体調不良

トウモロコシ

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過呼吸

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自分で入れた分の水を飲み干して、コップをシンクに置いた。
その僅かな首の上下運動が何らかの刺激になったのか、くらくらと脳内をゆらされるような感覚に、思わずシンクの縁に手をついて、下を向いた。
銀色のシンクとその上に残る水滴が部屋の電気を乱反射させるようにキラキラと光っている。その光が異常なまでに目に入ってきて眩しい。

次第に立っているのも辛くなって、シンクに手を掛けたまましゃがみ込んだ。

「椿」
「ゆぅ、」

僕が過干渉を嫌がるのを気にしてソファで本を読み続けていた悠がこちらに歩いてきて、僕の隣にしゃがむ。

「しんどいなら、そのままお尻つけて座りなよ。」

促されるままその場に座れば、ぎりぎり指先を縁に引っ掛けていた状態だった手が重力に従って落ちてきた。
自分の体じゃないみたいなその感覚が怖い。

「熱ぶり返してきたね。」

額に手が当てられる。その手の温もりを感じる余裕は無い。

目に入ってくる景色は全て輪郭がぼやけている。左右に流れるように視界が揺れる。
僕は悠に促されて座ったはず。横になってるのか、座っているのかもよくわからなくなる。

お腹全体にもやもやとしたものを入れこまれているかのような不快感があって、吐き出す息に空気とは違うものが乗りそうな気がする。

部屋から出てきて、水を飲んだだけなのに、数分で急激に悪化する体調に恐怖を感じてしまえば、それを抑え込むことは難しい。

さーっと血の気が引くのが自分でもわかる。

「はっ…すーぅ、っ、ふはっ…、ひゅ」
「っ椿、落ち着きな。ゆっくり。手で抑え込もうとしないで。」

落ち着かなきゃ。頭の中でそれを繰り返して、呼吸を試みても、体はついてきてくれない。
口元を抑える、なんて半端な知識が無意識に手で口を覆ってしまう。吸えない、吐けない、の状況を自分で作ってしまう。

「はっ…あぁ、すっず、…、はーっ」
「大丈夫。」

腕を掴まれて、下に降ろされる。

息苦しさで生理的に涙が出てくる。息、吸いたいのに吸えない。
無理な体制を取り続けたわけでもないのに、手が痺れる。痺れているせいか、自分の体じゃないみたいに動かない。
心臓がここにありますと主張するようにどくどくする。

苦しい。

「っ、はっふっ…すぅ、ぇ、」
「俺の声聞こえるね?」

悠の、声。
キーンと耳鳴りが甲高い音を奏でる中に、落ち着いた悠の声だけは入ってくる。

なんとか首を動かして、聞こえる旨を示す。

「俺の言う通りにして。」

再びこくこくと首を動かす。

「10数えるから、その間息を吐き出して。いくよ、いち、に、…」

悠は数を数えるときに、わざわざ遅くしたり速くしたりしない。なのに、とてつもなく長く聞こえる。10秒が地獄へのカウントダウンのようにすら聞こえる。

「っ…、っすっ、」
「上手。もう1回。いち、に、…」

今多分、5秒くらいで吸ったのに。

徐々に、長く吐き出せるようになってくる。

「…きゅう、じゅう。」
「すぅ…、」
「最後、もう1回だけ。いち、…」

最後と言われたその分を終えれる。

だいぶ楽になった。少し息が浅いのは、仕方がない。

「ごめん、ありがとう。」
「全然。顔蒼白だったしね。歩けそうなら一旦ソファ行こうか。」
「じんじん、する。」

自分の手を見つめながら言う。手のしびれが取れない。僅かだが足先も少し痺れていて、立てるだろうが歩けるかが微妙なところだ。

「俺が手取ればいける?」
「腕、かしてほし」
「いいよ。ほい。」

出された手を取れば軽く引き上げられた。その流れで腕を首に回されて、腰に手を添えられた。

「あし、」
「足?」
「しび、れてる。」

そう訴えれば無理のない程度に、速度を落としてくれた。

それほど遠くないソファに時間をかけて歩いて行って、悠に促されて上体を倒した。

「眠そうだね。」
「ん?」
「寝てもいいよ。熱ぶり返してるわけだし。」
「ねつ、…?」
「頭回ってないでしょ。回さなくていいけど。…おやすみ。」

やっぱり悠はよくわかってる。
ただ水を飲むだけなら放っておいてくれていいんだよ。そこまで過保護になられるほど僕はやわじゃない。けれど、どうしようもないときに放っておかれると嫌われたのかと不安になる。
我ながらめんどくさいと思う。

けれど、そんな僕を受け入れて、許してくれるのが悠だから。

「ん…、おやすみ。、」
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