月一の苦労

トウモロコシ

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月一の苦労

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生徒達に見られないように、教科書を下の方に持つふりをして、軽く腹を抑えた。



男性なのに、生理がくる。初めになったときに病院に行って下された診断は異常なし。生理がくる男性というのは一般的に認識されていないだけで、医療界では少なくない例らしい。

周期は定期化しているものの、生理痛の痛みはそれぞれだ。酷く痛む時もあれば、ほとんど痛まない時もある。

今回は前者のようだ。普段なら痛み止めを飲んで、気休め程度には対策をとるのだが、今回は薬の在庫を確認する前にきてしまったせいで、対策をとることが出来なかった。

ただ、1限目を乗り切れば2、3時限目は空いている。そこで休めばいいと自分に言い聞かせて、授業には出た。


「はい、喋ってないでノート書け。」
「書くこと多いよ先生!」
「ノート書かないだけなら、桜井の成績だけの問題だが、しゃべっていたら相手の点数も引かれるだろ。相手の邪魔はしてやるな。」
「はいはい。」


クラスに1人や2人、めんどくさいやつはいるものだ。大半はいい子だから助かるのだが。

高校生相手に1度舐められたら、少なくても今年度が終わるまで挽回は出来ない。舐められてはいけない。それに、腐っても教師だ。教師としてのプライドなどはある。生徒の前で倒れたくはない。

少し貧血なだけ、少し腹が重いだけ、少し目眩がするだけ。そう思い続けることにした。


「次、ここの問題。単純な計算問題だから、自分でやってみな。5分後、答え合わせするからな~。」


声を出す度に、腹に響く。時々、股にドロっとした感覚があって、本当に気持ち悪い。何回体験しても慣れるわけがない。

生理中独特のマイナス思考が頭を埋めつくしかけた時、生徒に呼ばれた。


「せんせー!」
「…ん?」
「ちょっと、助けて~。訳分からなくなっきた~」
「どこ?」


生徒の勉学のサポートが教師の仕事。動きたくないという思いに内心で首を振って、生徒の元に向かう。

生徒の横に行って中腰になり、ノートを覗き見て間違いを指摘する。


「あ、こんな単純なとこ。」
「そう。細かいとこ注意しろよ。」
「ありがと。」


そろそろ5分経つので、答え合わせをすると伝えようとして、顔を上げた。同時に世界が一回転した。目の前が歪んで、平衡感覚が一瞬なくなった。何とか、ぎゅっと目を瞑ってやり過ごし、しばらくして目を開けると、視界は元通りになった。


「~~で、公式はこれ使う。次はこの公式使うからな。覚えとけよー。キリ悪いから今日はここで終わり。3分だけ自習。」


教壇に手をついて、下を向いて出席簿を確認しているようにして、早くチャイムがなってくれることを祈りながら、腹の鈍痛に耐えた。


「はい。号令お願い。」
「きりーつ。れーぃ」


クラスの学級委員がだるそうに号令をかける。もうなんでもいいから、早く終わってくれ、という気持ちが強くて、立っていない子を見逃した。もともと、そう気にするタイプでもない。




職員室に帰って、自分の席に腰を下ろす。廊下では何人かの生徒に話しかけられて対応していたため、休み時間の10分間はずっと、冷えた廊下にいた。

それがいけなかったのだろうということは長年の経験上すぐに分かった。腹の痛みが強くなった。生徒の前よりはいくらか気が抜けるとはいえ、たくさんの先生方がいる中で堂々と腹をさするのもやりにくく、結局、机に肘をついて手を組んで、そこに額を置いて下を向く状態でとまってしまった。

しばらくその状態で休憩していたが、そう長いこと同じ体制でいては不審に思う人も出てくる。

イスから立ち上がり、4限目の準備をしてからもう一度イスに座りパソコンに向き合った。

立ち上がった時にもまたドロっとした感覚がした。立ちくらみも酷くて、机に手をついて支えなければしばらくの間立っていられなかった。視界はなんとか立っていられるだけの状態まで回復したが、乗り物に乗っているように若干揺れる。乗り物酔いのような感覚に吐き気を感じて、これ以上ここにはいられないと、限界を悟った。

近くにいた先生に保健室に行くことを伝えて、カバンから生理用品を入れている小さなポーチを取り出し、職員室を出た。

保健室に向かう途中にトイレによって、生理用品を交換する。


「え、最悪。」


思わず、声が出た。
血が生理用品をはみ出して、前も後ろも血だらけのパンツになっていた。一応持ってきている変えのパンツを持ってくれば良かったと後悔する。

取れる血はトイレットペーパーで簡単にとり、固まってしまっているものは仕方がないと諦めて、血の上から大きいサイズの生理用品を取り付けた。

外した生理用品から垂れた血が手について、それに対しても最悪だとつぶやいた。今回は生理痛が酷いのと合わさって、量も多い。

便器から立ち上がった時もドロっとして、先程までショックのあまり忘れかけていた腹がまた痛み出して、もちろんずっと視界は揺れているし、吐き気はあるが、吐き出せそうなほどの吐き気でもないため、気持ちの悪いものがグルグルと胃から胸の辺りにかけて回っている感覚がずっと続く。3日、4日で終わると頭で理解していても、生理中の情緒不安定な状態ではもう、吹っ切ることなど出来なかった。何に1番ショックを受けているのか、不快に思っているのか自分でもわからない状況に、涙が頬を伝った。

職員室と保健室の中間地点、変えのパンツを取りに行く気にもなれず、とにかく保健室に向かおうと涙が1度引いたタイミングでトイレを出た。

それほど長くない廊下が永遠に続く直線の道のように感じて、不安がどんどん押し寄せてきた。寒くて、噛み合わない歯がカタカタとなる音がなんとなく不気味に思い、恐怖すら感じた。寒さからか、その恐怖からか、鳥肌がたった。

コンコン、と2回扉を叩いてドアを開ける。体調が悪くてもこんな律儀なことが出来るのは体が覚えている、ほぼ癖のようなものなのだろう。

扉を開けるとこちらを向いていたまっちゃんと目が合った。


「遥!?」
「まっちゃ、ん…」


保健室にいた養護教諭で俺の恋人の松山にを見た途端、安心感やらなんやらで、保健室の入り口で泣き崩れた。

顔面が床とごっつんこするのはまっちゃんが駆け寄って支えてくれたおかげでなかった。


「遥。大丈夫大丈夫。生理痛だろ?立てるか?」
「うん。うぅ、、ひっ」


腕をまっちゃんの首に回して123、の声掛けで支えられながら、立ち上がると、その後は慣れた様子で俺をベッドに横にした。

「症状は?」
「、、ふくつー、、めまわる。はきそ、、さむい、、」
「今日、1日目?」
「そう。」
「担当は?」
「、、いち、よん、ご」
「わかってると思うけど4限5限は無理だ。」
「、うん。ぎゃくに、でたくない」
「1限、頑張ったな。」


次々にふってくる質問に答えていって、最後は頭を撫でながら褒めてくれた。バカになった涙腺を崩壊させるには十分だったし、俺をマイナス思考の無限ループから引き出すにも十分だった。

少し待ってて。と言ってカーテンを閉めて、カーテンの向こうでコソコソと何かを触る音がした。しばらくして、カーテンを開けて入ってきたまっちゃんの手には色々なものが乗っていた。


「これ、お湯入れたペットボトル。持ってろ。で、ここ、洗面器置いとくからな。目眩…目回るのは多分貧血だからだな。おさまるまで待つしかない。毛布上からかけとくな。熱計って。あと、4、5限の分は自習か代わりの先生に入って貰えるように、職員室に電話かけといたから。」


俺が言った順に言ってくれたおかげですごくわかりやすかった。それに、心配していたこともやってくれたみたいで、まっちゃんにはもちろんだが、代わりに入ってくださった先生や、自習というのを伝達してくれた先生にもお礼を言わなければいけない。

脇に突っ込まれた体温計をどうすることもせずにぼうっとしていると、しばらくしたらなった。


「7度2分。微熱だな。目ぇ回るの、目瞑って楽になるなら、瞑っておきなよ。」


そう言って、俺の目を覆ったまっちゃんの手が暖かくて大きくて、すごく安心した。

まっちゃんが渡してくれたお湯の入ったペットボトルのおかげで、腹痛も少し楽になって、ウトウトとしはじめたころ、トントン、と扉が叩かれる音がした。


「はーい、どーぞー。遥、ごめんな。ちょっと行ってくるな。」
「…」


教師という立場上、生徒が優先だ。それが分かっているから、嫌だとは言えない。でも本当は行ってほしくなくて、どう言葉を発していいか分からなくて、無言で送り出してしまった。


「松山先生~」
「どうしたー橋田。」
「体育の時間にボール当たって、痛いの。冷やすやつちょーだい。」
「保冷剤って言えよ。まあ、とりあえず保健室来たからには俺に見せろよ。」


カーテンの外からはのんびりとした橋田の声が聞こえてくる。

授業担当を持っていて、質問によく来るから、よく話す。しかし、このような状況下で会って会話が成り立つほどの関係ではないため、自分がここにいることがバレたくなかった。


「ん?誰か寝てんの?」
「うん。だから、ちょっと静かにしてやってくれよ。」
「私うるさくないっしょ。」
「まあな。念の為、だ。」


嘘は言っていない。それでいて、俺だとはわからない。たぶん、ここで誰が休んでいても、こういう風に曖昧に返すのだろう。まっちゃんの教師としての腕だと、改めて感心した。


「はい、終わり。これ持ってって、担当の先生に渡しとけよ~。3限も頑張れ!」
「ありがと~。」


再び、俺のもとに来たまっちゃんは水を持っていた。


「水、ぬるめてるから飲め。」


体を起こして、俺の手にコップを渡した。

上体を起こしただけで、先程まではあまり感じていなかったドロっとしたのが諸に感じて、思わず顔を顰めた。

吐き気がぶり返してきて、今は水でも吐き戻してしまいそうで、何も口にしたくはなかったが、まっちゃんの有無を言わせない圧に負けて、口に水を含んだ。


「っく。」
「もうちょい飲め。あと、5口くらいは少なくても。」
「っく。ごくっ、ごっ、、」
「あと2口頑張れ。」


もう飲みたくない。胸の辺りのモヤモヤしたものが一気に食堂を逆流してくる感じがする。気持ち悪い。体が水を拒否して、上手く飲み込めない。口の中に含んだ水が口の中でたまる。吐き出してしまいたいが、あと2口飲まなければいけない。

生理的な涙が浮かんできて、反射的に開けてしまいそうな口を手で覆う。意地で口の中の水を飲み込んだ。覆っていた手を離して4口目を入れるが、唇に水が当たったと同時に目にたまった涙が一気にボタボタと落ちた。口に含む予定だった水は、自然と唇から遠ざけていて、1口分の水も一緒に落ちた。

これ以上飲みたくなくて、手探りでまっちゃんの袖を探し出し、2回ほど引っ張った。


「ん。頑張ったな。ここ、吐き出していいから。」


いつの間に用意していたのか、俺の目の前に袋をかけた洗面器があった。抵抗することなく、それに吐き出す。


「げほっ、、うえ、うええ、。。ごぼっ、けっ、、、はぁ、けほっけほっ、。」
「そうそう。苦しいな。」


ボタボタと先程と同じ音を立てて、吐瀉物が洗面器に落ちていく。思えば、まっちゃんがあと5口と言ったあたりから用意されていたのかもしれない。

しばらく吐き続けて、ようやく吐き気から解放された頃には、涙と鼻水と吐瀉物ですごい顔になっていた。と思う。

まっちゃんが湿らせたタオルで顔を拭いてくれた。体に力が入らなくて、上半身の全ての体重をまっちゃんにかけた。

まっちゃんの適切な行動によって、被害は最小限におさえられた。


「ごめんな。お前、無意識だったんだろうけど、胸の辺り摩ってたから、相当気分悪いんだろうなって思って。無理させたな。ごめん。」


俺の体を横にしながらまっちゃんは言った。だが謝られる理由などない。そのおかげで体力は底を尽きたが、気分は幾分も良い。


「だいじょ、ぶ。」
「お詫びっつったらなんだけど、出来ることなら何でもするからさ。」


自分が悪いと責めまくっているまっちゃんを見て、これはまっちゃんは悪くないと否定するよりも素直に甘えて、なにかさせてあげる方がいいと判断した。それに、俺自身もして欲しいことがあったので、一石二鳥だった。


「て、にぎって、」
「っ、うん。おやすい御用だ。」
「せいと、、きたら、そっち、、いっていい、から。それまで、は、、ここ、、、、いて…」


早速握ってくれた手から温かさが、全身に広まる感じがして、自然と眠気が襲ってきて、最後の方は言葉にできたかわからないほどだ。でもきっとまっちゃんなら読み取って、ここにいてくれるだろう。



「生徒が来ても遥のそばに居たいな。そんなことは出来ないけど、いれる限りはここにいるよ。」
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