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吐き出す場所を間違えないで。

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緊急事態だ。すぐにここに来てくれ。

って友達からメールが来て、緊急事態なのにメール!?気づいたからよかったものの…!と思いつつ、指定された場所に行った。ついてみたら酒場。色々察した。まあ緊急事態はどこで起きるか分からないものだし。

店の中に入ると「いらっしゃいませ~」と若い男女の声が店に響いた。バイトだろうその人たちに軽く笑みを浮かべながら、こっちこっち、と手を振っているメールの差出人の所に行く。

「で、緊急事態って?」
「これ。」

佐伯が指さしたのは、大学生のころ家賃の関係で同じ家に住んで、そのままダラダラと一緒に住んでいる晴太。つぶれている、とひと目でわかるそいつの手にはまだビールがある。反対の腕に額をあてて枕のようにして机に突っ伏す様は酔っ払いそのものだった。

「なんで、ここまで飲ますかなぁ。」
「気がついたらここまで飲んでたんだよ。途中、水かと思ってたの全部酒だったみたいで。家まで連れてってもいいんだけど、ここまでつぶれてたら酔ってるオレじゃ家までで何があるかわかんないじゃん。」
「ごもっともだな。酔っぱらいが酔っぱらい運
んだってろくな事にならん。お前、割と頭しっかりしてんな。」
「まあ、ちゃんと制限してますから。ドヤ。」
「ドヤ顔しなくていいよ。普通だから。まあ、ありがと。晴太は責任もって連れて帰るよ。」
「頼むな。」

お金は後でちゃんと払ってもらうから、とりあえず立て替えでいい、と言ってくれた佐伯に甘えて、晴太の手からビールを抜き取り、晴太の荷物を持って、腕を自分の首に回して引っ張りあげた。全体重が首にかかる。

最後にもう一度佐伯に、礼を言って店を出た。



店を出て歩き始めて周りから呆れた目、可哀想な目、同情の目、その他諸々。俺の精神が崩壊しそうになった頃、不意に首にから重みが引いた。
さっきまで俺に引きずられていた晴太が、しっかり自分の足で立っていて、若干支えは必要そうだがさっきまでの泥酔状態からは想像できないほどの変わりようだった。

「起きたか。泥酔野郎。」
「ごめん。だいぶ飲んじゃったね。佐伯は立て替えでいいって?それとも杏樹が立て替えてくれてる?」
「佐伯が立て替えだ。」
「了解。明日払う。」

思っていた反応とだいぶ違って少し戸惑ってしまう。いつも潰れるまでは飲まないやつだからこんなことはごく稀でどうしていいかわからない。普段と同じノリで軽く返してくるかと思ったが、結構反省しているのか、きちんとした謝罪と現状を把握するための質問が返ってきた。

「なんで、今日、こんなに飲んだ?」
「家帰ってから話すから。」

遠くを見つめるような視線に、何も言えなくなった。今は、ただ肩を貸して晴太が歩くのを手伝うだけ。



いつもより少し遅めに歩いて家が見えてきた頃、さっきから徐々に重くなり始めていた肩、首に一気に重さがかかった。

「、は、きそ……」

真横でも聴き逃しそうなほどの声量でそう言った。片手で口を抑えている。
隣を歩く晴太の顔色が悪くなっていることには気づいていたから限界が近いのはすぐにわかった。だからと言ってここにぶちまけさすわけにもいかない。幸い家はすぐそこだからトイレまでは行けなくてもせめて家まで。

「家まで耐えろよ。」
「…ん」

既に目から大量の涙を流して、夜でも分かるほどに真っ青な人にまだ耐えろ、というのは酷な話だと自分でも思ったが仕方がない。
歩く度、辛そうに声にならない声を発する晴太を見つつ、刺激を与えないようにできるだけ揺らさないように永遠とも感じる家までの道を歩いた。

「ごめんな。」

自然にそんなに言葉が出た。



身動きが取りずらく、鍵を出しずらいから一度肩から下ろしたいが、多分今座らせたら立てなくなるだろうから俺が頑張って鍵を出して開けなくては。
身をよじってなんとか鍵を取り出し、開けた。
靴を脱がすかどうか迷ったが我慢も限界を超えていそうだし、コンクリートの上を歩いてきたから泥だらけというわけでもない。後で掃除すればいいや、と晴太をそのままあがらせた。

「、ごめ…!。。うぇぇ。」

晴太が膝から崩れ落ちた。支えきれずに、俺も一緒に座り込むことになってしまう。発した声が引き金となったのか決定打となったのか、俺が体勢を立てて晴太を見た時には、口を抑えていた晴太の手と、そこから零れてしまった吐瀉物で服が既に汚れてしまっていた。

それでも我慢しようとしていて、口に広がるものを必死に抑さえ込んでいる。

「いい。出しちまえ。もう家だし。」
「ーー。げほっ、うぇ!ごっほ…」

晴太の口から手を離して背中をさする。体を支えている手に力が入っていないのか、グラグラと揺れる体を俺の方に軽く倒す。
出てくるのは液体ばかりで、固形物が見当たらない。ほんとに自棄酒しかしてなかったのか。あの席に焼き鳥の串が何本もあったからてっきり食べてるのかと思っていた。

「、、きもち、わる……」
「水飲むか?」
「うん。。ほしぃ」
「ちょっとまってて。」

壁のほうに晴太を倒して、台所に水を取りに行く。
戻ってきたら晴太は空嘔吐を繰り返していて、焦る。コップ一杯しか持ってきていないが、もう少し持ってきた方が良かったんじゃないか。

「はい。とりあえず。まだ欲しかったら後で入れてくるから。」
「…はぁ。。ぐっ。ぉえ。。」
「落ち着け。」

持ってきた分の水を渡して、もう一度先程と同じように隣に座って背中をさする。一口飲んだ水を数秒で吐き出した。しかし引き金にはなってくれなかったようで気持ち悪さが残るのか、鳩尾あたりをずっとさすっている。まだ青い顔をしているし、目にはっている膜はとれそうにない。さらに空嘔吐を繰り返すのだから、見ていられるものではない。

「ちょっと貸せ。」

晴太の手から水を抜き取って、コップに残っている水を晴太の口に無理矢理放り込む。飲み込むことなく吐き出しかけた晴太の口を抑えた。

「飲み込め。辛いだろうけど。」
「んっ、、んんんーー」

何とか全て飲み込んだのを確認してから晴太の後ろに移動し、体を支えて、さすっている鳩尾の手を退けて、そこに自分の拳を当てる。軽く力を入れて、下から上に引き上げた。

「げほっ、うぇえ。おえ……がはっ。…」
「よしよし。」

俺のしたことはちゃんの引き金になってくれたようで、さっき飲んだ水にプラスして、残りの酒類を吐き出した。
苦しそうに吐き出す晴太の背中をそっとさすり続け、嘔吐が落ち着いてしばらくもさすり続けた。

「はぁ、はぁ、ふっ、、ん…」
「だいぶ落ち着いたか。」
「ごめん、、おちついた、、。かたづけ、ないと」
「大丈夫。それくらいしておく。とりあえず着替え。」

水を取りに行く時のように壁に晴太を倒して、着替えを取りに行く。
何がどこにあるかほぼ把握しているから探し物はすぐに見つかる。適当に緩めの服を出して晴太の元へと戻る。ついでに自分も汚れてしまった上の服だけは着替えておく。

晴太は下を向いていて、表情が見えずらくなっていた。けど吐瀉物の上にぽたぽたと落ちるのは間違いなく涙。

そんなにすぐ泣くような涙腺ゆるゆるの奴ではないし、普段は自棄酒なんて滅多にしない奴だから、今回何かしらの理由があったのだろうことは予想していた。
今流れている涙はひとまず見なかったことにして、晴太に着替えを渡す。ゆっくりではあるが一人で着替えられるのを確認してから俺はタオルを濡らしに洗面所へと向かった。

「着替えられた?」
「…」

コクッと首が上下に動いた。真横には先程着ていた服が置いてあった。吐瀉物が軽く拭き取られていて、晴太の服が濡れているのをみつけて、片付けた事を悟った。確かに飲んだのは晴太で自業自得な部分はあるけれど、だからと言ってそこまで無理しなくてもいいのに、と思う。

「手、拭こうか。」
「…ん。。」

吐瀉物まみれになってしまっている晴太の手をはじめ、口まわりなども濡れタオルで拭いた。
その間も晴太は泣き止むことはない。
頭を数回撫でて、晴太の服と濡らしたタオルを洗濯機に持って行こうとした。

突然服の袖を引っ張られて、危うくバランスを崩しそうになる。

「なぁ…!どう、しよ…。。どうした、ら。いい、、」
「何があったんだ?」

服の袖を掴んだまま俺にどうしようと問いかけてくる晴太だが、何があったのか何に迷っているのか全く分からないから提案のしようもないし、かけられる言葉もみつからない。

嗚咽を漏らして号泣する晴太がとても小さな子供のように見える。
服やタオルを少し離れたところに置いて、晴太の真正面に座ってそっと抱きしめた。体が勝手に動くってこんな感じか、と少し場違いなことが頭に浮かんだ。頭をおさえて自分の肩に引き寄せて、背中を撫でる。呼吸とか涙の温さとかが直に伝わって、余計に子供を連想した。

「どうしたんだよ。」
「もぅ、、やだ……!ほんと。。おれが、、。」
「落ち着け、とまでは言わないから、話してみろよ。」

背中をさすって、時々ぽんぽんと軽く叩いて、頭を撫でたりして話すように促せば、少しずつだが話し出してくれた。

晴太は年下好きで、今年度は後輩が出来たと少し嬉しそうだった。だけど、社会人としての先輩後輩は学生のそれとは全く別だ。後輩のミスは時に先輩のミスになり、事によっては後始末は先輩の役目。上司と後輩の板挟み状態というのはかなり疲れる。度重なるそれに疲れが溜まり、さらには自分の理想と真逆であったことから、溜まるストレスが大きかったのだろう。
酒の力でストレスを発散させようにも、記憶が残るタイプの晴太は忘れることも出来ず、だらだらと飲んでいたら知らないうちに潰れていた。ということだ。

「自分の特徴わかってんだろ。」
「うん……げほっ!、、」
「多分お前、酒飲んでもストレス抜けないぞ。それより、俺に吐き出したほうがよっぽど効果的だと思うんだけど。時々聞くくらいなら出来るから。」

手をとめずに、吐き捨てるようになってしまったが、そう言った。晴太が小さくありがとう、と言ったのを俺は聞き逃さなかった。

「風呂入った方がいいレベルにやらかしちまってるけど、酔い回ったら怖いから、今日はもう寝るぞ。ベッドまで頑張って歩けよ。」
「……。あぁ。」

酒の力を借りる、なんて大人みたいなことをして、嗚咽を漏らして号泣、なんて子供みたいなことをした座り込んでいる同居人の腕を掴んで、立ち上がらせた。
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