氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第一章 初めての夜よりも、身体は確かに応えていく

王国軍

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 礼服の色を黒に改め、シルヴィアとラシェルは衣装部屋を出た。
 階下へ向かう途中、中庭から甲冑の触れ合う音と、整列する掛け声が響いてくる。

 回廊に面した白い石畳の広場には、王太子派の騎士たちが一堂に会していた。
 戴冠式の準備が行われるのだ。
 陽を受けて、騎士たちの金の髪がまぶしく光り、整然と並んだ列が旗のように揺れる。
 その中を、侍従に導かれてシルヴィアとラシェルが通りかかった。

「ラヴァール令嬢だ……」
「おお、兄君にそっくりだな」

 鎧の間から低い声が上がり、幾人かの騎士が揃って敬礼した。
 視線が一斉にラシェルへ注がれる。
 ラシェルはそれらを一顧だにせず、真っすぐ前だけを見て歩く。

 その時、列の後ろにいた黒髪の騎士が、ふと顔を上げた。
 黒い瞳が一瞬だけ驚きに見開かれ、ラシェルを見て
「あっ!」
と声をあげた。
 その声は、ほんの刹那の出来事だったが、確かに空気を揺らした。



 ラシェルは一瞬だけそちらをちらりと見やり、それきり視線を前に戻した。
 表情も変えず、歩みを緩めもしない。

 シルヴィアもつられて声の方に目を向ける。
 金髪の中に、一人だけ黒髪の騎士が立っていた。
 年の頃はラシェルとそう変わらないだろう。
 他の騎士、貴族令息だろう男たちの完璧な佇まいと比べると、不思議と人懐っこい印象だった。

(……シーランドでもあまり多くないけれど、ヴァロニアで黒髪を見るのは、ギリアン様以来、二人目だわ)

 そして、その黒髪の青年の目は明らかにラシェルを知っている風だった。
 驚きと戸惑いが混ざった色が、ほんの瞬きほどの間に読み取れた。

 だがラシェルは歩調を変えず、敬礼する他の騎士たちと同じく、その黒髪の若者さえも視界から切り捨てていく。
 その無造作さがかえって、シルヴィアの胸に小さな棘のような疑問を残した。

(……あの反応は、きっと、ただの初対面じゃないわ)

「ねえ、ラシェル。さっきの黒髪の騎士の方は知り合いではないの?」
「黒髪? その方は存じません」
「そうなの? でも、みんな、あなたの事を知っているようだったわね」
「……それは、兄が、副団長なのかもしれません、多分」
「多分……?」
「……兄と、呼んではいけない人なので……」

(兄と呼んではいけない???)
 言いづらそうにするラシェルを見て、シルヴィアはそれ以上聞くのはやめた。

 やがて二人は中庭を抜け、甲冑の光も声も、回廊の石壁の向こうに遠ざかっていった。
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