【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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後日譚 王の側近と王妃の侍女

ルーク・フォン・ラヴァール

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 その子の名前は『光』を意味する、ルークと名付けられた。

 『歓喜カイ』か『ルーク』か悩んだ時、ラシェルはシルヴィアとの約束を思い出した。

 ルークの瞳は、母であるラシェルと同じ、深い海のよう蒼。
 髪は、父ホープや村の人々と同じ、漆黒だった。

 それは偶然にも、王都に住むギリアン王やエリクス王子と同じ色でもあった。



*   *   *   *   *



 ルークが生まれて、八ヶ月が過ぎた。

 秋も深まった十一月。
 アレー村の教会には、珍しく多くの人が集まっていた。

 西の空が朱に染まるころ、教会の中は蝋燭の揺らぎと、窓から差し込む柔らかな陽に照らされ、金色の光に満たされていた。
 粗末ながらも整えられた木の祭壇。そして、薄灰の礼服を纏った顔なじみの牧師。

 その祭壇の前に、ラシェルとホープが並んで立っていた。

 ホープの腕には、生後八ヶ月のルーク。
 村では既に名を知られていたが、この日は正式に名を記すための『命名の儀』が行われた。

 
 教会内には静かな緊張感が漂っていた。

 王妃の元侍女であり貴族の娘ラシェルと、突然村に戻ってきたホープが、夫婦となり子をもうけた――
 その事実は、村人たちにとって、今なお夢のような出来事だった。


 祭壇前に歩み出た牧師が、聖典を開き、落ち着いた声で朗読を始める。

天使クライスの御名において、小さな光に名を与えよう。汝ら、その名を告げよ」

 言葉に導かれ、ラシェルが一歩前へ出る。

 金の髪を結い上げた姿に、淡い礼装。母としての気高さと、慎ましさが同居する。
 ラシェルは静かに頭を下げ、はっきりとした声で答えた。



「――ルーク・フォン・ラヴァールと申します」



 一瞬、静寂が落ちた。 
 教会に集まっていた村人たちは、小さく顔を見合わせ、小声でざわつく。

「……ラヴァール……?」
「それって、ラシェルさんの……姓か?」
「フォンって、あれだろ。お偉い家の……」

 声に出す者は誰もいなかったが、その名が意味するものを、皆が感じ取っていた。


 どれほど父親に似ていようとも――
 この子の名に『ダーク』という姓を記すことは、できなかった。

 ホープの家は、貴族籍にない。
 ふたりは正式な結婚も認められておらず、父の名や姓の記録を残すことができなかった。
 ラシェル自身はラヴァール家から除籍されておらず、他に名乗れる姓もなかった。

 たとえ法がふたりを拒もうとも――
 ルークを『いない子』にさせないようにと、ラシェルは祈るような想いで、その名を記した。


 牧師は、その事に一言も言及せず、帳面を手に取り、淡々と羽ペンを走らせた。

「――この子の名は、ルーク・フォン・ラヴァール」

「母名、ラシェル・フォン・ラヴァール」

「父名、記載なし」

「証明者、ホープ・ダーク」

「本日、命名の儀をもって、光の帳に記録する」

 
 読み上げられた言葉に、ホープは腕の中のルークを優しく抱き直した。

 ルークは短い手を伸ばして、母の金髪をきらきらと掴む。
 ラシェルはその小さな手をそっとほどき、柔らかく微笑んだ。




 ――息子の名はルーク。

 光のようなその子が、いつか誰かの『影に気付ける人』となりますように。 





 記録された名前は、まだ村の誰も、その真価を知らない。
 だがこの日、この場所で、確かにその始まりは記された。

 しかし、後日――
 その名は、教会の記録を通じて、ラシェルのもう一人の兄、ラヴァール家当主クレマンの元へと届いた。
 ルークの名が、思いもよらぬ静かな波紋を、ラヴァール家に投げかけることとなった。
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