて厳しい目をする。
どうしてカサンドラに対して敵意ある目を向けるか分からないが、カサンドラは特に動揺した様子もなく淡々と答えた。
「私は領地に命を捧げた身です。領主のためならどのようなことでもします」
頭を下げたまま彼女の気持ちを伝える。
だが神使は侮蔑の目を向けて、その答えに納得していないようだ。
「ふんっ、動揺しないところが気に食わん。まあ、よい……ラウル、邪竜教の者たちは本国へ持ち帰るが、帰国するまではナビ・コランダムに預ければよいじゃろう」
「かしこまりました!」
神国の神官たちが気絶している邪竜教の信徒たちを縛り上げて、彼らが乗ってきた馬車を使って運ばせる。
死人はピエトロのみで、他は生け捕りにしてある。
あらかた積み終わったところで、改めてラウルが私へお礼を伝えにきた。
「申し訳ございません、エステルさん。せっかくの再会でしたのに、このような冷たい対応になってしまい、深くお詫びいたします」
「気にしないでください。それよりも、あのピエトロって何者だったんですか?」
これまで出会ったどの人間よりも危険な人物だった。
ラウルはまるで思い出したくないかのように顔を曇らせたが、知っていた方がいいと教えてくれる。
「あれは人の皮を被った悪魔です。村々を回って緑を生やせる邪竜の奇跡を使って人心を掴んでいく。しかしもし入信しなければ村を焼き払って、生きたまま火の地獄に罪の無い人々を邪竜へ捧げるのです」
「そんな……」
まるで別の世界の話を聞いているようだった。
だがピエトロならやりかねないと先ほどの狂った言動でも十分に理解した。
「ですがやっと今日で討つことが出来ました。これで犠牲になる人も減ることでしょう」
「そう、ですよね……」
ピエトロを倒したのに心が騒つく。
心臓も止まっているのを確認したのに、それでも耳の奥に道化師の笑い声がこだまする。
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