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第六章 でも、もう少しだけ
静かな粛清
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王宮の西翼、その一角にある静かな回廊を、リアナとラシェルが並んで歩いていた。
夕方の光が細い窓から差し込み、石畳に長く影を落としている。使用人たちの足音もまばらな時間帯だった。
「……最近、厨房のマリオンが来ていません」
ラシェルがぽつりと呟いた。
「ええ、聞きましたわ。マリオンは『故郷に戻った』と報告されています」
リアナは柔らかく応じながらも、指先で持っていた小さな書類の束を見下ろした。
「でも……その数日前、湯殿のことであれこれ言っていたの、私、聞いてしまったんです」
リアナは目を細め、足を止めて窓辺に寄った。
外には暮れなずむ空。城壁の影が長く伸び、風がほんの少し硝子窓を震わせる。
「黒髪の呪いの件ですか?」
「……はい」
ラシェルは躊躇いながらも頷いた。
「『黒髪の王子を身籠った呪いの湯殿』『また悪魔を呼び寄せる』って……それを、シルヴィア様が使ってしまったって、皆怯えていて」
「なるほど……」
リアナは回廊の窓の縁に手をかけた。外にはまだ、ほのかな陽が残っていた。
「興味深いですわ。似たような事例が、三件ほど続いてる。侍女長のマチルダ、文官のテュリオ。いずれも前王妃付きだった人物、ですよわね」
「……じゃあ、やっぱり、ただの偶然ではなく……?」
ラシェルの声が震えた。
その恐怖の正体として、まず思い浮かぶのは――狂気を孕んだ兄、ヴィンセント。
整った顔立ちに頭脳明晰、さらに武芸も兼ね備え、王の側近にふさわしい人物と誰もが言う。
けれど妹のラシェルには分かっていた。思想と呼ぶのもためらわれるあの偏執は、まともなものではない。
ギリアン王も、ホープも、あの男の危うさに気づいているはずなのに……。
「偶然だと思いたい人には、そう伝えておくべきですわね。ほら、皆様、割と高齢な方々ですし。けれど、事実だけを並べるなら……黒髪を貶める者が、姿を消していっている」
高齢であるという事は、つまり、前王妃を知っている面々という事だ。
「そ、それは、王妃様のためにですか? それとも陛下のためなんですか?」
リアナは静かに、けれど意味深に微笑んだ。
「……誰が動いているのかはわかりません。ただ、王妃様の意志ではないということだけは、確かですわ」
「でも……正直、本当に呪いとか神秘的現象だったなら、まだ安心出来るんですけど。もし、影で誰かが動いているなら……」
「ええ。おっしゃる通り、油断は禁物です。今はまだ、静かに削がれているだけ。いつか、あからさまな反発が来るかもしれません」
「その時は、私は……王妃様の盾になります」
きっぱりと言ったラシェルに、リアナは小さく目を見開き、それから軽く頷いた。
「ラシェル様は、とても頼もしい侍女ですわね。貴女のお兄様とよく似ていらっしゃる……」
そう言って、リアナはクスリと笑った……気がした。
ラシェルは息を呑んだ。
胸の奥で何かが冷たく跳ねる。
兄と似ている――そう言われることほど、ラシェルにとって恐ろしいことはない。
そして、リアナには、時々兄と似たような『何か』を感じることがある。
二人の間に、言葉にできない沈黙が落ちた。
窓の外では茜が消え、夜の群青が王宮を覆いはじめていた。
夕方の光が細い窓から差し込み、石畳に長く影を落としている。使用人たちの足音もまばらな時間帯だった。
「……最近、厨房のマリオンが来ていません」
ラシェルがぽつりと呟いた。
「ええ、聞きましたわ。マリオンは『故郷に戻った』と報告されています」
リアナは柔らかく応じながらも、指先で持っていた小さな書類の束を見下ろした。
「でも……その数日前、湯殿のことであれこれ言っていたの、私、聞いてしまったんです」
リアナは目を細め、足を止めて窓辺に寄った。
外には暮れなずむ空。城壁の影が長く伸び、風がほんの少し硝子窓を震わせる。
「黒髪の呪いの件ですか?」
「……はい」
ラシェルは躊躇いながらも頷いた。
「『黒髪の王子を身籠った呪いの湯殿』『また悪魔を呼び寄せる』って……それを、シルヴィア様が使ってしまったって、皆怯えていて」
「なるほど……」
リアナは回廊の窓の縁に手をかけた。外にはまだ、ほのかな陽が残っていた。
「興味深いですわ。似たような事例が、三件ほど続いてる。侍女長のマチルダ、文官のテュリオ。いずれも前王妃付きだった人物、ですよわね」
「……じゃあ、やっぱり、ただの偶然ではなく……?」
ラシェルの声が震えた。
その恐怖の正体として、まず思い浮かぶのは――狂気を孕んだ兄、ヴィンセント。
整った顔立ちに頭脳明晰、さらに武芸も兼ね備え、王の側近にふさわしい人物と誰もが言う。
けれど妹のラシェルには分かっていた。思想と呼ぶのもためらわれるあの偏執は、まともなものではない。
ギリアン王も、ホープも、あの男の危うさに気づいているはずなのに……。
「偶然だと思いたい人には、そう伝えておくべきですわね。ほら、皆様、割と高齢な方々ですし。けれど、事実だけを並べるなら……黒髪を貶める者が、姿を消していっている」
高齢であるという事は、つまり、前王妃を知っている面々という事だ。
「そ、それは、王妃様のためにですか? それとも陛下のためなんですか?」
リアナは静かに、けれど意味深に微笑んだ。
「……誰が動いているのかはわかりません。ただ、王妃様の意志ではないということだけは、確かですわ」
「でも……正直、本当に呪いとか神秘的現象だったなら、まだ安心出来るんですけど。もし、影で誰かが動いているなら……」
「ええ。おっしゃる通り、油断は禁物です。今はまだ、静かに削がれているだけ。いつか、あからさまな反発が来るかもしれません」
「その時は、私は……王妃様の盾になります」
きっぱりと言ったラシェルに、リアナは小さく目を見開き、それから軽く頷いた。
「ラシェル様は、とても頼もしい侍女ですわね。貴女のお兄様とよく似ていらっしゃる……」
そう言って、リアナはクスリと笑った……気がした。
ラシェルは息を呑んだ。
胸の奥で何かが冷たく跳ねる。
兄と似ている――そう言われることほど、ラシェルにとって恐ろしいことはない。
そして、リアナには、時々兄と似たような『何か』を感じることがある。
二人の間に、言葉にできない沈黙が落ちた。
窓の外では茜が消え、夜の群青が王宮を覆いはじめていた。
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