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第二章 されるがままに身を任せながら
十七歳の誕生日
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ホープの誕生日、王妃主催で祝宴は行われた。
冬の冷気が石壁の隙間から吹き込み、宴の灯火をちらりと揺らしていた。
けれど大広間には、葡萄酒の香りと笑い声が満ちている。
祝福の言葉が飛び交い、重厚な音楽が流れていた。
ホープ卿――いや、もう「ホープ様」と呼ぶべきかもしれない。
ホープの立ち位置は、本人の意向を問わず、形だけは今や国家の中枢に足をかけていた。
けれど今夜、ホープの表情にはあの練習場で見せてくれた優しい笑みがある。
それだけで、ラシェルの胸は一杯だった。
やがて、音楽がひときわ華やかな調べへと変わった。
それは、一曲目の合図。
王妃の姿は席にあったが、今夜は体調が優れないからとして舞踏を控えている。
貴族たちは、誰もその理由を詮索しなかった。
きっと、めでたい話では? と、笑みを浮かべる者もいた。
そして、視線が集中する。
緊張が走った瞬間、ホープが静かに、ラシェルへと手を伸ばした。
「お願いします、ラシェル嬢」
その声はあの夜と同じ、静かな優しさをたたえていた。
「……喜んで」
ラシェルは、ドレスの裾を摘み、軽く一礼した。
そして、ホープの手を取る。
あの指に、花輪がまだ残っていたことに、気づく。
(……つけてくれてた)
嬉しすぎて、胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
音楽が始まり、ゆっくりとした旋律が、二人を包み込んでゆく。
誰もが見ていた。
けれどラシェルには、もう世界にホープしか見えていなかった。
ホープのリードは変わらずぎこちなかったが、何よりもまっすぐで、あたたかかった。
彼の笑みは、ラシェルの頬を緩ませる。
「……あの夜の続き、ですね」
ラシェルがそっと囁くと、ホープは微笑んだ。
「また、……君とだけ話せる夜を、望んでもいい?」
音楽が高まり、旋回の一歩。
ラシェルのドレスが舞い、ホープの黒髪が光を受けて輝いた。
この夜のことを、一生忘れない。
そう思った。
盛大な拍手と共に、最初の舞曲が終わりを告げた。
ホープは深く一礼し、ラシェルの手をそっと離す。
「……ありがとう、ラシェル嬢」
その言葉が、胸に温かく染み込んだ。
ラシェルは笑顔で応じ、礼を返す。
(踊ってよかった。勇気を出してよかった)
そう思えたのは、ホープの手の温もりがまだ指に残っていたからだった。
周囲の視線に少し戸惑いながらも、ラシェルは小さく息を吐くと、王妃シルヴィアのもとへと歩み寄った。
シルヴィアは大広間の奥の、控えめな位置に静かに座っていた。
「……王妃様。体調はいかがですか?」
そう問いかけると、シルヴィアはふわりと微笑んだ。
「ありがとう、ラシェル。もう大丈夫よ。今夜は少し、静かに過ごしたくて」
ラシェルが小さく頷くと、シルヴィアは人払いをするように、扇子で周囲をちらりと見た。
そして、声を潜めて囁いた。
「本当は、どこも悪くないんだけど、あなたに、あの人と踊ってほしかったの」
「……え?」
「ホープ様は、『王妃』と踊らねばならないけど……今夜は、特別だから。あなたが最初の相手で良かった」
恥ずかしさが一気に込み上げ、ラシェルは思わずうつむいた。
(……そうだったの?)
体調不良というのは方便だったのか。
でも、その言葉が、何より嬉しかった。
小さな声で、「……ありがとうございます」と返すと、シルヴィアは静かにラシェルの手を取って、指先を軽く撫でた。
「あら? ホープ様がいらっしゃらない?」
いつの間にかホープの姿は見えない。
そしてギリアン王も。
(……何かあったの?)
ラシェルがきょろきょろしていると、シルヴィアが優しくラシェルの肩に手を置いた。
「心配いらないわ」
「……でも」
「ホープ卿なら、騎士団の二次会に行ったの。陛下も一緒に」
「二次会……?」
「格式ばった宴より、そちらのほうが落ち着く人よ。あなたならわかるでしょ?」
シルヴィアの声に、ラシェルは小さく微笑み返した。
そうだ、ホープは気さくな場所の方が、ずっと自然に笑える人。
(……なら、きっとまた戻ってくる)
そのあとは、シルヴィアの隣で、ラシェルは穏やかなひとときを過ごした。
葡萄酒の代わりに甘い果実水を飲みながら、料理の味や、貴族たちの衣装のこと、誰が何回目の結婚なのかと。
たわいない話を交わすうちに、笑い声が自然とこぼれていた。
祝宴は続く。
ホープがいなくても、彼の残してくれた想いは、ちゃんと残っていた。
冬の冷気が石壁の隙間から吹き込み、宴の灯火をちらりと揺らしていた。
けれど大広間には、葡萄酒の香りと笑い声が満ちている。
祝福の言葉が飛び交い、重厚な音楽が流れていた。
ホープ卿――いや、もう「ホープ様」と呼ぶべきかもしれない。
ホープの立ち位置は、本人の意向を問わず、形だけは今や国家の中枢に足をかけていた。
けれど今夜、ホープの表情にはあの練習場で見せてくれた優しい笑みがある。
それだけで、ラシェルの胸は一杯だった。
やがて、音楽がひときわ華やかな調べへと変わった。
それは、一曲目の合図。
王妃の姿は席にあったが、今夜は体調が優れないからとして舞踏を控えている。
貴族たちは、誰もその理由を詮索しなかった。
きっと、めでたい話では? と、笑みを浮かべる者もいた。
そして、視線が集中する。
緊張が走った瞬間、ホープが静かに、ラシェルへと手を伸ばした。
「お願いします、ラシェル嬢」
その声はあの夜と同じ、静かな優しさをたたえていた。
「……喜んで」
ラシェルは、ドレスの裾を摘み、軽く一礼した。
そして、ホープの手を取る。
あの指に、花輪がまだ残っていたことに、気づく。
(……つけてくれてた)
嬉しすぎて、胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
音楽が始まり、ゆっくりとした旋律が、二人を包み込んでゆく。
誰もが見ていた。
けれどラシェルには、もう世界にホープしか見えていなかった。
ホープのリードは変わらずぎこちなかったが、何よりもまっすぐで、あたたかかった。
彼の笑みは、ラシェルの頬を緩ませる。
「……あの夜の続き、ですね」
ラシェルがそっと囁くと、ホープは微笑んだ。
「また、……君とだけ話せる夜を、望んでもいい?」
音楽が高まり、旋回の一歩。
ラシェルのドレスが舞い、ホープの黒髪が光を受けて輝いた。
この夜のことを、一生忘れない。
そう思った。
盛大な拍手と共に、最初の舞曲が終わりを告げた。
ホープは深く一礼し、ラシェルの手をそっと離す。
「……ありがとう、ラシェル嬢」
その言葉が、胸に温かく染み込んだ。
ラシェルは笑顔で応じ、礼を返す。
(踊ってよかった。勇気を出してよかった)
そう思えたのは、ホープの手の温もりがまだ指に残っていたからだった。
周囲の視線に少し戸惑いながらも、ラシェルは小さく息を吐くと、王妃シルヴィアのもとへと歩み寄った。
シルヴィアは大広間の奥の、控えめな位置に静かに座っていた。
「……王妃様。体調はいかがですか?」
そう問いかけると、シルヴィアはふわりと微笑んだ。
「ありがとう、ラシェル。もう大丈夫よ。今夜は少し、静かに過ごしたくて」
ラシェルが小さく頷くと、シルヴィアは人払いをするように、扇子で周囲をちらりと見た。
そして、声を潜めて囁いた。
「本当は、どこも悪くないんだけど、あなたに、あの人と踊ってほしかったの」
「……え?」
「ホープ様は、『王妃』と踊らねばならないけど……今夜は、特別だから。あなたが最初の相手で良かった」
恥ずかしさが一気に込み上げ、ラシェルは思わずうつむいた。
(……そうだったの?)
体調不良というのは方便だったのか。
でも、その言葉が、何より嬉しかった。
小さな声で、「……ありがとうございます」と返すと、シルヴィアは静かにラシェルの手を取って、指先を軽く撫でた。
「あら? ホープ様がいらっしゃらない?」
いつの間にかホープの姿は見えない。
そしてギリアン王も。
(……何かあったの?)
ラシェルがきょろきょろしていると、シルヴィアが優しくラシェルの肩に手を置いた。
「心配いらないわ」
「……でも」
「ホープ卿なら、騎士団の二次会に行ったの。陛下も一緒に」
「二次会……?」
「格式ばった宴より、そちらのほうが落ち着く人よ。あなたならわかるでしょ?」
シルヴィアの声に、ラシェルは小さく微笑み返した。
そうだ、ホープは気さくな場所の方が、ずっと自然に笑える人。
(……なら、きっとまた戻ってくる)
そのあとは、シルヴィアの隣で、ラシェルは穏やかなひとときを過ごした。
葡萄酒の代わりに甘い果実水を飲みながら、料理の味や、貴族たちの衣装のこと、誰が何回目の結婚なのかと。
たわいない話を交わすうちに、笑い声が自然とこぼれていた。
祝宴は続く。
ホープがいなくても、彼の残してくれた想いは、ちゃんと残っていた。
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